過去との遭遇。私の知られたくない過去。

「先輩、イルカショーまであと1時間半ですって」

「13時からか……少し早いが、先に昼食でもとるか?」

「そうですね。ここ持ち込みOKで良かったです」


 期末テストが終わった後、怪我も快方に向かっている私はご褒美デートの仕切り直しとして本日、隣市にある水族館にやって来ていた。

 電車に揺られること小一時間。水族館に到着した私達は順路に沿って水槽を見て回ったのだが、お目当てのイルカショーまで時間が空いていたので先に昼食をとることに決めた。

 こういう場面でこそ女子力を発揮するべきだと思った私は手作り弁当を持参した。今日は唐揚げジャンキーの分まで唐揚げを作って与えてきたので以前のように偏った量にはなっていない。

 とは言え、冒険しない私は定番メニューを詰めてきたんだけどね。お洒落なのは今度。今度ね。


 持ち込みOKの食堂でお弁当を広げ、先輩が食べている姿をニコニコと眺めているだけでめっちゃ幸せ。


「…うまいよ」

「ホントですか? 良かった」


 私があまりにもガン見するから先輩は恥ずかしそうにしていた。照れた先輩も可愛い。

 うむ。先輩のテレ顔も頂いたので私も食事をすることにする。



「……あれ? 田端? 田端あやめ?」

「……え?」

「俺、俺。中三の時同じクラスだった坂下」

「…あぁ。…よく私だとわかったね」


 唐揚げを頬張っていると後ろから名前を呼ばれた。振り返ると同年代くらいの青年の姿。はて誰だろうかと思ったら中学の時の同級生だった。

 クラスメイトだったとはいえ、そこまで親しくなかったというのに…化粧してるこの顔でよく気づいたな。


「雰囲気と声が似てるなーと思ってさ。…彼氏?」

「そうだよ」

「どうも~こんにちは。中学の同級生の坂下です〜」


 中学の時は野球部だった彼だったが、今は野球をしていないようだ。野球部って坊主の人多いけど今の坂下君の頭はふさふさしているから。でも当時から頬にあったニキビの痕が残っていたのであの頃の面影は十分にあった。


「お前変わったなぁ! 別人かと思った」

「イメチェンしたからね」

「まだ弟と比べられてんのか?」

「たまにね。…でも最近は収まってきたと思うよ」


 私のその返事に坂下君は一瞬沈黙した。

 そして気まずそうな顔をしたかと思えばがくりと項垂れ、ボソボソとなにか話しだした。


「……あのさぁ、中学の時、庇えなくてゴメンな?」

「…え?」


 久々の再会した同級生ということで、亮介先輩を放置したままで会話をしていたのだが、何故か坂下君は表情を暗くさせて私に謝罪してきた。


「…ほら、お前クラスの女子からハブられてたろ? 弟が原因で」

「…あぁ……坂下君は悪くないよ。女子のイザコザって男子が入ると余計にこじれるし」


 何故この場所で謝罪なのかと私は戸惑う。

 中三の時にいじめられた嫌な思い出が私の脳裏に蘇って嫌な気分になった。


「俺、中学の部活で同じような目に遭ってたからお前の気持ちわかってたはずなのに怖くてさ。ほんとゴメン」

「……大丈夫だよ。だからこそ私は今の高校に入れたんだし」


 そんな事言われても…彼に謝罪されてもスッキリはしない。

 過去のことだと割り切るようにはしているつもりだが、中学三年の時のクラスにいい思い出はない。

 あのクラスメイト達と同じ高校に行きたくなかったから、中三の時の私は勉強をめっちゃ頑張った。そのお陰で地区で一番偏差値の高い公立校への進学が出来たのだ。

 そのお蔭で先輩と出会えたし、友人達にも会えた。今はプラスに考えることが出来ている。


「……幸せそうで良かったよ。卒業後お前誰とも連絡取ってないし、元気にしてるかなと思ってたんだ」

「あはは…ハブられてたからね…」


 坂下君は私が彼氏と楽しそうにデートしている様子を見て何処か安心できたのだろうか。ホッとした様子を見せた。

 中三当時、他のクラスにいた友人とはたまに連絡してるけど、同じクラスには仲のいい子はいなかった。いや、当初は仲良くしていたけどもハブられたことで縁が切れたとでも言うが。

 思わぬ場所で同級生と再会してびっくりしたが、相手が彼で良かった。それがいじめっ子だったらちょっとね…


「……あやめ、今の話はどういう事だ?」

「え?」


 あ、そういえば先輩の前で話をしていたんだった。中学のいじめ云々とか先輩には話したことがなかったもんな。

 あんまり…知られたい事でもないしどうしようかなと思っていたら…坂下君が暴露しやがった。


「田端の弟を紹介しろって当時のクラスメイトが言ってきたんですけど、田端がそれを断ったらクラスの女子全員でハブっていじめていたんですよ」

「ちょっと!」

「主犯の蛯原えびはらって女がどうしようもなくて。…マジ恐怖政治でしたね。それには一部の男子も加担してましたし、先生に言っても大した解決にならなくて、むしろ田端への当たりが更にひどくなって」

「坂下君やめて!」

「それで、そいつらは」


 やめろと言ってんのに語るわ語る私のいじめ体験。やめろと言ってるのが聞こえないのかこのじゃがいも小僧は。


「坂下〜?」

「あ、わり、先食ってて! …他の高校に行ったとしかわからなくて。でもああいう奴らにはいつか自分のやってきたことが返ってきますよ。きっと」


 坂下君の友達らしき男の子数人が声を掛けてきたが、彼はまだここに残るつもりらしい。これ以上余計な話を先輩に吹き込まないようにあっちへお行きよ。


「過去のことだからもういいじゃん! なんで私の彼氏にそんな事話すの? 嫌がらせのつもりなの?」

「そういうつもりじゃないけど、彼氏さんが聞きたそうにしてたから」

「言わんでよろしい! 思い出したくないんだよこっちは!」


 あの時は本当に容姿のコンプレックスMAXだったんだ。親兄弟には話してないから、当時の同級生しかこの事を知らない。

 いじめられたって親に言える?

 しかも美形な弟が原因なんだって。その美形な弟によく似た美人の母親に、父親似の平凡な私が言えると思う?

 当時の私はそれが余計に情けなく、みっともなく、僻みに聞こえるかもしれないと感じていた。

 丁度反抗期も重なってたからかもしれないけど、親に言えなかったんだ。それは私のちっぽけなプライドだったのかもしれない。

 だって母さんは美人だから私のような目にあったことないでしょ? 例え打ち明けても余計に私が惨めになるだけだろう。どうせ母さんには私の気持ちなんて理解できないんだよって反抗心もあったから言わなかったんだよ。

 

 私がイライラしているのにようやく気づいたじゃがいも小僧はハッとして話を転換させた。気づくのが遅いよ。


「あ、そうだお前大学進学すんの? 何部? 何大学?」

「……国立の理工学部だけど。食品メーカーでの開発目指してるから」

「へぇお前らしいな!」

「……ん?」


 今までにない反応に私は思わず首を傾げる。理系でも文系でもない私だが、文系に行くんじゃないかとか思われていたらしく皆意外そうにするんだよね。

 坂下君は先程までのシリアスな表情から一変、思い出し笑いをした。


「だってお前、園芸委員の時ひっそりトマトとか枝豆育ててたじゃん! 胡瓜とナスもあったかな? 先生にバレて怒られてたよな〜」

「…坂下ー! お前は余計なことばっかり口にしおってー!」


 もうこいつに敬称は必要ない。

 坂下はさっきから要らんことばかりほじくり返してくる。私は奴を黙らそうと席を立ち上がり、坂下の胸ぐらを掴んでがくがく揺さぶった。


「ちょ、田端伸びるって!」

「おだまり! お前もポテトにしてやろうか! 先輩に幻滅されたらどうしてくれんのよ!」

「あ、そういや校長に花壇のこと褒められて表彰されてたよな! お前根っからそういう、物を創り出すってのが合ってるんだと思うよ!」

「今更いいこと言っても遅いわ!」


 確かに私は中三のとき園芸委員会に立候補して、学校の花壇で野良仕事ばかりしていた。

 それだけ教室に居場所がなくて何処か別のところにいたかったのだ。別のクラスの友人のところにも行ってたけど彼女にも友人はいるからしつこく行くのも良くないと思ってさ。


 だけどそんな理由で入った園芸委員会は自分の性に合っていた。委員なりたては決まった植物を植えたり手入れしていたんだけど、そのうちスペースの空いた花壇がもったいないと思うようになった。折角だからもっと他の植物を育てたいと考えた結果、野菜を育てよう! となったのだ。

 夏休みの時期に実る野菜を栽培してこっそり収穫していたんだけど、何処からか先生にバレて没収されてしまったんだけどね。


「お前から没収した枝豆、職員室で先生たちが食ってたの知ってる?」

「……なんだと!?」


 知りたくない事実が明らかになった。

 枝豆は大事に食べようと沢山実るのを待っていたのに先生に没収されてしまって肩を落として帰った苦い夏休み。

 私は坂下の胸ぐらから手を離し、項垂れた。


「…私の、枝豆…」

「ナスとかトマトとかも持って帰ってたしな。怒ってたくせにネコババするなんて大人って汚いなと思ったよ」

「担任め…!」


 三年前の恨みを思いだして私が怒りに震えていると、何処からかため息を吐く音が聞こえた。

 そっちに目を向けると先輩が呆れたような目でこっちを見ていた。




★☆★



「先輩…幻滅しないでください…」

「さっきの話で幻滅するわけ無いだろう。……同じ中学じゃなかったから当然なんだが、知らないことを聞いて少し距離を感じただけだ」


 イルカショーを観に行く途中、私は先輩の腕に抱きついて唸るような声でお願いした。学校の花壇で野菜栽培したことでドン引きされたくない。ちゃんと花も育てたんですよ! 野菜だけじゃない!

 そう思ってたんだけど、先輩は私の過去の話を聞いて寂しくなっただけのようだ。

 何を言ってんだか。私だって先輩の過去を知らないんだからたまに寂しくなっているというのに。


「…正直中三の時の事は思い出したくありません。だけどいじめられたからこそ、しこたま勉強して今の高校に入れたし、それで先輩とも会えたからマイナスだけじゃないんですよ?」

「…そうか?」

「そうです! じゃなきゃ今こうしてデートしてないはずですもん!」


 亮介先輩がやっと笑ってくれたので、私も思いっきり笑顔を返した。

 今日はご褒美デートなんだから、暗い話は無し!

 さぁイルカショー観に行きましょう! と先輩の腕を強く引っ張った。

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