堂々と行きましょう。私はもうあの頃の中学生ではないのだ。
相手は顔をしかめて睨んできた。私が言い返してきたのが気に入らないのだろう。昔の私は黙って耐えていたから、彼らにとっては都合の良いサンドバッグだっただろう。
「昔は私をいじめても反撃してこないからそれを楽しんでいたんだろうけどさ…」
あの時は本当に辛かった。コンプレックスが悪化したのもあるし、いじめられる自分に理由があるんだって落ち込んでいた。
怖かったから彼らの事を無視して相手にしなかった。自分のために勉強して、現実逃避するために外で園芸委員の野良仕事をしていた。
だけどあの時ハッキリ言い返しておけば良かったのかもしれない。1人で立ち向かうのは怖いけど、だけど何も言わずにただ背を丸めて耐え切るよりも、大声で怒鳴り返せばよかった。
だって相手とは同じ年じゃん。先輩とかじゃないじゃん。社会人でもない学校のクラスという小さな枠組みの中の世界だったのだから。表立ったスクールカーストなんてものはあったにしても、本来ならクラスメイトには上下関係なんて存在しないはずだ。
再会したのは最悪だが…これはいい機会なのかもしれない。中3の頃溜め込んでいた気持ちを相手にぶつけてやろうじゃないか。
「…あんたらがハブったり嫌がらせしてきた事は私は今でも忘れていない。ていうかここで謝罪されても絶対に忘れないし、許せない。…イジメられた人間は一生その事を忘れられないし、簡単には許せないんだよ」
私が文句をぶつけると、相手は訝しんでいた。もしかしたら私が言っていることが理解できないのであろうか。過去のことだからと時効扱いになるとでも思っているのであろうか。
反論される前に私は言いたいことを全て言い切ってやろうと早口でガーッとまくし立てた。
「もう大人なんだから過去の事なんて忘れよう忘れようと思っていたけど、あんたらの顔を見るだけで過去の事思い出して嫌な気分になった。…このお祝いの日に会いたくなんてなかった」
私はもう子供ではない。
過去の傷はまだ確かに残っているけど、今の私は昔の私ではないのだ。
「私はあんたたちのサンドバッグじゃないし、貶される謂れはないの! もう2度と話しかけてこないで!」
多分きっと、周りから見ている人には私が1人感情的に怒鳴っている様に見えるだろう。
だけど私はスッキリした気分だった。過去のことと割り切れていたけど、実は腹の奥で嫌な記憶が堆積していたみたいだ。
なんだ、言えるじゃん私。あの時は人数が多すぎて、教室という閉鎖された空間だったから怖くて何も言えなかったけど、今なら全然言える。
元クラスメイト達はムッとした表情をしていたので、なにか言い返してくるかなと思ったけど「何マジになってんの?」「シラけるし」という言葉が返ってくるだけだった。
勝手にシラケておけ。
「よく言ってやったアヤ!」
「そろそろ行こうか。式始まるし」
私が言い返したことを見守っていたリンが私の手首を取って引っ張っていく。
ユカは最後にいじめっ子達に睨みを効かせていたが、やっていることがチンピラみたいだよ…私を守るためというのはわかっているけど。
「…ありがとね」
私がお礼を言うと、二人は顔を見合わせておかしそうに笑った。「友達じゃないの」と私の肩をユカが軽く叩いてきたけど、二人はすごいんだよ? 友達でも同じことを出来る人と出来ない人がいるんだから。
私は二人のおかげで心強くなれた。だから元クラスメイトに反撃できたのだ。
「私の友達になってくれて、大人になった今も仲良くしてくれてありがとうね」
改めてお礼を言ったら、ユカに頬をつまんで引っ張られた。何故。
「これからもずっと友達よ」
「えへへ…」
リンに改めて友達宣言されると照れくさくなって、私は照れ笑いを返した。
「そうだ。ねぇ、二人共席離れてるけど、席取りは大丈夫なの?」
「本橋ちゃんに席を取ってもらってるから大丈夫」
そうだったのか。花恋ちゃんはもう会場入りしていたのね。なら結構待たせてしまったのかもしれない。
アイツらに遭遇しなければこんなことにはならなかったんだけど。
「あ、林道さん、庇ってくれてありがとね!」
彼女の存在を忘れていたので、振り返って大声でお礼を言うと、林道さんは返事をしていた。だけど人のざわめきで何を言っているか全然わからなかった。多分どういたしましてみたいなこと言ってたのかな。
彼女は助けてくれたこともあるし悪い子ではない…だけど成人してもやっぱり苦手意識が抜けない。
いつか…克服して…心から仲良くなれる日は来るのかな…
「わーあやめちゃんきれい!」
「花恋ちゃんこそ超きれいだよー! 席取っててくれてありがとね」
席を取っていてくれた花恋ちゃんの隣に座ると「遅かったね?」と聞かれたので、道に迷っていたと答えた。もうこれ以上アイツらのことを考えて時間を無駄にしたくはないから。
時間になって成人式開会の挨拶が始まると、私達はおしゃべりをやめた。
式自体はそう楽しいものではなかったけども、今一度、自分が大人になったのだという自覚が生まれた気がする。
「みんなー! …うわぁみんな可愛いー! みんな綺麗だねぇー」
式が終わって参加者が会場からゾロゾロ解散している中で元気な声が掛けられた。着物姿の女性陣に歓声を上げたのは沢渡君である。
「…沢渡あんた、袴着るって言ってなかったっけ?」
「うーんトイレが面倒くさそうだからやめた!」
沢渡君はグループメッセージで袴宣言していたけど、スーツ姿だった。でも男子で着物って逆に目立つし、スーツ似合うからいいんじゃない? 沢渡君はチャラいからちょっとホストみたいだけど。
「沢渡お前、ここに花を挿したらホストっぽくなるぜ」
「やめてよ山ぴょん!」
沢渡君のスーツに、新成人全員に贈呈された花を挿して遊んでいるのは山ぴょんだ。考えることは同じらしい。
同じく成人した幼馴染の山ぴょんは家が近所なのでたまに遭遇するが、相変わらず巨人である。この間また身長が伸びたと言っていたが、どこまで伸びるつもりなのだろうか。
「店って何時に予約してたっけ?」
「式が終わるのが早いから、早い時間に予約したよ。みんな揃ったら移動しよう」
高3の時のメガネ委員長が同窓会の幹事である。一応元クラスメイト全員に声を掛けたそうけど、県外に出た人もいるため不参加者もちらほら。
小規模の同窓会になるが、自分としては仲のいい友人たちが集まったのでそれだけで嬉しい。
同窓会会場は成人式会場のある場所からバスでちょっと行ったところらしいが、成人式帰りの人で混雑するんじゃないかなと私は危ぶんだ。
案の定成人式帰りの新成人の波で溢れかえるバスに乗って、現地に降り立った。…一度振袖から私服に着替えてから来たほうが良かったんじゃないかな…動きにくいし苦しいし…
「そういえばあやめちゃんは橘先輩に写真送ったの?」
「え? …あ、そういえば送ってないかも…」
「送ったらきっと喜ぶよ! 私が撮影してあげようか?」
花恋ちゃんは既に蓮司兄ちゃんに写真を送った後らしい。同窓会後に迎えに来てくれるんだーと嬉しそうに話していた。
…先輩は、今日バイトなんだよね。休もうと思ったけど、人手が足りなくてどうしても休み取れなかったと謝られちゃった。
バイトが終わるのは夜で、迎えにはいけないと思うから、同窓会が終わったらタクシーでまっすぐ家に帰れと言われちゃったんだ……
ピロリーンとシャッター音を鳴らして、お澄まし姿の私の写真を花恋ちゃんが撮影してくれた。私はその場でメール作成しようとメール画面を開いたのだが…
「おーい、みんな最初は生でいいかー? ていうかすぐに別のドリンク頼んでいいから全員生ビールな」
「選択肢がねぇじゃないの」
選択肢がないのに何故聞いた。私と同じことを思った男子がブーイングしているが、メガネ委員長は聞こえないふりをしてビールをみんなに配っていく。
私は行き渡ったビールに意識を向けた。メール作成画面のままスマホを放置して、みんなと再会と成人式に乾杯する。
『かんぱーい!』
どうなることかと思った成人式だったけど、こうして気のおける友人らと再会できて良かったなと思えた。
同窓会は酒も入り、和やかな雰囲気で終わった。みんな大人っぽくなって変わったなぁという印象があったが、根本的な部分が変わっておらず安心した。
そしてあの林道さんは、花恋ちゃんに敵対心を向けることが無くなっていた。散々敵対視してきた彼女だが、花恋ちゃんに彼氏ができたことを知ると妙に優しくなって…わぁ、わかりやすい。
花恋ちゃんはそんな林道さんを不気味そうに見ていたから、一度拗れた縁はなかなか元に戻らないよねって思いました。
一次会だけでなく二次会まで開催され、やっとお開きになった同窓会。もう時刻は22時を回っていた。ちなみに二次会はカラオケに行った。
店を出る前に帰りのタクシーを呼ぼうとスマホの液晶を見ると、メール編集画面が現れた。先輩にメールを送ろうと思って放置してたんだ……
私はとりあえずメール画面を取り消ししてタクシーを呼ぶことにした。友人らとの別れを惜しみつつ、お迎えにやって来たタクシーに乗り込んだのである。
■□■
【ピーンポーン】
私はとある家の前に立っていた。タクシーの運転手さんには5分くらい待ってて欲しいと外で待っていてもらっている。
多分この時間なら家に帰ってきていると思って来たのだが、いるといいな。
私はインターホン越しの応答があると思っていた。しかしドアが開かれたので私はびっくりして後ずさった。
「…こんな時間にどうした?」
「お披露目しに来ただけですよ。写真送るより見せびらかしたいなって思って。似合います?」
私は先輩に振袖姿を見せるために寄り道したのだ。グルっと回って、背中の帯を見せびらかしたりしてみたのだが、先輩は反応が鈍い。
こっちを黙って見てくるだけである。
「…先輩、なんとか言ってくださいよ…」
先輩の可愛いコールが聞きたくて会いに来たのにつまらないではないか。
私が不満を隠さず先輩を軽く睨むと、彼はドアを大きく開いた。
「…ここじゃなんだからとにかく、入れ」
「いえ、外にタクシー待たせてるんで、私はここで帰りますよ。ちょっと顔見せるために寄っただけですし」
名残惜しいが、タクシーの運転手さんをこれ以上待たせるのも悪いから、もう行こうかな。
「それじゃ」
「いいから入ってろ」
「え?」
何がいいというのか。
先輩は私を部屋に引っ張り込むと、1人外に出て行ってしまった。
いやいや私タクシーないと帰れないんですけど!?
私が慌てて飛び出すと、タクシーは会計が終わってしまった後であった。
「先輩! 何してるんですか!?」
「ほら冷えるから、部屋に戻れ」
先輩によって部屋に引き戻された私はソファに座っていたのだが、先輩があちこち撫でてくるからその手を叩き落とすのに躍起になっていた。
先輩はもしかしたら和服が好きなのかもしれない。そして和服を脱がすのにロマンを感じているのかもしれない。
浴衣の時、自分で脱がすことにこだわっていた事があるし。
「先輩! だめです。私着物の着付けは出来ないんです」
「…浴衣の帯は出来ていたじゃないか」
「浴衣と一緒にしないでくださいよ。言っておきますけど、剣道着とも仕組みが違いますからね? とにかくダメです」
私が先輩のお誘いをお断りすると、とても不満そうな顔をされた。
そんな顔されても困るんですが。
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