これがシスコンか。それなら彼はブラコンなのかな?
「田端先輩! おかず交換しましょ! あたし一度お弁当のおかず交換してみたかったんです!」
「うん…いいよ…好きなのお取り」
昼休みに彼女は三年の教室までわざわざやってきた。
昼食を一緒にとろうと誘われた私は中庭の木陰で彼女と昼食をとることに。
「…植草さん。三年の私じゃなくて同じ一年の友達作らないと。私今年で卒業だし」
「えぇ? 迷惑ですかぁ?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ…」
幼少期、ハーフということで心無い仲間はずれを受けてきたらしい植草さん。成長期にはその華やかな容姿に引き寄せられた男子と親しくするも、女子の反感を買って女の子とは全然仲良く出来なかったらしい。
そんな環境で過ごしてきたせいか、彼女は女友達の作り方がわからないようである。
友達という存在が今までいなかった反動なのか、お節介焼くついでに説教をかました私に懐いてきた。
寂しがりやでいて甘えん坊。
この子は本当に気性が久松に似ている。しかしこっちは女の子だから無下に出来ない。私の良心が痛むのだ。男女差別なのだろうかこれは。
なんとかして彼女に同じ一年の女友達が作れないものだろうか…
そこで私はハッとした。
そうだ来月の六月に体育祭がある。そう、クラスメイトとの友情が深まる可能性があるのだ!!
「体育祭だ! 体育祭で女友達を作るの!」
「体育祭ー? あたし運動嫌いー」
「嫌いでもいいけど全員参加だし、ちゃんと競技は真面目に出場しないとクラスメイトに嫌われちゃうよ」
「むー…」
彼女は女友達作りにあまり積極的ではない。
長年の仲間はずれで臆病になっているのかもしれないけども…
「それよりもあたしのママ、イタリア人なんですけど料理上手なんですよ! 先輩の話したらうちに連れてきなさいって言われたから今日来ませんか?」
「んん?」
「ねっ! 決まり! ママの作るボロネーゼは絶品なんですよ!!」
私には積極的なのになぁ。
悪い子じゃないから少しの勇気で友達は出来ると思うのに勿体無いと思う。
「こんにちはいつもクレアがお世話になってます〜」
「こんにちははじめまして。同じ高校の三年、田端あやめと申します。お邪魔します」
彼女のお家は地中海沿岸にありそうな洋風のお宅に見えた。和洋折衷の我が家とはだいぶ違うお洒落なお家だ。
出迎えたイタリアのマンマ風の婦人に挨拶をすると、彼女は私の名前を聞いて首をかしげる。
「あやめ…ってお花の名前?」
「私の誕生花なんです」
「イリス! 素敵なお名前ね!」
「い……? ありがとうございます」
いりす? と首を傾げたが、イタリアでの菖蒲の呼び方なのかなと勝手に納得しておく。
リビングに通されてエスプレッソを出される。
ここには本格的な機械があるのか。イタリア人がエスプレッソを愛しているのはセオリーなのか?
あ、これ効くな。受験勉強の時に飲みたいけどマシンを買うお金はない。
私の門限もあるので夕飯の時間をわざわざ早めてくれて、少し早い夕飯をごちそうになった。
自家製生パスタのボロネーゼ、自家製マルゲリータピッツアと海鮮サラダ、食後のティラミス…大変美味しゅうございました。
しかも余った生パスタと瓶詰めソースをくれたので、うちの母にだけこっそり食べさせてあげよう。
そんなに量ないし、男どもにはこの美味しさはわかるまい。
七時半過ぎにお暇しようとした私に植草ママンは言った。
「うちの息子に送らせるわ。車持ってるから」
「えっ、いやでも」
「大丈夫ですよ先輩! あたしも乗りますから間違いは起こさせません。彼氏さんのこと気にしてるんでしょ?」
植草さん同乗なら、と後部座席に乗せてもらって家まで送ってもらうことにした。
植草ママンからまた来てねと熱い抱擁を受けて動揺したけども頑張って返した。
向こうの人がスキンシップ激しいって本当なのね。
「あやめちゃんだっけ? 紅愛わがままでしょ? お世話かけてごめんねー?」
「そんな事ないよ! ね? 先輩」
「あはは…」
流石美少女の兄。彼女によく似ている華やかな美貌の彼は私の3つ上の大学生。
ゆるくウエーブのかかった長めの髪は無造作にセットされており、彼のチャームポイントは多分右目下の泣き黒子に違いない。それとすんごい色気を感じる。なんでそんなに色気を垂れ流してるんですか?
一時期ちょい悪オヤジってのが流行ったことあるけど彼はちょい悪イケメンと言うべきか。
彼の運転する車で家まで送ってもらったが、渋滞にならない裏道を選んでくれたお陰か思ったより早く家に到着した。
「ありがとうございました」
「いーえ」
「先輩また明日!」
「うん、ばいばい」
小型のイタリア車が住宅街を走っていくのを見送って私は家に入った。
イタリアの祖父母から進学祝いで譲り受けたものらしいが、外車ってエンジン音大きいし、燃費悪いし、メンテナンスできる場所が限られて、費用も高く付くのだとぼやいていた。
だけどカッコいいな。乗り心地は俄然日本車のが上だと思うけど。
植草ママンにはまた来てねとは言われたけども、私は受験生。暇な身分ではない。なので気持ちだけ受け取っておく。
…それに植草さんのお兄さんの探るような目が気になったし。
もしかして妹に近づく怪しい人間とロックオンされたのかもしれないね。
私そんなに不審者っぽいかな……
☆★☆
「やぁ、あやめちゃん」
「……植草さんこんにちは」
「紅愛と混同するから名前で呼んでいいけど?」
「じゃあ紅愛ちゃんを名前で呼ぶことにしますね。紅愛ちゃん、多分もうすぐ来ると思いますよ。じゃ」
植草家訪問から数日後。その日の授業を全て終えて下校していた私は、正門から少し離れた位置に外車を停めて待機していた植草さんのお兄さんに声を掛けられた。
見たことある車だなと思ってたら、パワーウィンドウが開いてサングラスを掛けたちょい悪イケメンに声を掛けられたからちょっとびっくりしたわ。
下校中の生徒にジロジロ見られてるから早く会話を終わらせたくて私は簡潔に話を終わらせた。
「あ、まってまって。俺が待ってたのはあやめちゃん、君だよ」
ですよね。そんな気がしてた。
「乗って? ここじゃ出来ない話だから」
「お断りします。私、彼氏に疑われたくないので他の男性と二人きりになりたくありません」
「俺が女に不自由してると思う?」
「それとは別問題です。お話ならこのまま伺いますけど?」
早く帰りたいし。
さぁ用件を話せとオーラをビシバシだしてみる。
植草さんのお兄さんは嘆くようなリアクションでサングラスを外す。
サングラスの下から琥珀色の瞳が現れ、私を射抜くような視線を向けてきた。
「君さぁ……妹と、紅愛と親しくしてどういうつもり?」
「やっぱりそんな用件でしたか。別に特に目的はありませんよ。私、受験生ですしそんなヒマじゃないんで」
「妹が男に人気があるのを知っててなにか企んでるんじゃないよね?」
「別に企んでないですけど…」
私を探る目で見てくる植草さんのお兄さん。
全くもって不快である。
なんだ、私が逆ハー繰り広げる植草さんを陥れようとしてると思ってるのか。
「どうだか」
「…どうせ私が何言っても信じないんじゃないですか? なら勝手にそう思ってたらいいじゃないですか。ていうか妹のことが心配なら、優しくしてくれる男にホイホイついていかないように注意するべきでしょう」
「え……?」
「昔の仲間はずれのことはともかく、現状は彼女の行動にも問題があると思います。……いつまでも人に守られていると、彼女は大人になって苦労しますよ。生きていく上では女性とも上手く付き合っていく必要もあると思うんですけど」
過保護か。
…もしかして、このお兄さんが植草さんの友情チャンスを潰したことがあるんじゃなかろうか。
ちょっと仲良くなった子に圧力をかけたりして…
……いやいや考えすぎかな。
「紅愛ちゃんに近づく男は大抵、本能に忠実で不誠実な男ばかりですよ。彼女は自分の身を守る術を、人との付き合い方を覚えるべきと思うんですけど違いますか?」
「…君、」
「お兄ちゃん! 迎えに来てくれたの?」
植草さんのお兄さんがなにか言い掛けたけども植草さんの声で途切れた。
彼女が来たので植草さんのお兄さんは先程までの警戒した表情を緩めて、まるで何もなかったかのように妹に笑顔を向けていた。
「田端先輩も乗っていきません?」
「ごめんね今日は彼氏の家に行く約束だから」
植草さんのお誘いを受けたが、私はやんわりお断りした。
…もしかしてこれはシスコンというものなのだろうか。こんなに過保護なシスコン、二次元にしか存在しないと思ってた。
このお兄さん、橘兄とは別の意味で面倒くさいわ。
最近私は橘兄との付き合い方をマスターした気がする。
あの人根は悪い人じゃないんだよ。ただ頭でっかちで融通がきかないだけであって…
……まさか橘兄も…ブラコンなのか?
まぁいいわ橘兄は今は関係ないし。
私は植草さんにそう断って挨拶すると、さっさと帰っていった。
ちなみに亮介先輩と約束は特にしていない。
植草さんに引き止められるのを恐れたので、それらしい理由にさせてもらった。
その後、偶然帰りの電車の中で橘兄と遭遇した。
橘兄の大学はうちの高校の先の方にあるから同じ電車なんだよね。だからよく会うんだ。
私に声を掛けてきた彼を見上げて私はしみじみしてしまった。
ブラコン……そう思えば以前の無礼な発言も可愛く見えてくるのかもしれないな……
そして思ってたことが口から漏れてしまった。
「橘さんて……ブラコンだったんスね」
「…は?」
おお橘兄そんな間抜けな顔できるのか。
「…君は、一体何を」
「いやほら、当初弟さんと私のこと反対してる感じだったじゃないですか〜。あれってブラコンだったからなんだなと思って」
「違う。後々のキャリアに影響があると思って」
「またまたぁ。罵倒したことは褒められないけど、弟のこと心配しての発言なんじゃないですか〜」
あの時は言われたこっちはたまったもんじゃなくて、橘兄に対してヘイトが溜まっていたけども、今となっては弟の事を思っての行動だったとも取れる。
「違う。そんなのではなくてだな」
「照れなくても大丈夫ですって。亮介先輩には内緒にしておいてあげますから」
「違うと言ってるだろう!」
なんかすごい否定してくるけど私はスルーしておいた。
照れ屋さんだなぁ。そんな所は亮介先輩と同じだな。
私は生暖かい目で彼を見ていた。そして電車が最寄り駅に着くとさっさと家路についたのである。
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