ピカピカの一年生に這い寄る闇の手。やめろ私は先輩一筋なの!

あやめ大学入学直後のお話です。

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「じゃーん! 似合いますか!?」


 4月1日、私は大学生になった。

 下ろしたてのスーツを身にまとって、亮介先輩に見せびらかした。スーツのスカートはプリーツが入ってないから少し歩きにくいけど、私は一歩大人に近づいたと感じた。


「大人っぽいですか? かっこいいですか!?」

「…見慣れない姿だから違和感があるな」

「似合ってないってことですか…」


 先輩の返答に私はしょんぼりする。そりゃ最近まで高校生だったから違和感はあるだろうけどさ…。


「そういうわけじゃなくて、高校の制服の方が見慣れているから…」


 まぁ、それはあるかもしれないな。これ以後スーツ着る機会は…就活の時になるだろうし。成人式は振袖を着る予定だし。

 でも今日は入学式らしく清楚メイクにしたし、髪もまだ黒いままなんだよ!もっと褒めてよ!


「そう膨れるな。…可愛いから」

「……」


 先輩に頭を撫でられて私は機嫌が治った。相変わらずちょろい女である。私は彼の腕に抱き着いて甘える。


「ほら、行くぞ」

「…はい」


 私の大学入学祝いに食事に連れて行ってくれるというので、先輩と一緒に街へと繰り出したのであった。




 先輩に連れられたちょっとお高いお店は、隠れ家のようなお店だった。なんでもシェフが有名なホテルの料理人として修行した後、独立してお店を開いたんだそうだ。 

 目玉商品はオニオングラタンスープ。すっごい美味しいって噂だ。もうすでに店内にはいい匂いが漂っていて、私のお腹がグウグウ鳴っている。早く食べたい。


「サークルの勧誘っていつ頃から始まるんですかね?」


 料理を待っている間に私は先輩に質問した。中学高校と帰宅部だったけど、この際サークルに参加してみようかと思うのだ。


「…多分…明日からもう始まるんじゃないか? 入るのか?」

「お菓子研究とかのサークルがあったら入ろうかなと思ってるんですけど…」

 

 サークルってよくわかんないから体験してから入会は決めたいな。


「変なやつもいるから、よく吟味して入れよ」

「はーい」



 その時の私は先輩の忠告をあまり重くは受け取らなかった。

 確かに各地のニュースで大学生の問題行動が取り沙汰されているが…まさか自分が巻き込まれるなんて思わないじゃない?

 先輩がいるから、私は大丈夫だからと安心しきっていた部分があったから。





 先輩の言う通り、翌日から大学内で新歓イベントが行われていた。様々なサークルがブースを設けて、新入生を呼び込んでいる声が響き渡っていた。


「そこの子! テニスに興味ない!?」

「あーいや、すいませんけど…」


 料理関係のサークルを捜していた私だったが、あちこちから勧誘の声を掛けられる。この辺りはスポーツ系の多いのかな。ちょっと離れた場所に移動してみるか。



「ねぇねぇ彼女!」

「!」

「どんなサークル捜してるの?」


 馴れ馴れしく私の肩を抱いてきたのは化粧っ気のない素朴そうな女性だった。見た目は大人しそうなのにすごい距離ナシである。同じ女性ではあるが、その近さに私は警戒した。

 それに気づいていないのかニコニコとこっちを見てくる相手。私は相手の動きを注視しながら、ついでに質問をしてみた。


「…料理関係のサークル捜しているんですけど…」

「料理? 食べる方? 作る方?」

「…どっちでもいいんですけど」

「それならウチのサークルちょうどいいよ! うちね、色んな事するサークルなんだ! 新歓パーティでは皆で楽しく飲み会するし、夏はキャンプに花火、秋は大学祭イベントとハロウィンパーティ、冬はクリスマスパーティやバレンタインもするんだよ!」


 パーティしすぎだろ。色んな事するって…つまり遊ぶだけなの? 私は料理やお菓子の研究か、食べるかのサークルに入りたいんだけど。スポーツとかには興味ないし。

 

「サークル体験したら大体の流れがわかると思うよ! それにね、サークル内で恋人作れるし!」

「あ…いえ、私彼氏いるのでそういうのはいいです」

「…そうなんだ…」


 私が遠慮すると、女性の顔が一瞬無表情になった。それを見てしまった私は一瞬ゾワッと鳥肌が立った気がしたが、彼女の表情が笑顔であるのを見て、見間違えかとホッとした。

 一旦そこでは「考えます」と返事をして逃げた。なんか…ちょっと怖いし、私が求めているのとは違う気がしたから。


 私は料理やお菓子を研究するサークルの元へ足を運んだ。

 私が目をつけたのは、食べ歩き&実践をテーマにしたお料理サークル。そっちの方は私が求めていた活動内容だったので、サークル体験の申込書に記入して、女子部長さんとアプリのID交換を済ませた。

 来週、駅前にある洋菓子店のケーキを買って来て、サークルの部室で皆で新歓お茶会パーティを開くそうだ。

 会費も良心的で、イベント事が多いわけでなく自由参加だからありがたい。サークルのメンバーの先輩方の印象も悪くなかったし。

 しかも同じ理工学部専攻学科の先輩もいたのでなんか幸先いい! 


 目的を果たした私がホクホク気分で新歓サークルブースを出ていく姿を先程の彼女が、じっと人形のような目をして見ていたことに気づかなかった。




■□■



「…え?」

「悪い、今から飲み会に誘われてるんだ」

「…先輩、未成年じゃないですか…それに…他校の女子学生もいるって…それコンパじゃないですか」

「…心配するな、先輩に付き合ったらすぐに帰る」

「……」


 先輩の言葉に私は顔を歪めた。

 先輩はちょくちょく飲み会に行ってしまう。まだ未成年だから飲めないけど、サークルの先輩に連れられて行く。

 そこには女子生徒もいて、コンパみたいな集まりになることもあるらしい。


「行っちゃやです…」


 私は先輩の手首を掴んで行かないで欲しいと伝えた。先輩が私を大事にしてくれているのは十も承知である。

 だけどそれとこれとは別だ。どこの誰とも知らない女が彼氏に親しげにしているなんて考えるだけで嫉妬心が燃える。


 先輩は「サークルの先輩には逆らえない」といつも言うけど、本当にそうなの?


「…あやめ、約束する。帰る時連絡するから」

「……」 


 むくれる私の頬を両手で包むと、先輩がキスを落としてきた。

 き、キスなんかで誤魔化され……


「お前は寄り道しないでまっすぐ帰れよ」

「………」


 ……ズルい。先輩はズルい…


「先輩の馬鹿! こんなので誤魔化されないから!」

「!?」


 行かないでっていう私の気持ちを理解してくれないのか! 先輩の馬鹿! もう知らない!


 何度目だ! このやり取り! 私が大学に入学する前からカウントして10回くらいか? その度私は文句を堪えつつも我慢してきたけどさ、いつもいつも「サークルの先輩が」って…そんなにサークルの先輩が大事ならその先輩(男)と付き合っちゃえ!


 最後辺りの心の叫びを先輩に向けて吐き捨てた気がするが、私は言い捨てて逃げた。先輩の呼び止める声なんて無視だ!


 もー腹立つな! 

 私は鼻息荒く怒りながら帰宅していたのだが、このまま帰るのもスッキリしないので、先輩の言いつけを破って寄り道することにした。


 大学合格が分かってから、私はファーストフード店でのアルバイトを再開した。学業優先だからそう多くはシフト入れないけど、少ないお給料でも十分なお小遣いになる。

 先月分のお給料も入ったことだし洋服でも見に行こうかと街に足を伸ばした。


 大学に通い始めて思ったけど、人によって服装がぜんぜん違うよね。サークル荒らしの女王・光安嬢のような大人っぽいフェミニンファッションの人がいれば裏原宿だったり、カジュアルだったり、パンク系だったりとみんな個性豊かだ。

 パンク系の人が成績優秀だったりして本当に驚かされることがある。あれかな。勉強のストレスをファッションで晴らしているのかな?


 私は手持ちの洋服の中でも子供っぽくないものをローテーションしているが…段々レパートリーがなくなっている。そんな大量に洋服買う余裕なんてないし。

 下はジーンズとかスカートを着回せばいいけど上がな…


 手頃な金額の洋服を手にとって見比べていると、肩をポンと叩かれた。店員さんかな? と思ったけど店員さんは肩叩かないか。

 …振り返った先には満面の笑みを浮かべた、新歓イベントのときの女性がいた。私は思わぬ相手の出現に持っていた服を落としそうになり、慌てて拾い上げた。


「久しぶりー! 買い物してたの?」

「あ、どうも…」

「そうだ、今からうちのサークルのメンバーの家でお茶会するんだ! 一緒に来ない?」 

「え…」


 お茶会? 

 私達から少し離れた場所には、彼女のサークルのメンバーらしい、男女学生が集っていた。…10人くらいいるだろうか?

 結構な人数だけど……これ全員お家に入るんですか? 随分広い部屋なんだな。


 気乗りしないし、この人の距離やテンションに違和感しかない私はやんわりお断りしようとしたのだが、いつの間にか沢山のサークル生に囲まれてしまっていた。四面楚歌な私は無理やり参加させられることになっていた。


 …だって怖かったんだよ。数人に包囲されて説得するかのように勧誘されてさ。一度体験して合いませんでしたと言って逃げるしかないと思ったんだ…



 周りを囲まれるようにして移動した先には、古ぼけた雑居ビルみたいな場所。

 ここを割安で借りて住んでいるらしいけど…ここ住居用じゃなくない?


 もうすでに胡散臭さがいっぱいなんだけど、私はしっかり両サイドの腕を掴まれていて逃げる隙がなかった。


 ビルの一室に通されると殺風景で、冷たい床の上に絨毯が敷かれていた。この空間に不似合いな家具。それがアンバランスで異様であった。

 女性からソファに座るように勧められが、私はやっぱり帰りたくて仕方がなかった。


 申し訳程度の給湯室でお茶を入れている彼らを見て手伝おうとしたが、良いからとソファに座らされた。

 …なんか、甘い匂いがする。なんだろうこれ…

 嗅ぎ慣れない謎の甘い香りに私が眉を顰めていると、隣に知らない男性が座ってきた。


「何ちゃんっていうの? ここに参加するのはじめて?」

「…いや、あの…」

「かわいいねぇ、どこの学部?」

「………」


 私の座る席の両サイドに男性。

 何これ…すっごい嫌なんだけど。この人達パーソナルスペースって理解しているかな? 私が身を縮めて拒否感を示していると、彼らは何を思ったのか「男慣れしてないんだね」と言ってきた。


 は? 違うし。

 私は亮介先輩にしか興味がないんです! このたわけが!

  

 なんだか段々加減腹が立ってきたので、ソファを立ち上がってお暇をしようとしたけど、腕を引かれてソファに逆戻りさせられた。


「まぁまぁお茶でも飲んで落ち着いて」

「……」


 女性がニコニコ笑顔で差し出してきたのは何の変哲もないコーヒー。お茶じゃないんかい。

 まぁ…出されたものだし…飲んだらテキトーに帰るか…


 私は渋々コーヒーのカップを傾ける。


 それをサークルの男性陣がニヤニヤして見ているなんて全く気づかずに、コーヒーを飲んでいた。

 



 なんだろう、コーヒーを飲んだのだから頭がしゃきっとするはずなのに…

 頭がフワッフワする…身体からも力が抜けていく感じがする。


 グーラグーラ、と前後左右に揺れる私の身体を支えるように、隣に座っていた男性に支えられた。私はそれにハッとして体制を整えたが……何故か力が抜けていく…


 手に持っていたカップを落とさないように回収されて……

 私の意思とは裏腹に私の意識はどんどん闇へと沈んでいったのだ…



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