アカハラー不当な評価は断固抗議いたしますー【2】
「キャーッ!!」
「橘さぁーん!」
女性陣の黄色い声が耳に突き刺さってキーンとする。先輩の気合の声がぜんぜん聞こえないよ。
私にとって2度目の大学祭。
毎年行われる剣道サークルの交流試合は、先輩が入学した年から女子の見学者数が増えたとかなんとか。
大学生になってますますイケメンに磨きがかかった先輩を狙う肉食女子の多さに、私は悟りを開いていた。
どんな肉食女子が来ようと、心を仏にしてそれを受け入れてみせる……
──ドンッ、ゴトンッ
「…………」
「ごめんなさーい」
「お弁当落としちゃったー? わざとじゃないのーごめんなさいねー」
くすくすくすと鳥が囀るような笑い声を立てながらニヤニヤ笑う女生徒たちに私の仏の顔がピキリと引き攣った。
……中には、私が先輩の彼女であることを認められないという人たちがあからさまな嫌がらせをしてくるんだ。このように、わざとぶつかってきて先輩のために作ったお弁当を台無しにさせたりね……
いつも私と先輩がラブラブ昼食とっているのを知っているからやったんだろうが……! …このアマァァ……よくも!!
「あやめ?」
思わず般若の顔になっていると先輩に声を掛けられたので、私は瞬時に顔を元の仏に戻した。先輩の前で般若はダメ。
「落としたのか」
「すみません。すぐさま出店で何か買ってきます!」
ぐちゃぐちゃになったモノを彼氏様に食べさせるなんて私のプライドが許さない!
代わりのものを買ってこようと踵を返そうとすると、先輩に手を掴まれて阻止された。
「大丈夫、多少崩れても味には問題ない」
「だってぐちゃぐちゃですよ!?」
先輩は私の気持ちなんてお構い無しでお弁当箱を広げて、食べ始めてしまった。落とした衝撃でスゴイことになっているお弁当。私は惨めな気持ちになっていたが、先輩は「うまいよ」といつものように感想を言うのだ。
……いつも美味しそうに食べてくれる先輩。その笑顔が素敵…もう……好き。
「…先輩、さっきの試合、一番かっこよかったです」
「…そうか」
先輩はいつだって私を大切にしてくれる。
以前までは優しさを周りにも振りまき、私はそんな先輩にヤキモキさせていたが、ここ最近じゃ私を最優先してくれるようになった。肉食系女子達の差し入れをすべて断り、当然ながらアプローチもはっきりきっぱりお断りしている。
もうね……普通に惚れ直すから。私メチャクチャ愛されてるなぁと幸せを噛み締めてるから。
肉食系女子達の眼力が怖いけど、私は幸せです。
「あと一試合で終わるから、そしたら学祭観に行こう」
「はいっ! 最後まで応援してますね!」
私が気合い入れて応援すると意気込むと、先輩が私の両頬を片手で掴んでほっぺをブニュッと潰してきた。
照れ隠しにしてはひどくないか。
その後めちゃくちゃ大学祭エンジョイした。
大学祭は終わり、後夜祭に移った。
学生のための文化祭といえど、外部からやってきたお客さんや大学教員達も混じって楽しんだ数日間。
私のサークルも去年とは違った出し物で楽しかったな。今年は先輩といっぱい過ごせたし、楽しかった。
途中、後輩の長篠君が私達に絡んできて、要らん事を言ったことで、長篠君の顔面を先輩が掴んで握るという事件が起きたけど、その事以外は特に問題もなく、平和に大学祭を楽しんだ。
先輩からアイアンクローされた長篠君はその後もケロリとしてしばらく私達につきまとっていたよ。
『巨大餃子早食い大会優勝者は、工学部3年大久保健一郎くんです! 大久保くんには約1年分の学食割引券をプレゼントいたします!!』
後夜祭イベントの早食い対決に出場した大久保先輩が優勝していた。彼は高々と拳を天に突き上げていた。
この対決の優勝賞品が学食割引券と聞いた彼は数日前から大食いに備えて胃のコンディションを整えていたらしい。成人男性の顔1つ分の大きさはあった餃子を彼は見事食べきった。
すごいな。中の餡を箸で掬って食べる姿を見ていると、胃もたれした気分になったぞ。あれ中身までちゃんと火が通っているのかな…皮とかも分厚そうだったし……とにかく油がすごそう。いくら大久保先輩の胃が健康でもきつそうだ……
「先輩は参加しなくて良かったんですか?」
「早食いは苦手なんだ」
そういった先輩の顔はまるで胃もたれを起こしているような表情を浮かべていた。私と同じく胃もたれ気分を味わっているようであった。
【ビンゴの数字が18の人!】
「あっ! ビンゴなりましたよ! はいっはいっ!」
参加制のビンゴゲームは一口500円で参加できる。私と先輩はあわよくば賞品ゲットという下心で参加していたのだが、ここにきて私の持っていたビンゴゲームの数字が縦一列に揃ったのだ。
手を上げて実行委員にビンゴになったことを告げると、ビンゴカードと引き換えに賞品を渡された。
賞品は、ネズミの国入園パスポートペアチケットである。
「やったぁ! 先輩当たりましたよ!!」
「良かったな、春休みの旅行先はそこに決まりだな」
「ホテル代と交通費頑張って稼ぎましょう!」
ここに来て旅行先が無事に決まったぞ。
いいじゃないかネズミの国。間違いなく楽しいに違いない。そうと決まれば計画を建てなきゃな。春休み期間中になると、どうしてもホテル代金とかが高くなる。少しでも安い日付で設定しないとな。
「ネズミの国でお揃いの耳付けましょ先輩」
「図体でかい男が付けても仕方ないだろ」
「そんなことないです。絶対に可愛いです!」
私は先輩と手をつないで打ち上げの花火を眺めた。学生たちは花火に歓声を上げて盛り上がっている。
最後に大きな花火が夜空に打ち上がったその瞬間、先輩にキスされた。触れるだけの軽いキスだったけど、周りの人にバレてしまわないかドキドキしてしまった。せ、先輩なんて大胆な…!
私は恥ずかしくなって先輩の胸をバシバシ叩いて周りを見渡した。誰もこちらを見ていない。
……真っ暗だし、みんな花火見てるから……誰も気づいていないよね?
■□■
「…本当に君は使えないね」
「も、申し訳ありません……」
「いいかね、助教なんて代わりは掃いて捨てるほどいるんだよ。別に君じゃなくとも構わないんだ」
「そんな…」
不穏な会話を聞いてしまった。
たまたま偶然なのだ。講義後に化粧室でお化粧直しをしていると、その外でそんな会話が聞こえてきたのだ。
ちなみにここにいるのは私一人ではない。先程まで同じ講義を受けていた蛍ちゃんも一緒である。同じく化粧直しをしていた蛍ちゃんはリップを塗る手を止めて固まっていた。
私たちは音を立てないようにその会話を盗み聞きする。彼らは化粧室に女子学生がいるとは想定していなかったのだろうか。
「君みたいな無能な人間がここを辞めたとしてどんな事ができるかね。…私に恥をかかせないでくれよ。とにかく、すぐさま書き直すように。今度の学会に間に合うようにしなさい」
「……はい……」
私と蛍ちゃんは音を立てないように、化粧室の入り口からそぉっと覗き込んだ。
今しがた話をしていた人物は両者とも背中を向けていたので顔は見えなかったが、彼らは先程まで私達が講義を受けていた科目の教授と准教授ではないか。
──そう、例の椹教授である。
その隣でガクリと項垂れている准教授は萎縮しきっている。普段からこの2人の上下関係は厳しいなぁと思っていたが、こんなにも罵倒される間柄だったのか。椹教授はフン、と偉そうに鼻を鳴らすと、踵を返して去っていった。
論文か何かに問題があったにしても無能とか代わりはいるという発言はあんまりじゃないか?
「江島准教授、大丈夫ですか?」
「…あ……恥ずかしいな、今の聞かれちゃったかな? 大丈夫だよ。…いつものことだから慣れてる」
蛍ちゃんの声かけに准教授は苦笑いをしていたが、その顔は明らかに落ち込んでいた。きっと学生の前だからやせ我慢しているのだ。彼は気まずげに「じゃあ」と言ってその場から立ち去ってしまったが、私も蛍ちゃんも微妙な表情を浮かべていた。
何だ今さっきの。
あの教授、言って良い事と悪い事の区別をつけられないのか? 助教はあんたの下僕じゃないんだぞ!
先日私もさっきの椹教授にイチャモンを付けられたばかりだったので、准教授にひどく同情してしまった。
教授として、色々と指導することは多いだろうが、それでも言い方というものがある。あんな相手を見下して罵倒するのはどう考えてもパワハラである。
「…あやめちゃん、先にサークルに行っててくれる? 私ちょっと常田教授のところに用事思い出しちゃった」
「え? あ…うん」
もしかしたら常田教授に相談しに行ったのかも。
頭固くて親しみにくい常田教授だが、彼はそれなりの地位にいる。そして何より蛍ちゃんのお父さんの元学友として蛍ちゃんを娘のように思っているようなので、彼女の相談に乗ってくれるかもしれない。
それにこないだ私も常田教授に助けられた。……多分、彼は椹教授と渡り合える人だと思うんだよね。
大学って派閥争いがあんだよねぇ……教授になる人はそのまま学問一本で来た人が多いから、社会一般常識の抜けた変わった人も多い。それでもまともな人ももちろんいるけどね?
学問が大好きなだけで教授になった人や、教育には興味がない教授もいるし、学生はそれに振り回されっぱなしである。
これでも最近はアカハラに厳しくなって、学生も知識をつけるようになったけど、それでも被害に遭う人はいるんだよな…
会話を聞いていただけだけど、私まで椹教授の負の言葉に影響されて嫌な気持ちになった。
学業は学業で分けて考えたいけど、椹教授に苦手意識が生まれてしまって、彼の講義を受けるのが憂鬱になってしまった。
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