22.雪辱を果たせ五十嵐戦(怒りの救出隊①編)




【北D-7倉庫裏】



 健太曰く人質の片割れ、荒川チームのココロは“北のD-7倉庫”という所にいるらしい。

 俺の睨んだとおり、北エリアは倉庫数が多いから人質が軟禁するにはもってこいの所のようだ。

 気になる点はココロと帆奈美さんを別々の場所に拘束しているところ。特に帆奈美さんが五十嵐と一緒にいる点だけど、取り敢えずまずはココロの救出に専念しよう。帆奈美さんの救出はその後だ。五十嵐と一緒って情報が確かなら、遅かれ早かれきっと『挟み撃ち』作戦をするであろうヨウや日賀野達が彼女を見つけ出すだろうし。


 どっち道、ココロを助け出さないことには東エリアにいるであろうヨウ達の下には行けない。

 チャリでD-7倉庫裏まで来た俺と健太は、裏口から侵入するためにこっそりコソコソ乗り物から降りてドアの前に立つ。古く錆びた扉の取っ手を回してみるけど、ガチャガチャガチャ――予想していた通り、案の定、内鍵が掛けられている。

 俺じゃどうすることもできないから、健太に出番を譲る。彼は片膝立ちすると、目を眇めて鍵穴の具合を見た後、ペロッと上唇を舐めて制服のポケットから針金を取り出す。故意的に、そして歪に曲げられた針金は二本。小さな鍵穴に挿し込んで上下左右、ロックを解除しようと試みている。


 その間、俺は見張り役。

 不良達が来ないかどうか神経を研ぎ澄まして、周囲に気を配っていた。

 「開きそうか?」ガチャガチャと作業中の健太に声を掛けると、「任せとけって」意気揚々とした返答が飛んで来た。本人曰く高校に上がってピッキングの腕、更に磨かれたらしい。しかも日賀野のおかげさまで。



「あの人の無茶振りのおかげで、随分多くのドアを無理やり解除したよ。おれさ、ヤマトさんに気に入られたのがこの手の器用なんだ。チームに入れてもらったのも、やっぱピッキングからでさ。

 あれは入学して直ぐのことだったかなぁ。たまたま同じクラスになったアキラさんと不運にも関わりを持った地味のおれは、彼に仲間を紹介するってヤマトさんの前に連れて来られたんだけど……ほら、おれは調子ノリを封印しているって言っただろう?

 だから面白さも何にも取り得が無くて、紹介してもらったはいいけどヤマトさんは最初こそおれのこと興味すらない目で見ていたんだ。ナニこいつ、超取り得の無さそうなフツーのヤツじゃん、みたいな眼をガンガン向けられたっけ。おれ自身も表向きだけの付き合いにしようと思っていたから、興味を持たれないでいい。寧ろ安心だと思っていた。

 時期がきたら、とっとと顔を忘れてもらおうと目論見を立ているほど、当時のおれはヤマトさん達とあんま関わりたくなかったんだ」



 いつの間にか健太は語り部に立った。ずっと胸の内に溜まっていた過去を俺に語ってくれる。



「けれどヤマトさんに紹介された三日後の学校終わり。周囲が不慣れな不良ばかりで気疲れを起こしていたおれは何となく、空を近くで見上げたくなってこっそりと屋上に向かったんだ。三年間もこの学校でやってっけかなぁ? 不安を空を見ることで解消したかったんだ。

 勿論屋上には鍵が掛かっている。職員室に行かないと屋上を封鎖している扉の鍵は開かない。

 だけど、もしかしたらおれの手で開くかも。通っている学校って結構古いから、使われている錠も古いかもしれない。中学時代、よく圭太に見せていた手先の器用さを活かせるかも! そう思いながらおれは屋上に続く階段を上って、鍵を解除するために持っていたクリップを伸ばして曲げて、見事に鍵を解除。

 屋上に出て、澄み切った青空を学校で一番近い場所で見上げることに成功したんだ。青空を見上げれば嫌なこと、気疲れも、ぜーんぶ吹っ飛びそう。


 思っていた矢先。

 おれの開けた扉から侵入者が一匹、それはアキラさんが紹介してくれた仲間、日賀野大和だった。あの人はおれがピッキングで屋上に続く扉を開けた一連の流れを見ていたらしく、すこぶる感心と驚愕の念を抱いていたよ。おれも侵入者に挙動不審になっていたけどさ、ヤマトさんはお構い無しにおれに声を掛けて興味を示してきた。


『昔、警察に世話になった口か? やけに手際が良かったが』


 まあ、最初の興味は超失礼な質問から始まったけどさ。


『あ、いえ、べつに泥棒なんてしたことはありません。これは独自のピッキング。おれ、細かい作業が好きなんですよ。プラモデルを作るのが好きでしたから』


『ほぉ。取り得なさそうな面して、案外オモシレェ特技持っているんだな。他には?』


『(取り得のなさそうは余計だ!)配線を繋ぐことが得意ですよ。簡単なもの限定ですし、半田ごてが必要ですけど。機械の修理も、簡単なものなら』


 そうやってヤマトさんと屋上で一頻り会話した後、あの人はおれを気に入ってくれてさ。調子乗りの面は見せられなかったけど、意外と気が合ってグループに引き入れてくれたんだ。おれ自身、案外話してみればこの人と合うかも、とか思ったしな。

 まあ、おかげで喧嘩という生き地獄を目の当たりする羽目になったんだけどな。マジ最初の一、二ヶ月は地獄だったぜ。慣れろってレベルじゃねえもん。相手が日賀野大和、魚住昭、その他諸々地元で名前がわりと知れている不良とつるんでるもんだから……毎度の如く喧嘩はハイレベルだった」



「ははっ、分かる分かる。俺もヨウの舎弟ってだけで無駄に喧嘩売られてきたよ」


「半泣きどころか内心大号泣だったなぁ、あの頃。今でも喧嘩売られたら半泣きだろうけど……だけど一番ショックだったのはお前のことだったかなぁ。まさか、ヤマトさんと敵対している不良の舎弟をしているとは思わなかったしなぁ」


 苦笑を漏らす健太に、俺も苦笑を零す。

 そして暫し沈黙。実質俺達はまだ『絶交宣言』を交わしたまま。宣言を撤回したのは俺だけだから、仲直りしたわけじゃないし“友達”に戻れたわけじゃない。今は二チームが手を組んでいるから、気兼ねなく会話できているけれど。


 ……俺も健太も今のチームが大事なんだよな。

 過ごす時間も、健太よりチームの方が多い。今の時間が輝けば輝くほど自然と中学時代の関係が色褪せていくのも片隅で理解はしている。だからといって簡単に切り捨てられるほど、落ち目な関係でもないよ。俺等。少なくとも俺はそう思っている。



「あれ? ケイじゃん。何で此処にいるの?」



 俺達の沈黙を切り裂いたのは当事者達ではなく、第三者。

 背後から聞こえた丸び帯びる声質に俺は視線を投げる。そこにはハジメのキャップ帽を大事そうに被った弥生、一緒に行動していたであろう響子さんに……いつもタコ沢と張り合っているイカバじゃんか。

 ああそっか、皆はバイク組だから追っ手を撒いてこっちに来たんだな。

 俺は弥生に片手を挙げて、事情でホシと交替してもらったのだとく笑。モロバレな事情に弥生も響子さんも苦笑を返し、「一緒に助けよう」弥生がニコッと微笑んできた。


「響子やイカバもいるしね、きっと助けられるよ!」


「ダァアアア! 伊庭だ伊庭! なんでイカバで荒川チームは自分の名前通ってるんだよぉおおお! 超失礼じゃんかよぉお!」


 自分は伊庭なのだと地団太を踏むイカバ。

 うーっわ、タコ沢とメチャクチャキャラが被るんだけど……名前に過剰反応するところとかな。さすがタコ沢とイカタコ合戦してるだけあるよなっ、わわわっ?!

 突然イカバがぬっと俺の前に現れて、胸倉を鷲掴み。ちょ、なんでいきなりこんな事態に?!!!


「だーれがイカタコ合戦をしているだって? ヨウの舎弟くーん?」


 し、しまった。

 俺としたことが、口が滑ってしまったようだ。


「ははっ、ジョーダン、マイケルジョーダン。圭太がジョークを言っているんで、圭太ジョーダン! ジョーダンを言って友好を深めよう。つまり仲良くしましょうぜ、イカバさん」


「伊庭だぁああああ!」


「シーッ! こ、声が大きいですって!」


 人差し指を立てる俺を睨むイカバは、「ムカつくなぁ」むにゅっと頬を抓ってくる。

 誤魔化し笑いを浮かべる俺は失礼しましたとばかりにてへっと舌を出す。可愛らしく舌を出す。結果、相手の怒りを煽って拳骨を頂いた。頭を押さえてしゃがみ込む俺に、フンッとイカバは鼻を鳴らす。当然の報いだとばかりに。

 そしたら弥生が異議ありだとばかりにイカバを指差した。


「ちょーっと今のところは笑うところ。イカバ、空気読みなさいよ。タコ沢といい、イカバといい、空気を和ませようとするケイの気遣いが分からないわけ?!」


「ぜぇえってちげえだろ!」


 ハイ、イカバさん。ご尤もです。

 ただ単に調子乗って、というかウッカリかまして口を滑らせてしまっただけです。空気を和ませようとなんてそんなそんな。阿呆田山でスンマソです。


「ったく、コイツがケンのつるんでいたダチとはな。ほんとうに仲良かったのか? ケン。お前と違って、えらい馬鹿オーラがムンムン醸しだされているんだけど」


「あー圭太……じゃないケイは馬鹿みたいに調子乗りですから」


 カチン。

 ちょ、自分のことを棚に上げて俺だけ調子乗りと称すのはどうかと思いますよ。健太さん。しかも馬鹿? へぇええっ、俺に馬鹿言っちゃう? だったら、俺だって言いたいことあるんだけど。


「随分お利口さんになったみたいデスネ、健太さん。中学時代は女子の着替えを覗こうとしていた悪のくせに」


「んなッ! お、おれそんなことしたことねぇって!」


 カチリ、裏口の扉を解除した健太は心外だとばかりに素っ頓狂な声を出して立ち上がった。ふーんと俺はそっぽ向いて頭の後ろで腕を組む。


「でも『ひんぬーが萌え』とか言っていたじゃん。巨乳じゃなくて敢えて貧乳萌えって叫んでたくせに。何故貧乳萌えか30文字以内で答えてみろ!」


「なんだと? 萌えを30文字以内でおさめろとは酷だぞ圭太。好きなものを30文字以内でおさめられるほど、おれの萌えは浅くないんだ。せめて400文字にしろ! 400字詰原稿用紙一枚分に纏めてきてやるから!」


「よし、宿題だぞ! エロスケベ野郎の健太くん!」


「男は誰でもエロくスケベな色欲の塊だと思いますよセンセイ! …あ…、しま…」


 ついつい俺に乗せられた健太はイカバのポカーン顔に、「今のは違うんです!」アタフタと自分の素を隠そうとする。


「ケンって話に聞いてたけど。本当はそういう性格だったんだな」


 イカバはしみじみと納得。

 だから違うのだと赤面する健太に、ザマーミロと陰で舌を出す。自分だけ優等生になろうとするから悪いんだぞ。お前も立派な調子乗り(元)ジミニャーノの仲間なんだからな。一連のやり取りに女子の白眼視が跳んできたような気もするけど、白けた目より健太だよな。うん、すっきりした。


 焦っている健太を余所に、俺は裏口の扉を開けて中に侵入。

 中は外以上に薄暗くて視界が悪い。でも差し込む半月の光で、どうにか状況が判断できそうだな。先陣切って中に入る俺の後から、響子さん、弥生、イカバに健太が中へと侵入。どうやら“港倉庫街”の倉庫の大半は二階・三階建の造りのようだ。上に続く金属階段を発見する。此処は二階建みたいだな。

 一階か、はたまた二階か。ココロは一体何処に拘束されているんだ。早く彼女の安否が知りたい。早く、ココロに会いたい。その強い気持ちはきっと姉分の響子さんも同じだと思う。切迫した表情が窺える。俺もおんなじ顔をしているんだろうな。


 少人数だから一塊に行動した方が得策だろう。

 俺達はなるべく逸れないようにしつつ、まずは一階フロアを攻める。

 機器の部品らしき袋が多く見られる埃っぽい一階。袋がタワーのように積み重ねられているけど、こんなところにココロが本当にいるかどうか……ちょっと疑心を抱く。


 まさか嘘の情報を流したんじゃ、それもありうる。

 なにせ相手は日賀野以上に狡く卑怯で傲慢なヤツだからな。どんな手を使って襲ってくるか分からないぞ。

 しかもイカバと響子さん以外、手腕の無いヤツときた。俺や健太は数々の喧嘩を乗り越えてはきたものの、そう簡単に手腕アップには繋がっていないしな。俺なんて戦闘の大半はヨウ達に任せているし。あくまで俺はチームの“足”として一役買っているだけ。不意打ちに対応できるほどデキたヤツでもない。


 緊張で高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はしきりに目を配って彼女の姿を探した。

 ココロの名前を呼びたいけど敵に所在地を教えることになる。なるべく息を潜めて行動をしないッ?!!


 パチン――突然倉庫の照明が点灯した。

 バチバチッと電流の流れる音が頭上から聞こえ、眩しいほどの明かりが俺達を照らし出す。ま、不味いぞ。倉庫の光が外に漏れたら向こうの敵に居場所を教えることに……多分協定チームがある程度片付けてはくれていると思うけど、明かりは消さないと不味い!


「いらっしゃ~い」


 焦る俺達をまるで嘲笑うかの声が二階から降ってくる。

 視線を持ち上げた先にいたのは銀の長髪を一つに縛っている、やたらめったら胸のでかいオンナ。写真で一度だけ顔を拝見したことのある女の顔、あれは古渡直海じゃないか!


 二階から俺達を見下ろす古渡はヤッホーと能天気に手を振って一笑。

 目を細めて口角をつり上げる彼女の隣には、「皆さん!」誰よりも会いたかった彼女の顔。会えなかった日々が長くて長くて、彼女の顔を見た瞬間泣きたくなった。ココロの顔色は悪そうだけど見たところ無事っぽい。良かった、よかった……でも彼女はガタイの良い不良に腕を拘束されている。

 その光景に、俺の感情は一気に沸点まで達した。にゃろう……ココロによくも。


 ガンッ、ガッシャン!


 刹那、響き渡る袋タワーの崩れる音。

 誰がタワーを崩したかってそりゃ彼女を溺愛しているといっても過言じゃない姉分さん。こめかみに青筋を立てながら、フロンズレットの髪をギュッとヘアゴムで縛ると見下ろしてくるココロに待ってろ喝破。次いで古渡に覚悟しとけと中指を立て誰よりも早く駆け出した。物騒な女だと古渡は冷笑し、俺達は俺達で響子さんの後に続く。

 すると一階に身を隠していた不良達が飛び出してくる。率先してイカバ、そして響子さんが敵を相手にして俺達に道を作ってくれた。


「行け! 直ぐに追いつく、頼んだぞ」


 響子さんの声を背に受けながら、俺は誰よりも早く階段へと駆けた。

 「待てって!」健太や「ケイ!」弥生を置いて、自分でも信じられない速度で走る。


 ただただ気持ちが俺を動かすんだ。

 三日、正確には二日、彼女と会えなかった。すぐに助けに行けなかった。会えなかった間、軟禁されている間、俺達が奔走している間、ココロはナニをしていた? 酷いことされなかったか。ぶたれたりしなかったか。泣いたりしてなかったか。

 不安にさせてごめん。すぐに助けに行けなくてごめん。怖いさせてごめん、ごめんココロ。守るって約束したのに――!


 階段から降りてくる不良にも臆せず、寧ろ邪魔だとばかりに捨て身のタックル。

 敵と一緒に転倒しても、素早く起き上がって相手を放置。一心不乱に階段を上った。視界に飛び込んでくる二階フロアにも不良が数人いるけど、ざっと見たかんじは三人か。わりと少ないな。日賀野の言うように戦力を自分中心に固めているのかもしれないな。


 息をつく間もなく俺は古渡のいる場所、否、ココロが拘束されているまで駆けた。

 襲ってくる不良の手を掻い潜り、壁際に転がっている角材を拾って相手の脇腹に突きをお見舞い。怯んだ隙を見逃さず、鳩尾に角材の先端をめり込ませて脇をすり抜けた。


 そして辿り着くココロのいる二階フロアの一角。

 角材を握り締め、肩で息をする俺を余裕綽々な目で見てくる古渡は、仁王立ちしている地味野郎に向かってお疲れさんと軽い口振りでご挨拶してきた。へっ、なあにがお疲れさんだ、性悪女め。俺やココロ、弥生にハジメを、特にココロを散々弄びやがって。見下しやがって。嘲笑いやがって!


 ギッと相手を睨み握り拳を作ってわなわなと震える俺は「ココロを返せ!」、声帯を痛める勢いで怒声を張った。自分でもびっくりするくらい憤った声が辺りに響き渡る。

 声に逸早く反応したのは隅で不良に拘束されているココロ。


「ケイさん!」


 名前を呼んで今にも駆け出しそうな彼女を一瞥、改めて古渡を見据えた。

 「返せ。今すぐココロを解放しろ」唸る俺にチッチッチと指を振って返すわけないじゃんとキャツは鼻で笑った。馬鹿じゃないの、ご丁寧に悪態を付け足して。返して欲しければ自力で奪い返してみせてよ、古渡は俺に挑発と怒りを煽る。

 ああくそっ、女じゃなかったらな、お前なんて所構わず殴り飛ばしてるところだぞ。こんな時でも女を意識してやる俺、超ヤサシーよなっ。いや男のサガかもしれない。相手は女、本気で手を出すには無理がある……ってな。


 まるで俺の心中を見透かしているみたいに口角をつり上げて、古渡は背後の手摺に腰掛けて言う。


「まあ、根暗ココロを解放してあげなくもないけどねー? 勿論タダってわけじゃないよ? 舎弟くーん、私とやり取りした条件覚えているー?」


 途端にココロがサーッと青褪める。

 逆に俺は古渡の言葉を冷静に受け止め、「身売りの件か?」確認するために聞き返す。

 ポンピン、せせら笑う古渡はさも楽しそうに口笛を吹いた。五十嵐とつるんでるだけあってすこぶる性格が悪いな、この女。


「冗談言うな」


 条件を突っ返して願い下げだと一蹴。

 俺にはなぁ、ココロという大事な彼女がいるんだぞ。巨乳の性悪女よりも断然ココロを選ぶね、ああ選ぶね。例え迫られたとしても土下座してごめんなさいと言ってやらぁ! 俺、古渡が思うほど軽い男じゃないんだぜ!

 そ……そりゃ胸はでけぇな……とかは片隅現在進行形で思っているけど、べつに胸を重視してるわけじゃないんだからな!


「俺みたいな地味くんがお好みか? 絶対違うだろ、ココロを甚振るために意地の悪い条件を突き出してきやがってさ。俺はアンタと付き合う気なんてない」


「賢くなった方が良いと思うんだけどな。は~い、ココロの首に注目」


 なんだって?

 俺は慌ててココロに視線を向ける。ひゅっ……と身を硬直させているココロの首には鋭利ある折り畳みナイフ。

 刃先が彼女の柔らかな喉元に食い込もうとしてっ、ま、ま、マジでざけるなってっ! 何処のドラマの絶体絶命シーンだよ! 俺達は所詮学生なんだぞ。こんな場面、警察にでもならない限り滅多なことじゃ遭えないだろう! いや遭いたくもないけどさ!


「怪我しちゃうかもよ」


 にやっと笑う古渡が面白おかしそうに俺を見やった。

 刹那、ココロが危ないと声音を張り、俺はハッと振り返って素早く後退。背後から襲い掛かろうとしていた不良の拳をどうにか避けることに成功したけど、間髪容れず足のリーチを生かした蹴りは避けることができなかった。

 勢いづいた蹴りに尻餅つく。相手は容赦なく俺の腹部を蹴ってダメージ追加。


 アウチ……冗談を言っている場合じゃなく、今の蹴りは効いた。すこぶる効いた。効果バツグンだぜ。

 仰向けに倒れる俺の耳に微かな彼女の悲鳴が聞こえた気がしたけど、痛みの方が上回って上手く聞き取れない。その間にも不良さまは俺の腹部を踏んづけては足を上げて、踏んづけては足を上げて、ニンゲンの急所と称されている鳩尾を何度も靴底で踏み躙ってくる。


「け……ケイさんっ!」彼女の震える声と、「あーあ。噂に聞いてたけど、超弱いよねぇ。舎弟くーん」笑声を漏らす古渡の声が交差して聞こえる。


 ああくそっ、弱くてわるうごぜーましたね。

 キランとカッコをつけて、ささっと彼女を助けたいけど、自他共に認める手腕の無い地味野郎だから? いくら妄想で最強田山にしようとしても、現実じゃ弱いまんまなんですよ! 最近じゃ喧嘩できないこと、手腕がないことがコンプレックスになりつつあるっつーの!


 あ、イテェっ、踏むなっつーのっ。マジでイテェって言っているだろ!

 彼女を目の前にしているんだからさっ、ちっとはカッコつけさせろってーの! 俺、助けに来たのに彼女の前でフルボッコとか、超絶ダセェだろ! どんな俺いじめだよ! 彼女に幻滅されたらなぁ、一ヶ月は落ち込んで引き篭もりになっちまうかもしれないんだぜ!


 歯を食い縛って、俺は持っていた角材を握り直すと再び振り下ろされる足をそれで受け止めた。

 向こうは俺の抵抗に意外そうなツラしてくるけど、ヤラれっぱなしは趣味じゃない。Mでもないから? Nだから? こんな風に踏まれちゃ俺も嫌なんですよ、はい。

 ギリギリっと向こうの足を押し返そうとする俺と、全体重を片足に乗せてくる不良。ジッミーな攻防戦が繰り広げられる。くそ、体重を掛ける方は楽だけど、受け止めて押し返そうとする方には力が必要だ。


 早く押し返して此処から逃げないと、スタミナ切れして俺、また不良さんにドンドンと踏まれる。


 俺の真上に影ができた。

 この忙しい時に誰だよ。視線を上げれば……スカート?

 チラッと見える黒っぽいのって……あーその正体はパンツっすか? うわっツっ、パンツに気を取られたおかげさまで力が……別に見惚れてたわけじゃないんだぞ。俺、パンツは水玉派なんだからな! オレンジ系の水玉が俺の好みだ、覚えとけ!


 必死に腕に力を籠める俺を見下ろす古渡は、膝立ちになって俺の顔を覗き込んできた。よって彼女の顔が逆さに映る。

 ちょ、只今田山圭太はお取り込み中だぞ! 俺に用事があるなら最初にアポを取っとけ! しかも顔ちけぇよ! ナニ、この至近距離! 嫌な予感がしてきたよ。


「ねーえ舎弟くん。諦めたら? 今お相手してるのは手腕のある不良だよ? 根暗ココロと一緒にいる不良なんて、ちょっぴりだけど空手を習っていたんだよ?」


 ゲッ、まーじょーで?

 つまりキヨタもどきのもどきがココロを拘束しているわけね。

 うわ、マジで顔の距離が近い……古渡のことも気にしなきゃなんないし、体重掛けてくる不良のことも気にしないといけないなんて。腕に力も入らなくなってきたけど、踏ん張れ俺。こんなの日賀野のフルボッコに比べればなんてことないだろ!


「再三聞くけど、古渡さんは俺みたいなヤツがお好み? アンタと俺じゃ釣り合わないって。こーんな地味野郎を寝取って楽しいですかね? ちなみに俺、童貞なんで? アンタを楽しませること無理っすよ?」


「ダーイジョウブ。男食いって大好きなんだよねぇ。特に彼女持ちの彼氏を寝取るのとか、ね。経験の無い男、いっぱい相手にしてきているし、安心してよ。とにもかくにも泥棒するの大好きってわけ」


 大好きってわけの“わけ”で顔が目と鼻の先になるってどゆことっすか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る