第五十四夜 ゴミ捨て場の女

 六戸がゴミ捨て場の異常に気が付いたのは、少し前のことだ。


 世見町のマンションのゴミ捨て場など、歩きながら勝手に投げ捨てていく不届き者が後を絶たない。しかしそれでも住民に関しては、一応それなりに曜日くらいは守られている。

 ところが、いつ頃からかそれが崩れ、ゴミの曜日でない日にも勝手にゴミが置かれるようになっていた。


 住民の入れ替わりも激しいので、おそらくどこかの人間がたちの悪い奴だったんだろう。隣近所は会えば挨拶くらいはするが、基本的にどんな人間が住んでいるのかわからない。世見町に住んでいるといえば聞こえはいいが、繁華街に住んでいるわけではないし、綺麗なところばかりではない。

 とはいえそのうち引っ越せばいいし、たいした問題でもないとも思っていた。


 そんなことが続いたある日、偶々コンビニにでも行こうかと部屋を出た時のこと。

 マンションの前のゴミ捨て場に、一人の女がしゃがみこんでゴミ袋を隠すようにしていた。


「あー、こんばんは」


 六戸は適当に頭をさげ、そのまま素通りする。


 ――あの女か。くっそ、ゴミの日じゃねえのに出すなよなあ。


 そうは思ったものの、下手に関わり合いになっても厄介だ。そういうことはマンションの管理会社に任せればいい。六戸は挨拶以上のことはせずに、そのままコンビニに向かった。

 ところが買い物を終えてマンションの前まで戻ってくると、まだあの女がいる。


 ――おいおい。


 女はゴミ捨て場でしゃがみこみ、ゴミ袋を触っていた。


 ――まさかゴミ袋の中あさってんじゃないだろうな。


 よく見るとゴミが増えている。

 おそらく自分の部屋と何往復かしてゴミを出しているのだ。

 いくらなんでも出し過ぎだろ、と六戸は思ったが、それを注意して何になるというのだろう。さすがに気付かないふりもできなかったが、挨拶もそこそこに六戸は自分の部屋に戻った。

 ちらりと窓から覗いてみると、また女がやってきてゴミを出した。


 やっぱりゴミを出しているのはあの女らしい。


 しかし、明るいところで考えると多少興味が湧いた。

 興味といっても、やや憤りの混じったそれだ。

 暇つぶしにもちょうどいい。

 ネットにあげればSNSで正義感の強い奴らの目にとまってバズるかもしれない。そもそも指定の曜日じゃないのにゴミを捨てるような奴はそういうことをされてしかるべきだ。

 六戸はこっそりと見えないようにスマホのカメラを構え、かしゃりと何度か撮影した。


 何枚か撮ったが、やはり暗いこともあり写りが悪い。

 舌打ちをしながらもう一度顔を出したが、女はいつの間にかいなくなっていた。

 仕方なく部屋の中に戻ったが、せっかくの写真がSNSにあげられない憤りを感じ、スマホもそのままにして布団の中に潜り込んで寝てしまった。


 翌朝になるとさすがに憤りは無くなっていたが、昨日の女は一体何のゴミを出していたのだと若干気になってきた。

 家庭ゴミにしては多すぎる気がした。まさか人でも殺したんじゃないだろうかと思ったが、それはさすがに妄想が過ぎるというもの。


 確かに近年、ゴミ捨て場でバラバラ死体が発見されたとかいう事件があったはずだ。

 義母の介護に疲れた女が、夫の出張中に義母を殺したらしい。殺してバラバラにしたあと、他のゴミと混ぜて真夜中にゴミ捨て場に捨てたのだという。

 マスコミで一時期騒がれたものの、介護の話が出てくるとぱったりと報道されなくなった。


 似たような事件が起きれば注目されるかと思ったが、さすがに普通のゴミだろう。

 家を出て、それとなくゴミ捨て場を覗き込んでみたが、他人のゴミをあさるほどの勇気もなかった。

 大体、六戸自身はちゃんとゴミを指定の曜日に出しているのだ。

 変にゴミ捨て場に突っ立って、勘違いされても困る。


 六戸は駅に向かいながら、昨夜、女の写真を撮ったことを思い出した。

 朝の準備に追われて忘れていたが、もう一度見てそこそこの写真があったらやっぱりSNSにあげてやろうと思い直した。

 それにもし事件だったら、自分の写真が「視聴者投稿」として使われるかもしれない。そうなればネットで有名人になれるかも――なんて淡い期待を寄せた。


 そうして電車に乗り込んでから、スマホのアルバムを開いた時だった。

 撮った覚えのない写真が、一番はじめに保管されている。


 ――なんだっけ、これ?


 開いてみると、ぐっすりと寝ている六戸自身の写真だ。

 「二度目は挨拶が無かったですね」というタイトルで保管されていた。


 六戸は、自分が今日、家の鍵をかけて出てきたかどうかを必死で思い出していた。

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