第三十五夜 駐車場の写真
「――で、な。それ以来、その部屋は一ヶ月で人が変わっちまうんだよ」
田辺が話し終えると、顔をつきあわせあった数名から声があがった。
前のめりになった姿勢を正す。
「いや、でも、なんつうかすげえ話だなあ。お前の先輩も、よく写真に撮ったなあ」
「そうそう。俺も見たけど、シミの形が人型そっくりで、目が合いそうだった」
思い出すとぞわぞわとする。
ええ、とか、やだあ、という女の子の声。
「ふうん。でもどういう事故物件なのかはわかんねえってか」
「上の部屋に入った奴はどんな理由でも一ヶ月で出てくってことと……あとなんか体調を崩すらしい」
「へえ」
怪談で、まさかここまで盛り上がるとは思わなかった。
とはいえ、合コンの酒盛りのツマミとしては盛り上がったほうだろう。合コンと言ってもこの場で怪談を話しているのは全員ではなく、後半になって意気投合したメンバーだ。それでも田辺には目当ての女の子もいたので、こうしてある程度の人数で仲良くなるのも悪いことではない。
それに、怖がらせておいていい雰囲気になるという手もある。
この話を教えてくれた先輩には感謝しかない。
「えー、それじゃあそろそろお開きってことで。二次会とかやるメンバーは、いたらそっちでやってくださーい」
幹事の声が笑う。
ちらりと見ると、一組、二組といい雰囲気になった者たちが、そわそわとしている。あの中の何人が、夜の世見町に消えていくのだろう。
しかして、田辺と意気投合したメンバーは、特にこれといったこともなく店を出た。
だが、最終電車にはまだまだ間に合う。下手に最終電車には余裕がある時間を選ぶあたり、幹事も人が悪い。
「そういえばよ、この近くにもあるらしいんだよ、心霊スポット。ちょっと行ってみねえ?」
田辺はそう提案した。
奇しくも田辺の話も世見町で、此処も世見町だ。こんな偶然は使わない手がない。
怖がった所を優しく介抱してやれば、そのままお持ち帰りなんてことも……と、田辺は下心を今のところは隠しておく。
女の子たちから声が上がったが、酒が入っているのと、さっきまで怪談をしていたのもあって、怖い物見たさで盛り上がった。
「大丈夫だって! ホントに近いのか?」
「おう、電車には余裕で間に合うぜ」
田辺を含めた一団は、怪談を話しながら件の場所へと向かった。
「今から行く駐車場でな、昔、火事が起こったんだ」
当時はまだ駐車場ではなくて、古い建物を取壊しただけの空き地だった。たぶん売れなかったのかどうなのか、だんだんと草が生えて荒れ放題になっていた。
土地の良い世見町ではちょっと珍しいことのように思うが、バブルが弾けた直後はいくつかそんな場所があった。
そしてそんな場所に、夜にこっそり車をとめている人がいた。
噂によると、家をゴミ屋敷にしてしまって借家を追い出された人がそこで寝ていたそうだ。金だけはあったようで、昼間は仕事に行って夜はそこで車をとめて寝る生活。もちろんエンジンは付けっぱなしだった。
ある日ついに、バッテリーが上がって爆発を起こした。
男は火だるまになりながら車から出ようとしたが、暑さと火でパニック状態になり、鍵をかけていたことも忘れて窓を叩き続けた。そうするうちに草やゴミに引火して、たちまちそこだけ火の海になった。
”助けてくれ、開けてくれえ!”
男の声だけが木霊して、ようやく消防が駆けつけた時には、男は酷いやけどを負って死んでいた。
そのあとは持ち主がようやく土地を整備し、何か建物を建てようとした。
だが、その後で変なことが起こり始めた。
整備などのため、あるいは測量のために写真を撮ったりすると、火の玉が見えたり写るようになった。火の玉といえばそれらしいが、炎のようだったという。
時には真っ黒な助けを求めるような人影が写っていたりして、みな背筋を寒くした。
結局土地は売れず、今は駐車場になっている。
そういう話だった。
「じゃあ、ここで写真を撮ると、炎が写って見えるってこと?」
現場につくと、女の子のひとりが尋ねる。
「そうかも。誰か撮ってみるか?」
「ええーっ、怖いなあ」
そう言いながらも、駐車場へと入っていく。
車もとめていないのに勝手に入ることを咎めるような人間は此処にはいなかった。世見町の歓楽街から少し離れて、ごく普通の裏手の道といった風のこの場所は、ちょっとだけ雰囲気があった。これであたりが森にでも囲まれていればまた違っただろう。
「ねえ、ちょっとこの辺立ってみて」
「この辺?」
「この辺で死んだらしいよ」
「やだ! もうー!」
それぞれじゃれあうように笑っている。お酒も入っているから気が大きくなっているのだ。
田辺はそっと離れると、スマホのカメラを押した。
かしゃっ、という音があたりに響き渡り、全員の視線が田辺に向く。
「ちょっとー!」
悲鳴に似た女の子の声が響き、田辺は笑う。
「ははは、ごめんごめん。どうせ写ってな……」
田辺はスマホを見てギョッとした。
スマホの中の女の子の周りには、あるはずの無い赤い光が渦巻いていた。それはさながら炎のようでもあるが、更に恐ろしいことには、その炎が口を開けた男の顔に見えることだ。恨めしそうな顔で、人にしては巨大な口を開いている。
見え方の問題だと田辺は言い聞かせようとしたが、それ以前の問題だ。
さすがに覗き込んだ女の子たちの顔も引きつり、次第に顔色が悪くなっていく。当の女の子はしまいには泣き出してしまった。
「あたし帰る!」
「ま、待ってよ。大丈夫?」
泣きだした女の子を追って、他の子も後を追いかける。
田辺をはじめとした男連中は、声をかけることもできず立ち尽くしていた。
彼女がその後どうなったのかは、さすがの田辺も誰にも尋ねることができなかった。
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