第2話 理由

――過去――



 どうして?

 お母さん、どうして?

 僕の弟が生まれるって、言ってたじゃんか。

 どうしていなくなっちゃったの?

 ねぇ、どうして。


 俺が3歳だった頃だと思う。弟が生まれた。俺は何をして遊ぼうか、どう御世話をしてあげようか、お兄ちゃんとしてすべきことは何か。

 わくわくしながら、待っていた。

 早く会いたいね。

 お父さんにそう何度も話しかけたことを覚えている。

 でも、弟には会えなかった。

 俺の親は、遺伝子型がどちらもAOで、俺はAAだったため親と一緒に暮らせた。

 だけど弟はOO、つまり、O型区に引き取られたのだ。名前をつける前に、弟は奪われた。


 たかが血液型がO型であるだけで、家族を一人奪われる。

 母親はひたすら謝った。俺にも、お父さんにも。

 弟に会えなかったことより悲しかったのは、お母さんが泣きながら「どうしてO型なの…」と言ったことだった。


 俺はまだ『弟がO型だから奪われた』理由がわからなかった。でも、家族を奪った、お母さんを泣かせたO型区の人間が、大嫌いになった。


 小学生になると、どうしてO型と非O型が一緒に暮らせないのか。学校の先生が教えてくれた。

「O型じゃない自分達は、悪い菌に勝てない。それをO型にうつしてしまわないようにするために、住む場所を別にしたんだよ」

 それを聞いて、当時、小学校では嫌いな子にわざと触って「うわー!菌がついたー!」と言い、触ってしまった場所を誰かにタッチすると、その人に菌がうつる、タッチされた人は別の人に、その人も別の人に…という、酷い苛めがあった。

 僕達はO型の人にとって、そういう菌のような存在なのかな。

 そう思うと、名前も知らない弟を取られたのは悪いことなのか、僕はわからなくなった。



――現在――



「駒としてって、どういうこと?」

 ミヤが訝しげな顔をする。

「よく考えてみろよ。今、非O型区で感染している人間は一人もいない。感染した人間が、みんな…死んだからだ。

 なのに、こっちは未だに感染区域扱い。あっちはキャリアがいるのにも関わらず、クリーンな場所だと言う。

 変じゃねぇか。こっちだとO型の子供が新しいキャリアになるからって奪って、あっちで生活させるなんて。そうだろ?」

「確かに」ウノが首肯く「今はほとんどニュースに出てきませんが、疑似結核の感染者や、それにより亡くなってしまった人の人数を報道していましたね。でも、O型区のキャリア人数の報道は見た記憶が無いです。

 まるで、こっちに感染者がいるけど、O型区はキャリアなんてほとんどいないと思わせているような…」

「それだ。俺達は騙されてるんだ。

 このまま黙ってたら、この先もずっとO型だからって子供…家族を奪われる。

 そこで、こっちで暮らしているかもしれないO型の人間を見つけて、O型区の人間に、俺達が暮らしている場所は感染区域じゃないと訴える」

 するとミズノが「それって、O型の人間は必要なんですか?きちんと調査してもらえば、非O型区には感染者がいないのがわかるじゃないですか。O型区にいるキャリアの人数は、公表してもらうように言えば良いんじゃないですか?」

「きちんと調査したところで、ほとんど感染者が出ていないにも関わらず、感染区域扱いしていたことを素直に謝ると思うか?非O型区よりも、O型区のキャリア人数の方が多かった場合、正直に世間に言うと思うか?」

「確かに」と、ミヤが真っ先に反応した。「政治家もO型しかいないらしいし、もしO型区のキャリア人数の方が非O型区の感染者数よりも人数が多いと世間に公表したら、感染区域と言われ卑下された非O型区の人や、家族を奪われた人がデモを起こすかもね」

「デモで済めば良いがな」

「あのー」ミズノが小さく手を上げる。「それで、どうして、こっちで暮らしているO型の人が必要なんですか?」

「こっちで暮らしていると、新たなキャリアになるからと言って、O型区の奴らがO型の子供を引き取りにくるだろ?

 でも、もし、本当にO型の人間が非O型区で暮らして、キャリアにならずに生きていたら、どういう意味だと思う?」

 隣に座っていたウノが、小さな声で「あ、なるほど」と呟いたのが聞こえた。

 ミヤも察したのか、小さく頷いていた。

 アイダとミズノが首を傾げていた。さっぱりわからないらしい。

「キャリアにならずに生きていたら、俺達は感染していない、感染区域ではない、新たなキャリアになるO型はいないと証明出来る。

 しかも、O型の年齢が大きければ大きいほど、生まれてからその歳になるまでキャリアにならなかったということも証明出来る。

 もしそれができたら、O型の子供を、家族を奪う理由がなくなる。

 その証明の為の駒として、そのO型を見つける。一緒に行きたい奴がいたら今ここで言ってくれ」


 みんなはすぐには何も答えなかった。

 最初に発言したのは、ウノだった。

「僕は、いるかどうかさえわからないのに、探すのは無謀だと思います。とりあえずA型区の3丁目で探すにしても、学生の子もいますし、無理かと」

「じゃあ、来週はどうですか?ゴールデンウィークが始まるから、学校は休みですし、問題無いですよ。俺は探したいです」とアイダが言うと、ミズノも「私も休みですから、大丈夫です。一緒に行きます」と言った。

「それでも、デマかもしれない情報を追うのは…」

 ウノの声が段々小さくなった。

「何も非O型区の隅から隅まで探すわけじゃねぇよ。O型が本当にいるかどうかの情報を知ってそうな人を俺は知ってるから、先ずはそこで聞く。それだけだ」

「おお!なんか、探偵みたいっすね!」

 アイダが嬉しそうな声を出した。

「そこで何も情報がない、もしくはわからないって言われたら、O型を探すのは止める。ウノ、どうする?」

 ウノは皆の顔をぐるっと見た後、小さく息を吐いた。

「デマだったとしても、僕を責めないでくださいね?まさか、探して駒にするとか言い出すとは、思ってなかったんで…」

「責めたりしないから、安心しろよ。で?行くのか、行かないのか、どっちだ?」

 肩を組むと「じゃあ、僕も一緒に行きます」と言った。軽く背中を叩き、すぐに離れる。

「決まりだな」

「ちょっと」ミヤが机を3回ノックした。「私はまだ何も言ってないんですけど」

 綺麗な顔の眉間に、皺が寄っている。

「行きたい奴がいたら、って言っただろ。無理に連れて行く理由もないしな。それに、頼み事のある人が来るかもしれないし、誰か一人くらいは残ってくれた方が――」

「行かない、とは言ってないでしょ?」

 ミヤは絶対に行かないと言うだろうと思っていたので、大変驚いた。

「来るのか?」

「O型には会いたくない。そういう風に、人を利用するやり方は好きじゃない。だけど、私達が住む場所を感染区域と呼んでいる、権威ある奴らに報復するには、それが良いのかもしれないって。そう思ったから、行く」

 O型であっても人を利用するのは嫌だが、野放しにする方が嫌ということらしい。

「そうか」

 返答に苦笑したら、ギロリと睨まれた。


 ゴールデンウィーク初日、朝の5時。

 俺が住んでいるアパートから、みんな揃って車で出発した。

 車は、昨日俺がレンタカーで借りた車だ。

「車で行くだなんて、遠い場所なの?」

 朝早くの集合だったこともあり、みんな眠ってしまったが、助手席に座ったミヤは起きていた。

「いや、車で20分くらいかな。いつも行くときは電車なんだが、良い時間の電車が無いからな」

 ミヤが興味なさそうに、へぇと言った。

「そういえば、どうしてこんなに早いの?」ミヤがアクビをする。

 つられてアクビしそうになったが、ぐっと奥歯を噛んで我慢した。

「その人、バーをやっててな。店が23時から6時までなんだよ。酒を飲ませないにしても、そんな夜中にガキを連れては行けないからな。営業時間が終わって、帰る前にマスター捕まえて、話を聞くしかないだろ」

「バー?確かあんた、酒は飲めないんじゃなかった?」

「飲食出来るところ且つ好きな席でタバコ吸える店が、そこにしかなくてなぁ。酒は飲まないから、ソフトドリンク飲んだり、客やマスターと話をして楽しんでいるんだ」

「バーで…タバコ吸って…ソフトドリンク…」

 ミヤの声が震えている。笑いを堪えているのだろう。

「おい、思ってても何も言うなよ?俺だってな、酒が飲めれば飲んでんだ。自分でもソフトドリンクにタバコってのは、イマイチなのわかってんだから」

 クールな性格の彼女だが、ツボに入ったのか、口に手を当てて背中を丸めている。

 もういっそのこと、声に出して笑ってほしい。


 店に駐車場は無いので、近くの有料駐車場に停めた。グゥグゥ眠っていた3人を起こし、店へと歩いた。

 5時30分、店の前に到着した。

「ここですかぁ?」

 ミズノが眠そうな声を出した。

「ああ」

「普通の民家じゃないですかぁ。木造の、2階建ての」

 住宅街から少し離れ、車が通れないほど狭い砂利の脇道を3分ほど歩いたところに、一軒だけ家がある。

「隠れ家のバーなんだよ。一応看板出てるぞ。ほら、表札の辺りにあるだろ」

「ほんとにお店なんですかぁ?俺の実家だ!とか言いません?」

「バーだって。ほら、店閉まる前に入るぞ」

 鍵の掛かっていないドアを少しだけ開けると、隙間から声らしき音が聞こえてきた。まだ客が居るのだろうか?

 顔だけ振り替えると、ミヤ以外がちょっと怯えた表情をしていた。

 やっぱり一人で来れば良かったかもな、と後悔しつつ中へ入った。


 扉の鐘がカランコロンと鳴り、カウンターにいる女性のバーテンダーと目があった。

 微笑みを向けられる。

「いらっしゃいませ」

 片手だけを上げ「マスターは?」と訊くと、「あちらにいらっしゃいますよ」と、テーブル席がある方向を示された。

 その方向を見ると、マスターが一人でテーブル席に座っていた。

 客の声かと思っていたが、テーブル席にいるマスターがラジオをつけていただけだった。

 太い足を組み、デップリ太った腹を両手で撫でながら目を閉じている。

 ラジオから流れているジャズらしき音楽に聞き入っているのか、目を閉じている。

「おい、客が来たぞ」

 右目だけを開けて俺達を確認すると、再び閉じた。

「こんな時間に来る客がいるとはなぁ」

「まだ営業時間だろうが。接客をしろよ」

 マスターが座っている椅子を軽く蹴るが、びくともしない。

「客にしちゃあ、随分と若い子ばかりじゃないか。酒の味を知らなそうな、若い子だ。カノウ君も含めてね」

「若いだなんて照れるなぁ」

 冗談を言うと、皆が冷ややかな目で見てきた。「冗談くらい言っても良いだろ」

「で、何のようだ?」

 両目を開けるのが面倒なのか、それとも寝言を言っているのか、マスターの瞼は下がったままだ。

「ちょっと聞きたいことがあってね」

「こんな人数で、か」

「人数は関係ない。それに、聞きたい事はひとつだけだ。閉店時間になったら、ちゃんと出ていくさ」

 数秒間待ったが、返事がない。眠ったのか?

 一歩近づくと「時間は守ってくれるなら、構わない」と喋った。


 まだ目を閉じたままであるマスターの近くの椅子に皆が座ると、バーテンダーが水を出してくれた。

「で、聞きたい事って?」

「マスターには、情報が集まるだろ?いろいろな」

「場所が場所だからな。A型区の情報は、ほとんど知ってる。と、思っている」

 A型区2丁目の真ん中にこのバーはある。更に詳しく言うと、1丁目と3丁目からそう遠くない場所にある。

 ただ、店に駐車場がなかったり、バス停や電車の駅から歩いて10分以上はかかる。そんな不便な場所にあるのだが、客は多い。そのほとんどが常連客だ。

 俺も常連客の一人だが、なぜ客が多いのかはわからない。

「で、聞きたい事って?」

 マスターが、先程よりゆっくりハッキリと喋った。

 早く質問しろ、と言いたいのだろう

「こっち…非O型区に、O型がいるって話を聞いたことないか?血液型検査を待っている子供じゃないO型なんだが」

 マスターの瞼がピクッと動いた。

 また何も言わなくなった。今度こそ寝たのか?と不安に思いながら顔をじっと見ていたら「聞いたことあるよ」と喋った。

「本当か?」

「聞いたことあるだけだけどね」

「誰が言ってたか、教えてくれないか?いや、その人がどこに住んでいるかだけでも構わないんだ」

「そうは言われてもねぇ。都市伝説か、子供を奪われて精神が病んだ母親の虚言みたいなもんだって、 みんな言ってるよ」

「みんな?」

「ああ」

「マスターもそう思っているのか?」

 2秒ほど黙った。

「いや」

 マスターが小さく首を横に振ると、タプンタプンの顎の肉がブルブル震えた。

「マスターは、こっちにO型がいると思うのか?」

「B型の人がいる地域には、行ったことあるか?」

 突然の質問に、一瞬きょとんとしてしまった。

「いや。B型区にいるのか?」

「それは知らない。だけど、B型区は血液型検査は、遺伝子検査ではなくウラ・オモテ検査をしている人の方が多いって聞くよ」

「それは…どういうことだ?」

「ウラ・オモテ検査ではさ、遺伝子検査と違って、遺伝子はわからないからね。検体をすり替えても、バレない可能性はあるよ」

「そうか…。いや、でも、採血は病院でするんだから、検体のすり替えなんて出来ないはずだ」

「簡単ではないだろうね。でも、病院で働いている人も人間だからさ。子供を奪われて悲しむ母親や家族を見て、何とも思わない人っていると思う?」

「…それってつまり、病院が検体をすり替えてるってことか?」

 マスターはまた黙った。

 5秒待つと「カノウ君は、それぞれの血液型の住む場所が違うことに、疑問を抱いたことはないかい?」と、話を変えてきた。

「O型のキャリアが、今以上に増やさない為、だろ?それより――」

 さっきの話しに戻そうとしたが、マスターが遮った。

「違う。非O型区内で更にA型区、B型区、AB型区がある理由さ。私達は非O型区内ならば、自由に好きな土地で暮らして良いはずなのに、どうして別々に暮らしていると思う?どうして同じ血液型同士ばかりが結婚し、子供を産むのだと思う?」

 その問いかけに、衝撃を受けた。何故気がつかなかったのだろう。

 当たり前に感じていたが、考えれば考えるほど胃の辺りがザワザワと気持ち悪い。

「それを調べてくれないか?」

「え?」

「カノウ君が何故O型に会いたいのか…。それも気にはなるけど、どうして私達も血液型別で住む場所が違うのか、調べてくれないか?

 それを約束をしてくれるのなら、アバウトではあるけど、住所を教える」

 厄介な約束を条件に出されるとは…困った。

「あと5分で閉店ですよ」

 マスターに言われ、店内の時計を見れば、確かにあと5分で6時だった。

 ずっと目を閉じたままだったはずだが、いつ時計を確認したのだろうか。腕時計はしていないから、店内の時計を見たはずだ。

 いやいや、そんなことはどうでも良い。

「その…血液型別で住む場所を分ける理由を知ってる人は、俺達だって知らない。だから、マスターが求めている答えを探し出すのは、難しいかもしれない」

 マスターの反応を見るが、目を閉じ、静かに呼吸をするだけだった。

「そもそも、非O型区では何もわからないかもしれない。それでも良いなら、約束する」

 何も約束にはなっていないのだが、出来るだけ努力をするという気持ちが伝われば良い。

 その気持ちだけで、OKは出ないだろうと覚悟を決めていたが「ああ、構わない」と、あっさりとOKしてくれた。

「ほ、本当か?良いのか?」

「私は、答えが知りたいわけじゃない。情報を手にいれた過程の話を聞くのが好きなんだ。答えはついでで構わない」

「変わった趣味だな」

「旅人が旅を終えた話をしても、つまらないだろう。旅の話を聞いた方がワクワクしないか?

 情報を手に入れることは、旅と似ている気がするんだ」

「…マスターに情報が集まる理由が、ひとつわかった気がするよ」

 マスターはそこでバチッと両目を開けると、見た目とは裏腹に、機敏に立ち上がった。

「住所を教えるよ」

 ズボンから小さなメモ帳、胸ポケットからボールペンを出すと、スラスラ書き出した。

 書き終えると、ビリッ!と引きちぎった。それを俺に差し出してきた。

「ありがとう」

「さぁ、もう閉店だ。出ていってくれ」

 マスターは自分の腹を撫でながら、カウンターの奥へと消えて行った。


 店を出るた。入店した時よりも日が昇っており、外が眩しい。

「まさか、本当に居るとは…」

 ウノは驚愕している様子だ。

「まだ居るとは限らないでしょ。マスターだって、いる可能性があるとしか言ってないし」

 そう言うミヤも冷静ではいられないらしく、腕を前に組んだり、長い髪を何度も掻き上げたりと、落ち着かない様子だ。

「それで、本当にそこに行くんすか?」

 アイダが、俺の手にあるメモ帳の切れ端を指差す。

「ああ。でも、ここには俺一人で行く」

「え?遠いんすか?」

 あのマスターが書いたとは思えない、美しい字で書かれた切れ端をみんなに見せる。

「B型区5番地に居るらしい。確か、中国地方だったはずだ」

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