見直して損した。やっぱりコイツは節操なしだな。

 この間の噂事件で橘先輩に巻野・木場と呼ばれていた三年女子に私は呼び止められていた。彼女たちは私を睨みつけていて、ケチをつけるために呼び止めたのだとすぐに気づいた。

 一応相手は先輩だから一年の時のようにあしらえない為、私はその問いに素直に答える。


「……お世話になっている人に配る義理チョコですけど」

「橘君にもあげるの?」

「…あげますけど?」


 私は彼女たちの動向に警戒しながら、正直に答える。

 するとあの日泣きそうな顔をして走り去った方の三年女子が一瞬で表情を険しくして私の紙袋を乱暴に奪い取った。


「なっ…何するんですか! 返して下さいよ!」

「なんであんたなのよ! …私は沙織だから諦めたのに…!」

「…え?」


 彼女が言った言葉に私が疑問を覚えた瞬間、彼女がその紙袋を地面に投げ落とし、足を振り下ろすとグシャリと音を立てて踏み潰した。

 私は目と口を大きく開き呆然とした。


「………」

「ふん、こんなもの橘君にあげられないでしょ」

「ちょっと橘君に目をかけてもらってるからって調子乗らないでよね」


 三年女子は鼻で笑い、歪んだ笑みを浮かべていた。そして小さく「ざまあみろ」とつぶやくのが聞こえた。

 チョコレートギフトを入れていた紙袋はグッシャリ踏み潰されており、中身もきっと酷いことになっているのが見て取れた。

 私は呆然とする。

 ここまでするか? 


 それに今、三年女子の片割れが言っていたことって……

 私は怯えか怒りなのか分からないがブルブル震えながら、チョコレートを踏み付けにした三年女子を睨みつけた。


「…橘先輩のこと、あなたも好きなんですね」

「……だからなによ」

「好きだからって何しても良いわけじゃないんですよ? 私に嫌がらせするんじゃなくて…好きなら好きって好意を伝えたら良いじゃないですか! …嫌がらせするような人を橘先輩が好きになってくれると思いますか?」

「うっ、うるさい!」

 

 彼女は顔を怒りで赤く染め上げて怒鳴ってきた。

 大きく振り上げられた彼女の腕。

 また殴られるのかと私はギュッと目を閉じて構えたが、いつまで経っても痛みが来ないので目を開けると、そこにはアイツがいた。



「ちょっとちょっと〜不穏だなぁ。え、なにこれいじめ?」

「…久松?」

「あーぁ…折角頑張って作ってきただろうに……酷いことするなぁ…」


 なんと私に向かっていた三年女子の攻撃を久松が軽々防御して私を庇っていたのだ。

 私はその光景が信じられずに呆然としていた。


 久松はひどい状態になった紙袋を見て肩をガックリ下ろすと、身をかがめて三年女子の顔を覗き込んだ。それには三年女子も頬を赤くする。

 コイツ顔はいいからね顔は。そりゃドキッとするだろうよ。


「…俺さぁ、女の子大好きなわけ。たまに気性荒い子もいるけど、ベッドの中では素直だし? …女の扱いには自信があるわけよ」

「はっ? な、何を言ってるのよ」


 話しだしたと思えば下ネタか。コイツ、やっぱり最低だ。

 三年女子もそれにドン引きしている。彼女が橘先輩を好きならこういう男子は正反対すぎてダメなのだろう。

 私は久松を呆れた目で見上げていたのだが、ニコニコしていた久松の目が鋭く光り、私はギクッとした。


 …コイツ、こんな顔するんだ。


「でも…あんたみたいな性格ぶっさいくな女は無理だわ。多分橘もそうだと思うよ? ていうか性欲湧かないわマジで」

「なっ、ななな」


 私まで唖然とした。

 おい、最後。女子になんてことを言うんだ。この歩く18禁男め!


「鏡見てみなよ。性格だけじゃなくて顔もブッサイクになってるから」


 久松が皮肉げに笑うと彼女たちはカッと頬を赤くして「最低!」と怒鳴って走り去っていった。


 …うん。まぁ彼女たちも明後日以降学校に来ることがないから多分もう、いちゃもんをつけることはないと思うけど…最近本当こういうの多いよな。

 私が遠い目をしていると久松が紙袋を拾い上げていた。


「あーあ潰れちゃってるもったいない」

「…仕方ないよ。捨てるしかない…庇ってくれてありがとう」


 助けてもらったので久松にお礼を言ったのだが、奴は何を思ったのか、ニッコリとあの色気たっぷりの笑みを浮かべると私に近づいてきた。

 私は何の構えもしていなかったので逃げ遅れ、壁との間に挟みうちにされてしまった。なんて嬉しくない壁ドンなんだ。

 呆然と奴を見上げると、久松は私の頬を怪しく撫でてゆっくり顔を近づける。


「…お礼なら…体で払ってくれる?」

「…いやです」

「超絶優しくするよ? アヤメちゃん初めてでしょ? 慣れてる男のほうがいいって」

「いやです絶対に。離して下さい」


 助けられた代償として高すぎるだろ。

 見直して損した。やっぱりコイツは最低だ。


 久松の胸板を押し返してみたが動く気配がない。久松の腕の隙間から抜け出そうとするも余計に体を押し付けられ、奴との体の距離は0cmになった。つまり密着している。

 

 あ、これあかんヤツや。

 漸く身の危険を感じた私は暴れだしたが奴は「暴れないの」とくすくす笑ってやがる。全然堪えた様子がない。挙句の果てに私の腕は壁に縫い付けられてしまった。


 嫌がってんだってば! やめろよ私の首の匂い嗅ぐな!!


「やめて! 嫌だってば!!」

「いい匂い。…あ、ムラムラしてきちゃった」

「ぎゃあー!!」


 止めてくれほんとに。

 こんな形で純潔を失うなんて嫌だ!!

 

 私の叫びが天に届いたのかわからないが、そこに救いの神が現れた。


「久松! お前何してる!?」

「ぅおっ」


 久松が勢いよく私から離れた。私は気が抜けてヘナヘナしゃがみこむ。

 彼らの登場で私の貞操は守られたからだ。


「げっ! 大久保に橘だー」

「おっまえ嫌がる女子になんてことをしてんだ! だいたいここは学校だろうが!」

「だってアヤメちゃんがかわいかったから」

「かわいいからって襲って良いわけじゃないだろが! お前はこっち来い!」


 風紀委員長になる前から久松をマークしていた大久保先輩は慣れた様子で久松を連行していく。


「…田端大丈夫か?」

「あ…はい…」

「アヤメちゃーん!」


 気遣わしげに声をかけてくる橘先輩に返事を返していると、久松が私を呼んだ。奴は何故か私が作った潰れたチョコの箱を掲げている。


「アヤメちゃーん! これ貰っておくね〜! それと今度は絶対遊ぼうねぇ〜」

「…絶対嫌だ! もげちまえエロ大魔神!!」


 私は自分の体を抱きしめながらいつぞやの女の子と同じセリフを叫んでいた。

 やばい。柄にもなく震えている。あんな奴が怖いと感じるなんて。


「…田端」

「だ、大丈夫です。すぐに落ち着くんで」


 しかしこんな所を橘先輩に見られるなんてついてない。

 鼻がツンとして自分が泣きそうになっているとわかったが絶対に泣きたくはない。

 

「とりあえず保健室に行こう」

「せ、先輩、違うんですよ。私と久松そんな関係じゃないですからね?」

「知ってる。疑ってなんていないから」

「抵抗したんですよ。嫌だって言ったんです。だけど」

「わかってるから」


 泣きたくはなかったが私の声は震えていた。先輩は「怖かったな」と小さく呟くとそっとその手を私の頭に伸ばした。

 ポンポン、と私の頭を撫でてくれた橘先輩は私の腕を引っ張って私を立ち上がらせると保健室まで送ってくれた。

 

「帰りは教室まで迎えに行くから待ってろ」

「…はい」


 俺は風紀室に行くからと言って先輩は保健室から出ていった。私は昼休みギリギリまで保健室で過ごすことに。眞田先生の出してくれたお茶で大分落ち着いた気がする。


 眞田先生に事のあらましを話したら「残念だけど来年に期待しておくよ」と苦笑いの後わっしゃわっしゃと犬撫でされた。もう柴犬扱いされるのは諦めた。

 

「それにしても残念だったな。橘にあげる分も台無しになったんだろ?」

「あ、いえ帰りに渡すつもりだったからロッカーに保管してるんで無事です」

「おぉ抜かりないな」


 そう、帰りに渡すつもりだった私は橘先輩に渡すチョコだけはクラスの男子もといチョコレート亡者たちから守るために安全な場所に隔離していたのだ。

 鍵付きロッカーだから壊されない限り無事だと思う。教室の後ろにあるしそんな事してたら教室にいる誰かにバレるけど。


 後で教室に戻って確認したけど無事だったのでホッとした。


 …受け取ってくれると良いんだけど。

 今から緊張してたら後が持たないよ。


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