翌日、言いたいだけの昼休み

 誤解されると困るので、あらかじめ一言断っておくが、多少性格に難があるとはいえ、俺という人間は世間的には真面目な学生という役職ポジションに位置付けされている。


 自分で言うのもなんだが、周りから社会不適合者のレッテルを貼られている根暗陰キャなお一人様ボッチの俺だが、生まれてこのかた悪事というものを働いたことが無い。一度も、だ。


 家出が悪事というならゴミのポイ捨てだって違法投棄に該当する立派な悪事になるだろう。深夜徘徊が悪事にカウントされるなら他人への誹謗中傷は犯罪にカテゴライズされる立派な悪業になるだろう。侮辱罪は美夜子裁判じゃなくても立派な裁判案件になり得る罪だ。


 幼少期からの知り合いには馬鹿だの、だらしがないだのと散々な言われようである俺だが、決して悪人だとかいじめっ子だとかそういう悪態を吐かれることはなかった。一度として。


 なのに、だ。

 ある時期を境に俺に変なうわさが付いて回るようになった。


 青海大和は同級生をいじめて不登校に追いやったいじめっ子だ。


 青海大和は万引きや置き引きを繰り返す悪質窃盗犯だ。


 青海大和は気に入った女を手当たり次第に強姦レイプするヤリチン強姦魔だ。


 青海大和は同級生をストーキングしている変態ストーカーだ。


 青海大和は警察に補導されたことがある不良だ。


 青海大和は、青海大和は、青海大和は──。


 噂の渦中にある青海大和という人物はどうやら相当な極悪人の様だ。どんな悪人面をしているか一度御尊顔してみたいものだ。


 鏡を見れば会えるだろって?

 ふざけるなよ。

 噂の青海大和のせいで俺を含めた全国にいる同姓同名の青海大和さんが迷惑してるんだ。


 いじめっ子だと? 姫光や伊織や他の奴らが目を光らせているのにどうやっていじめるんだよ? むしろ俺の方がいじめられてた可能性すらある。


 窃盗犯? 確かに裕福とは呼べない母子家庭だけど、人様のものを盗むほど貧困にあえいでねえよ。母さんのお陰で生活水準に関しては何一つ不自由の無い生活を送っている。盗人猛々しいとは言うけど、証拠もないのによくもまぁそんなデタラメが出てきたもんだ。


 ヤリチン強姦魔? 俺は童貞ですが何か問題でも?


 ストーカー? 確かに好きな相手はいるけど、ストーキングするほど精神病んで無いから。


 どれもこれも全部ただの噂で事実無根のガセネタじゃないか。


 青海大和は警察に補導されたことがある不良だ。

 これは──。

 これは噂でもガセネタでも嘘でも無い。

 事実であり真実だ。

 母さんにも、先生にも迷惑をかけた。


 不良の定義が今一つ分からないが警察に補導されただけで不良になるなら俺は不良なのだろう。


 クラスメイトの奴らは不良の癖に偏差値の高い進学校に通学してる俺のことが気に食わないのかもしれない。


 入学してから最初の二ヶ月くらいは、そんな根も葉もない噂話の真否しんぴを俺に質問して来た。面白半分に興味本位で。


『ねぇ、青海君。あの噂って本当なの?』

 あの噂がどの噂か知らないけど、それでも質問されたら俺はちゃんと答えてきた。

 違う、と。質問される度に何度も何度も。うんざりするくらいに。


『ねーねー青海君てばさー、ケーサツに補導された事あるってマジなん?』

 それは──。

 違う。とは言えなかった。

 だからだろう。否定出来なくなった瞬間にクラスメイト共は「ああ、やっぱりそうなんだ」と、その高い学力と考察力を駆使して俺という人間を正当かつ的確に評価した。


 彼奴あいつはこの学校に相応しくない不良だ。危険人物だから関わらないでおこう。


 多分、そんな風に思っているのだろう。人の第一印象は見た目で決まるとはよく言うが、人の第一印象は噂と真実だけでも決まる。

 一度印象イメージが固まれば後はもう簡単だ。隔離して不干渉すれば簡単にお一人様の出来上がりだ。


 もちろん隔離も不干渉も『俺もそうしている』のであってクラスメイトだけがしているわけではない。


 こっちとしても街談巷説がいだんこうせつ道聴塗説どうちょうとせつとか、そういう感じの偽りの情報フェイクニュースを簡単に信じるような輩と一緒にされたくないし。


 クラスメイトとか同級生とかのくくりで自分と他人を一緒にされたくない。一緒くたにしないでほしい。


 どうやら、そう思っていたのは俺だけじゃないらしい。

 以心伝心なんて表現は間違っているし犬猿の仲なんて関係で収まるほど俺とあの『お説教好きの委員長』との仲は安くないし浅くもない。


 出来た溝は海よりも深い。

 背負った罪悪感は山よりも重い。

 心に付いた傷は不快なまでに深く、背負った罪は積み重なった思い出よりも重い。

 失った絆を取り戻すには時間がかかる。


『君がボクと一緒のクラスだなんて不愉快極まりないね』

 あんまりつれない態度をとるなよ。

 たとえそれが事実であり本心であっても失った絆を取り戻すには──正義感と責任感が強い『委員長』とのコミュニケーションが必要不可欠なのだから。


 ■ ■ ■


 四限の終わりを知らせるチャイムが鳴り、教師の退室と同時に教室にゆるやかな空気がただよい始める。


 教室の外へ出る者、席を移動して小さなコミュニティを形成する者、スマホを片手に昼食もとらずにひたすら駄弁だべる者。


 集団グループにしてだいたい五つと言ったところか。男子グループ二つ、女子グループ二つ、そして男女混合グループが一つ。


「帯織さんは今日どうする? 外で食べる?」

「オリオリちゃん、あーしと一緒に購買行かない?」


 俺の隣の席に座っている女子を中心に和気あいあいと、そんな女子グループの賑やかな会話が耳に入ってくる。


 ああ、今日も雑音ノイズ五月蝿うるさい。

 イヤホンを耳に付け雑音を遮断。ついでに目を閉じて視覚情報も。これで良し。


 高校における悪習の一つに教室内の序列クラスカーストというものがある。


 正直言って俺はこのクラスカーストという言葉が嫌いだ。

 何を基準に序列を決めているのか知らないが人の事を知った気になって勝手にランク付けするその精神が気に入らない。


 だいたいそういう言葉を使う奴は他人に対して優位マウントを取って悦に浸りたいだけなんだろう。陽キャうぜぇだの、陰キャキモいだの。どっちもどっちだろ。


 同じ学校の同じクラスの同じ人間なのだから。どっちが上とか下とか。そんな争いは不毛だし、比べるだけ時間の無駄なんだよ。


 お前らは一体何しに学校に来てるんだ?

 他人を見下す為に学校まで来てるなら今すぐ帰れ。


 うん、分かった。じゃあ俺、帰るわ。


 いや、その。なんだ。

 そんな感じで家に帰れたりしないかなって思って……無理かな、無理だよなぁ。


 ぶっちゃけ学校に着く前から家に帰りたいと思っていました。

 ほら、俺今日遅刻したし?

 遅れて一人だけで教室に入るあのなんとも言えない疎外感と孤独感が凄く辛い。お家帰りたい。


「…………」

 なんていうか。

 結局のところ、他人への批判とか指摘はだいたい自分にも当てはまるわけで。


 同じ学校の同じクラスの同じ人間であっても同類ではない。

 同級生であって同じ穴のむじなではない。


 他人と自分を一緒にされたくない。誰だってそうなんだろう。

 男女の違い、性格の違い、思想の違い。同じに見えてみんな違う。

 そういうのを世間では個性って呼ぶのだろう。


 なら俺は無個性になりたい。

 個性を無くせば大衆みんなと一緒になれるかもしれないから。

 まぁ、そんな事は無理なんだろけど。

 お一人様ボッチである以上俺は何処までいっても個人なのだから。


 ならせめて。

「先輩こんにちはーって、またイヤホンしてますね」

 そう、寄り添う相手がいれば。

「もしもーし? 聞こえてますかー?」

 集団グループが無理でも二人組ペアになれば──。

「先輩! せ、ん、ぱ、い!」


 つーか、うるさっ!?

 聞き覚えのあるうるさい声が音楽の旋律を押し退けて俺の鼓膜を蹂躙じゅうりんする。


 目を開けばそこには小柄な一年生の女子がいた。

「とりあえずイヤホン取ってください」

 来たよ、恐れていた事態ってヤツが。


 俺の席は教室の出入り口に近い一番右後ろの席にある。名字があ行で青海の『お』だから名簿順に並ぶとだいたい座席が右後ろになる。


 この場所にいると教室外からの侵入者に対して接敵までの時間がほとんど無い。中学の時に妄想でテロリストが教室に侵入したら俺って真っ先にられるんじゃね? って思っていたけど。


「さぁ、先輩。今日こそ美夜子と一緒にお昼ご飯を食べてもらいますよ」

 知らない間に後輩の目的が変わっている気がするけど。

 しかし、大丈夫だ。これはあらかじめ予想していた。予想より少し早いけど予測の範囲内には収まっている。


 事前予測は出来ている。シミュレートは完璧だ。

 なら、後は行動に移すまでだ。

 すくりと立ち上がり椅子を引いて如何いかにも「とりあえずお前はここに座れ」という感じでウザい後輩に着席を促す素振りを見せる。


「っ……先輩、美夜子は嬉しいです。ついに先輩が美夜子に心を開いてくれるなんて……美夜子はこの日をずっと、ずっと待っていました」


 感慨深そうに俺の席に座る勘違い後輩はいそいそと自分が持ってきた弁当らしき包みを広げ始める。


 よし、逃げるなら今だ。

 抜き足差し足とかそんな小細工無しに俺は走りにならないギリギリの競歩で自分の教室から抜け出す。


「……ってあれ? 先輩、美夜子を置いて何処に行くんですか!?」

 哀れだな後輩。気付いた時にはもう遅い。

「先輩、待ってください」

 後輩の呼び止めを無視して俺は急ぎ足で歩き、とある場所を目指す。


 廊下を走ると危ないし、人に見られたらまた変な噂を広められるかもしれないから。ギリギリの競歩で追いかけてくるウザい後輩から逃げるように歩く。


「先輩、何処に行くんですか?」

 何処に行くって? 決まってるだろ。お前が入ってこれない場所だよ。


 廊下を渡り本校舎を離れ実習練の奥まで移動。本校舎とは違い、この時間帯の実習練は比較的に人の出入りが少ない。


 人気がないなら気兼ねなく中でくつろげる。利用者が少ないなら狭い個室でゆっくりと時間が潰せる。ウザい後輩が諦めるまで。


 そう、俺が目指した目的地は女子である後輩が“絶対に”入れない男子トイレだ。

 流石のアイツも男子トイレに逃げ込めば追っては来れないだろう。

 我ながら完璧な作戦だと思った。

 もしも。俺の作戦に欠陥があったのだとすれば、それは──。


「み、見つけましたよ……先輩……」

 後輩女子が男子トイレに何のためらいもなく入って来た事をあらかじめ予測出来なかったことくらいだ。


 お前、それ言いたいだけだろ。

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