第27話 死すべき義務

「まずその……この世界の現状に関して、なんですけども」

『ああ、――滅びかけてるね。ここんとこ世界樹の調子もずっとおかしいし。長くはもたんだろう』


 ”魔女”が、今日の天気について話すみたいに言う。

 すると、『ええーッ!』と、一人悲鳴を上げる者がいた。ステラだ。ちょっと色々ありすぎて存在感がなかったが、彼女もテーブルに着いていたらしい。


『おばあちゃん、それほんとうなの?』

『まあね。”人族”どもがせいさ』

『そんな! あ、あたし、初恋だってまだなのに!』

『落ち着きな。――滅ぶっていっても、明日明後日ってんじゃない。百年後か……早けりゃ五十年後か。正確な日取りはわからんが、それくらいじゃないか?』


 京太郎は頷き、同意を示す。


『そう。……じゃ、そこそこ楽しむ時間はあるわけね?』

『そういうこと』

『ならいいけど』


――えっ、いいのか?


 内心突っ込むが、異世界の人生観についてあまりあーだこーだ言っても仕方あるまい。


「そこまでご存じなら話は早い。……私は”魔族”を再び繁栄させて、この世界を救うために来ました」

『ほうっ』


 ”魔女”は興味深そうに身を乗り出し、


『てっきり、あんたらはあたしらのことが嫌いだとばかり思っていたがねえ』

「とんでもないです。……手を尽くして救えるものを救わないのは……なんというか、良くないことだと思いますし」

『ふーん……』


 そして、その不可思議な女性は京太郎の顔をまじまじ見て、


『あんた……どーやらこれまでの管理者とはひと味違うヤツみたいだねえ?』


 そう言われるのは、今日で二度目だ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。


『とはいえ、あんただってまだこっちに来て日が浅いんだろ? しばらくここの現状見て、気が変わらないことを祈るがねえ』

「……救いようのない出来事がこの世のどこかで起こっていることはわかってますよ。でもそれだけで世を拗ねるほど若くもないんです」

『言うねぇ。あたしに言わせれば、あんたなんてまだ生れたての雛鳥みたいなもんだが』

「ははは」


 営業用のスマイルを浮かべる。

 ちなみに、テーブルに着いてからこれまでの会話中で、”魔女”が笑みらしいものを浮かべた瞬間は一秒もなかった。

 先ほど大声を上げて笑ったときもそうだが、彼女にはどこか、感情が欠落しているようなところがある。

 仮面でも被っているみたいに顔面は硬直しているし、瞳孔は相変わらず開きっぱなしで、瞬きもせずにこちらを凝視しているものだから、やりにくいったらこの上なかった。


――やはり、”お菓子の家”の一件が尾を引いているのだろうか。


 そりゃそうだよな。ステラ曰く、暴れ回ったって話だし。

 それでも、京太郎は思い切って訊ねる。


「それで、ですね。私ここには、”魔族”の繁栄のためにできることがあれば、と思って来た次第なんです。できればその辺、お手伝いいただけませんか」

『手伝い? あたしが?』

「はい」

『いやよ』

「え」

『嫌だって言ってんの』

「しかし……」


 京太郎は一瞬、ステラの方を見る。ステラは紅茶にぱさりぱさりと粉砂糖を入れて、味を調えているところだった。


「お孫さんもいますし。できれば、みんなニコニコ長生きできる世の中がいいのでは?」

『そのために”人族”と戦争しろっていうのかい。言っておくが、あたしに言わせりゃその方が地獄よ』

「そう……なんですか?」


 戦後の生まれの京太郎には、戦争というものの本質がわからない。『ガンダム』みたいなものだ、というくらいにしか。


『そうさね。”人族”がいっつも腹の内で溜め込んでる他者への憎悪、妬み嫉みや差別意識をこれでもかってくらい解き放つのが戦争ってモンだ。できりゃあ”人族”同士で殺し合ってもらうのがベストなんだが、”勇者”がそれを許さないからね。今んとこ、殺しと略奪趣味の連中は、小さなところで小競り合いするしかない。……もしここで、あたしらがどこぞに移住してごらん? すぐさま”人族”総出の袋だたきが始まるってもんよ』

「そうは……私がさせないつもりですが」

『無理無理無理。あんたら”管理者”じゃあ”勇者”を倒せないからね。この世界の原型を創った、――ホンモノの造物主がいるってんなら話は別だが。あんたらただの下請けだろ?』

「ふむ」


 詳しい知識を持たない京太郎には、イエスともノーとも応えられない。

 ただ、これほどの知恵者に真っ向から反対されると、やはりこの仕事は生半可に解決させられるものではないことがわかった。


『あたしらは、とっくの昔、……この、最期の箱庭に逃げ込んだ時点で、ゆっくりと滅びることを選んだのさ。いまさら足掻くつもりはないよ』

「それは、……”魔族”の総意ですか?」

『違う。あたしが決めたことだ』

「そんな、何の権利があって……」

『あたしは”魔王”の妃だよ? そしてこの”迷宮”は最後の領地だ。ここに棲まう者全ての、……”魔族”の行く末を決める権利がある』

「そうなんですか? ……しかし、もっとこう、民主的に国民投票とかで決める、とか……」

『あんたらがときどき口にする”民主的”なやり方はね、”魔族”には合わんのさ。あたしらは昔っから知ってるからね。知性も、その者の性質も、神は平等にお与えにならないってことをさ。……だから、一部の頭の良いものが群れを統治するのが正しい・・・。才なき者は才ある者に命ぜられて死ぬ義務がある』


 これには、シムが発憤した。


『ま、”魔女”さま、……! そ、そ、そんな言い方……』

『経験的に、あんたがそれを一番わかってるだろう、”亜人”のぼうや。”リザードマン”が群れを統治できるかい? ”ラットマン”に狩りができるか?』

『それは……』

『あたしは、この”迷宮”にいる誰よりも頭が良いし、強い。だからここの連中に、ゆっくりと死んでもらうことに決めたのさ。……もし、それが嫌だってんなら”迷宮”から出るのは自由だ。それは制限してない』

『うう……』

『このことは、群れの頭領、……あんたの父親、それにリムだって納得済みのことなんだよ』


 京太郎は腕を組み、なんとか”魔女”の意見を呑み込もうとする。

 理屈は……わかるように思える。

 だが納得できるかどうかは別だった。

 坂本京太郎が住む現代社会では、老人や子供、身体の弱い人は社会によって守られるべき存在であり、無意味な死(それが、自分の意志によるものであっても)はなるべく避けられるべき事柄であるためだ。


「しかし……」


 その時だった。


 じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!


 ほとんど空気が読めないタイミングで、定時が訪れた。


――くそっ。


 時計を見ていなかったせいとはいえ、苦い気持ちになる。


――誰だ、九時五時とか決めたのは。


 労働基準法遵守すべしという考えの京太郎ですら、その時ばかりは定時を憎む。


『……おやおや。時間切れ、かい?』

「はい。でも明日、九時過ぎにここに来ます。その時にまた」

『いいとも。最近来客も少なくて退屈してたところだ』

「それと、……この子、シムを一晩、泊めてもらっても構わないですか?」

『構わんよ。特製のレモネードをご馳走してあげよう』


 京太郎は友人の肩を叩いて、


「だそうだ。わかったね?」


 シムはこくりと頷く。

 そして京太郎は立ち上がり、胸の中にもやもやを抱えたまま、異世界を後にするのであった。

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