第5話 ロリと先輩

「ちょっと! 初日から遅刻ってどういう神経してんの!」


 テラウエア広場の噴水前で周りの守護天使が振り向くほどに大きな声で、私は桐島を怒鳴りつけた。


「......遅刻?」


 桐島はぼさぼさの髪を掻きむしりながらまるで時間という概念を持たない生物のように悪気がない。

 その間抜け面を見て、「こいつに何を言っても意味ないか......」と深いため息をついた。


「まあ、いいわ。これから、第7ビオトープ”エッシャン”に行くわよ」


「エッチャン?」


「あ? あんた耳を寄生虫にでも喰われたの?」


「......少し間違えただけで当たりきつ過ぎだろ。エリシアが良かった......」


 エリシアさんと比較された事でイラッとしたが、桐島の言う事も一理ある。

 嫌ではあるが、私はこの無気力人間と当分の間、ペアを組まなくてはならない。

 途中で桐島が駄々をこねてペアが解消になれば、私にも不都合が多い。

 ここは我慢、我慢よ。


「いい? 一度しか言わないから記憶しなさい。私達、守護天使は2051万の世界を管理している。エッシャンはその中の一つよ」


「俺、そこに行って何するんだ?」


「昨日も言ったけど、守護天使である私のサポートが主よ。まあ、始めのうちは私の指示に従って動いてちょうだい」


「えー。とんでもなく面倒だなおい」


 桐島はあからさまに嫌そうな顔をし、疲れたのか、クマのぬいぐるみのように地べたに座り込む。

 周りの守護天使たちはクスクスと笑い、出来の悪いペットを持つ飼い主のように、私は堪らなく恥ずかしくなってしまった。


「アハハハ! 何? テテス? 面白そうなのとペアを組んでるじゃない!」


 一際、甲高い声が後ろから聞こえ、振り返ると純白のドレスに身を包んだ、金髪の幼女の姿がそこにあった。


「げっ、ティティチア......」


「お久しぶり。テテス・ライラさん」


 ティティチア・マグラックス。

 私達、守護天使の制服は白シャツ、黒パンツで装飾がないシンプルなものとされているのだが、ティティチアは新雪のように真っ白なドレスをいつも着ている。

 本来ならばその行いは上司から叱責されるのだが、彼女は服装について何も言われない。

 また、ちょっとした無理でも彼女が言えば罷り通る。


「おい。見ろ、ティティチアだぞ」

「本当だ! ティティさん!」

「きゃあー! 可愛い!」


 ティティチアが通るところはいつも黄色い声が聞え、気分が悪い。


「相変わらずの人気ね」


「ふっ。何よ。嫌味に聞こえるわよ」


 ばかやろう。

 嫌味で言っている。


 ティティチアは、私達の世界でいうところのモデルのような職業をやりながら守護天使の仕事をしている。

 彼女が好きな服装を着ても上司に怒られないのは色目を使っているという事もあるが、一番は成績の良さだろう。


 私達、守護天使の給料は完全歩合制で、世界に送り込んだ転生者の働き具合によって変動する。

 転生者が魔王を倒したり、国を統治したり、その世界にとってプラスになる働きをすれば守護天使の給料もモリモリ増える。

 逆に、転生者が何もしなかったり、世界征服や犯罪行為を行った場合はマイナスとなり、給料から天引きされるシステムだ。


 ティティチアは同期の中でも抜群の成績を収め、その容姿の愛らしさから守護天使界の妹的存在と呼ばれていた。

 ただ、私はティティチアが大嫌いである。


「それ、あなたのペア?」


 ティティチアは今にも笑い出しそうに口からプスプスと息を漏らしながら桐島の事を指さす。


「......それが何か?」


 私が顔を引きつらせながら言うと、ティティチアは堪えきれなくなったのか、「ぶふぅ!」と腹を抱えて笑い出した。


「アハハハ! 守護天使のペアが人間って! テテスも落ちぶれたわね!」


 ぐっ!

 ぐうの音も出ないとは正にこの事、下手に「うるさい!」「あんたには関係ない!」と言えばティティチアのツボを刺激する事になる。

 私がティティチアの嫌いなところの一つが落ちこぼれである私を馬鹿にする事だ。

 それ以外にも、人に奢らせるくせに自分が金を出す時は死ぬほど出し渋ったり、聞いてもないのに自慢話をしたり......。

 こんなに性格が腐っているにも関わらず、守護天使界で人気という意味不明なところも嫌いだ。


「なんだこのしょんべん臭いガキは?」


 桐島の発言に周囲が一気に凍りつき、ティティチアから笑みが消える。


「今、あなた何て言ったの?」


「しょんべん臭いガキだなぁって言ったけど」


「なんだってぇぇぇぇ!!!!?」


 次の瞬間、街が大きく揺れ、快晴だった空を真っ黒な雲が覆う。

 マズイ事になった......。

 私はその場で頭を抱えた。


「ちょっ! ティティチア! 気持ちは分かるけどここでは抑えなさい!」


「うるさい! あんたは引っ込んでろ!」


 ティティチアの感情を表現するかのように、真っ黒な雲から轟音と共に雷が付近に落ちた。

 こうなっては誰もティティチアを止める事が出来ない。

 私がティティチアの事を嫌いな理由。

 それは、ティティチアの感情によって天気が変わるからだ。

 彼女がニコニコしている時は周囲は晴れ、悲しいと雨が降り、そして、怒りは嵐を呼ぶ。


「おー。何かすげえな」


「驚いている場合じゃないわよ! 早くティティチアに謝りなさい!」


「えー? 俺、怒らせるような事言ったか?」


「いいから早く!」


 謝罪を促しているにも関わらず、桐島はそれに応じようとしない。

 桐島は空気を読むという能力が常人よりも乏しいのだろう、ペアになって早々、初仕事の前に新しいペアは黒焦げになるかもしれない。


「私を怒らせた事を後悔しなさい!!!」


 ティティチアが空に向かって、指を突き立てると、空から一筋の閃光が桐島に向かって放たれた。


「______桐島!」


 閃光で堪らず目を瞑ってしまった。

 桐島は黒焦げになったのだろうか?

 恐る恐る、目を開けると黒い煙の中から薄っすらと桐島を包む何かが見えた。


「ティティ。暴力は良くない......」


「んあ!? な、なんだこのライオン!?」


 黒煙が晴れ、中から正体を現したのは尻尾が蛇、鳥の羽根を背中に生やした獣であった。


「エンターライズ! 邪魔しないでよ!」


「そ、そうは言っても......」


 獣は自分の身の丈よりも遥かに小さな少女の気迫に気圧され、肩をすぼめる。


「私が呼んだのよ~。ティティちゃんがまたやらかそうとしてたから~」


 ゆったりとした特徴的な声が聞こえ、両脇に大きな壺を抱えた胸の大きな女性が空から壺に乗っておりてきた。


「クリスチャン・セントルイス先輩......!?」


「如何にも~」


 彼女の名を呼んだ直後、ティティチアは蛇に睨まれた蛙のように直立姿勢になり、額からはダラダラと大量の汗を掻いた。

 無理もない。

 守護天使界きっての神童と呼ばれるあの”仕置きのクリス”を前にしているのだ。

 悪い事をしていない私も、彼女が登場した事で先程から震えが止まらない。


「天文界で魔法を使うのは規則違反よね~? 知らなかった~?」


「し、知っていました!!!」


「じゃあ、どうしてこんな事したのかなぁ~?」


「あ、いや、その......。す、ずびばぜんでじだぁぁぁ!!!」


 ティティチアは恐怖から穴という穴から液体を噴出させ、小刻みに身体を揺らす。

 分かりやすい程に反省した様子を見せるが、クリス先輩は眉一つ動かさず、ティティチアの耳元で「この間、一人、抜けたからちょうど空があるのよね~」と囁き、壺の中を覗くと無数のデブが壺の中にぎちぎちに詰まっており、こちらをジッと見ている。


「______ヒッ! 嫌だぁぁぁ!!! 壺の中には入れないで下さぁぁ!!!」


「これもティティちゃんの為よ~。少しオイタが過ぎた罰よ~」


「ああああああああ! 嫌ぁぁぁ!!!」


 幼女の悲痛な叫びが周囲に響く中、助けてくれた獣に跨った桐島がクリス先輩に声を掛けた。


「お姉さん。その壺、カッコイイですね」


「あら? ありがとう~。これ、お気に入りなのよ~」


「ちょっと! 桐島! 気安く話しかけるんじゃない!」


 私は、桐島の軽率な行いを注意した。

 クリス先輩は壺を褒められた事で上機嫌になったのか、「いいのよ~。私もこの子と話したかったの~」と細い目で私を見やる。


「氷細工のように繊細で美しいあなたとは一見、相対する無骨なビジュアルですが、それが何とも言えないアンニュイ感を出していてとても良い。これは腕の良い職人が作ったとうかがえる」


「お世辞が上手いわね~」


「いいえ。僕はつまらない人間なのでお世辞は上手くないんですよ」


 照れながら髪を掻く仕草をする桐島は今まで見たことがない程に爽やかな笑顔を周囲に振りまく。


 ......誰だこいつ!?


 無気力かつ非常識な人間だった素振りも一切感じさせず、ハキハキとした受け答えをしている桐島を見て、別の人格が出て来たのか?

 と疑った。


姿


「え?」


 今日は色んな所から色んな人が本当、ボロボロ出てくるな。

 後ろを振り向くと、ビシッと制服を着こなしたエリシアさんが立っていた。


「心配になって見に来たけど、大丈夫そうね」


「え、エリシアさん!!!」


 エリシアの姿を見て、ホッとしたのか、ティティチアはベトベトになった顔でエリシアさんの胸に飛び込む。


「ティティチア、あんまり引っ付かないでね。鼻水と涙でシャツが透ける」


 時すでに遅し、エリシアさんの胸元はガッツリと透け、ボーダー模様のブラが透けて見えた。


とはどういう事ですか?」


 私はエリシアさんに言葉の真意を確かめる。


「ああ、彼は元々、コミュニケーション能力が高く、人を掌握する事が得意なんだ。彼の小中高の卒業アルバムを見てくれ」


 そう言って、エリシアさんは指パッチンをして、何もないところから卒業アルバム三冊を出す。


「これは!?」


 私は出現した卒業アルバムを見て驚嘆した。

 そこには笑顔で友人と写真を撮る桐島の姿があり、しかも、全ページに桐島の姿が写っている。

 本来、卒業アルバムというものはクラスごとにコーナーのような場所が設けられる。

 一組のコーナーには一組だけが、二組のコーナーには二組の生徒だけが写った写真が掲載されるという暗黙のルールがあるのだ。

 しかし、桐島の卒業アルバムを見ると、そうではない。

 一組であるはずの桐島が二組のコーナーにも笑顔で写っているのだ。

 私は未だかつてこのような卒業アルバムを見た事がなく、開いた口が塞がらなかった。


「そんなバカな......!?」


「中学生、高校生時代もそうよ」


 年齢を重ね、クラスが増えてもその現象は変わらない。

 むしろ、歳を取るごとに桐島が写り込む枚数は増えていった。


「ありえない......! こんなの有り得ない!」


 以前、エリシアさんの家に泊まりに行った際、エリシアさんの卒業アルバムを見せてもらったが、容姿端麗なエリシアさんでさえも他クラスのコーナーに写り込むという事はなかった。

 エリシアさんの美貌は小中高と変わる事なく、卒業アルバムの後ろの『将来芸能天使になる人』『お嫁さんにしたい人』のタイトルを総ナメにしていたにも関わらずだ。


「______そうか! 分かった! これは簡単なトリックよ!」


 私はそう言いながら、卒業アルバムの一番後ろを開く。

 好かれているというだけで卒業アルバムに全ページ掲載されるのはあまりにおかしい。

 普通、先生からSTOPがかかるはずだ。

 ただ、裏ワザとして写真を掲載する方法が一つある。

 卒業アルバムの後ろに記載されているもの。

 それは卒業アルバム製作委員会だ。


「桐島......桐島......」


 卒業アルバム製作委員会であるならそのようなチートを使う事も可能。

 きっと、今までの写真も合成か何かだろう。

 桐島という人間はそんな良い人間ではない。

 あんな腐ったトロールの死体のような目をしている人間が人気者のはずがないのだ。


「あ・れ? ない」


 卒業アルバム構成委員会の中に桐島という名はなく、それは、小中高どれを探してもなかった。

 おかしい。

 そんな、卒業アルバム製作委員会ではないにも関わらず、こんな離れ業出来る訳がない。


「そうか! 偽名! 卒業アルバム製作委員会の時の名前に偽名を使ったんだ!」


 そうだ!

 そうに違いない!

 あいつは善人でも、人気者でもない!

 ただのクズだ!


「テテス。現実をみなさい」


 私の肩にエリシアさんがポンと手を置く。

 エリシアさんの視線の先にはにこやかな笑顔を見せるクリス先輩。

 クリス先輩と桐島のやり取りを見ている周囲の守護天使たちもまるでペットショップでハムスターを触っている人のように柔和な顔付きをしている。


 私に見せた事のないような顔をくしゃっとした笑い方、大きなリアクション、コミカルな動きをする桐島。


 私とは正反対の彼の姿に暫く見惚れてしまった。

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