橘家クリスマス計画! 私はあなたのサンタです。【中編】


「あら裕亮、今日は珍しく早いのね」

「…たまたまな」


 お祖母さんが声を掛けてきたことで、止まっていた時間が動き出した。

 …珍しく早いと…なんというタイミング。クリスマスだから、橘父がはしゃいで帰ってきたとかそういうのじゃないよね? 


 橘父が目の前を通りすぎるのを見送って、私は止めていた息をそっと吐き出した。…数回会った程度の息子の彼女におかえりなさーいとテンション高めの出迎えをされて…さぞかし驚いているだろうな…馴れ馴れしいと思われたかも…

 あぁやばい、私の印象が更に悪くなっていく…ちゃんと相手を確認しなきゃ自分……


「ただいま…あやめ? なんでここでぼーっと突っ立ってるんだ?」

「…お帰りなさい…」

「?」


 時間差で橘家に帰ってきた亮介先輩が不思議そうに、未だ玄関に立つ私を見てきた。…私は先程の失態をちょっと自己嫌悪していたため、テンション低めのお出迎えをした。



「あやめちゃんと一緒に作ったのよ。すごいでしょう?」


 先輩と一緒にリビングに入ると、その奥にある台所でお祖母さんが橘父にブッシュドノエルをお披露目していた。


「皆のために甘さ控えめのケーキを一緒に作ったの。あやめちゃんは本当に器用。楽しかったわぁ、あやめちゃんまた一緒にお料理しましょうね」

「はい喜んで」


 お祖母さんにまたお料理しようねって誘われちゃった。嬉しい。褒められると照れくさいけど、喜んでくれたなら良かった。

 橘父が私とお祖母さんを交互に見比べて、最後にブッシュドノエルを見ていた。


「…わざわざ…作ってくれたのか」

「いえいえ大したものではございませんが…」


 言葉少ないが、橘父は恐縮している様子だ。こっちも楽しく作ったからそんなに大変じゃなかった。気にしないで欲しい。

 それより、英恵さんが帰ってきたら橘家揃ってのクリスマスパーティのリベンジが出来るよ!


「…ただいま…」

「あら英恵さんまで珍しく早いのね」

「ここしばらく残業続きだったので、今日は時間調整で…」


 私が持ってきた唐揚げをお皿に並べていたら、英恵さんも帰ってきた。なんだなんだ今年は橘家全員集合なの? クリスマスだから奇跡でも起きたのか。

 私はリビングに顔を出して英恵さんに挨拶をした。


「英恵さんおかえりなさい。お邪魔してます」

「あやめさん…? …ただいま…どうしてうちに?」


 そうだろう、不思議だろう。

 私は今日、橘家のサンタなのだよ。


「英恵さんがきっと喜ぶものをお祖母さんと一緒に作ったんです」


 そう意味深な言葉を残すと、私はクリスマス風のご馳走を準備するために台所に戻った。

 先輩や英恵さんが手伝いを申し出てきたが、やんわりお断りした。私は今日橘家の一家団らんの場を作るためにやって来たのだ。それにお祖母さんが一緒に準備してくれているからそんなに大変じゃないし。


 準備ができ次第、リビングのテーブルに料理を運んでいった。リビングにはすでに橘家勢ぞろいしている。

 …しかし折角家族が揃ったのに…両親と息子たちの会話はぎこちない。学校とか勉強とか友達について話しているけど、距離感が…見えない壁が……まぁ、これでも距離は近づいたほうだから…良しとしましょう。


「おまたせしましたー! ささやかですが、クリスマスディナーになりまーす」


 会話が途切れた瞬間を見計らって、私はあえて元気な声を出してその場に割って入っていった。

 私の声に反応した橘家の面々はディナーに目を奪われていた。


「すごい…このケーキを本当に2人で?」

「そうよ。甘さ控えめのブッシュドノエル。この唐揚げとローストチキンはあやめちゃんが作ってきてくれたのよ。こっちのラザニアとサラダは2人で作ったの」 


 ケーキと肉だけじゃ何なので、橘家の台所でラザニアやサラダも作らせてもらった。植草ママンレシピ提供ありがとう!

 ちなみにケーキを見た英恵さんが先程からソワソワしているが、ケーキは一番最後ですよ。お祖母さんにもそれはお願いしている。


 テーブルに料理が並び終わった。飲み物も行き渡ったし、これで完璧だ。私の任務は完了したので、エプロンを外して帰宅する準備を始めていると「何しているんだ。早く席に着きなさい」と橘父に声を掛けられた。


「えっ? いえ、私はここでお暇を…」

「…急いで帰る用事でも?」

「いえ…そういう訳じゃなくて、一家の団らんを邪魔するつもりはなくてですね…」

「座りなさい」

「…はい…失礼します…」


 あれ…なんかこの流れどこかで…あ、高校の文化祭だ! 

 あやめサンタはご馳走を用意したらドロンするつもりだったんだけどな…

 橘父の圧に負けた私は、先輩の隣に大人しく座った。そうして橘家のクリスマスディナーに私まで参加することになったのだ。



「美味しいね、亮介が自慢するだけある」

「そんな、とんでもないです」


 唐揚げを頬張ったお祖父さんに褒められた。先輩ったらお祖父さんに私のこと自慢してたの? ヤダもう嬉し恥ずかしい! 私は照れ隠しで、隣に座っている先輩の肘を突いた。

 会話はそう盛り上がるわけではないが、橘家では多分これが普通。雰囲気が悪いわけじゃない。皆この家族の時間を楽しんでいるのであろう。たぶんね。 

 

「君は…料理が上手だな。大変だっただろう」

「ありがとうございます。…ですが趣味の一環ですし、全く苦ではございませんでしたよ」


 橘父に話しかけられた私は背筋を伸ばした。

 何故だろう。橘父の威圧感を前にするとすごく緊張する。…そう、先輩のお説教モードが継続している感じ。お仕事柄緊張が抜けないのかな? こんなに緊張状態で…疲れたりしないのだろうか?


「君の…大学は理工学部だったかな。何故そちらに進んだんだ?」 

「将来食品開発系の仕事に就くために専門学科を学ぶべく入学しました」

 

 私が橘父に自分の趣味は将来の夢の一部なのだと軽く話したら、何やら面接のような質問が始まった。おいおい橘家公開面接が始まったぞ。

 折角のクリスマスなんだからそんな野暮な話はやめましょうよ。え、なにこれ彼女審査行っているの?


「…あやめさんは以前、就職希望と言っていたが…どういった心境の変化だったんだ?」

「え、それ今更聞いちゃいます?」


 話に割り込んできたのは橘兄だった。あんた散々大学進学を勧めて来ておいてそれはないだろうが。もしかして水を向けたつもりなのか?


「何もしたいことがなかった私は当初就職希望で、担任や両親と進路に関して意見がぶつかって…しばらく悩んでたんです。そんな時に同級生に学校給食の話題をされて…作ることが好きだから食に携わる仕事がしたいなって思ったのがきっかけですね」


 管理栄養士という道もあったが、その仕事のハードさや条件に考えさせられたこと、その進路には私立しか道がなかったこと。すぐ下に弟がいるので学費の面から国公立希望であったこと、親が心配するから実家から通える範囲の大学であることから、今の大学を受験した話までさせられた。

 色々あったけど、大学で学んでる内容はどれも面白いし、諦めずに頑張ってよかったと思っているよ。


「そろそろケーキを切りましょうか」


 タイミングを見計らっていたのか、お祖母さんが席を立ち上がって、台所からナイフを持ってきた。

 …やっと面接が終わったよ。自分の受け答えはこれで大丈夫だったかという不安はあるが、一先ず乗り越えたと思う。


「私が切り分けますよ」

「じゃあお願い」


 ケーキカットが始まると英恵さんが目に見えてワクワクし始めたのが分かった。こんなに楽しみにしてもらえるなんて作った甲斐がある。


「英恵さんのケーキは特別にクッキーのログハウスを載せておきますね」

「ありがとう…」


 英恵さんはログハウスが乗ったケーキをまじまじと観察した後、フォークを入れた。ひとくち口にすると、それはそれは幸せそうな顔をしていた。甘さ控えめだけどそれでもお気に召したようだ。良かった。


「先輩、美味しいですか?」

「あぁ、美味いよ。これコーヒーを使っているのか?」

「はい、チョコレートの代わりにインスタントコーヒーを活用しました。ラム酒も効かせてますし、甘すぎなくて食べやすいでしょう?」


 隣に座っている亮介先輩に味を確認したら美味しいって言ってくれた。甘いものが苦手な先輩も食べられる甘さに仕上げられたようだ。良かった。

 先輩の笑顔を見たら私も笑顔になれた。皆が食べている姿を見守って満足だ。なんとかサンタの仕事を完遂出来たようだ。



「英恵さん、ケーキは一人一個です。もうだめですよ」

「でも勿体無い…」


 お酒のお代わりを取りに席を外した橘父の席に残っていたケーキを英恵さんがじっと見つめていたので、私はそっと注意しておく。橘父は夕飯を先に済ませてから、デザートのケーキを食べようとしていたのか、まだケーキは手つかずのままであった。


「食べないとは誰も言っていないだろう…」

 

 残したんじゃなくて、ゆっくり食べようとしていた橘父に注意されて英恵さんはがっかりしている。食べ過ぎは良くないってみんな言っているのに…


「…英恵さん、明日の朝食にシュトーレンを出してもらうように頼んでありますから、甘いものは明日の朝まで我慢しましょうね」

「…シュトーレン…?」

「ドイツの伝統菓子ですよ。砂糖と脂質を抑えるために工夫してますので、朝ちょっと食べる程度なら大丈夫だと思います」


 シュトーレンは砂糖がたっぷり降り掛かっているクリスマスの菓子パンなのだが、今回粉砂糖の代わりに粉黒糖をうっすら振りかけたんだ。明日の朝ごはんにでも食べてくれ。あまり量は多く持ってきてないから、英恵さんとお祖母さん2人だけで食べ切ることができるだろう。

 朝食べる分ならお仕事している間にカロリー消費するだろうから、少し位良いだろうと思ったのだ。


「食べすぎて病気になったら、甘いものを食べられなくなりますからね。ちょっとずつ適量を食べましょう」

「…そうね」

「私も糖分控えめのスイーツのレパートリー頑張って増やしますね。このジンジャークッキーは砂糖使っていないので召し上がっても大丈夫ですよ」


 反省した様子の英恵さんだったが、私の言葉にぱぁっと目に見えて表情が明るくなった。


「…あやめさん、あまり英恵を甘やかさないでくれないか」


 だが、どうやら橘父の反感を買ってしまったようである。


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