もやし
わたしは子供時代、母親から、もやしっ子と呼ばれていた。ガリガリに痩せていたが、身長は学年で一番小さかったから、かなり小さなもやしっ子である。最も、肉も魚もお菓子も食べるのを禁じられれば、痩せて誰でも、もやしっ子になる。(食に制限がある変わった家庭だった。)
だから、子供の頃はもやしにあまり良いイメージは無かった。
「はい。できたわよ!」と言って母親がただ茹でて鰹節をかけただけの大皿いっぱいのもやしを、まるでご馳走のように食卓に出す様も、それを大口をあけて口にほおばる父親の無表情なその姿と咀嚼音が記憶に残っている。
だが、わたしはもやしが好きだ。もやしは、子供時代のわたしの好ましくない思い出を超えて、美味しいと思えるからである。
味噌ラーメンに乗った、シャキシャキした程よい硬さのもやしを想像してほしい。
焼きそばの、紅ショウガと青のりの下にある、麺と絡まっているもやしを想像してほしい。もやしの存在がいかに大切かが分かるはずだ。
苦学生時代。シーチキンと一緒に炒めたもやしは、それだけでおかずになった。貧乏生活の心強い味方だった。
……わたしは、もやしにいささか思い入れがあるのだ。
*
嫁が、一袋のもやしをボウルに入れ、その上から、ふえるわかめを振りかけた。同時にポットで湯を沸かしている。
『何を作る気かな?』
湯が沸くと、そのままもやしに注いだ。わかめは少しずつ増えていく。
何事にも口出しされるのを嫌がる嫁。「何を作っているの?」の問いに怒ったように答えた。
「このままほっときゃ食えるようになるんだよ!!」
どうやら、もやしをカップメンと同類だと思っているようだ。
暫く放置した後、もやしと増えたわかめをザルにあけて水で洗っていた。じゃぶじゃぶじゃぶ。『どうやって食べるのだろう……』
嫁は、そばと一緒に、つけ汁にもやしとわかめを入れて食べていた。
わたしも、同じように食べてみる。
『こ、これはきついぞ』
もやしの袋を開けた時につんとにおう青くささ。それがそのままもやしの味になっていた。湯につけたから、いくらか柔らかくなっているが……。
わたしはドレッシングを多めにかけ、サラダとしてなんとか食した。
翌日。もやしを買ったわたしは、ほどよい硬さに炒めてラーメンの具にした。
『もやしはこうでなくちゃ……』
今朝……。
嫁が冷蔵庫からもやしを出した。
『今日はどのように使うのかな……ドキドキ』
しかしそれは、しっかりと炒められて食卓に出た。炒め過ぎで、しゃきしゃき感は皆無だったが、贅沢は言うまい。
「今日は炒めたんだね」
「うん。あのね、時間があればね、炒める事なんてできるからね」
ちょっと言い訳のようにも感じるが、いつも一生懸命の嫁にこれ以上は要求しない。
わたしたち夫婦は、もやしがエピソードになるくらい、平和に過ごしている。
感謝な事である。
嫁は次に、どんなもやし料理を作るのだろう。……ドキドキ。
私の嫁は変わり者 @yomekawarimono
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