うれし恥ずかしペアルック。私人間ですねん。
あやめ大学1年の秋頃のお話。
2話続きます。
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「あぁ〜! やっぱり可愛い〜ふたりともこっち見て〜」
「……」
「キャン、キャワン!」
私は今ペアルックを着ている。
マロンちゃんとおそろいのウォッシュブルーのオーバーオール、その下に着用している白のパーカーにはマロンちゃんの顔写真がプリントされている。作らせたんですね、わかります。
これ私がマロンちゃん超LOVEみたいじゃないの…
陽子様が突然我が家までやって来て「これを着て」と紙袋に入った服を差し出された。状況を把握できないまま、とりあえず着て外に出てみたら、マロンちゃんもお揃いのお洋服を着ていたのだ…
家の前でツーショット写真を数枚激写された後、陽子様はニコニコ笑顔でスマホを操作しながらこう言っていた。
「眞田さん、きっと喜ぶわ〜」
「眞田先生に私の写真を送るのは勘弁してくださいよ」
「どうして? 可愛いのに」
陽子様はキョトンとした顔で私を見つめてきた。そんな不思議そうな顔されると困る…私を犬と思っている母校の保健の先生に自分の写真を送られて、何故喜ぶと思っているのか。
…柴犬として見られているのでとても複雑なんですよ、ええ。
家の玄関前でマロンちゃんがワッフワッフと飛び跳ねてはしゃいでいた。走りまわりたいのかなと思った私は、一緒に散歩に行こうかとマロンちゃんに声を掛けてみた。
陽子様からリードを受け取り、近くの公園まで出向いていたのだが、私がマロンちゃんと散歩してると、同じく犬の散歩してる人に「あら、お揃いのお洋服なのー? かわいいわね〜」と声を掛けられた。しかも3人くらいの人に。
なんだろこのプレイは。なんだろこの不思議な感情。私こんな気持ち初めて。
飼い主はさっきから私とマロンちゃんばっかり撮影してるし。そんなに激写しても何も変わりませんよ。「後ろ姿も可愛いー」ってどんな美的センスしてるんだよ。
陽子様は放って置いて、私はマロンちゃんとボール遊びをすることにした。
「コラーッ田中さん! 戻ってきなさーい!」
私がマロンちゃんと戯れていると、どこからかタタタ…と軽快な足音が近づいてきた。
「ワッフ!」
「わっ! …あれ、田中さん? なんでここにいるの?」
私の膝小僧にタッチしてきたのはマロンちゃんではなくて、田中さんであった。
何故ここに…? 田中さんはご主人家族の転勤で他県に行ったと聞いたのに…
「あれっ、あやめちゃん?」
「…あ、花恋ちゃん。ついでに蓮司兄ちゃん」
「ついでって何だよ」
そして田中さんを追いかけてやって来たのは、お散歩デート中だったらしい花恋ちゃんと我が従兄だった。
「ハッハッハッ…」
「急に振り切って走り出したから何かと思えば、あやめちゃんを見つけたのね」
「田中さん久しぶりー…ちょっと太った?」
花恋ちゃんの愛犬コーギー田中さんは元気そうである。目の潤み具合も、毛並みもよし、鼻も乾燥していない。
ただちょっと太ったかな? コーギーは手足短いんだから太ると地面でお腹を擦っちゃうよ?
「今、お母さんと妹がこっちに遊びに来てて、田中さんも一緒にきたの。だから蓮司さんと一緒にお散歩に来てたんだ」
「そうなんだ」
ということはお父さんを転勤先に置いてきたのね。娘が離れた場所で一人暮らししてるのは心配だよね。花恋ちゃんが一人暮らしして半年経ったし、お母さんが娘の様子を見に来たのかもしれない。
「…ていうかあやめ、それペアルック?」
蓮司兄ちゃんが口元を歪めながら尋ねてきた。…やっぱりそこ気になっちゃう?
私が口を開こうとしたその前に陽子様がとても嬉しそうな様子で熱く語りだした。
「よくぞ聞いてくださいました! 私が用意しましたの! とっても、とーっても可愛いでしょう! マロンちゃんとおそろいなの♪」
「あーホントだー」
ボールを咥えて戻ってきたマロンちゃんの洋服を見て花恋ちゃんが「かわいいー」と言っているが、隣の蓮司兄ちゃんは笑いをこらえているのがわかる。頬の肉を噛んで我慢しているでしょ…
蓮司兄ちゃん、あとで公園のトイレの裏までツラ貸してね?
「そうだ折角だから、一緒にあのドッグランに行かない?」
「…いいけど、私が行くとわんわんハーレムになるよ? 話相手できないけどそれでいい?」
「もう確定みたいな言い方だな」
蓮司兄ちゃん、知っているだろう? 私が犬に好かれる体質だってことを。
…なんでかな。顔似てるし、同じ遺伝子があるのに蓮司兄ちゃんは犬にモテるわけじゃない。嫌われもしないけど。つまり普通。両親や和真もそんな事ないし。
私の人生最大の謎だ。
4人+2匹でドッグランまでの道を歩いていた。そういえば久々だなドッグラン。最後に行ったのは花恋ちゃんとホワイトデーのお返しで行ったっきりだったし。
私はマロンちゃんと田中さんのリードを両手に持って歩いていた。両手に花ならぬ、両手にワンコである。
「うふふ、田中さん嬉しそう」
「可愛いわぁ…」
陽子様の目には柴2匹とコーギーが並んで歩いているように見えるんだろうな…
化粧の仕方を変えても柴犬に見られるし、今日に限っては急な訪問だったので、今の私は薄化粧だ。それでも陽子様には柴犬に見えるらしい。
前に一度、彼女に視力が下がってないか聞いてみたら両目とも視力矯正不要で、乱視や斜視という症状もないと返答があった。
じゃあなんなの。なぜ私が柴犬に見えるの!?
私の胸中なんて知らないであろう田中さんは以前この辺を散歩していたから懐かしく感じたのか、あちこち匂いを嗅ぎながら歩いていた。
なので自然と進みが遅かったのだが、みんな田中さんとマロンちゃんを和やかに見守っていた。
なのだが…平和な時間は、彼の登場で終わりを告げることとなる。
「げっ…陽子…!」
「…うわ…」
「…グルルルルル…」
何の因果なのか…陽子様(とマロンちゃん)と犬猿の仲である間先輩が現れたのだ。
まさかの再会に私は大口を開けてしまった。
「あ、間先輩だ」
「アイツなんでスーツなんて着てるんだ? 大学2年で就活か?」
「間先輩のお家が会社経営しているから多分その用事かと思います」
なぜなら…ひと月前に彼は同じ相手で3度めの失恋をしたからだ。そしてその相手は今、彼氏と仲良く手を繋いでいるのだ。
彼が発狂するのを危ぶんだ私は2人の前に立って、手が繋がれている部分を隠した。ここさえ隠しておけば…丸く収ま…るのかな?
「あ、よくみたらフード部分柴犬じゃん」
「ほんとだーかわいー」
おい! こっちが隠してやってんのに何呑気なこと言ってんだよバカップル!
おい従兄! フードを頭に被せるな! 目の前でケンカしている危険な2人がいるのが見えないのか!
「蓮司さん、私とあやめちゃんと田中さんを撮影してください」
ねぇ、花恋ちゃんそれ今しなきゃいけないことかな?
傍では陽子様とマロンちゃんが間先輩を威嚇しているのに、こっちでは呑気にパシャリと音を立てて、写真を撮影していた。
蓮司兄ちゃんに「あやめもうちょっと笑えよ」と無茶振りされる。笑えねーよ。
この現場で焦っているのは私だけらしい。
お付き合いしたてほやほやの2人は少々危機管理が危うくなっているようだ。2人は両思いになったあの日、間先輩が男泣きにくれたことを知らないからだろうか。そもそも興味ないのか。
私だって彼氏とお付き合い始めた頃は浮かれまくってたけどさ…あぁ、どうか間先輩の怒りの矛先がこちらに向かってきませんように…
「あ、あの…2人共ちょっと落ち着きませんか?」
「ガウッグルルルーッ」
「クソ犬が…!」
「マロンちゃんのことを罵らないで頂戴! 最高の気分だったのにあなたのせいで最低な気分になってしまったわ! どうしてくれるの!?」
終わりそうにない戦いを繰り広げていた間先輩と陽子様。
牙を剥いて唸るマロンちゃんに苛ついたのか、虫の居所が悪いのかはわからない。間先輩が苛立たしげに舌打ちしていた。
私はなんとか穏便に済ませて欲しくて間に入ったけど、その声が聞こえないのか2人共言い争いをやめない。
これが恋へと変化したりしないだろうか。2人共美男美女だから傍から見たらお似合いなんだし…
……いや、プライドが高い同士だから、結局はぶつかり合っちゃうかな。
「だいたいお前は昔から……花恋?」
間先輩は今、花恋ちゃんの存在に気が付いたらしい。そして隣にいる蓮司兄ちゃんの存在にも。
「…チッ」
「わかりやすい挨拶ありがとうよ」
蓮司兄ちゃん煽るなよ。
散々敵対視されたから、今更友好的に見れないだろうけど、これ以上燃料投下するの止めて。
間先輩は切なそうな顔をして花恋ちゃんを見つめていたが、花恋ちゃんの視線は残念ながら田中さんに向いている。
運命の女をまだ想っているのかあんた。運命の女は別の男に夢中でラブラブなんだもんな。切ないよな…
私が憐れみの目で見ていたら、間先輩と目が合って…睨まれた。いつものことですね、わかります。
今日はいつものギャルメイクではなく、薄化粧だけど私だと判断付いたらしい。私と蓮司兄ちゃんは顔似てるから…わかっちゃうか。
ていうかいつまでこの状況続くの?
私はこの場からオサラバしたかった。みんなやめてよピリピリするのは。平和にいこうぜ。
「ヴヴヴヴーッ」
私がリード持っているから飛びかかるのを抑止できているけど、マロンちゃんはどうしても間先輩に噛みつきたいようだ。マロンちゃんはしつけが行き届いているのに、間先輩を前にすると野生が出てくる。間先輩はなにかマロンちゃんに嫌われることをしたのではないだろうか…
…まずは引き剥がすのが先決だな。
「マロンちゃん! ドッグカフェで私と追いかけっこしようか!」
「キュワン?」
私が声をかけると、マロンちゃんはキョトンとした顔で見上げてきた。
こんなに可愛いのに、間先輩を前にすると鬼の形相になるんだよなぁ…やはり主人に似るんだろうか。
「ほらほら行こう行こう!」
私がリードを引っ張って駆け出すと、マロンちゃんは間先輩のことを忘れたかのように私の後を追いかけ始めた。ちなみに田中さんは写真撮影の際に花恋ちゃんにリードを渡したままなので置いていった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「コラーッ田中さん! なんてことするの! 間先輩は電信柱じゃないのよ!」
ドッグカフェの扉を開いた瞬間、後ろで悲鳴が聞こえたけど私は振り返らなかった。
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