第1話 3-A

 カノウは四畳半の部屋で目を覚ました。昼の情報番組を見るため、体を起こしてすぐにテレビを点ける。

「日本で死者5000万人を出した新興感染である疑似結核について、今までの研究を振り替えっていきます。新興感染症研究病院の栗田院長に解説者としていらしていただきました。よろしくお願いします」

 女性アナウンサーが頭を下げると、栗田は小さな声で「よろしくお願いします」と言い、軽く頭を下げた。

「感染しない、あるいは重症する、しないは、血液型によって異なるということが、今から約30年前、疑似結核―まだ正式な学名は決定していませんが、日本では結核に似ているため、そう呼んでいます―について最初に発見してから10年後のことでした。

 10年後に、血液型によって違いがあるのを発見したというのは、とても遅いように感じるのですが、栗田先生、どうなのでしょうか」

 見出しに「Landsteinerの法則」と書かれたフリップの前に立つ女子アナから、栗田に切り替わる。

「そうですねぇ。通常、アウトブレイクやパンデミックが起こった場合、人、場所、時間の把握をする。そこから感染症の情報を共有し、隔離対策などをして、さらに拡散することを防ぐんですが、どういうわけか、どんな対策をしても、感染者は増えるばかりだったんですね。

 採血をして、菌を培養して、どの薬が効くか検査をしたりと。そういう検査はしても、血液型を調べるだなんてことはありえなかったんです。なので、O型以外、つまり非O型だけが感染症を発症する、という発見に至るまでに10年かかってしまったんです」

「なるほど。遅い発見だった、ということではないんですね」

「そうです」

「わかりました。えー、何故、非O型が発症するということがわかったのかと言いますと、アメリカの女性医師、アン医師がですね、『これだけ検査をしても、感染を防げない理由がわからないなら、誰もまだやっていない検査をするべきだ』と言い、血液型の検査をしたところ、患者にO型がいないことがわかったと」

「ええ。細菌であることがわかって、ありとあらゆる検査をして、結核に似た細菌だとわかったのが、パンデミックから3年後。それから7年後の、本当に予想していなかった衝撃の結果でしたね」

「そうだったんですね」

 女性アナウンサーが頷きながら、フリップをスタジオの中央に出した。

 テレビ画面がフリップだけになる。

「ここでですね、何故非O型が発症してしまうのかについて窺う前にですね、血液型について、簡単に話しをしますね。

 血液型は、4つの型にわかれています。A型、B型、AB型、そしてO型の4つです。

これらはどの様な違いがあるのかを示しているのが、ランドスタイナーの法則でして」


「下に降りて来ないから、感染でもしたのかと思った」

真剣にテレビを見ていたので、部屋にミヤが入ってきていたことに気がつかなかった。いつの間にか俺の横で、腕を組んで立っていた。

 ミヤはモデル顔負けのスタイル良しな美人で、面倒見の良い姉御肌な女だ。歳は俺よりも下の、20代だったはず。

 部屋に上がる許可をしていないが、その前に、彼女は入る前にノックをしたか怪しい。

 黒いロングブーツは丁寧に揃えてあった。

 何も答えずに視線をテレビに戻すと、いつの間にか画面には栗田が撮されている。


「まぁ、まだハッキリとした結果は出せていないのですが、血液型によって発症するしないということは、血液型の特徴と言いましょうか。そういうものによる違いなのではないかと、必然的に考えたわけですよね。

 ですから、発症する原因となるモノが、それぞれの血液型が持っているあるいは持っていない抗原であるのか抗体であるのか。そのどちらがわかれば、新薬の開発も一気に進むのではないかと、私は思っています」

「新薬が出来るのは、いつ頃になりそうでしょうか?」

「まだ原因となるモノがハッキリとしていないので、断言は出来ませんねぇ」


 そこで、突然テレビが真っ暗になった。

 ミヤの右手を見れば、リモコンがある。彼女が勝手にリモコンを操作し、電源をOFFにしたのだ。

「相変わらず、同じ話しばっかね」

「いや、そうでもないぞ」

 立ち上がって、ミヤからリモコンをそっと取り上げる。再びテレビをつけた。

 栗田の顔が画面いっぱいに映し出された。


「ですから、O型のキャリアの人――いわゆる、感染はしているんだけども、症状が出ない不顕性感染の人のこと。さらに別の言葉で言うなら、保菌者ですね――この方達への…対策…と言うと語弊があるかもしれませんが、まぁ、対応も、考えていかなきゃいけないのかなと。そういう話しも、新興感染症対策委員で、出てきています」

 先程までの栗田は、まるで暗記してきたかのようにスラスラと話しをしていたのに、O型についての話になると歯切れが悪い。


「へぇ。ついにO型区内でも格差をつけるのね」ミヤが腕を組みながら、鼻で笑った。

「本来は、もっと早くにそうすべきだっただろうよ。もう感染しているのは、キャリア共しかいないんだから。こっちで感染した奴は、全員死んでるんだし」

 テレビを消して、リモコンをミニテーブルの上に置く。

 ミヤが居るのは気にせず、七分丈の黒のTシャツ、すっかり色落ちしたジーンズ――いつもの服に着替える為に、服を脱いでいく。

「昔の日本はA型の人の方が多かったなんて、信じられないわね」

「今はO型が6割、A型もB型も2割らしい」

「AB型は?」

「さあな。日本人には、一人もいないんじゃないかって。この間、政府の偉い奴がテレビで言ってたよ」

「それ、そいつの個人的な憶測でしょ?あいつら、非O型区域外のことを感染区域とか言ってろくに調査してないの、知ってるんだから」

「昔だったら、憤慨した人達が集まって、そいつを辞任させるべきだ!って、デモをする人がいたんだろうな」

 着替えを終えて振り向くと、ミヤは玄関に腰を降ろして、ロングブーツを履いていた。

「私としては、O型の方が」一瞬沈黙し「感染原よ」

 勢いよくロングブーツのチャックを上げると、ミヤは部屋を出ていった。靴音が遠ざかる。

 感染原は言い過ぎだろうが、気持ちはわかる。

 そう思いながら、泥だらけ黄色のスニーカーを履いて、外に出た。


 A型区3丁目第1アパート205号室。

 年齢38歳、男、身長180cm以上(自称)、裸眼で視力2.0、酒は飲まないが煙草は吸う。仕事は…治安出動のような厳戒や武力はないが、それと似たようなこと。まあ、お金はもらっているが、ほとんどボランティア活動みたいなことしかしていないから、慈善活動みたいなものだ。

 チーム名というか、組織名というか…。3ーAという名前で活動している。

 学校のクラス名っぽいが、A型区3丁目に住んでいるメンバーだから、俺がそういう名前にした。

 ここは、そんな俺が住んでいる部屋だ。


 2階から1階へ降りると、アイダとミズノがなにやら話しをしていた。俺に背を向けているので、まだ気がついていないようだった。

「姉御、何だか不機嫌だったね。リーダーと痴話喧嘩したのかな?」

 最近、髪の毛をどこまで切ろうか悩んでいる20歳、女、身長は150cm以下、髪型はいつも右側にミツアミしてるミズノが言った。

 ちなみにミズノが言った姉御はミヤのことで、リーダーは俺のこと。

「いや、俺の予想では、リーダーがミヤさんに対して無礼なことを言って怒らせたパターンだと思いますね。リーダーって以外と抜けてるとこありますし」

 高校2年生、18歳、男、身長170cm(自称)、最近はモテようと髪を弄っているが、上手くいっていないらしいアイダが、笑いを堪えながら言った。

 ミズノの右肩に右手、アイダの左肩に左手を載せると、二人は同時に「ぎゃっ!」と声を上げた。

「痴話喧嘩って意味知ってるか?ミズノ?ん?」

「すみません!すみません!」

 ミズノが、自分の顔の前で手を合わせながら、何度も頭を縦に振る。

「で、誰が抜けてるって?アイダ?」

「や、やだなぁ。ジョーダン言っただけっすよー!ジョーダンジョーダン!」

 肩を掴んだまま体の向きを俺の方に向かせる。

「くだらないことくっちゃべってねーで、さっさと歩け」

 二人は「ひえー!」と言いながら、アパートの隣にある、小さな集会場の建物に走っていった。

 俺は一度ため息を吐いてから、ゆっくりと歩いて向かう。


 靴を脱ぎ、軋む廊下を5、6歩進んでから右の襖を開けると、10畳ほどの和室が集合場所だ。

 部屋の中心に置いてある、縦に長いテーブルを囲むようにして、皆は座っていた。

「おー、揃ってるなぁ」

「みんな揃ってるから、あんたを呼びに行ったんだけど」

 ミヤはまだ不機嫌なのか、こっちを見ずにボソボソと話した。

「そっかそっか。ご苦労様」

 空いている場所に座ると、俺の左側に座っていた、24歳、男、身長190cmのガリガリ体型、大学卒業してから3-Aに入ってきたウノが、耳に口を寄せてきた。

「ミヤさん不機嫌じゃないですか。何を言ったんですか?」

「いや、ミヤが不機嫌なの、俺は関係無いからな」

「やっぱり俺が行けば良かったなぁ。いや、不機嫌なミヤさんも美しいですけど」

 何故アイダもウノも、ミヤが不機嫌な原因が俺だって決めつけるんだ。

「いやいや、ミヤが不機嫌なのは、テレビのニュースを見ていてだな…」

「無駄話してないで、さっさとやれば?」

 ミヤの一声に、二人で声を揃えて「すいません」と謝る。

「姉御…かっこいい」ミズノがうっとりした声を出した。


 3-Aは俺、ミヤ、ミズノ、アイダ、ウノの5人で活動している。

 慈善活動みたいなことばかりで、具体的に何の活動しているかと言うと、住人の悩み事や困っている事を解決するという、地味な活動だ。

 平日は朝の9時から夜7時までだが、アイダは高校生、ミズノは大学生のため、二人は夕方からの参加になっている。時々、学校をサボってくる時もあるが、その場合は参加させないようにしている。

 休日は午後からの活動することにしている。活動と言っても、住人が俺達にして欲しいことがあるかの確認や、どう対処するかの話し合いだけだ。

 今日は土曜日なので、午後に集まっている。

「さてと、今日は何かあるか?」

 みんなお互いの顔をチラリと見るだけで、特に何も無さそうだった。

「ほんとに何も無いなら、すぐに解散しちまうぞ」

 一瞬間があってから、ウノが枝のように細い手をゆっくりと上げた。

「あのー、住人からってことじゃないんですけど、妙な噂をSNSで見ちゃって」

「噂?」

「はい、そのー…ほら、もしこっちでO型の子供が生まれたら、O型区に引き渡さないといけないんですよね?」

「そうだな」


 20年前、O型だけ擬似結核を発症しないと知った政府は、東京に検問所を設立した。この検問所が、O型と非O型が住む場所の境目になっている。

 非O型は東京から南に、O型は東京から北に住むように決められている。

 検問所と言っても、感染していない人が自由に南や北を往き来できる訳ではない。非O型区で生まれたO型の子供を、O型区に運ぶだけの通過地点にすぎない。

 東京じゃないところから往き来できるのでは?と思いきや、富山県、長野県、山梨県、神奈川県に、ベルリンの壁のような、長い長い壁があり、よじ登れそうにもないほど高いコンクリートの壁が富山県の端から神奈川県の端まである。

 非O型は東京から南に住んでいる言ったが、正確に言えば、その4つの県を含む場所から南に住んでいる。

 もしこっちでO型が生まれたら、あっちから引き取りに来る人間達が、子供が生まれた近くの場所まで船を使って移動し、そこから陸を移動して引き取る。

 そして、来た道を戻って検問所を通過し、その子供は親…、本当の家族を知らずにO型区で養子として生きる。


「え?非O型から、O型の子供って生まれるんすか?」

 アイダがビックリした顔をしている。

「人間ってのはな、お父ちゃんとお母ちゃんから遺伝子をそれぞれ半分ずつもらって生まれるだろ?血液型も同じ」

「でも、そしたら、やっぱりO型生まれるのって変じゃないすか。だって、こっちにはO型が一人もいないわけですし」

「俺達が言う、A型B型AB型O型ってのは、表現型って呼ばれるもの。実際は血液型の遺伝子も親から1個ずつもらって、AA、AOとかあるんだよ。ちなみに、AA、AOとかってのは、遺伝子型って言うらしいぞ」

「よ、よくわからないっす…」

「だーかーら、例えばな、お父ちゃんの遺伝子型がAA、お母ちゃんもAAだったら、どっちかを1個ずつもらって生まれるから、子供は絶対にAAになる。でも、お父ちゃんもお母ちゃんもAOだったら、子供はAA、AO、OOが生まれる可能性がある。つまり、A型からO型の子供が生まれることは変じゃねーの。

 俺はニュース見てるだけで、医療に詳しいわけじゃないからなぁ。そういう説明しか出来ない」

「え、えーと、うーん?」

 ますますわからなくなったのか、頭を抱えてしまった。

「アイダ君って、ちょっとアホなのかなと思っていたけど、結構なアホなんだねぇ」と哀れむミズノ。

「私はアホって知ってたわよ」とドヤ顔するミヤ。

「結局どういうことなんですかー」と半泣きするアイダ。

「話し進めて良いですか?」と冷静なウノ。

「そうしてくれ」


「どうやってとか、どこでってことは誰も知らないみたいなんですけど、O型がこっちで暮らしているみたいな噂が」「はぁ?」

 ミヤがウノの話しを遮った。

「そんなのあり得ない。だって、今は子供が生まれたら、遺伝子検査で血液型を調べて、母親が退院する前にあっちが無理矢理引き取るのよ?騙しようがないじゃない」

「いや」俺はすぐに否定した。「全部の病院が遺伝子検査をしているわけじゃない。かなり少ないが、ウラ・オモテ試験をしている病院はある。O型がいるってのは、それを待っている子供のことじゃないのか?」


 疑似結核がO型以外に感染するということがわかる前、血液型検査というのは必ずしも必要な検査ではなかった。だから、自分の血液型を知らない人がいることは、珍しい話しではなかった。

 さらに、昔は主流であった血液型検査のウラ・オモテ試験では、4歳ぐらいまでは血液型の断定が難しいため、だいたい5歳を過ぎた頃でなければ検査できなかった。

 しかし、国は「それでは遅い。その子供達が非O型区で新たなキャリアになったら大変だ」とのことで、血液型の診断は、遺伝子検査で検査することを推奨した。

 とはいっても、O型区で生まれる子供はO型だけであるので、そっちでは血液型検査の希望は自由らしい。

 非O型区では、国が建てた病院に入院すると、遺伝子検査によって即座に調べられるが、私立の病院やクリニックは検査を外部に委託する所が多い。

 その他の病院では、ウラ・オモテ試験が出来る年齢になるまでは親の下で暮らし、O型だった場合は病院が国に報告し、引き離されるという、さらに残酷な結果になることがある。

 もっと残酷な話がある。O型を生んだ場合、国から祝い金がもらえる制度が出来た。O型の子供一人当たり100万円だ。

 その制度による祝い金目当てに、O型の子供を生む人間が沢山いる。

 金の為にO型の子供を生みたいと願う、下衆な人間もいるのだ。


「いや、俺も見ただけで詳しいことはよくわからないんです。O型区に何かしらイタズラしたいだけのモノかもしれませんし、リーダーが言った事かもしれませんし。ホントのことかなんて、俺にはわからないですよ」

「イタズラよ、絶対に」

 ミヤは信じたくないようだ。

 みんな無言になると、アイダが「あのー、リーダー。O型がこっちにいたら、何かマズイんすか?」

「ああ、マズイね。遺伝子検査で自分の子供がO型なのに、引き渡さずに子供を連れて逃げたり、血液型検査を終えているはずの年齢、6歳になっても国に報告せずに黙っていた場合、報告義務違反で犯罪になる」

「えっ、そうなんすか?」

「そうだよ。だから最近は、自分の子供を育てたい人は、相手の血液型の遺伝型で決めるのが多いらしい。子供を取られたくないからな」

「はいはい!」ミズノが右手を上げる。「なんかいろいろヤバそーなら、本当にいるか、調べた方が良くないですか?」

「無駄よ」ミヤは一蹴した。

「でも姉御…。どこにいるかわからないってことは、3丁目にいるかもしれないんですよ?ここにいるかいないかを調べるだけでも、やった方が良くないですか?

 もしそのO型がキャリアになっちゃったら、大変な事になっちゃうかもしれないですよ?」

 ミヤは少しの間だけ目を閉じると、ため息を吐いた。

「私は、嫌。それに、そんな親が居たとしても、私達には関係無いでしょ?O型の人間を隠しているからって何?キャリアになったら、近づかなきゃ良いでしょ。調べるメリットが無いじゃない」

「姉御…」

「例え本当に居たとしても、それが子供であっても、O型に会うべきじゃない。だってO型は」「ミヤ」

 名前を呼ぶと、ミヤはゆっくりと顔をこちらに向けて、俺の目を見た。

 怒っているかと思っていたが、表情は悲しげだった。

「確かに、俺達にはメリットの無い話しだ。けど、使えるんじゃないのか?やつらに訴える駒として。

非O型区にはもう感染者がいないのに、感染区と呼び続けているO型区に、俺達の怒りを訴える為の駒として」

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