第14話 未来
翌日。大手芸能事務所を対象とする、連続脅迫事件の犯人が警察に捕まった。
犯人は中年のフリーターであり、未来に絶望して自殺する前に、社会へ復讐することを思いついたらしい。アイドルに金を注ぎ込み過ぎたせいで自己破産し、その逆恨みで大手芸能事務所に対して、連続脅迫事件を断続的に起こしたのだそうだ。
蓋を開けてみれば、こんなつまらない個人的な理由で、不特定多数の人間へ迷惑をかけたのである。名前を利用された〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉は完全に飛ばっちりであり、世間からの風評は少し緩和された。
おかげで無事に年末のライブイベントを開けることが決定し、今までの鬱憤を爆発できる日が訪れたのである。
「わたしたちが来たことに感謝しなさい」
ライブは〈夏いぜガールズ〉の日向井と楽水を迎え、宇喜田興業オールスターズで行うことになった。
「社長さんの指示に従っただけだよね?」
控室だというのにテンションの高い日向井の元へ、歌山が歩み寄る。逆に日向井はビビッて後退し、壁際まで追い詰められてしまった。
「な、何よ……?」
「一緒にライブを盛り上げよ」
どんな悪戯をするのかと思いきや、歌山は手を差し出しただけだった。
「え? あ、はい」
拍子抜けした日向井は普通に握手をする。そして握手し終わると、歌山は黙って自分の席に戻ったのだった。
「手ぇ、握っちゃった……」
「ガチユリ⁉」
戦慄している楽水を尻目に、俺は叶に話しかけた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に」
叶の素っ気ない態度で、俺は大体を予想できた。
「何か家族で良いことあっただろ」
「うん。父さんが年始に帰って来られるみたい」
「そりゃ良かった。母親の元気出るといいな」
「うん!」
この笑顔を見られたのなら、俺も苦労した甲斐があったというものだ。なんだか目頭が熱くなってきたため、慌てて適当な話題に変える。
「話は変わるが、叶って痛みに耐性無いくせに口ピアスは平気なんだな」
ついツッコミで軽く叩いただけで、よく叶は泣いていた。人が懐かしんでいると、彼女はあっけらかんとした口調で言う。
「あ、これ? なんちゃって口ピアスだよ」
「マジで⁉」
「うん。簡単に取り外し可能」
叶の代名詞ともいえるリング系口ピアスを、彼女はいとも簡単に外したり付けたりして見せた。どういう仕組みになっているのか、キスして確認してやろうか……?
「たっだいまーッ! 思ってたより、お客さん大人しかったよ☆」
「……期待外れ」
邪なことを考えていると、会場の様子を見に行っていたヘラと大越が戻ってきた。どちらもさらっと不吉なことを呟いている。
「事件の噂が消え切らない内に来たんだ。そんなアイドルのライブに来るなんて、よほどの物好きでなければ、野次馬でさえも一周回ってファンになっちまうよ」
肩透かしをくらった二人を励まそうとしたのだが、気持ちの切り返しも早かった。
「こんなにワクワクしてるの初めてかも☆」
「……武者震いが止まらない」
このライブを開催するに当たり、理解の無い人間たちからメディアを通し、不謹慎だと罵られていたせいか、アイドルたちの血の気が多くなっている。ようやく鬱憤を晴らせる日が訪れたため、今までに見せたことのないモチベーションの高さだった。
「ちょっと早いですけど、もうステージの方へ行きませんか?」
異様な控室の雰囲気に居た堪れなくなった楽水が、早くここから抜け出たがっている。誰も反対するものはおらず、威風堂々と舞台袖へ移動した。
「円陣組むわよ! さぁ、円陣!」
舞台袖に着くなり、またもや日向井が無駄な情熱を発揮している。
「ぶちかましてやろうぜ!」
歌山も日向井の情熱に当てられ、無理やりテンションを底上げしていた。まるでカチコミに行く不良集団のような士気で、彼女たちはライブに向けて精神を統一させる。
「……プロデューサー」
「あれやってよ、あれ☆」
彼女たちに急かされ、俺も円陣の中に加わることになった。よほど前回の円陣の掛け声が気に入ったらしい。思いつきとはいえ、我ながら惚れ惚れする発想力である。
ライブも本番寸前。会場は敵だらけ。それでもステージ上で仲間を信じる誓いを立てるため、俺はメンバーの表情を確認してから、有らん限りの力を込めて叫んだ。
「ぶっ生き返す! FLASH!」
「BACK!」
「GET!」
「BACK!」
「反撃だ!」
「LET‘s FIGHT!」
『そ・く・は・め・ボ・ン・バァァーーッ!』
掛け声とともにステージ上に立った彼女たちは最初からぶっ飛ばし、そのまま『即はめボンバー』で会場を席巻していく。
意識を引き込むキャッチーなメロディに、思わず笑ってしまうお馬鹿なフレーズ。元々ファンだったリスナーも、ただの野次馬も関係なく、ステージ上のアイドルに視線を釘付けにされている。
しかし、まだまだライブに乗り切れていないのも事実。彼女たちは『即はめボンバー』を歌い終わると、挨拶代りのマイクパフォーマンスを始めた。
「どいつもこいつも死んじまえ!」
突然の訴えに対して、会場は一気に凍りつく。マイクの音がハウリングしながらも、構わず叶は観客を挑発し続けた。
「ちょっと自分の本質を傷つけられたからって、自分勝手に好き放題やりやがって! 他人の迷惑を考えたことがあるのか⁉ 自分が良ければそれでいいのか⁉ そんな人間、生きているだけで邪魔なんだよゴミクズども!」
観客席から怒りの声を発せられるが、それすらも彼女は一掃する。
「テメーらの声なんて小さくて聞こえねーっ! だから、あたしたちが一方的に不満を叫ばしてもらう! 耳かっぽじって聴きやがれ! 行くぞ『アニコイ』!」
叶が曲名を告げて数秒の間を置いてから、静かに青空のように爽快なギターサウンドが会場内に澄み渡っていった。
アイドルたちは流れるような所作でダンスを踊り、清々しい音に乗って歌い出す。
“理想と現実の垣根を飛び越えて アニメみたいな恋がしてみたい
空から女の子が降ってきた 幼馴染の女の子と再会した
義理の妹とラブラブ状態 合理的なストーリー”
リズム隊のベースとドラムが本領を発揮し、ノリの良いアップテンポな曲調に変化した。それに比例し、アイドルのダンスも激化して行く。
羽が生えているように軽い快晴から、気が沈むように重い曇天へ。ここが屋内なのを忘れてしまいそうになるくらい、息苦しい圧迫感は不安を象徴していた。
“何を信じて何を糧に 友情も愛情も曖昧な日常
嘘を吐かない目に見えるリアル 優しい嘘が世界を穿つ
仮想空想妄想ノンノン フィクションイメージクリエイト!”
激しいリズムから一転し、途端に重厚な音楽へと切り変わる。爆音が豪雨のように打ち付けられ、虚構によって生み出された翼が水を吸う。
逃げようたって、そうはいかない。見せかけの翼を生やしたくらいで自由になったと思っているのなら、それは大きな勘違いだ。誰も得しない無自覚な自己顕示欲を、彼女たちは雷鳴と共に地面へ撃ち落とす!
“偽物だ 天才だ 上っ面が千変万化
絶望だ 残虐だ 猟奇する万華鏡
あの時は逃げてゴメン もう一度だけ振り向いてくれ
今度こそはと感情移入 リアルに抗え中二病”
気が狂うメロディアスな暴風雨が、真っ暗闇の会場全体を襲う。ステージ上で叫ぶアイドルたちは汗に濡れ、感化された観客は無法地帯で揉みくちゃになっていた。
まさに阿鼻叫喚とする地獄絵図の中で、アイドルたちは闇を切り裂く一筋の光を解き放つ。それは本来の生きようとする力には、不必要なものばかりだった。
“そうだきっとお前らは動物なんだ 誰かの痛みさえ知ろうともしないんだ
なんでいつも愛情に飢えている? 勝手な欲求なら自重して止めとけよ
どうして普通の女の子たちが犠牲にならなきゃいけないんだ
生き辛くしているのは自分たちだろ!”
生物学的な基盤は最優先されないといけない。愛や芸術、戦争や快楽、意志や秩序。俺たちは人間であっても、動物でもあることを認めなければいけない。動物は自尊心のためにエサを与えられ、ただ生かされているに過ぎないのだ。
それならば、俺たちが動物ではなく、人間であるためにはどうすれば良いのだろう? 同化したいという欲求、生き残るための本能。これらは人間らしい考え方だが、動物であることの域を出ない。
もし、この歌を聴いて疑問を抱くことができたのなら、そいつは立派な人間だ。後は犬に吠えて命令してみろ。
“そうだきっとお前らは幽霊なんだ 生まれた意味さえ知ろうともしないんだ
なんでいつも自由に背を向ける? 見方を変えれば救い手はあるんだぜ
どうして正しい男の子たちが排除されなきゃいけないんだ
生き辛くしているのは自分たちだろ!”
俺たちに翼なんて最初からない。それなのに、みんな空へ飛ぼうとして死んでいるんだ。自ら命を絶つことで、この社会から抜け出そうとしている。
誰もが自由になろうとして、誰もが浮遊霊になってしまうのだとしたら、誰かが否定しなければいけない。翼はないこともないんだということを、これからもアイドルの彼女たちが証明し続けてくれるだろう。
しかし、これが事実上の解散ライブとなる。
アイドルのくせに、アイドルらしからぬ彼女たちはシングルCD二枚と、新たに一枚のアルバムを発売して芸能界を去ったのだ。
嵐のように現れては、嵐のように消えた彼女たちは伝説となり、ファンに惜しまれつつもアイドル活動に幕を閉じた。
エピローグ
二年後。
俺は先日亡くなった歌山母の葬儀に参列するため、叶の実家である歌山家を訪れていた。香典を出し、お焼香だけ済ませたら帰ろうと思っていたのだが、同じく葬儀に参列していた知り合いが帰してはくれなかったのだ。
「プロデューサーっ! 久しぶり☆」
歌山家を出て、すぐに呼び止められる。葬式だというのに、ヘラの明るさは相変わらずだった。まぁ、また彼女の元気な笑顔が見られて何よりである。
「よう、ヘラ久しぶり。プロデューサーはもう止めてくれよ」
「プロデューサーはプロデューサーだもん☆」
俺はもう、彼女たちのプロデューサーではない。
二年前の年末ライブが終わった後、歌山母の容体が急変した。叶は母の看病をするため、自ら〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉を脱退したのだ。
しかし、センターの叶がいないのならユニットを組む意味が無くなる。そのため、残されたヘラと大越の二人は話し合った末に、〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉を解散することに決めたのだった。
「……こんにちは、プロデューサー」
今度は大越が挨拶に来た。最初に出会った頃の制服を着ており、なんだか感慨深いノスタルジーに浸ってしまう。
「うっす、大越。やりたいこと見つかったか?」
大越はユニットを解散してから、自作小説を書き始めていた。内容は繊細な大越らしく本格的な純文学かと思いきや、大雑把なエンターテインメント性の強い小説だった。賞に応募してもいまいち腕を振るわなかったため、最近まで俺が相談を受けていたのだ。
「……とりあえず、社会学を勉強してからで」
大越の小説は良い意味で軽かったため、現実の重い社会的な事件や問題をモチーフにするよう、俺が参考文献になる本を勧めたのである。物語好きな大越にとって、学術書は読むのに堪えるそうだ。
「えー、一緒に演劇やろうよ☆」
ヘラはユニットを解散してから、アイドルではなく舞台女優一本に道を絞っていた。高校にあった廃部寸前の演劇部を新たに旗揚げし、高校演劇コンクールで見事に全国まで導いたのである。ちなみに、今は演劇学科のある大学への入学が決まっている。
「……脚本は書くけど、俳優をやらされるから嫌」
「バレたか☆」
ヘラは学校の文化祭でオリジナルをやろうと、大越に脚本の依頼をしていた。その際、演劇部の女の子が打ち合わせに来た大越に一目惚れしたらしく、ファンクラブを設立するほどの追っかけとなって面倒事に巻き込まれたようだ。
その頃から逐一連絡し合っていた俺を含め、昔の話に花を咲かしていると、後ろから声をかけられた。
「あたしは仲間外れ?」
声の主は叶だった。お焼香を上げた時にも見かけたが、どことなく不思議な気品を漂わせている。
「こんにちは、叶ちゃん☆」
「……ちっす」
「よっ、久しぶりじゃん」
この四人が集まるのは、実に二年ぶりか。長いような短いような、ただ目の前に進んでいく濃厚の日々だった。
「おす、葬儀は出なくていいのか?」
「父さんに任せて抜け出してきた」
母親の葬儀だというのに、こいつは自由過ぎるぞ……。少し大人っぽくなった印象を受けたが、こういうお転婆な行動力は変わっていない。
「あまり落ち込んでないんだな」
「ま、二年もあったしね。気持ちの整理くらいつくよ」
結局、歌山母の記憶が戻ることは無かったが、叶は母親との失われた時間を取り戻せたらしい。母親が亡くなった後でも、穏やかな表情をしている。
実はユニットを解散してから、叶とは会うことを極力控えるようにしていた。彼女は母親の看病で時間が無く、俺がお見舞いに行っても母親が混乱するだけだからだ。
「……これからどうするの?」
それは大越とヘラも同じであり、叶とは必要最低限でしか連絡を取り合っていない。母親が亡くなり、叶には目標があるのだろうか?
「デザインの勉強がしたくて、クワルツコンクールに応募したんだよ」
どうやら家に居ながらデザインの勉強をしていたらしい。叶が趣味でデザイン画を描いていたのは、アイドル時代から知っている。その時からセンスはあったので、権威のあるクワルツコンクールでもいい線を行くだろう。
「優秀賞に選ばれて、フランスに留学することになった」
「マジで⁉」
予想を遥かに上回る成果に度肝を抜かれる。俺の知らないところで、叶は空高く飛翔できていたらしい。
「すごーい叶ちゃん☆ フランス語は喋れるの?」
「そっち⁉」
「目下、勉強中です」
的外れなことを言うヘラに対しても、叶は殊勝な態度で答える。これならフランスに行っても大丈夫そうだと安心していると、大越がポツリと呟いた。
「……また暫く会えなくなるんだ」
友人が自分の手が届かない遠いところへ行ってしまい、置いてけぼりになったと感じたのだろう。大越は素直に祝福することもできず、醜く嫉妬することもできず、ただ己の無力さと寂しさに打ちひしがれていた。
「なーに辛気臭いこと言ってんだよ。あっちに行くのはまだ先だから、それまでに何か面白いことしようぜ」
大越の不安を吹き飛ばすかのように、叶が明るく振る舞う。ヘラもムードを明るくするため、盛り上がる提案をした。
「はいはい! それならまたライブやろうよ! ライブ☆」
「おっ、それいいかも!」
旅立つ友人への贐を込め、昔の思い出を共有するのはいいアイデアだろう。ちなみに、今は〈夏いぜガールズ〉の二人が〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉の意志を汲んでくれている。日向井と楽水は大手事務所を超えるトップアイドルとなり、日本を飛び越え世界中で活躍するようになっていた。
また彼女たちとライブするのも面白そうだが、それは絶対に無理だろう。ライブはそう簡単にできるものではない。
「誰が会場押さえるんだ?」
「プロデューサーが対バン組んでよ☆」
「そうだよ! またバンド始めたんでしょ? 調子はどう?」
ユニットを解散した後、俺は事務所を辞職したのだ。それは事故の責任を取るためではなく、頑張るアイドルの彼女たちを見ていて、俺も諦めていた夢に挑戦したくなったからだ。メンバーを募集し、俺はまた一からバンドマンになることを決めた。
今では居酒屋でバイトしつつ、各県のライブハウスを転々としている。まだインディーズでしか活動できていないが、日に日に観客動員数が増えていき、ライブにも手応えを感じるようになった。
「……この前のは良かった」
大越は俺のライブに来てくれた、唯一の知り合いである。社長とヘラは薄情なことに、一度もライブに来てくれなかった。
「え、もしかして頻繁に会ってる……?」
「ライブに誘った時だけな」
叶は自分と同じように、他の仲間もたまにしか連絡を取り合っていないと思っていたのだうか? 今度は逆に叶が疎外感を感じていた。
母親の看病中に悪いと判断して、あえて叶は誘わなかったのだが、音楽好きの彼女にとってライブに行きたくないはずがなかった。次は誘おうと心に決めていると、あろうことか叶は文脈と全く関係の無いことを訊いてきた。
「前から思ってたけど、プロデューサーって大越のこと好きなの?」
「ぶわっはぁ!」
不意を突かれた問題発言をされ、かなり動揺してしまった。大越とキスをした記憶が無意識に甦ってくると、実物の大越が下から上目使いで覗き込んでくる。
「……そうなの?」
「ばばば馬鹿を言うんじゃありません! 未成年は恋愛対象外です! いいからライブやろうぜ、ライブ!」
「怪しい」
必死に取り繕ったが、赤くなった顔までは誤魔化しようが無い。睨む歌山から顔を背けると、その先には笑顔のヘラがいた。
「プロデューサー、ヘラと結婚しよ☆」
本日二度目の衝撃が俺を襲う。ヘラが俺に好意を寄せていた素振りなど、今まで一度でもあったか? いや、俺が気づかなかっただけで、本当はあったのかもしれない。どう返事しようか迷っていると……。
「ふざけんな! プロデューサーは、あたしと結婚する!」
まさかの叶からも告白された。これが巷で噂のモテ期というやつか。いやー、俺って人気者だなぁ。
「……実はボクとプロデューサーが結婚する」
もう心臓が持たないよ! ヘラと叶と大越の三人から愛の告白を受け、俺の理解できる許容範囲はパンクしてしまった。
「いやいや、あたしこそがプロデューサーと結婚する」
「ボクだってプロデューサーと結婚する」
何か知らないが、二人が張り合い始める。このまま言い争いに発展するのを止めたいが、原因は俺にあるので仲裁し辛い。
全ての元凶であるヘラに視線を向けると、憎たらしい顔で横ピースしている。
「薔薇の蕾はすぐに摘め☆」
俺たちの〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉で言うなら、おそらく『即はめボンバー』だな。いや絶対に違うだろうけど、その意味は同じく通じてほしい。
いつかなんて待たずに、今すぐにでも羽ばたける。
「まとめに入ってんじゃねーよ!」
「でゅぐし!」
とりあえずこの場から逃げようとしていると、目ざとい叶にドロップキックされた。続いて地面に倒れた俺の髪を、大越が掴み上げる。
「……誰を選ぶの?」
「今はギターが恋人だから」
寄って集って足蹴にされた。どさくさに紛れ、ヘラも攻撃に参加している。彼女たちの攻撃力はシャレにならないため、海より広い俺の心も我慢の限界だった。
「暴力は止めろ!」
俺は根性で立ち上がり、一旦彼女たちと距離を取る。こうなったら、男らしく決めてやろうじゃないか! 俺が誰を結婚相手に選ぶのか⁉
× ×
「――ったく、年上の話は最後まで聞けってんだよ」
「起きろ!」
「うおっ!」
至近距離による大声の発生により、鼓膜が刺激されて意識が覚醒した。確か歌山家の前にいたはずなのだが、ここは外ではなく室内のようだ。
「ここは……スタジオか?」
「はぁ? 当たり前じゃん。あたしらが出演中に寝てるとか信じらんない」
出演中っていうのは、一体どういうことだ? 改めて叶の格好を見ると、綺麗な衣装に身を包んでいた。
「なんでまだアイドルやってるんだ?」
「どういう意味だっての!」
叶にビンタされ、本来の記憶が戻る。
去年の年末に行ったライブの評判は良く、〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉は鋭意活動し続けている。間違っても解散なんかしていない。
そして叶の母親は体調が回復し、病気が治る見込みとなった。みんなで病院へお見舞いに行ったのだが、娘の叶とも普通に親子らしい会話ができていた。
「……本当にどうしたの?」
あまりの情緒不安定さに、大越が心配してくれる。少し放心していた俺は、そのまま夢の内容を言ってしまった。
「未来の夢を見てたっぽい」
「面白そー☆ どんな内容だった?」
ヘラが興味を示してくるが、夢の内容は既に薄れかけていた。俺としても面白かったような気がしていたので、なんとか印象的な部分を捻り出す。
「確か三人から告白されてたような……?」
「……起きてからも寝言を言わないで」
自分で言っていて、非常に素っ頓狂なことだと思う。大越からも、可哀想な子供を見るような目で同情されてしまった。
「やだ、パパの会社ってブラック☆」
そう思うのなら、ヘラから社長に言って俺を休ませてくれよ。ファーストアルバムの『どいつもこいつも死んじまえ!』は売り上げ枚数八十万枚を超え、今年のCDショップ大賞を受賞した。
そのおかげで彼女たちはライブだけでなく、多数のメディアにも出演するようになり、事務所内はどこもかしこも大忙しである。今日もテレビの収録だった。
「そんなの放って置いて、早く次の現場に行こーよ」
プロデューサーをそんなの呼ばわりし、叶は先に行ってしまった。俺はどうやったら彼女の機嫌を直せるのか方法を考えながら、その後を歩いたのだった。
夢から覚めて思ったことは、下手な未来なんて知らない方がいいぞ。知ったところで、合っているかどうかなんて確認する術は無いのだ。
しかし、夢の中でも得ることがあったのなら、それも探索だと言えるだろう。楽しいことだけが青春ではない。迷ったり、悩んだり、傷つくことだって青春だ。
大切なのは問題を先延ばしにしないこと。時間が解決するのを待っていては、あっという間にヨボヨボの老人になってしまう。目の前のことを全力でやれ。
そして最後に、今を生きろ、と。
ゲットバック ザ アナーキーズ 笹熊美月 @getback81
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