第41話 希望のみちしるべ(11)
Mira 2010年1月11日 10時10分54秒 氷星天 ラーゴラス弐区 騎士団支部西棟 1F 訓練場
『できる』ということを『得意』と同一視する人が同期には多い。特に魔法に関しては、単純に火を出せたとか水を出せたとかだけで得意げになっている様子をよく見る。確かに僕たちは十年に渡って訓練を続け、やっと魔核とCs'Wの概念を理解し、簡単な魔法を出せるものがチラホラといる程度だから、気持ちが舞い上がるのも無理な話ではない。それでも僕としては「お前は魔法が得意だ」と誇大なレッテル張りをされることが嫌で仕方がないのだ。まあ、そんなものは昨日の模擬戦で粉々に砕かれたのだが……。
「もっとCs'Wの消費を抑えて」
「ッ……これ以上は無理……!!」
さっきからずっと、アリスの目の前で魔法を使い続けている。彼女はアザトス大佐の教えのもと、Cs'Wの精密操作と、探知の技術を習得していた。後者は近寄らないと分からないと言っていたが、今の僕がもっとも欲しかった救いの手に他ならない。とりあえず炎と水の一番イメージしやすく簡単な部類の属性を試すが、やはりCs'Wを無駄に使っている。指先からライター程度の火を出すつもりが、属性を変化させようと大量のCs'Wを無意識に流してしまい、その余剰分が火を大きくさせているのだ。自身の魔核に対する自覚がないからこそ起こり得る現象だ。やるせなくなった僕は、Cs'Wを遮断して鎮火し、少し熱い指先を一瞥してから、だらりと腰を下ろした。
「炎属性じゃないってことね……」
二人分のドリンクボトルを持ったアリスが隣に腰掛け、一方を僕に差し出した。僕はソレを受け取り、残り少なくなっていたスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「個人的には火属性であってほしかったなぁ」
「アシュレイ隊長みたいに?」
「うん。なんか、もっと身近に感じられる気がして。子供っぽいかな?」
「ううん、あたしも同じこと考えてた。ほら、あたしって氷属性でしょ? で、アザトス隊長は雷属性。どうにかして隊長と同じことできないかなーなんて」
氷属性というのは、実はかなり珍しい。騎士や魔法使いの歴史を辿っても、偉人たちは大体基本の四属性ばかりだ。評議会の公文書館で調べても、これらに雷を加えた五種類しかないと断定している。氷属性に関する資料がなくはないが、極低温性水属性などと回りくどい表現で水属性に分別されている。だが人々は違う。特に魔法に関わる立場の人にとっては、どんなに論理をこねくり回しても『氷属性』という一つのカテゴリーだ。無論、僕にとっても。だからこそ、彼女の持つ特別性が羨ましくあり、それであって僕と同じ悩みを語る彼女のことが妬ましくもあった。
「隊長が訓練してくれたのは魔法の使い方だけなの。戦場にはぜーったい行かせないって、隊長の口癖になっちゃってたけど、隊長の部下のジュランくんとロージーがこっそり戦闘技術を教えてくれてね」
「あー……もしかして、それがバレたのも怒られた原因だったりするんです?」
「正解」
「あーらまあ」
「もうスゴかったよあのときの隊長の怒りっぷり。あたしもあたしで『隊長の言うこと聞いてたら強くなれない!』なんて啖呵切っちゃって、それで取っ組み合いの大喧嘩になって……まあボコボコにされちゃったんだけど。で、半分家出感覚で申請書出したら、あらまビックリあっさり候補生になれちゃった」
……もしかしたら僕はとんでもない事件の立会人になってしまったのかもしれない。もしも大佐が家出娘……もとい家出弟子を連れ戻しにここにやってきて、僕が彼女をたぶらかしたみたいな誤解をされたらどうしよう。
「……けど、隊長最後に言ってた。『俺を倒してからだ』って」
「えっ、それって……」
許されたということでは無いのか? と訊くつもりだったが、アリスはどことなく硬い表情を見せながら言葉を続けた。
「あたしが闘う目的が……その……」
「アリス・アッシュクロフト! ミラ・リリアス両候補生!」
「あっ……」
背後から名を呼ばれ、僕たちは慌てて起立し、声の主たる教官に向けて敬礼した。僕は心の中で「しまった」と、訓練場の解放時間が過ぎていることに気づかなかった自分を呪った。いつになっても怒鳴られるのだけは慣れない。
「これから南棟五階、支部長室へ行ってもらう」
「あのっ」
「質問は無しだ」
僕とアリスは教官が立ち去るのを暫く見つめてから、お互いにへの字に曲がった口の目立つ顔を見せ合った。
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