第9話 革新

 俺は緊張していた。

 テレビを気にしていないことを装いながら、インスタントコーヒーを啜る。

「そろそろじゃないですか?」

 女性の声が聞こえて、そちらを見る。

 診察を終えた加賀先生が、弁当箱を持って休憩室に入ってきた。目の前の席に座る。

「何がですか?」

 自分でもわかるほど声が上擦っていた。恥ずかしくて、誤魔化すようにコーヒーを飲む。

「テレビ出るんですよね?栗田院長と一緒に」

「ああ、俺が一人だとテンパって上手く話が出来ないかもしれないからって」

「ただの出たがりなだけですよ」

「かもしれない」

「でもほんと、びっくりですよ。50間近で医者になって、それから3年後に疑似結核の新薬作っちゃうんですもん」

「医者になったのは45歳だよ。新薬が出来たのは、先人達が築き上げたデータの賜のおかげに過ぎない」

「謙遜しますねぇ。でも、6年前に認可された抗疑似結核薬よりも副作用が強くない薬が出来たのは、先生がいたからこそでしょう?ノーベル賞間違い無しじゃないですか?」

「ノーベル賞は大げさだ」

「またまたぁ、照れちゃって」

 加賀先生がニヤニヤしながら、弁当箱を広げる。

 そろそろ仕事を再開しようかと思い、腕時計を見る。

 すると、ニュース番組から気になっていたニュースが流れた。

「――続いては、疑似結核についてです。

 新興感染症研究病院が、国内で死者5000万人を出した疑似結核の、O型以外が発症しないメカニズムを国際新興感染症研究学会で発表しました――」

「あ、先生、ほら!」

 加賀先生が子供のようにはしゃぎながらテレビを指差す。

 緊張した面持ちで診察室の椅子に座る俺を見て、過去を思い出す。


 会社を廃業したあと、医師になる為に勉強を始めた。予備校に通っていたが、周りは一回りも年齢が違う。最初は目立つし笑われるしで、とにかく恥ずかしくて止めてしまおうかと思った。

 しかし新薬を作る為にと思ったら、周りの目なんて気にならなくなった。必死で勉学に励んだ。

 大学には2回目の受験で合格した。

 自分こそが新薬を作る最初の医師になる、非O型区の復讐心を無くすのだ。そう思っていた大学2年生の時、抗疑似結核薬の新薬が認可された。

 喜ばしいニュースではあったが、俺は気落ちした。これから心の糧を何にしよう。自分の都合で廃業したのだから、中退するわけにもいかない。

 そう考えていたが、新薬はすぐに副作用が強いことが問題になった。

 それがまた俺の大望を甦らせた。更に勉強をし、45歳で無事に大学を卒業、病院に就職出来た。

 そして48歳。副作用がほとんど出ない、抗疑似結核薬が認可された。


「――先生、先生」

 加賀先生に呼ばれて、思考が過去の思い出から戻った。

「ずっと栗田院長だからって、そんなつまらなそうな顔しないでくださいよ。やっぱり自分がテレビに出るの楽しみだったんですね」

 加賀先生がクスクスと笑う。

 過去を振り返っていたら、既にインタビューは終わっていたらしい。

 白衣の胸ポケットに入れていた、病院内の連絡用のスマホが鳴った。呼び出しだ。

「そろそろ行かないと」

「行ってらっしゃーい」

 笑顔で右手を振られ、休憩室を出る。



――ニュース――



「続いては、疑似結核についてです。

 新興感染症研究病院が、国内で死者5000万人を出した疑似結核の、O型以外が発症しないメカニズムを国際新興感染症研究学会で発表しました。

  新興感染症研究病院の院長であります、栗田院長からお話を伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。

 ――栗田院長、何故O型だけは疑似結核が発症しなかったのでしょうか?」

「一般の方には、少し難しい話しになります。作っていただいたフリップを見ながら、話を聞いていただいて、なんとなくでもわかっていただければいいかなと思います。

 まずはですね、血液型というのは、O型、A型、B型、AB型があります。何の違いがあるかと言いますと――そこのランドスタイナーの法則のフリップを見てもらえば分かりますが――持っている抗原や抗体が違うんですね。

 O型には発症しないとわかってからは、その抗原と抗体の違いによって、発症する、しないがあるのだと。世界中の医師がそう考えていました」

「実は栗田院長、以前、当番組に出演してくださった時、発症するしないのメカニズムは抗原と抗体による違いからだと、おっしゃっていました」

「そうですね。まだその時は、発症する非O型にも症状が重くなる事が分からなかったものですから」

「今おっしゃったA型、B型、AB型によって重症化具合いが違うというのは――こちらのフリップで――B型、A型、AB型の順に症状が重くなるんですよね?」

「そうです。O型にだけが不顕性感染になるのが何故かということも解明していない中で、更にその血液型によって症状の重さが変わるという問題が出てきて、えー、知った時は非常に困惑しました。

 だけども、よくよく考えるとその発見はかなり重要な発見だったことがわかりました。それを基に、更に深く血液型の違いを詳しく調べてみるきっかけになりました」

「――血液型の違いを更に詳しくまとめたフリップが、こちらですね」

「遺伝子の話しになると、難しいから嫌になっちゃう方もいるでしょうけど、なるべく専門的にならないように説明します。

 血液型の特徴のひとつとして、赤血球の膜にある抗原――そのランドスタイナーの法則のフリップに書いてある通り、A型ならばA抗原、B型ならばB抗原、AB型ならばA抗原とB抗原、O型はないわけではありませんが、AとBの抗原はない――に対する抗体を規則正しくもつという特徴があります」

「抗原に対するというのは、例えばA型ならばA抗原に反応しない抗体をもつという意味でよろしいですか?」

「ええ、そこのランドスタイナーの法則を見ればわかりますが、A型は抗Bをもっていますから、その解釈で合っています」

「その抗原についてなんですが――こちらのフリップですね」

「ええ。抗原というのは、遺伝子の働きによって、変わるんですね。A型であればA遺伝子が働いて、B型であればB遺伝子が働いて、AB型であればどちらの遺伝子も働いている。そういう仕組みになっています」

「先生、O型には働いてくれる遺伝子がないので、抗原は何もないんですか?」

「いや、O型は不活性な遺伝子、まぁ簡単に言えばAとBの抗原を作らない、働かない遺伝子はあるんです。ただし、抗原が何もないわけではなくて、H抗原という抗原を持っています」

「なるほど」

「H抗原があって、A遺伝子の働きによってA抗原が、B遺伝子の働きによってB抗原が作られます。

 ただ、勘違いしないでほしいのは、A遺伝子が直接A抗原を作るというように、遺伝子が抗原を作っているわけではないんです」

「では、A遺伝子、B遺伝子はどのような働きをしているんですか?」

「――抗原が出来る仕組みについてまとめたパネルを見ていただきたいのですが――H抗原に、A遺伝子が働いて作った転移酵素、正確にはαーNーアセチルガラクトサミン糖転移酵素と言いますけど、その酵素がH抗原にNーアセチルガラクトサミンを付加、つまりくっつけてあげて、A抗原が出来るんです」

「要するに、A遺伝子はこの転移酵素を作る工場の役割りをしていて、転移酵素はH抗原とアセチルガラクトサミンの接着剤のような役割り。そして、H抗原とアセチルガラクトサミンがくっついたものがA抗原となる、ということでしょうか」

「そうですね、その方がわかりやすいですね」

「では、B遺伝子はどうなんでしょうか」

「B遺伝子も仕組みは同じなんですが、転移酵素、それとH抗原にくっつくモノが違うんです。

 B遺伝子はαーガラクトース転移酵素を作り、H抗原にガラクトースを付加させたものがB抗原になります」

「B遺伝子の場合は、工場の役割りであるB遺伝子がαーガラクトースを作って、接着剤の役割りがαーガラクトース転移酵素になる。ということですね」

「そうです。AB型はどちらの遺伝子もあるのでA抗原とB抗原があって、O型はどちらの遺伝子もないので、AとBの抗原を持っていない。そういうことになっています

 まぁ、全くわからないという方は、A型にはαーNーアセチルガラクトサミン糖転移酵素という長い名前の酵素がある、B型はαーガラクトース転移酵素という酵素があるということだけでも覚えていたら良いです」

「なかなか理解するのに難しい話しですからね」

「転移酵素の違いが重要なので、名前が違うという点だけでも覚えてください」

「はい。では、このことを踏まえて、何故O型には疑似結核が発症しないのかを――こちらのパネルの左上から順に見ていきますね。

 何故O型には発症しないのかと言いますと、先ほど栗田院長から教えていただいた、この転移酵素が関係しています。

 実は、疑似結核という細菌は、この転移酵素によって増殖をし、感染することがわかりました。

 O型はこのどちらの転移酵素もありませんから、菌が体内に侵入してきても、人間が持っている免疫力で、発症するほどの菌が増殖しないあるいは免疫細胞達によって死滅させることが出来た。だから、O型の人達は発症することがなかった」

「免疫の話が出ましたのでついでに言いますと、免疫力が低いO型の人が発症するまたは発症していたのかどうかはまだ調べている段階ですので、絶対に発症しないと言えるのかは、今後の調査の結果で明らかになると思います」

「わかりました。

 O型が発症しないのは何故かという疑問と、もうひとつの――パネルの、こちらに書いてあります、血液型によって症状が重さが異なるのは何故か――について見ていきます。

 疑似結核が転移酵素によって増殖をするから、非O型の人は発症するということは、先ほどの話しでわかりました。

 ですが、非O型であっても症状の重さが違うのは何故か。それは、転移酵素の違いによって違うということなんです。

 2つの転移酵素の名前が出てきましたが、疑似結核がより増殖するには、どちらのほうがより増殖力が強くなるのかというと――こちらのαーNーアセチルガラクトサミン糖転移酵素の方でして、こちらの転移酵素に比べると、αーガラクトース転移酵素では増殖する力が弱いと」

「大きく差があるわけではないんですが、この2つの転移酵素によって症状の重さが違うのは確かです。AB型はどちらの転移酵素もありますから、重症になるのは当然だったということです」

「この2つの転移酵素によって増殖する力が違うことから症状の重さが違うということですが、新抗疑似結核薬は一種類だけなのでしょうか」

「いいえ、新抗疑似結核は2種類あります。なので、患者さんの血液型によって処方される薬は異なります。異なりますが、効果には差がないので安心してください」

「この新抗疑似結核薬が認可される前に、副作用の強い抗疑似結核薬を飲むしかなかったのですが、この新抗疑似結核薬の副作用はどうなんでしょうか」

「ほとんど見られないです。安心していただいて大丈夫です」

「では次に、この薬の開発に大きく貢献した叶野先生に、薬が出来るまでの過程を聞いていこうと思います。叶野先生、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします――」

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