第五十五夜 お化け屋敷

 それは、植垣が世見町の公園を通りがかった時のことだ。


 公園が妙に賑やかなので、おや、と思って足を止めた。


 公園といっても小さな広場くらいしかなく、遊具の類は存在しない。その代わり、時々何らかのイベントが行われていた。

 たとえば「ラーメン大国」などと銘打ってご当地ラーメンの屋台がいくつも出ていたり、「オクトーバーフェス」という名で各地のワインやビールの販売を行っていた。それだけでなく、地域の小さなお祭りみたいなことまで行われる時があった。そんなときは繁華街から少し離れたこの公園も、結構な賑わいをみせていた。


 公園には周囲をぐるりと囲む柵があり、普段はホームレスが入れないように施錠もされている。

 だから、植垣がその日通った時も、何らかのイベントが行われていると思った。


 ――お祭りかな?


 まだ夕方だからか、それほど人はいない。

 中には入れるようになっていたので、植垣は暇つぶしもかねてぶらぶらと公園の中へ入った。そこそこ人がいて、小学生くらいの子供もいた。


 ――夜になるとまた違うんだろうか。


 どこかから、小さくトントン、テントン、と太鼓のような音もする。

 やや懐かしくなるような音だ。


 それに屋台もどこか懐かしい。

 焼きトウモロコシやたこ焼き、リンゴ飴といった昔からよく知る屋台が多く、最近の変わり種は無い。むしろ珍しいくらいだ。

 適当にそのへんを冷やかして見ていると、少し離れたところに、「お化け屋敷」という字が目に入った。屋敷というより小屋のようなもので、誰もいない。縁日などで催される出し物だろう。


「すみません」


 店員がいないか尋ねてみたが、声はしない。

 入り口と出口からいって、中で折り返して戻ってくるような道筋だろう。植垣は苦笑し、冷やかしがてら中に入ってみることにした。店員がいれば謝ればいい。

 ひらがなで「いりぐち」と書かれたほうの暖簾をかきわけて、中へ入る。


 思った通り、お化け屋敷は途中でぐるぐると道が何度も折り返していた。こうして距離を稼ごうということなのだろう。

 ところが、中は真っ暗で「お化け」といえる類は何もない。

 縁日のお化け屋敷にも子供の頃に一度だけ入った記憶があるが、まだ人を脅かそうという工夫があった。しかしこのお化け屋敷には何もない。

 やや薄暗い道が続いているだけで、本当に何もなかった。


 ――もしかして、まだ準備中だったか。


「あのう、すいません」


 店員を探して中まで入ってきてしまったていを装い、植垣は薄暗い道を行く。

 しかし、どこまでいっても終わりがない。


 ――おかしいな。


 さすがにこの距離感は奇妙だ。

 もう何度目の曲がり角を曲がったか知れない。足音はいつの間にかあたりに反響して、まるで終わりのない道を歩いている気になる。小さな公園の小さなお化け屋敷で、果たしてこんなことがありえるのか。

 次の曲がり角にはもう出口につくだろう、次にはきっと、と思っているうちに、更に奇妙なことに気が付いた。

 外から見たとき、入り口と出口は隣り合っていた。

 ということは、出口につくには折り返してこないといけないわけだ。ところが今のこの道は入ってきた方角に折り返すこともなく、どんどん奥へ奥へと続いている。それだけならまだしも、外から見た時とまったく距離があわない。

 このままだと公園の外にすら出てしまいそうだった。


 たとえ幽霊役に驚かされたとしても数分いかないうちに終わってしまいそうな小さな小屋なのに、どこまでも続いている。


 植垣は次第に不安になってきた。

 この先に何があるのだろうか。

 ちゃんと出口に行けるのだろうか。

 それとも――。


 引き返そうと、二、三歩後ろに下がったときだった。


「お客さん!」


 突然声をかけられ、ハッとして我に返る。

 振り返ると、後ろで店員とおぼしき人が突っ立っていた。その途端に、大げさに腕が動いてしまったのだろう。ごつんと手が何かに当たった。慌ててそちらを見ると、鉄格子の向こうで人形のお化けが蹲っていた。


「えっ……、う、うわっ」


 思わず声が出る。

 その様子に更に呆れたのか、店員は息を吐き出した。


「勝手に入っちゃ困りますよ」

「え……ああ、すいません。表に誰もいなかったので、声を……かけようとしたんですが」


 植垣はしどろもどろになって言った。


「……そうですか」


 店員はやや腑に落ちないような顔をしていたが、一応は納得したらしい。

 ここまで来てしまうと出口のほうが早いだろう。あとで代金を支払わなければと考えて、不意に植垣は目を見開いた。

 憮然とした店員のすぐ後ろ。


 ――そんな馬鹿な。あんなに歩いたのに。


 そこにはまだいりぐちの暖簾が見えていて、夕暮れの光が赤く差し込んでいた。

 植垣は入り口から出ると、不審そうな目をよそにそそくさと公園を後にした。自分がいったいどこに迷い込んでしまっていたのか、二度と考えないようにしながら。

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