とある少女と乙女ゲーム。【三人称視点】



『伊達ぇぇぇ〜! おま、よくも雅ちゃんを泣かせたなァァァ〜!! あぁっ泣かないで雅ちゃーん!』


 一人の少女が液晶画面に向けて怒鳴っていた。彼女はその辺にいる至って普通の女の子だった。学校の友人に薦められた【乙女ゲーム】とやらに片足を突っ込んで、見事ハマった人間である。

 現在、彼女はそのゲームをプレイして絶叫していた。


『…ヒロインちゃーん、やめたほうがいいよ〜そいつ絶対クズだから〜』 


 あまーい雰囲気でヒロインと攻略対象がくっついたのを確認すると、少女はバタリと床へと倒れ込んだ。

 彼女は部屋の天井を睨みつけながら怨嗟の声を上げる。


『…伊達の目は節穴か。ヒロインちゃんも可愛いけど、雅ちゃんも素晴らしい女の子じゃないか! お前にはもったいないくらいの女の子なのに…! 彼女がどんな気持ちで身を引いたかわかっているのか!? 許すまじ…!』 


 彼女は全ルートクリアの先にある特典のために、好きではない攻略対象ルートを渋々ゲームプレイをしていた。特典を見る為には、各攻略対象とのハッピー・バッド・トゥルーエンドの全てをクリアする必要があるのだ…ついでに誰ともくっつかないルートも加えて全部で25通り。ちなみに逆ハーはない。

 …コンプまで道のりは遠い。



 このゲームの難易度は難しい方から


難 唯一大人の保健室の先生

  無愛想系風紀委員長

  生真面目系風紀副委員長 

↑ 俺様系生徒会長

↓ 腹黒系生徒副会長

  スポーツ万能系同級生

  不良系後輩

易 チャラ系生徒会会計


 …の順となっている。

 チャラ系生徒会会計はチョロかったのでストーリーをスキップしながらでもクリアできたが、難易度中レベルの生徒副会長は難易度が上がるため、歯をぎりぎりさせながらトゥルーエンドルートを嫌々クリアした。


 なぜなら、少女は副会長の婚約者役のライバルキャラが大好きだったからだ。ぶっちゃけ攻略対象の誰よりもそのライバル役を推していたんじゃないだろうか。

 一応、他の攻略対象の一挙一動にキュンキュンした場面もあったが、ライバル役の小石川雅の登場シーンではアイドルを応援するファンのごとく「可愛い! 尊い!」と騒ぐ始末。


 ゲームを薦めた友人には、「攻略対象…自分の推しキャラを一緒に語りたかったのにな…」とさり気なくがっかりされている事に少女は気づいていなかった。

 


『ハッピーエンドルートではライバル役の葛藤や苦悩は出てこなかったから、ここまで苦しくはなかったのに…! くそぅ、伊達、何が腹黒副会長だ! お前はクズで十分だ!! 雅ちゃんに誠心誠意謝れよ!』


 少女は攻略対象に向かって悪態を吐く。  

 そして気を取り直すと気分転換がてら、攻略対象を変更してゲームをやり直すことにした。


 チャラ系会計も嫌いだが、クズ系副会長も嫌だ。百歩譲って俺様系会長はマシだけど……私、俺様好きじゃないんだよね。イラッとする。しかもあいつすぐに調子乗るし。

 そいつら以外のキャラでプレイするか……


 選択肢を選ぼうと、ゲームのコントローラを操作していたが、決定ボタンを押そうとしたその指をピタリと止めた。


『…解せないのは…この風紀副委員長だよなぁ。…どうして自分に自信がない設定なんだろ。頭いいし、運動できるし、人望も厚くて格好いいのに…謎、ミステリー…』



 難易度の高い保健室の先生は女性不信、風紀委員長は女生徒暴行の現場に遭遇してしまって助けられずに後悔しているから。

 

 だけど風紀副委員長だけは納得できるような理由がない。公式サイトを見ても、ゲームに詳しい人のブログを見ても詳しい理由はわからない。

 高校受験失敗…学業で挫折したというのはサイトに載っていた。…他の不良系後輩も学業で挫折したからグレたと書いてある。…似たような理由なのに、なんでこの人の方が難易度高いのかな?


 私だって本命の高校落ちて、滑り止めだった私立の女子校に通ってる。落ちた時は凹んだけど、なんとかなるもんだよ意外と。


 風紀副委員長に自信がないのは、本当に高校受験落ちただけ?

 …何か他に、理由があるんじゃないのかな…?


『……なんか気になるんだよなぁ。風紀副委員長…』


 神経を張り詰めたような…隙のない、ストイックな風紀副委員長を液晶越しにじっと見つめ、少女は…

『もう少し肩の力抜けばいいのに』

 と呟いた。


 そんなこと言ってもゲーム上の人物なんだから返事が返ってくるわけでもなく。


『…なんてね、ゲーム上の人間のことを気にしすぎでしょ自分。何いってんだか』


 ははは、と軽く笑い飛ばすと、彼女はゲームに没頭したのであった。




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