私は先輩が先輩だから好きなんだ。私の想いはちゃんと伝わっている?


「絶対にあんたよりも愛してもらうもん。彼氏ができたら見せびらかしに来るから!」


 後日、私の家にクリーニング代と菓子折りを持って謝罪に来た関さんは相変わらず夢見る乙女女子な発言をしていたが、もう攻略対象だった男子たちには付きまとわないし、私を害する行為もしないと誓ってくれた。その件はちゃんと反省したようだ。

 でも一応念押しはしておいた。


「最後に聞かせて。…誰推しだったの?」


 彼女からの問いに私は考え込んだ。

 私は攻略対象目当てというよりライバル役の雅ちゃんが推しだったからその延長線上でプレイしていたんだよなぁ…

 彼女の問いにどう答えるか私は少し迷った。でも嘘をつくのもよくないなと思ったので正直に答えた。


「…小石川雅。副会長の婚約者のライバル役の子が私の推しだった」


 関さんは目を見開いて固まっていたが、誤解しないでくれ。アイドル崇拝のような形で憧れていただけだ。私と雅ちゃんはGLな関係じゃないよ? ピュアな関係だからね!?

 …まぁ、ゲームの風紀副委員長のことは気になってはいたよ? だけど推しというほどでもなかった。それに私はゲームの中の橘亮介より、現実の先輩のほうが好きだし、愛しているから! と彼氏を如何に愛しているかを熱弁したら「もういい」と関さんに死んだ目で拒否られてしまった。

 

 私が先輩の話をすると橘兄もそんな顔をするな…。私の彼氏様が素敵だという話をもっと聞いてほしかったのにな。



 彼女はあの乙女ゲームのヒロインと攻略対象よりもキラキラした恋をしてやる! と意気込んでいたが、紅愛ちゃんによるとあの高校で眞田先生を追いかけ回して悪目立ちをしていたので、浮いた存在らしい。

 でも関さんはメンタル強そうなので、なんだかんだで大丈夫そうな気がする。




■□■




「私が本当に転生者だったらどうします?」


 あの日、関さんによって転生者だのモブだのと色々とバラされた私だが、先輩の言葉で安心できた。

 しかしその時の話題が全く出てこないので逆に不安になってきてしまった私は、思い切って先輩に尋ねてみた。先輩はもしかして夢見る関さんの戯言や妄想だと思いこんでいるのかもしれないという可能性もあるが、どうにも気になってもやもやするのだ。


 ここは先輩の部屋。私と先輩以外誰もいない。二人で勉強中だったため、音楽もテレビもつけていない部屋は静かだ。台所の冷蔵庫のモーター音だったり、外を走るトラックの音、冷房の風を送る音がやけに大きく聞こえてきた。

 …私の言葉を受けた先輩は勉強していた手をピタリと止めた。


「…言っただろ。それでも構わないって」


 先輩は呆れた様子だった。あまり本気にしていないような印象だ。…もしかしたら本当に彼女の妄想話だと思っていたのかな? だけどここまで来たら引き下がれない。私は更に切り込むことにした。


「…関さんの言っている事が本当だったらどうします? …前世の私がこことは別の世界で生きていて、私が先輩たちの運命の相手のことを知っていたとしたら」


 私が馬鹿なことを質問しているという自覚はある。そんな事聞いてどうするんだと自分でも思っている。だけどあの日の話題が出てこないことが逆に心配で…

 私がドキドキ息を呑みながら彼の返答を待っていると、先輩はため息を吐いた。そして彼は手に持っていたシャーペンを机の上に置くと、こちらへと手を伸ばしてきた。

 私の頭をいつものようにワシャワシャ撫でてきたその手は優しい。彼は仕方がないなと言いたげな顔でこう言ったのだ。


「…もしも仮にそうだとしても、それを含めてのあやめだろう。問題ない。…それに運命の相手だの何だのよりも、自分の相手は自分で決めたいからどうでもいい」


 全ては言わなくてもいいみたいだ。先輩も別に興味ないみたいだし。

 転生者という頭おかしいと言われそうな単語、絶対に先輩にも親兄弟にも話す気はなかった。知られても私の記憶はほぼあの乙女ゲームだけだから妄想話だと笑われちゃうに決まっているもの。


「…先輩、もうこの話はしないから聞くだけ聞いて。私ね、先輩の運命の相手に気が引けて、最後まで先輩のことを諦めようと思ってたの」


 先輩の側に寄って行って彼の背中に抱きつくと、私は勝手に自供し始めた。

 私がスッキリするために吐かせてくれ。別に理解とかしなくていい。ただ私の想いを知ってほしい。


「…私は先輩を好きになっても、結局は結ばれない人間だと思っていた。…でもどんどん好きになって、好きって気持ちが抑えきれなくなった。…だからね、先輩が同じ気持ちだってわかった時、本当に本当に嬉しかったの」

「……知ってる」


 胸に回した手に先輩の大きな手が重ねられた。先輩の皮膚の厚い、硬い手の平。私はこの手が大好き。いつも私を守ってくれるから。

 先輩の落ち着いた声も大好き。特に電話で聞く声はいつもよりも低くて、いつまでも聞いていたくなる。

 真面目で堅物で甘いものが苦手の橘亮介。…彼も人間なので、長所も短所もある。だけど全てひっくるめて、ここにいる先輩が大好きなんだ。ゲームの中の先輩ならここまで好きになることはなかった。


「…先輩大好きだよ。私も先輩が先輩だから好きなんだよ」


 先輩にぎゅうとしがみついて自分の想いを伝える。私のこの想いが先輩に伝わればいい。私はあなたが想うよりもずっとずっと好きなんだって。


「…うん…俺も好きだよ」

「ううう…すきぃ…」


 先輩の好きを頂いた私は我慢できなくて、先輩の背中から離れると、先輩の前に回って首に抱きついた。

 勢い余って先輩の身体を押し倒してしまったが、気を遣う余裕もなくて先輩の唇に自分のそれを重ねた。私は好きという気持ちを込めて先輩にキスを送る。先輩とのキスに夢中になっていたら、いつの間にか形勢逆転となって、私が床に押し倒されていた。攻守逆転した先輩は私の首元に顔を埋めると、サワサワと私の身体を撫で始めたのだ。


「あっ、先輩待ってまだ!」

「わかったわかった」

「やだ! もっとキスして!」


 私の洋服の裾に手を突っ込んで不埒な真似をしようとする先輩の首を抱き込んで、私はキスを求めた。

 キスがいいって言っているのに、何で私の洋服脱がすの! 

 先輩のエッチ! 馬鹿! 好き好き超好き!


 先輩に抱き上げられてベッドに連れて行かれると、私達は夢中になってお互いを求め合ったのだ。 


 先輩は容赦なかった。私の声は枯れてしまった上に、身体が重くて動けなくなったので、帰りはおんぶして家まで送ってもらった。先輩の体力についていけないんだから少しは加減してくださいよ…。

 先輩の野獣……でも好き。




 

 あのゲームを始めたのは…何故だったっけ? そのきっかけすら私は覚えていない。

 自分が何者で、どんな世界で生きていたのかもわからない。ただ、常識や環境が似通った生活をしていると感じるので、多分私の前世は日本人、もしくは同じような文化の世界に生まれたのであろう。おそらくそのはず。


 惰性で始めたゲームで最初に惹かれたのはライバル役の雅ちゃんだ。彼女の潔さに憧れた私は特典のミニドラマに彼女が出てくることを期待して、それを見るために、全ルートコンプを目指したんだっけ。何度か失敗を重ねながら、各攻略対象の事を知っていった。

 推しの攻略対象がいなかったとはいえ、私にもキャラの好き嫌いはあった。久松は嫌いだったし、俺様会長やクズ副会長も好みではなかった。

 その他のキャラはまぁまぁ…中でも風紀副委員長が謎すぎて気になる存在ではあった。

 だけどそれだけ。現実に登場しない異性に熱を入れることはなかった。

 敵わない恋はツラいだけだ。私はあくまでゲームだと割り切っていたから楽しむことしか意識していなかった。



 高校2年の春に花恋ちゃんと出会って、私が乙女ゲームの世界に転生したのだとわかった時は、乙女ゲームイベントが間近で鑑賞できると傍観者気取りだったのに、いつの間にか先輩と関わることが増えて、恋に落ちていた。

 諦めようと思っても諦められるものじゃなかった。お付き合いして3年目の今でも先輩に恋をしている自分がいる。

 モブとかそんなのどうでもいい。私も先輩も同じだってわかって本当に良かった。そうだよ、先輩が言うように私だって先輩が先輩だから好きなんだもの。それが理由で充分なんだ。


 今では先輩にべた惚れ状態だ。

 今年はちょうど3年目で倦怠期突入とは後輩に言われたけど、私の中にはその気配がない。更に先輩に惚れてしまって、私は恋煩いで死んでしまいそうだ。…先輩好き。

 

「…先輩、好きだよ」


 おんぶの体制で、背後から先輩の耳にそっとささやくと、先輩の耳が赤く色づいたように見えた。私はふふ、と笑うと、先輩の肩に顔を預けて身体越しに伝わってくる先輩の鼓動に耳を傾けた。

 

 先輩にも、もっと私のことを好きになってもらいたい。そしてずっとずっと一緒に歩いていきたい。シワシワのおじいちゃんおばあちゃんになっても共に。

 私の想いはちゃんと先輩に伝わっているかな?


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