第2話

ある日、僕の人生が突然変わった。


僕は人々の奇異の目に晒され、理解不能で奇怪な、言い知れぬ恐怖を与える存在と


なった。







その日、僕は町中を散歩していた。


買い物もできない僕にとっては運動不足解消のために必要な運動だったのに、


ちょっとした事件になってしまった。


町の人々の迷惑にならないように気を付けながら、できるかぎり急ぎ足で歩いた。


ふと、足元から飛び立つ雀を見上げ、そのまま近所の店の看板を見て雲を見上げ


た。


雲がいろんな形に変化しながら、溢れ出し、流れ、消えてゆく。


そして鳩の群れが忙しく右へ左へと旋回しているのを見た。


足を止めてしまった。


僕の周りに人が集まってきた。


皆、僕を見ながら口ぐちに何かしゃべっている。


「・・・この人・・・」


「・・・変・・・」


「・・・障害・・・」


「・・・ロボット・・・」



かろうじて聞き取れる言葉の断片が、幾層も重なり判別不能になった。


その頃、僕の周りの時間は僕にとって5倍以上に速くなっていた。


5時間程度過ぎたと思ったら一日が過ぎていた。


だから、僕にとって1時間程度の散歩は5時間以上かかることになる。


のろのろと町中を移動していた若者が、ゆっくりと立ち止まり、ぼーっと空を見上


げ動かなくなった。


さぞかし不自然な人間に見えたことだろう。


以前から世間の噂になっていたかもしれない。


いい噂ではないだろう。








急に、母が現れ周囲の人達にビュンビュン頭を下げた。


身振り手振りを交え、僕を弁護しながら謝っている。


夢遊病とか知的障害があるとか、おそらくそのような事を言ったのだろう。


母はよくそう言って僕を庇った。


僕に向かってしきりに手を振っている。


早く帰ろうと言っているようだ。


ただ、母が焦れば焦るほど、その身振りは速くなり、僕の動きは追いつかない。





突然、誰かの手が僕の腕をつかんだ。


僕が店の前で足を止めてしまったので迷惑した店主だろう。


かなり苛立っているようで、僕の腕をグイっと引っ張った。


僕はその動きについて行けずバランスを崩した。


グラグラ揺れ倒れそうになる。


もし僕が皆と同じスピードで地面に倒れたらどうなるだろう。


死ぬかもしれない。


いや、重力と時間の関係は・・・、と考えた時、他の手が僕を引っ張る手を止め


た。


町の人達は、どうやら僕をこのまま放っておくことに決めたようだった。


人々は母に色々と文句を言っていたようだが、その母を残してあっという間に消え


ていった。


やがて、母も何度もこちらを振り返りながら、先に帰宅していった。





そうして夕暮れが訪れ、僕は暗闇に襲われた。


ノロノロと闇の中を横切る僕の姿は、皆の目に恐怖を与えたようだ。


僕は首の振りも視線の移動も、瞬きさえ遅い。


目つきまで異様に見えたかもしれない。



あちこちで人が集まり、こちらを見ながら何事か話し、消えていく。


それが何度も続いた。


その中を歩くのは辛かった。


やっと家にたどり着いた時には、僕はヘトヘトに疲れてしまっていた。


母の泣き声が家の中に響いていた。


その泣き声は、僕には実際より何オクターブか高く笑い声のように聞こえる。


そして、この日以降、僕は近所の散歩に出ることができなくなった。






母は僕を田舎の介護施設に入所させることにした。



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