第8話 答え

 説明をされても、さっぱり意味が分からなかった。頭の中が混乱している。

「血液型をOに変える、ですか」

 そう返事するので精一杯だった。

 マツダさんはまっすぐ背筋を伸ばしたまま、足の上で手を組んだ。

「AB型のままO型区へ乗り込むのは、愚策でしかありません。ですが、O型になれば彼らも受け入れざるを得なくなる。そういう法律に変えたのは、彼らですから」

「ちょっと待ってください」ウノが、右手を前に出して話を制した。

「まず、O型に変えるということがどういうことなのか教えてください。それが気になって、話が頭に入ってきません」

 マツダさんの頭が、縦にゆらゆら動く。顔は 見えないが、話を遮られてイライラしているような気がした。

「そのままの意味ですよ。O型になる。それだけです」

「その」俺は一度そこで口を閉じる。「血液型証明書を偽装するということなら、成済ますのと同じですよね?」

 それまで坦々と話していたマツダさんだが、「違います。血液型ABからO型に変える。さっき言ったじゃないですか」と、少しだけ語尾が強くなった。

 そして大きく息を吸って、大きくため息を吐いた。

「血液型そのものを変えるんです。生まれた血液型捨てて、O型に生まれ変わる。…そういう言い方すれば、流石に理解出来ますよね?」

 睨まれた気がした。

「そ」ウノの声が裏返る。「そんなの無理ですよ。だって、血液型って、親の血液型によって決まるって…。遺伝子を変えるって、ことですか?」

「実際、血液型が変わることは有り得ますよ」

 間を開けずにマツダさんが答える。

 そんなことあるはず無いと言おうとした直前、ふわぁっと閃いた。思い出した、に近いが。

 その答えが頭に浮かんで、気分が悪くなる。

「骨髄移植」

 ウノが息を呑んだのがわかった。

「…博識ですね、カノウさん」マツダさんの体が、前のめりになった。

「その通りですよ、カノウさん。骨髄移植をすると、レシピエントはドナーの血液型になる」

「しかし血の繋がった家族であっても、ドナーに出会える確率はかなり低かったはずですよ」

 マツダさんが「ほう」と息を漏らす。

「本当によくご存じですね。中退した大学は、医療の大学だったとか?」

「いいえ」

「そうですか。相当勉強してらっしゃるんですね」

 そんなに熱心ではないですけどね、とだけ答える。

 マツダさんがベンチの背に凭れた。

「骨髄移植のドナーは、カノウさんがおっしゃった通り、家族であってもドナーになれる確率は低いです。ましてや、他人だともっともっと低い」

「O型区から、僅かな確率しかいないドナーを探す、ということですか」

「はい」

 マツダさんは嬉しそうに返事をした。「察しがよろしいですね」とでも思っていそうだ。

「そもそも、骨髄移植は白血病等の治療法であって、血液型を変える為のものじゃないでしょう」

 俺が反論すると、マツダさんは愉快そうに体を揺らした。

「分かってますよ。だけどね、私達はそうでもしないと、ただただ研究のモルモットとして死んでいくかもしれないんですよ」

「そうだとしても、そんなことの為に骨髄移植なんてするべきじゃない」

 するとマツダさんは、不気味に笑った。すぐに笑うのを止めると、一度深呼吸をした。

「そんなことの為に、ですか」

 恐ろしく冷たい声に、背筋が寒くなる。

「私達AB型区はね、O型区の卑劣な陰謀を知ってしまったんですよ。奴等は本当に酷い。同じ日本人…いや、同じ人間とさえ思いたくない。陋劣ろうれつな生き物なんだ」

 O型になって復讐をする――そう言っていた時は、淡泊な物言いであった。しかし今は、怒りで時折声が震えている。

「陰謀ですか」

「そうです」食い気味に答えた。

「AB型区にこんな馬鹿デカイ病院を建てたのは、非O型の人が全て住んでいるからです。血液型によって重症度が違えば、新薬の効きも違うかどうかを研究できる、都合の良い場所だからですよ。私達は、ただの研究材料にしか見られていない。

 祝い金制度だってそうです。一番の貧しい区はAB型区であるのに、O型が生まれない私達に対して酷い制度だと思いませんか?まるで子供なんて生むなと、言っているみたいじゃないですか。O型を生めないAB型なんて、どうでも良い存在だからなんですよ、きっと。

 ましてやAB型は、AB型の男女の間で必ず生まれるとは限らない。このままだと、AB型は減る一方だ。政府だって、それは絶対に気づいているはずなんだ。なのに、私達には何も対策をしようとしない。それどころか、AB型はもういないだなんて言った。

 SNSで『AB型はまだいる』と、俺がそう言っても信じてもらえない。誰もが俺を批判した。でも、ウノさん」

 名前を呼ばれたウノが、はいと返事した。

「ウノさんは違った。信じて、AB型区まで来てくれた。素晴らしい上司と共に、O型区に利用されているだけのこの土地に来てくれた」

 マツダさんは胸の前で、手を組んだ。祈るように組んでいる。かなり力を入れているのか、長い爪が手に食い込んでいる。

「…外堀の話は、この辺にしましょう」

 マツダさんがそう言った瞬間、体が力んだように見えた。

 脇道に逸れた話を長々と聞いていた俺達は、いよいよかという思いで、僅かに体を前に倒す。

「どうして、非O型区内でも血液型によって住む場所を分けられたか。その答えが知りたいんでしたよね?」

「ええ、そうです…」ウノが何故か自信無さげな声を出す。いや、緊張しているから、弱々しい声を出したのかもしれない。

「それは、AB型を増やさずO型を増やす為、ですよ」

 確かにそれならば、非O型区内を更にA型区、B型区、AB型区に住み分けた理由としては頷ける。

 A型とB型の間で子供が生まれれば、AB型が生まれる可能性はある。しかし、今や住み分けされ、O型を生めば祝い金が貰える。政治家がAB型はもういないと発言するほど、世間にはまだAB型はいると認知されていない。

 そんな世の中でA型とB型が結婚して、生んだ子供がAB型だとなれば、大なり小なりニュースにはなりそうな気がした。

 だがそんなニュースも噂さえも、聞いたことがない。だからマツダさんの答えはしっくりくる。

 しかし引っ掛かることがあった。質問しようとすると、ウノが「そうだとしても、何故AB型を増やさないなんてことになるんですか?」とマツダさんに訊いていた。俺が引っ掛かったことだった。

「全ては、O型区の陰謀なんですよ。新薬の開発をしているが、疑似結核がどうしてO型にだけ発症しないのか。その根本的な理由は未だに解っていないのに、新薬を作っている。

 そんなのはおかしいじゃないですか。だから私達AB型区の住民は考えたんです。O型区の人間は、O型にだけ発症しない理由を知っているはず。だから――」

 俺が「そうだとしても」と遮ると、マツダの頭がこちらを向いた。「そうだったとしても、AB型を減らしてO型を増やそうという考えになるでしょうか」

「それは、O型区が諦めているからでしょう」

「諦めている?何をですか」

「非O型の人間を救うことをですよ。そもそも疑似結核が5000万人の命を奪い、O型は発症しないからと言って、あんな壁を建てて住む場所を分けた時点で気がつくべきだった。新薬の開発なんて、嘘なんだ」

「そんなことはないですよ」

 栗田院長が報道番組で、新薬の開発を進めていること、疑似結核がどうして非O型だけに発症するのか研究していること。

 マスメディアを目にしている日本人なら、誰しもが知っていることだ。

「新興感染症研究病院の栗田院長が言ってるから、でしょう?」ふふっと、笑った息の音が聞こえた。こちらを馬鹿にするような笑い方だった。

「実はですね、私達が飲まされていた薬は薬じゃなかったんですよ。なんと、ただのブドウ糖でした」

「ブドウ糖って、あの、タブレットとかで売られているものですか?」ウノが驚いた声を出した。

「そうです。ただのブドウ糖の塊を新薬だと偽って、私達に飲ませていた。とんでもない詐欺で、裏切りですよ」

 マツダさんの息が荒い。その呼吸だけで、激昂していることがわかった。

「そんな…」ウノが肩を落とす。

 ブドウ糖を飲ませる理由があるのだが、それを言うとどうなるかわからない。

 迷ってから、気になったことだけを質問する。

「何故、ブドウ糖だとわかったんですか?」

「治験のアルバイトをしていた方に、薬をひとつ盗んできてもらったんですよ」

 どうやって盗んできたのかも気にはなるが、それよりも何故薬を盗もうと思ったのかが気になった。

「薬を盗もうと思った理由は?新薬の開発には時間がかかるのは仕方ないですから、そういった面で疑ったから盗んだのではないですよね?」

「ええ、時間がかかるのは知っています」

「なら、何故?」

「疑似結核がO型には発症しないのは何故かがわかっていないから、疑って調べたんですよ。そしたら、ブドウ糖だなんて…。

 O型区の人間は、私達を見放している。見放しているのを悟られないよう、新薬の研究をしているふりをしているだけなんですよ。

騙されていた私達はそれが許せない。」

「私達、ですか」

 マツダさんは、自分だけが思っているのではないと強調するかのように「私達」と言う。

「もし、研究が成功したとして、O型になったら何をするんですか」

「言ったでしょう。復讐ですよ。自分達O型だけが生きてさえいれば、他の血液型なんてどうなっても良い。非O型という差別用語を生み、新薬を研究していると嘘をついて、私達を馬鹿にしている。私達の命なんて、モルモットと同じとしか思っていない。だから、一矢報いるんですよ。O型になって、復讐を果たすんです」

 更に興奮しているのか、呼吸の音が大きくなった。

「あなた達も、憎いと思いませんか?」

 憎い。うっかり声に出しそうになり、唇を噛む。

 確かにO型区がしてきたことは憎い。憎いが、マツダさんの話を聞いていたら別の感情も湧いてきた。

 自分と同じように、O型区に復讐をしたいと思っている人がいる。俺は他人を出しにしようとしたが、マツダさんは違う。成し遂げられるかもわからないO型化計画で、自分自身を変えてまで乗り込もうとしている。

 それは勇敢のようだが、正気な復讐の計画とは思えない。だがそれを言ったところで、マツダさんは計画を止めるだろうか。そもそも俺が止めるよう言っても、激昂している今、素直に受け入れてくれるとは思えない。

 俺は、マツダさんが復讐の為にO型に血液型を変えることはしてほしくない。そう思った。

 ぐるぐると考えながら、冷静になろうと腕時計を見る。もうすぐ15時になろうとしていた。

「…そろそろ空港に戻らないと、日が暮れてしまいますので」

 マツダさんは大きく息を吸い、一拍置いて、息を長く大きく吐いた。

「空港へ送ります」


 ヘリのガソリン代だけ出してもらえば良いという話だったが、操縦士に「マツダさんが全額出すと言ったから、結構です」と言われた。

 そのマツダさんは、空港の入口前で俺達を下ろすと「お気をつけて」とだけ言い、さっさと去っていった。

 青々とした山やビルを越え、無事にA型区の空港に帰ってきた。知っている空気にほっとする。

 操縦士に御礼を言い、背中を向けると「あ!ひとつ忘れていました」と言われて振り返る。

「なんでしょうか?」

「マツダさんからの伝言。長い話を聞いていただいてありがとうございました、とのことです」

「…こちらこそ、貴重なお話しを聞かせていただいて、ありがとうございました。そう伝えてください」

 操縦士はグッと左手の親指を上げた。


 空港を出ると、オレンジの空が少し顔を出していた。

 昼飯も食べずに話を聞いていたので、空腹で腹と背がくっつきそうだ。

 夕飯にしては少し早いが、二人で中華料理のチェーン店で腹ごしらえすることにした。客はちらほらいた。

「なんだか疲れましたね。話が長かったのもありますけど、内容がとにかく複雑だし、独特だし」

 ウノは体を左右に揺らしながら注文した餃子定食を待つ。

「そうだな。文化の違いというと大袈裟かもしれないが、そんな感じだったな」

「…結局、マツダさんが言っていた陰謀って、本当なんでしょうか」

「憶測だろ」

 水を一気に飲みたいが、小さい氷がいくつか口に入る。ガリガリと噛み砕く。

「でも、どうして非O型区内も血液型別に暮らしているのかの答えは、当てはまるなぁって思ってしまいました。あの環境を見たら、説得力がありますよ」

「同感だな。ただ、O型を増やしてAB型を増やさない為という理由は、やっぱり納得がいかない」

 そうですねぇ、とウノが難しい顔をする。

「うーん…。新薬の話はどう思いました?俺はその話で怪しいなって思っちゃったんですけど」

「ブドウ糖だったってやつだな。それは、たまたま薬を盗んだ被験者が、ブドウ糖だっただけだんだろ」

「え、どういうことです?」

「プラセボって知ってるか?プラシーボとも言うが」

「プラシーボなら知っていますよ。偽薬って意味ですよね」ウノが得意気な顔をした。

「そうだ。薬ってのは、名前や効果を聞いて服用すると、先入観だけでも効いてしまう場合がある」

「あ、なんか聞いたことあります。ただのビタミン剤なのに、頭痛によく効くって言って飲ませたら実際に治ったとか」

「それそれ。この薬は効くって騙して飲ませるだけで改善することは珍しい話しじゃない。治験は、薬本来の効果を調べる為に新薬と偽薬、または新薬とそれに似た効果のある薬で比較する為にデータを取るんだ。

 新薬は似た薬がないから、偽薬としてブドウ糖を使っていたんじゃないか」

 納得したらしく、ウノが二度首を縦に振る。

「でもカノウさん、知っていたのなら教えれば良かったんじゃ…?そしたら、騙されていたっていう勘違いぐらいは無くせたかも」

「教えても良かったが、あれだけ疑心と復讐心が強いとなぁ…。

 しかも、マツダさん達が調べたのはだった1錠だけ。仮に新薬の開発が嘘だったとしても、被験者全員の薬の成分を調べなければいけない。本当に治験が行われているなら、半分は新薬のはずだからな。

 もしそれを教えていたら、マツダさんはなんとかして全員分を調べようとするかもしれない」

「確かに。むちゃくちゃ疑ってましたもんね。それで陰謀だ!復讐だ!って。今にも発狂するんじゃないかとヒヤヒヤしました」

 そこで店員が、餃子定食お待ちしました!と元気よく来た。俺とウノの前に餃子定食を置くと、伝票をテーブルの上にあった伝票入れに入れ、カウンターへ戻っていった。

「そういえば、O型化計画って本当に可能なんですかね?」

 ウノは苦虫を噛み潰したような顔で言った。餃子定食が不味いからではないだろう。

「それは流石に非人間的発想というか、人権無視というか…」

 ウノがもぐもぐと口を動かしながら「インモラル?」と言った。

「そう、それだ。出来るかもしれないが、どう考えても背徳行為だ」

 餃子をおかずにご飯を口にいれる。数時間ぶりの飯が味覚を刺激し、脳に快感で満ちる。美味い。もうひと口ご飯を口へ追加する。

「うーん…でも、どうなんですかねぇ。O型区だって俺達を感染源扱いしたり、家族を奪ったりして。向こうの方がインモラルですよ」

「まぁ、そうかもしれないけど、だからって血液型を変えるのは、なんか…違うだろ」

 言葉が浮かばず、曖昧に否定する。

「それほど復讐心が強いんですよ。俺達とは全然違う暮らしをしていたじゃないですか。俺達はまだ交通機関も生きているし、O型との流通もある。AB型区は、みすぼらしいとまではいかないですけど、廃れているのは確かです。綺麗なのはあの巨大な病院だけかもしれません」

 ウノの声が少しずつ大きくなった。隣のテーブルを拭いていた店員が、チラッとこちらを見た。

「ウノも憎いと思っているか?」

 ウノの箸が止まる。困った顔になった。

「…マツダさんほど強い憎しみは無いですけど、疑似結核ひとつで日本が変わったじゃないですか。俺達が差別されたり、O型だからって家族を奪われたり。そういう扱いされるのは、憎いです」

 そうか、とだけ返した。

 お互い、しばらく無言で定食を食べた。

 最後の餃子を食べていると、ウノが「どうなんですかね」とポツリ呟いた。

「何が?」

「AB型区のことです。本当にO型化計画の為の研究しているんでしょうか」

「本気っぽいけどな。大分怒っていたし」

「なんか、どうにかなんないんですかね」

「O型化計画を成功させること?」

 冗談で言ったら、ウノが眉をひそめた。

「違います。止めさせる方法です。なんだか気味悪い復讐の方法じゃないですか」

「止めさせる方法は簡単だろ」

「え?な、なんですか?」

「新薬を完成させる。薬が効けば、疑似結核で死ぬ人間もいなくなるだろ。それに、すぐにとはいかないだろうが、血液型の差別も無くなるはずだ」

 たったそれだけのことなのだ。薬が効けば、不条理ばかりの世の中が変わるはずだ。

「そうですね…。言われてみれば簡単なことなのに、薬が無いだけでこんな世の中になっちゃったんですよね」

 ウノがため息を吐いた。


 店を出て、電車の最寄駅まで移動した。到着した頃には、制服姿の学生が歩いていた。もう夜が近いようだ。

「どうにかなんないんですかねぇ、ほんと」

 ウノは腕を組み、うーんと唸る。

「薬ができるのを信じて待つ。それしか希望ないだろ」

「それはわかってますけど、言わずにはいられないっていうか…」

 学生の騒ぐ声を聞きながら、電車が来るのを待つ。

「でも、カノウさんやっぱり凄いですよ」

「なんだよ突然」

 急に誉められ、気持ち悪くて顔を歪める。

「俺もそれなりにニュース見ますけど、カノウさんは全然上なんですもん」

「まあ、年の功だな」ドヤ顔をしてみる。

 ウノは愛想笑いをしただけで、すぐに表情が暗くなる。そしてポツリと「どうにかなんねぇかなぁ」と言った声が聞こえた。

 電車が来るのを知らせる音楽が鳴り響く。

 ウノに聞こえない大きさで、俺は声を出す。

「どうにかするか」

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