エピローグ

第61話 エピローグ(1)

 Mira 2009年1月18日 19時10分1秒 氷星天 トレノバ海底基地 居住スペース



 アザトス大佐……改め、アザトス総隊長の命令で、僕とアリスはこの三日間、海底基地で何不自由のない落ち着かない生活を続けていた。


 個室にベッド、ラジオとネットとテレビにゲーム。清潔なシャワーとトイレも完備で、ジュランさんが宅配で適当な料理を注文して、毎日届けてくれる。実に快適な筈だった。


 だが、僕とアリスの関係は実に余所余所しかった。まあ、当然の反応かもしれない。僕たちが血の繋がった姉弟だったなんて……正直今でも半信半疑だ。


 そしてもう一つ、アシュレイ隊長が裁判の為に不在ということも、不安で仕方がなかった。総隊長に任せておけば何の問題もないと分かっているけれど、やはり問題の渦中だったあの人に全責任を押しつけてしまったような気がして、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 破滅の焔の問題も完全に解決できた訳じゃない。アシュレイ隊長が気を抜いたり、それ以外でも色々な要因で何かの拍子に炎が飛び出し、世界を焼き尽くすかもしれない。あの人は歩く核爆弾も同然なのだ。


 ただ……世界そのものは、いい方向に軌道修正されたらしい。


 アザトス総隊長が最高議長に推薦したハリー・シンさんが見事に評議会をまとめ、元老院の再構築が取り急ぎ可決された。再び世界を救った大英雄の名の下に、政治運営を一から見直すことになったのだ。彼に賛同する人はロキシーのおかげでかなり多い。今まで目を背けていた汚職問題を真っ先に片づけるらしいが、きっと早い段階で決着がつくだろう。


 隊長は国家反逆罪の容疑がかけられていたが、ロキシーの洗脳から解放されたORBSの騎士たちの証言もあり、早々に民衆の一部から彼女を哀れむ声が挙がりはじめた。しかし、一部で彼女の個人的な都合――――即ち僕やWGFのメンバーを守るために人を傷つけた事実は無視できず、結局のところ懲役刑は免れなかった。尚、総隊長の計らいで僕らと同じくこの基地に軟禁されることが、秘密裏に決定されている。“別の事情”もあって。


 総隊長とジュランさんがこの基地で発見したロキシーの秘密――――あの人が異常な若さを保っていた理由が“コレ”だった。


「コールドスリープ……?」

「そう。肉体を凍結させ、仮死状態のまま保存するカプセルだ」


 総隊長の案内で、施設の最奥部に存在するロキシーの秘密の部屋に僕らはやってきた。その部屋は夥しい数のコンピュータや培養液らしきもので満たされたカプセルが並んでいて、その全てが中央の、人ひとり入れるサイズのカプセルにつながっていた。


「これでアシュレイの中の破滅の焔を肉体ごと凍結させる」


 冷たく言い放つ総隊長に、僕とアリスは言葉を失った。反対したかったが、すぐにアシュレイ隊長が口を開いた。


「そしてウチが眠っている間に焔の完全な制御方法を探そうってことやな」


 二人は目を見合わせ、暫くの間押し黙ったままでいた。僕とアリスは何一つ解決策を見つけていないから、反論する余地すらない。そう、破滅の焔の暴走がもう二度とないなんて保証はどこにもないのだから。


「……月に一度くらいは起こす」

「そのくらいはしてもらわんと困るわ。ウチの子の成長が見られへんのは寂しいからな」

「隊長……」

「ええんやミラ。他に方法はないんや。永遠の別れやない。どのみちウチはじっとしとらなアカンのやから、檻とそんな変わらへん。アリスちゃんと仲良くな」

「……はい」

「それと、アリスちゃん。ミラくんのこと……よろしゅうな」

「……任せてください! だってあたし……ミラくんのお姉ちゃんですから!」


 それを聞いた隊長はニッコリと笑ってから、総隊長に抱きあげられてカプセルの中に寝かせられた。総隊長はそんな彼女をただ無言で、しかし何かを伝えたそうな眼差しで見つめていた。


「……お別れになんか気の利いた言葉でも期待しとったんやけどなぁ~」


 ニタニタと笑い、わざとらしく体をくねくねさせる隊長に、総隊長は真顔で返した。


「愛してる」

「火の玉ストレートやないかいバカ!! うわ恥っず!! 何ドキドキさせてくれとんや!! 眠れへんわ!! ……もう一回言って」


 思わぬ反撃に総隊長は耳を真っ赤にして、それでも真っすぐ彼女の眼を見て言った。


「……愛してる!」

「ふふっ……知ってるわ。ほな、気をつけてな。おやすみ」


 カプセルが閉ざされ、ガラスが真っ白な霜に覆われた。隊長の姿が微かに見えるだけで、このガラス一枚で夢と現実が隔絶されている。またすぐに会えると分かっているのに、僕たちは涙を流さざるを得なかった。彼女にこんな残酷な結末を与えた現実を呪いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る