第40話 希望のみちしるべ(10)

 Mira 2010年1月10日 19時59分01秒 氷星天 ラーゴラス市弐区 騎士団支部西棟 2F 浴場


 十年経ってもこの騎士学校で慣れない文化……というか、風習というか、規則というか……入浴の時間だけはどうしてもダメだ。


 如何なる時も何物にも揺るがない心を育てる一環として、“羞恥心を麻痺させる”というものがある。訓練生がボディラインの浮き出る学生服を着ているのもそのためで、浴場に至っては男女共用で、クラスごとに全員揃ってまとめて入るのだ。


 しかしながら……どうしても僕はこれが得意じゃない。どうしても体を見られるのが恥ずかしいし、性別問わず他人の裸体を見るのもやっぱり恥ずかしい。


「ミーラ! まーだ隠してんのか!」

「男同士裸のつき合いだ! 今日こそはサウナ入ろうぜサウナ!」

「ぼ、ぼくはいいって! 普通にお風呂はいるから!」


 単に裸を見られることより、僕は目を見られるのが恐ろしかった。ギルテロさんに女みたいな顔と言われたのを今でも引きずっている。こんな正確が顔よりも女々しいとは分かり切っているが、傷は蛆が湧いたように少しも癒えることがない。


「あ、ミラ。おまえの彼女」

「え?」


 指で示された先に、丁度脱衣を終えたアリスがいた。早速女友達ができたらしい。


(……しかし良い肉付きだなぁ)


 遠目にだが、初めて見たアリスの完全な裸体。氷星天はぽっちゃりした女性が多いとは言え、小柄で顔立ちも整った彼女は一層目立つ。降り積もった雪で形作ったような透き通る白い肌。恐ろしく煽情的な体格に自然と目が惹きつけられる。


「って、彼女じゃないって! 勘弁してよもう!」

「あ! ミラくん!」


 やはり僕を見つけるなり駆け寄ってきた。いろいろな肉を自慢げに揺らしながら。


「アリスちゃん、これから皆でサウナ行くぜ」

「マジで!? サウナあるの!? 行こうぜ行こうぜー!」


 どうやら僕とは正反対でかなり社交的なタイプらしい。苦手とは言わないが、僕みたいなのは今後相手にされなくなるんだろう。アリスは女の子たちを呼び、サウナに行く気満々の様子だった。


「ミラくんも一緒に行くよね?」

「え……ええ……」


 結局、アリスに手を引かれるままサウナに連れ込まれてしまった。


「アリスは……恥ずかしくないんですか?」

「ん~正直結構恥ずかしい……かな? そりゃあたし、体は自慢っちゃ自慢だけど、十年引きこもって生活してたし……えへへ~」


 意外な反応だった。ついさっきまで文字通りの意味で胸を張っていたアリスが白い頬を赤らめ、股間を抑えてもじもじとしている。今の今まで僕だけが“こんな”だったから、やっと他者と気持ちを共有できた事実がほんの少し嬉しかった。


「けど、ミラくんになら見られても全然平気だよ」

「えっ……」

「だってあたしの弟だもんね!」

「……その設定続くんですか?」

「ミラくんがおねーちゃんって呼んでくれるまで続けるよ!」

「勘弁してください!」

「もっちもちのおねーちゃんは嫌いかい? ぐへへ~」

「き……今日からお餅って呼びますからね!」

「えぇ!? ……気に入った! おもちねーちゃんって呼んでね!」

「呼ぶかっ!!」

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