第8話『魔王の力』

「うっとしいなぁ!? おぉい!」

 ディールはいつまでも漂う霧に我慢できず、掌から舞い上がる炎を掲げて地面へと振り下ろす。炎がディールの周辺を爆発にも似た勢いで辺りに広がる。

 その衝撃に霧は吹き飛ばされるように消散した。

 地面が燻り、木々は吹散した火の粉によって燃え広がり始めていた。

「おっとぉ! いっけねぇ! ちと火力強すぎたかぁ?」

 目の前にいた相手のことを忘れて、炎を上げてしまったことにバツが悪そうな顔する。だが、幸いにも目的であるメルがいた場所まで炎が迫ったとしても、それは微力なもので、死ぬほどのものではないと確信していた。

 邪魔をされたことに苛立ちを感じながらも、再び、苦痛と憤怒に満ちた表情を目にすることができることに、ディールは嬉々として待ちわびていた。

 残った霧が晴れていていき、ディールは満面の笑みで出迎えようと目を凝らす。だが、そこにいたはずの彼女達の姿は無かった。

 期待を裏切られたような感覚に陥り、再び苛立ちを湧き立ち始めたが、霧が完全に無くなると、トカゲのような生き物の付近に二人の姿があるのを確認し、笑みがほころびそうになったが、ディールは一人の姿を見て顔を歪める。

「……んだぁ? そりゃ……?」

 ディールが目にしたのは、小鹿のように震えて泣き崩れそうになっていた子供を抱きかかえた黒い人影だった。

 薄暗闇の中故に、メルの姿が黒く見えてしまったのかとも思えたが、それだと説明がつかないことが一つあった。それはその人物がメルの身長よりも明らかに高かったのだ。さらに抱きかかえていた人物は全身黒い鎧に包まれていたからだった。

(新手かぁ? だとしたらあのガキはどこ行ったぁ?)

 黒い鎧に廃れた黒いマントを身につけた人物は困惑している子供を地面に下ろし、何やら一言二言言葉を交わしていた。

 ディールが攻撃しないと踏んだのか、気楽に話をしていることに苛立つ。

「おぉい……、テメェ何もんだぁ……? 俺の楽しみの邪魔するたぁいい度胸じゃねぇかぁ……?」

 炎の明かりがあるというのに、金属が放つ光沢を一切見せない不気味な鎧を着た人物はディールの声に答えるかのようにが振り返った。

 細かい装飾が彫られた鎧を着た者の兜を目にした瞬間、ディールは顔を歪める。

「なんだその姿はぁ?  まるでかの魔王のようじゃねぇか」

 兜には視界を確保するために必要な穴がなく、弧を描いた面で顔を包まれていた。その姿はまるで、40年前に滅んだと言われる魔王の姿だった。

 普段ならば、戦うことに喜びを上げていたが、かの魔王を象った姿をした相手を見て、コケにされたと感じた。

「ふざけやがってぇ……。ぶっ殺してやるよぉ!」

 ディールは地を蹴って、黒い鎧の着た者まで距離を詰めて顔面目掛けて拳を上げる。

 鋼鉄の鎧に拳を叩き込むことなど、自身の拳が砕けてしまうのが普通であったが、ディールの鍛え上げられた拳は鉄などにも負けない硬さを持っていた。

 咄嗟の出来事に黒い鎧を着た者は驚いてか顔を隠すように腕についた細い籠手を動かした。

 素人丸出しの行動にディールは落胆と怒りを覚えた。

「死ねぇやぁ!」

 籠手をへし折り、そのまま兜をへし曲げる。そのはずだった。

 ディールの拳は籠手によって微動だもせずに受け止められた。

「……はぁ!?」

 全力ではないといえ、確かに小枝のような細い腕を折る力で殴りつけたはずなのに、あたかも簡単に止められたことに困惑を隠しきれなかった。

 理解が追いつかず、惚けていると黒い鎧は拳を振りかぶる体制に入った。反応に遅れながらも、顔面へを狙った攻撃ということを鎧の行動から瞬時に悟ると、あえて避けず、ディールは張り合うように、腕で拳を受ける。

 想像よりも強い威力に驚かされるも、ディールは黒い鎧の拳を腕が折れることなしに受け止めることに成功し、笑みを浮かべた。だが、その直後にディールは気がついた。

 自身が押し飛ばされたことに。


 ディールの顔面目掛けて殴りつけた拳はディールの腕によって妨げられるも、力を完全に受け止められずに地面に引きずりながら後ろへと退いた。

 ディールは足を踏ん張り、霧を消散するために炎を上げた場所で何とか止まる。

「なんだぁお前ぇ!? 何なんだぁお前はぁ!?」

 怒り狂うディールを他所に、メルは自身の体を見つめる。

 黒色に統一された鎧をいつの間にか身につけ、自身の視界が普段よりも高く、また伸びた手足を眺めなら、今起きたことを振り返る。

 霧が漂う中、ベルヘルの手を取った途端、ベルヘルは目の前から姿を消し、代わりにメルは体が軽くなったような感覚に陥った。

 突然ベルヘルがいなくなったことに困惑している中、ディールの咆哮にメルは咄嗟にホリーを守ろとすると、散々言うことを聞かなかった体は瞬時に動いた。

 メルは一瞬でホリーを抱きかかえ、ラクィオンとルーイが倒れている場所まで飛び移っていた。

 自身がどうやってここまで移動したのか分からず、まるで瞬間移動したのではないかと思えてしまう。混乱している中、抱きかかえていたホリーが震えた声を出す。

「だ、誰……、ですか……?」

 流れ続けていた涙が、驚きのあまりに止まってしまっているホリーにメルは、ホリーが無事だったことに安堵する。

「ホリー……、よかった……」

 ホリーの体抱きしめる。

「え? え?」

 メル自身は気がついていなかったが、彼女の声は野太い声になっていた。ホリーが困惑している声を耳にしながらも、メルはゆっくりとホリーをルーイの側に下ろしていた。

「ルー兄をお願いね……」

 メルはホリーにそう告げ、後ろから野次を投げる者へと振り返る。

「なんだその姿はぁ?  まるでかの魔王のようじゃねぇか」

 魔王とは何のことか全く理解できずにいると、ディールは吠えながら殴り掛かってきた。突然のことに驚き、瞼を閉ざして顔を隠してしまった。

 メルは腹部を殴られた時の痛みを思い出し、歯を強く食いしばり堪えようとする。しかし、腕に直撃した拳は多少力を感じるも、腹部を殴られた時のような痛みは全く感じられなかった。

(どういうこと……?)

 あざ笑うための行動なのかと一瞬過るも、メルは目を開いて自身の腕を見た途端驚愕した。

「何……、これ……?」

 身に覚えのない籠手を身にまとった腕にメルは困惑する。

『メルさん、大丈夫です。これこそが貴方に授けた力なのですから』

 突如ベルヘルの声が脳内に直接語りかけてくるように聞こえた。

 ベルヘルは間を開けることなく語り続ける。

『さぁ、その力で大切な人を守ってあげてください』

 メルはその言葉を耳にすると、目の前に立っている男を見た。

 今まで皆を弄んだ男は信じられないといったような表情で惚けて佇んでいた。メルは拳を握りしめ、その顔目掛けて拳を振りかざす。

 力み過ぎたために大きなモーションをとってしまい、メルの拳はディールの顔に当たらず、腕によって防がれる。

 またもや、攻撃が通じなかったのかと落胆しそうになった時、目の前にいた男は何かの力に引っ張られるかのように後ろへと足を引きずりながら後ろへと下がったのだった。

 何が起こったのかメルは混乱する。それと同時に自身の拳を見つめ、そして、鎧を身につけた体へと視線を向ける。

「もしかして……」

 自身の力でディールを殴り飛ばしたのではないかと予感していると、再びベルヘルが語り掛けてきた。

『そうです。強くなった貴方の力によってあの者はあそこまで飛ばされたのです』

「私が……」

 メルはもう一度腕を見る。不気味にも輝きを一切見せない漆黒。だが、そこからは想像できない程の力を感じ、そして、温もりを感じる。

「オォォォイ!」

 何も返事をしないメルに対して痺れを切らし、ディールは叫んだと思われた。だが、顔はこれほどまでにない笑みを浮かべていた。

「もぉう! 最っっっ高だなぁぁぁ! お前ぇぇぇ!」

 両手を押し広げて手の内から巨大な火柱を上げる。

 炎は熱風を上げ、熱を帯びた立ち並ぶ木々が次々に燃えていく。また、男が身につけていた服も炎に染まる。ディールは燃える体など気にも留めない。

 燃え散った服の中から姿を見せたのは、はち切れんばかりに膨れ上がる筋肉に、その筋肉の上から無数にできた傷跡が現れた。

「ひっさびさにぃ! 力ぁ一杯遊べるぜぇ!」

 爆発の如く、炎を上げる。明らかな魔法の無駄な消費にも関わらず、ディールは高々と炎を上げた。

 禍々しく上がる炎を前にメルはリマンの姿を思い浮かべる。

 肌が爛れ、肉は焼けごげ、苦痛を抱きながら無残にもリマンは死んだ。その兄を苦しめ命を奪い、そして自身の背に刻印を刻んだ炎が目の前で唸りを上げる。

「さぁぁぁぁ! やろぜぇぇぇ!」

 身を震わすような大声を上げるディール。

 炎に照らされた笑みを目にしたメルは、背中が今までない程に強く疼く。

 メルは今になってあんな相手に勝てるのかと疑問に思う。

 ディールを殴り飛ばしたのは、ディールが自身に勝てるという希望を抱かせて、最後の最後にあの笑みで侮辱するためではないのかと懸念する。そんなことを考えていると無意識に手が震える。

「……メ、メル……?」

 不安を感じていると、後ろから微かに声が聞こえた。

 敵を前にしながらも、メルは後ろを振り向いた。

 ラクィオンの側にホリーが恐怖と不安に満ちた表情で見つめていた。そして、ホリーの前で横たわってリマンの姿が見える。

 明かりのせいで顔色は分からなかったが、弱々しく今にでも止まってしまいそうな呼吸をしているのは分かった。

 リマン達の姿を目にしたメルは震える拳を強く握りしめる。

 強まる鼓動を抑えようと深く呼吸をする。 

『大丈夫です。貴方は何があっても私が必ず守りきります。今度こそ……』

 メルの不安を感じとったベルヘルは力強く語る。

 一人ではないことを改めて気づかされ、不安を掻き消すかのように温もりがより一層強く感じる。

 そして、決意を胸に口を開いた。

「……私はベルヘルさんのことをずっと信じているよ。今までもこれからも」

 メルはしっかりとした足取りで一歩を踏み出した。

 それが合図となり、ディールが踏みしめた足で地面を力強く蹴り出した。

「いくぜぇぇぇぇえええ!」

 弾丸の如く蹴り出したディールは炎を纏った拳を突き出す。

 普通ならメルは何も抵抗することなく顔面を殴られ、砕かれた頭蓋骨の隙間を縫って脳から体の隅まで炭にされていた。だが、メルはディールの動きに反応して拳を突き出す。

 互いに突き出した拳が、金属がぶつかり合ったような音を発して重なる。

 一気に距離を詰めたディールは攻撃を防がれるも、勢いを無くすことなく、もう片手の方で腹部目掛けて振り上げる。しかし、それもメルは反応して腕で防ぐ。

 ディールが濁流の如く攻撃を繰り出すも、メルはそれらを全て防いだ。それどころか、次第にメルの動きが早くなり、ディールは攻撃から防御へと移り始める。

(凄い……! 自分の体じゃないみたい……!)

 脳で動くよりも先に体が動き、考えた終えた時にはすでにそれ通りに体が動いていた。

 攻防が繰り広げられる中、ついに均衡が破られる。

 メルが突き出した拳を防いだ際、ディールは何度も盾として使い続けた腕が耐えきれずに後ろへと持ってかれた。

「っ!?」

 その隙を逃すまいと苦虫を噛み潰したような表情をしたディールの頭部目掛けて回し蹴りを入れる。

「ここだぁぁ!」

 鎧に包まれた足が見事にディールの頭部に炸裂し、ディールは体を回転させながら後ずさる。

 ディールの足元には頭部から流れ出した血が滴り落ちる。

 ディールは頬を伝っていく血を舐め、笑みを浮かべた。

「いぃい! これだぁ! 俺が求めていたのはぁこんな殺し合いだぁぁ!」

 流れ出した頭部に炎を纏った手で押さえ始めた。

 流れ出た血が瞬く間に蒸発し、皮膚は音を立て焼け、周囲には髪が焼けて発した異様な匂いが漂う。

 正気の沙汰ではない行動を目の前にメルは驚くことは無かった。寧ろ出てくる感情は冷めた物ばかりだった。

「……本当哀れな奴ね」

「……くくくっ。……はっはは! こんな楽しい戦い狂ってでも楽しまないと損だろよぉ!?」

 ディールは体制を低くするや、自身の後方に手を下げて炎を上げ始めた。

「姉さんや皆んなをどこやったの?」

「姉さんってぇ、お前は本当にあのガキなのかぁ!? どうやって力手に入れたぁ!? 一体どんな理屈だぁ!? あぁぁ……、でもそんなことどうでもいいかぁぁ!」

「答えて!」

 苛立ちを含んだ声でメルは叫ぶ。

「くっくく……。まぁそうだなぁ、ここまで楽しましてくれているんだぁ。ご褒美はあげねぇとなぁ……?」

 次第に炎が強まるごとに発する音も大きくなる。

 メルはディールの口元を見つめ、耳を傾ける。そして、ディールは口を開いた。

「王都だぁ」

「……は?」

 聞き返す間もなくディールは駆け出した。だが、その速さは最初と比べるよりもはるかに早かった。

 手から出る炎の力を使って飛び出したディールにメルは反応が遅れ、避けることができずに正面から受けることになる。

「っ!?」

 突き出した足がメルの腹部を襲い、そのままの形で二人はホリー達を横切り、森林の中へと突っ込んだ。

「メルゥ!?」

 何本も太い木々を背で受けては折るも速度は衰えることはなかった。そして、木々を折って進んだ先には巨大な岩壁が待ち受けており、そこにメルは体を叩きつけられた。

「ぐっ!?」

「まだだぁ!」

 岩を砕きいてめり込んだメルの腹部に置かれた足をディールは力強く踏みしめ、炎の火力をさらに上げた。

 メルは凄まじい音を立てながらさらに岩へと食い込ませた。

「ガッハァ!?」

 崩落する岩から逃げるようにディールは下がる。

 崩落する岩がメルの鎧に弾かれる中、メルは腹部に鋭い痛みを感じる。

『っ……。メ、メルさんご無事ですか……?』

「う、うん……」

 声をかけるベルヘルの声からは、辛そうにメルは感じた。

『メルさん落ち着いて聞いてください。今のままあれを受けてしまうと、どちらが先に倒れてしまうかわかりません……』

「そ、そんな……」

 体に降りかかった岩を退けると、ディールが再び低い体勢を取って炎を上げていた。

『……ですが一つだけ勝てる方法があります。今はメルさんの体に負担が掛からないように力の配給を抑えています。それを上げることで今までよりも強い攻撃が繰り出せるようになるのです。しかし、その代わりに幼い体の貴方の体には大きすぎる負担になってしまうかもしれまん。加減を失敗すると体が耐えきれずに壊れてしまう可能性もあります』

 もちろんそんな失敗はしないとベルヘルは付け加える。それを耳にして、メルはもう一度ディールへと視線を動かし、そして決心する。

「私にもっと力を頂戴」

『非常に痛い思いをするかもしれませんよ?』

「大丈夫。私を信じて」

 ベルヘルはメルの言葉を聞いて息を飲んだ。それからすぐに、ふっと笑みを含んだ息をついた。

『そうですね……。わかりました』

 メルは岩に包まれた場所から飛び出して、ディールから少し距離がある所に降り立つ。

「どうだぁ? 俺の魔法はスゲェだろぉ?」

「お前の魔法なんかよりも姉さんや、ベルヘルさんの魔法のが何倍も凄いわ」

 メルはそう言ってゆっくりと歩を進める。

「そうかよぉ! じゃその凄いところを見せてくれよぉ!?」

 ディールは自身の足元に炎を向け、空へと飛び上がった。花火のように上がったディールは雲を超え、遥か上空から軌道を変え、メル目がけて落下する。

 隕石の如く落下するディール相手にメルは避ける素振りを見せずに拳を構える。

「ほぉ! 受けるかぁ!」

 凄まじい速さで落下してくるディールの足が間近になった瞬間、メルは拳を突き出した。

 互いの拳と足がぶつかった瞬間、彼女たちを中心に凄まじい衝撃が波のように広がり、木々を薙ぎ倒し、岩壁をも砕いた。そして、メルが立っていた足元は砕かれ、陥没する。

 クレーターの中心は拳を突き出したメルが落下してきたディールの攻撃を拳で必死に押し返していた。

「くぅぅっ!?」

 全身に裂けるような痛みに襲われる。だが、メルはそれでも歯を食いしばりその場に踏み留まる。

「やるなぁ!? ならぁこれはぁどうだぁぁぁあ!?」

 ディールはこれ以上にないほどの火力を上げてメルを襲う。その火力のあまり、自身の腕から亀裂が入るように肉が裂け、そこから炎が溢れ出す。

「うぅっ!?」

 突き出した腕は次第に押し戻され始め、メルは苦痛で顔を歪める。

「潰れろぉやぁぁぁああ!」

 一瞬でも気を緩めると気絶してしまう痛みに襲われる中、メルの脳裏に家族や友の顔が思い浮かぶ。

 泣き虫でいつも虐められていたが、身を挺してまでも守ろうとしてくれたホリー。

 常に喧嘩をし合い、男のくせに口ばっかりで弱いも、自身を逃すために体を張って戦ったルーイ。

 誰よりも優しく、ルーイと喧嘩で怪我をしては魔法を使って治療してくれて、常に味方になってくれたヘンリー。

 親の代わりに厳しく兄妹を育て、怒るとすぐに手を出す。だが、常に家族や村のことを第一に思い、最後まで戦ったリマン。だが、そんな兄はもうこの世にいない。どれだけ願おうと二度と出会うことはできない。

 自身が今倒れたら、今度はホリーやリマン、助けてくれたラクィオンやベルヘルをも殺されるだろう。

「させない……! お前にもう大事な人達を絶対に殺させない!」

 メルは叫ぶように声を上げた。

「ベルヘルぅ! 私にもっと力をぉ!」

『わかりました……!』

 ベルヘルが答えた瞬間、体は更に悲鳴を上げた。体の節々が裂けて血が溢れ出し、一部の骨が折れる。

 痛みのあまりに膝を崩しかけ、更にディールの攻撃が押し込む。

「はっははぁぁあ! 威勢ばっかりかぁぁ!?」

 顎が外れんばかりに笑うディールだったが、突然笑みが消える。

 押し負けていたはずのメルの腕が僅かに押し返したのだ。それは止まることなく、確実に押し返し始めたいた。

「な、なんだとぉ!?」

 ディールの表情から余裕は完全に消え、代わりに驚愕と焦燥に満ちた色を作り出す。

「お前だけはぁ! 絶対に許さないぃ!」

 歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、メルは更にディールを押し返す。

「あぁぁぁあああああ!」

 メルは力を振り絞り、そして、ディールを押し飛ばした。

 吹き飛ばされたディールは、それが合図の如く、手から出していた炎が消えた。

 宙に浮き上がったディール目がけてメルは飛び上がり、拳を一杯に引く。

 なす術なく、ただ呆然と黒き鎧を着たメルを見ていたディールは笑う。

「ははっ……、はっはははははぁ! やっぱりお前は最高だなぁ!?」

「五月蝿えぇぇ! お前は最低のクズ野郎だぁぁ!」

 メルの拳はディールの胸元を捉え、骨が折れ、筋肉がひしゃげる音を立ててディールは吹き飛ばされる。

 木々を薙ぎ倒し、地面を抉りながら進むもディールの体は止まらなかった。そして、強大な川で何度も体を弾ませ、最後には川の中に沈んだ。

 復讐の相手の最後を見たメルは、笑みを浮かた。

「リマ兄……。仇は取ったよぉ……」

 渾身の一撃を見せたメルはついに気絶し、頭から落下する。

 地面に叩きつけられる寸前、メルの体は優しく抱きかかえられた。

 その人物はメル達を逃すために囮となっていたトヨスケだった。

「お見事……」

 兄の仇を討ったメルにトヨスケは称賛の声を上げた。

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