大学に行く理由って色々あると思う。だけど学費は安くないからそれを念頭に置くべきだと思う。

 中間テスト一週間前になった。

 私は休み時間も勉強するようになり、家でも時間の許す限り勉強していた。テスト終了まで亮介先輩と会うのはお預けである。

 終われば剣道の練習を見学できるご褒美が待っているのでそれのために頑張る!!


「田端せんぱーい! 今日、家来ませーん?」

「…ごめんね。私勉強しないといけないからまた今度ね」


 相変わらず私に懐いている植草さんは昼休みに三年の教室までやってきて私を家に招いてきた。

 だが私はテスト前にそんな余裕なんて無いのでお断りした。


「えー、一緒に勉強しましょうよ〜」

「私、教えられるほど余裕ないんだ。本当にゴメンね」

「今日お兄ちゃんいるから勉強教えてもらえますよ? お兄ちゃん理工学部生だから」

「うん、大丈夫。一人で勉強したいの」


 植草さんのお兄さんは私を敵視というか警戒してるし、私もそんな人に近づきたいとは思わない。ていうか誤解が生まれるような接触は避けたいのだ。

 ぶっちゃけ私にそんな余裕があるなら彼氏に会いたいんだよ。

 連絡はしてるけど、それよりも会いたいんだよ。だけど私は学生だから、何よりも学業を優先しないといけないから我慢してるんだよわかるか?


「むーっ」

「植草さん、中学の時よりも科目も増えてるんだよ? そんな油断してたらいい点は取れないんだよ?」

「大丈夫ですもん。お兄ちゃんが教えてくれるし」


 ねー来てくださいよ〜と絡まれて私は少々困っていた。

 悪い子じゃないんだけどちょっとわがままなところがあるんだよね…


「…ねぇ。田端さんが断ったのが聞こえなかったのアンタ」

「…箕島さん?」

「大体さ、田端さんに迷惑かけてんのわからないわけ? 私ら受験生なんだけど?」


 その言葉に植草さんは顔を歪める。そして私を伺うように見てきた。

 彼女の縋るような目にウッとなったが私は心を鬼にする。


「せんぱぁい…」

「…ごめんね。テストが終わったならいいけど、本当に今は無理なんだ」

「……わかりました…じゃあテスト明けに! 絶対ですよ!」


 不貞腐れた顔をしていた植草さんだったが、私とそう約束を取り付けると帰って行った。

 相変わらず女友達はいないのか。テスト明けの体育祭に期待するしか無いのか。


「本当に懐かれてるわね。田端さん」

「あはは…なんだろう私から母性でもにじみ出てるのかな?」

「あー…でも田端さん下に兄弟いるからそういうのあるかもしれないね」


 自分の席に戻ると、箕島さんが空席である前の席に座って私の机に身を乗り出した。


「ねぇ、志望学部違うのは分かってるんだけどさ、本当に今度一緒に勉強しない?」

「…え?」

「被る受験科目はあるんだしさ、誰かと一緒に勉強するのって張り合いが生まれるし」


 箕島さんの提案に私はなんとなく、下心を感じていた。

 だって私達はそんなに親しいわけでもないし、一緒に勉強するメリットも感じないから。


「…山ぴょんとの復縁を狙ってるの?」

「…あら、バレた?」

「私を利用するのは止めてね? 巻き込むのだけはやめて」

「ダメかぁ…大志ホント彼女作る気ないみたいでさ、断られちゃったのよ」

「…箕島さんから振ったのになんで今さら?」


 私の問いに箕島さんは苦笑いした。

 今教室に山ぴょんはいない。ついでにいうと私の周りは丁度人が捌けている。つまり小声で話せば周りには聞こえないので質問してみた。


「嫌いで別れたんじゃないからね。……私、大志の気を引きたかっただけなのよ」

「ふうん」

「大志に新しい彼女が出来た時後悔したんだよね。だからもう一度やり直せないかなと思って。気を悪くさせたならゴメン」


 そう言って彼女は立ち上がると小さく呟いた。

 

「やっぱり自分でなんとかしなきゃよね」


 そこに丁度山ぴょんが男友達とお喋りしながら教室に入ってきたので、箕島さんは早速山ぴょんに話しかけに行っていた。



 私はといえば他人の事どころではないので、それから目を逸らしてテスト勉強を再開したのである。



☆★☆



「あんた目障りなんだけど」

「ハーフだか何だか知らないけど男に媚び売って恥ずかしくないわけ?」


 帰る間際に先生から呼び出しがあったので職員室で用事を済ませた後、裏庭に面した廊下を歩いていると、窓の外からそんな声が聞こえてきた。

 不穏なそれに私が思わず窓の外を覗き込むと、植草さんがなんだか見覚えのある女子たちに囲まれていた。

 相手は私と林道さんを冬の資料室に閉じ込めた事のあるキラキラ系女子(現在二年)である。

 この人達も懲りないなぁ。自分たちのことは棚に上げて…。


「あんた達だってうちの弟に媚び売ってたじゃん。人のこと言える? それとも…植草さんが美人だから妬んでるの?」

「! あんた、和真の」

「ねぇ後輩をいびって楽しい? アンタ達、前科があるのにいい度胸だよねぇ?」


 小姑よろしく私はキラキラ女子に嫌味を言ってみる。

 すると奴らは負け惜しみのようになんか色々言って逃げてった。『うざいんですけど!』『クソババァ!』『ブース!』とか色々ね。罵倒がワンパターンだな。

 小物臭がすごいわ。

 見た目は可愛いのに本当性格が残念だ。


 私は植草さんに目をやった。

 彼女はノーダメージに見えるけど、若干うんざりした顔をしていた。美人も大変だな。


「植草さん大丈夫?」

「田端先輩〜怖かったですよ〜」

「うん、でも自業自得だからね?」

「最近は控えてますもん!」


 切り替えが早いのか、植草さんは「今帰りですかー? 駅まで一緒に帰りません?」と誘ってきた。

 まぁそのくらいなら構わないかと思って了承すると彼女と駅まで向かうことに。


「田端先輩は志望大学何処でしたっけ〜?」

「国公立にしようかなと思ってるけど、まだ決まってないよ」

「えぇー彼氏さんと同じ大学にすればいいのに!」

「自分の将来のことだからよく考えたいの」

「でもどうせ女って結婚して子供生んだら仕事辞めざるを得なくなるじゃないですか。適当で良くないですか?」


 植草さんの言い分に私は顔を顰めてしまった。


 私の母は高卒で就職し、会社員として働いていた。だけど結婚して、二人の子供に恵まれると仕事と家事育児の両立が厳しくなり、父の仕事も多忙になってしまったため、夫婦で話し合った結果専業主婦になることにしたそうな。

 だから彼女の言い分もわからんでもない。


 とは言っても、私達が中学生になってから母も短期パートに出たりしてるからたまに働きに出てるけどね。最近は私達の進学のことを考えてレギュラーのパートの仕事を探しているみたいだ。

 学資保険プラス、私達の学費の足しになるようにと両親とも頑張ってくれている。 


 私もなるべく負担をかけたくないので、国公立受験を限定として奨学金ローンを少額で借りようとは思うんだけどね。満額借りるのは怖いから残りは親に援助してもらおうと思ってる。後で親孝行で返してくさ。


 だから専業主婦前提で大学行くのは嫌だ。それなら私は就職を選ぶ。

 私は自分のために、手に職をつけるために大学に行くと決めたのだ。

 だから産休育休があって時短で働けるとか、一旦退職しても身の周りが落ち着いてから再チャレンジできるような環境に就職したいと考えている。

 

「あのね、植草さん。大学ってすごいお金がかかるの」

「それはわかってますけど」

「専業主婦になると決めてるなら大学に行かないで就職なりフリーターになればいいじゃない。それを置いておいても、学ぶのは自由だと思うけどさ、適当に大学に行くとか私そういう考え方あまり好きじゃない」


 和真いわく私は真面目すぎるらしいが、間違ってはいないと思うのだ。

 だって結婚しても離婚したら?

 旦那さんが働けなくなったら?

 

 そしたら自分自身で稼がないといけないじゃないの。絶対なんてないんだから。


 私の目指す専門職となると大学で学んだ知識が必要になる。大学によって就職先も変わるし、条件も変わってくる

 なら通う大学を吟味するのも大事だと思うのだけど。考えが堅いのかな?


「私は結婚出産で一旦離脱しても、復帰できるような仕事ができるように学びに行くと決めてるから適当にしたくないんだよ」

「…すいません…」

「…え?」

「…あたしなんか…気に障ること言っちゃって…」


 ショボーンと植草さんが凹みだした。

 あ、ちょっと私言い方きつかったかも。


「あ…ゴメン。言い過ぎた。…でもね、経済的に進学できない人もいるからそういう事軽々しく言わないほうがいいかな?」

「はいすいません…」


 いかんいかん。

 ムッとしたからって自分の考えを他人に押し付けちゃダメだな。自分大人げないわ。


 しょぼくれた植草さんにフォローを入れてると、何処からかクラクションの音が聞こえてきた。

 振り返ると目立つ外車の姿。運転席に乗っている彼女のお兄さんが私を探る目で見ていた。

 うわぁ…タイミング悪いなぁ。



「植草さんお迎え来たみたいだね。私はここで」

「…えっ? 送ってもらいますよ?」

「ううん、大丈夫。それじゃあね」


 ちょっとダサいけど私は逃げるようにして植草兄妹から離れていったのである。

 気まずいし。


 

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