17.魔法の呪文をみんなで一緒に“ブッコロしゅん!”



【神社裏】

(PM04:24)




「――ンだって? 五十嵐竜也の義弟が須垣誠吾?!」



 ヨウの頓狂な声音が神社一杯に広がった。

 入念な話し合い、そして両者協定チームの応援を頼んだ俺達は再び一休みをしている真っ最中だった。

 けれど、情報収集をしに行っていた仲間内の情報に愕然としてしまう。情報収集組は人脈の広い魚住、荒川チームからは弥生と利二が担当。三人で情報を仕入れに外出。そして戻って来た結果、仕入れてきた内容に荒川チーム、特に須垣誠吾を知っている面は舌を巻いた。


「知っているのか?」


 日賀野が近くにいた俺に声を掛けてくる。

 嘆息をつき、「うちの生徒会長です」簡潔に説明をした。

 須垣誠吾。過去に一度だけ接触した食えない生徒会長。厭味ったらしい面とあの笑み、そして腹の内に隠す黒いものは日賀野と類似している。

 学校の規律を守るよう生徒達を見守りつつ、不良の俺達には敵意を見せていた。俺達はてっきり日賀野達と繋がりを持っているんじゃないかと推測を立てていたのだけれど、あの当時の推理は思い切り外れてしまったようだ。まさか五十嵐と繋がりを持っていたなんて、見るからに態度で不良嫌いですよオーラを放っていたのに、五十嵐と義兄弟だったなんて。


 曰く、二人は異父兄弟らしい。

 家庭事情により、苗字は違うけど半分だけ血の繋がった兄弟とかなんとか。これは困ったことになってしまった。


「生徒会長は策士なんです。頭はよく回りますし、何より」


 俺は舎兄を流し目にする。

 最悪だと喚いているヨウが頭を抱えていた。「ヨウの天敵ですかね」苦笑を零すと、「単細胞との相性は最悪だろうな」日賀野が納得したようにうなずく。

 あいつはすこぶる須垣先輩を嫌っていたもんな。口が裂けても本人の前では言えないけれど、何処となく食えない面が日賀野に似ているから。できることなら今は相手にしたくない先輩だけど、貴重な情報源には違いない。  

 だって須垣先輩がキャツと義兄弟なら、義兄の行動をある程度知っているかもしれないのだから。


「しゃーねぇ。行くか」


 開き直ったようにヨウは立ち上がり、自分が直接キャツのところに行ってシメ上げた後に、情報を仕入れてくると申し出る。

 まだ学校はあっている時間帯。学校が終わったとしても、標的は生徒会にいる筈だ。相手は生徒会長だしな。帰宅直行は考え難いだろう。生徒会って結構忙しいみたいだし。


「だったら俺も行く」


 日賀野も重い腰を上げた。

 相手が頭脳派だと知り、ヨウ相手じゃ詰問しても唆されると思ったらしい。自分も行くと言い張った。


「お前は他校生だろうが」


 ここでヨウが日賀野の同行に異議申し立てをする。制服でばれる、教師に見つかったら騒ぎになると指摘。面倒事はご免だと言うのが舎兄の意見だ。確かにご尤も。 

 けれど日賀野はそれがどうしたとばかりに、口角をつり上げた。


「無いなら手に入れればいいんだろ?」


 言うや否や、日賀野はワタルさんに制服を貸せと命令。制服を交換して学校に侵入する魂胆らしい。さすがは日賀野大和、悪知恵は天下一品だ!

 でもヨウと日賀野だけじゃ喧嘩するだろ? 誰かストッパーがいないと。須垣誠吾と同じ学校に通っている奴は後、弥生とハジメ……いやハジメは今、私服だから制服は貸せない。ワタルさんは日賀野に制服を貸した。残りは利二と俺……うん、二人で大丈夫だろう! 俺は何も想像しなかった、しなかったぞ!


「おい、そこのプレインボーイ。ケンに制服を貸せ。ケンも連れて行く」


「え、あ……はあ。別に構いませんが」


 利二も些か日賀野にトラウマを持っているらしく(だよなぁ!)、声を掛けられて引き攣り笑いを浮かべていた。

 ちょ、愛しの利二くんが健太に制服を貸しちまうってことはだよ? 残りは弥生と俺しかないないってことで……いや、三人で大丈夫、大丈夫だろ!


「これで四人。人数的には丁度いいだろう」


 俺の心中の叫びは虚しくも散った。

 日賀野は容赦なく俺を人数に入れ、ついて来いと命令してくる。やっぱり来ると思った。思っていたよ。どーせ逃げられない運命だと思っていたよ。ははっ、べっつに泣かないんだぜ! 健太も一緒だしヨウも一緒だ! 全然ヨユー! 余裕のよっちゃんなんだぜ!



 こうして四人で須垣先輩がいるであろう学校に向かう。

 俺達と同じ制服を身に纏った日賀野と健太、舎兄と俺で学校に向かうはいいんだけど、ここで一つ問題が浮上する。

 それは徒歩で行くかどうかの問題。神社から学校まで徒歩じゃ奇襲を喰らうかもしれない。俺とヨウはチャリがあるからいいけど、二人はどうするんだろう? バイクか?


 鳥居を潜って石段を降りる俺とヨウは素朴な疑問を日賀野達にぶつけた。

 すると日賀野がヨウにバイクのキーを投げ渡してくる。「運転はできるだろう?」日賀野の問い掛けに、「一応な」自分のバイクを持ってないから、いつもは人の後ろに乗せてもらっているけど、と答えを返す。


 おいマジで? ヨウはバイクの運転ができるのか?

 だったら自分のバイク買ってくれねぇかな。俺のチャリに乗るよりも絶対に交通の便はいいぞ……ん? 待てよ? ヨウがバイクを運転するということは、必然的にヨウはバイクだろう? 俺はチャリで決定だろうから、あいつの運転するバイクの後ろに乗るのは健太か、日賀野? おい嫌な予感がするぞ。


「ケンは荒川のバイクに乗れ。俺はプレインボーイのチャリに乗る。少しばかり速度を計算してぇからな」


「おれは構いませんけど……おい、圭太。固まっているぞ。大丈夫か?」


「いや、こりゃ大丈夫じゃねえな。ケイ、生きてっか? お兄ちゃんが分かるか?」


 石化してしまう。

 やっぱりあいつが乗ってくるんじゃねえかよ! 嘘だろまじかよ冗談だろ! は、ははっ、じょ、上等じゃん! ぶっつけ本番よりはなぁ、こういった予行練習が大切なんだぜ! 俺、日賀野兄貴を後ろに乗せて運転できるなんて超幸せだぜ! 幸せ過ぎて泣けてきた!

 大丈夫かという健太の問い掛けに、「あったぼうよ!」俺はヤケクソでテンションを上げた。


「日賀野兄貴を乗せて頑張っちゃうんだぜ! ははっ、頑張るんだぜ! 圭太超頑張るんだぜ!」


「さっすが舎弟だなぁ」


「しゃ……舎弟じゃないですけど、頑張っちゃうんですぜ!」


「んー? さっき舎弟になるって言わなかったか? 男に二言はねぇぞ? プレインボーイは女だったのか?」


 にやり、大魔王様に一笑されて俺はドッと冷汗を流す。

 せ、折角トラウマを乗り越えて果敢に頑張ろうとテンションを上げているのに、この人は人の努力をことごとくヌァアアアアア?!!

 動揺のあまりに石段を踏み外して俺は下まで真っ逆さまに落ちる。幸いな事に頭をぶつけることはなく、尻餅程度で済んだけど、「おい大丈夫かよ」駆け下りたヨウに心配されるわ。「ヤマトさん。悪ふざけが過ぎますって」健太は日賀野を軽く注意してるわ。本人は大声で笑ってるわ。最悪!

 こ、こうやって俺を苛めてもなぁ。なあんにも利得は出ないんだぞ! 田山いじめ反対だ。


「アイテテ……ケツが。はぁ……ダッセェ」


 溜息をついてガックシとジベタリングする俺に、見かねたヨウがいいことを教えてやると肩に手を置いてきた。

 「いいこと?」首を傾げる俺に、ヨウは得意げに鼻を鳴らして語り部に立つ。これを聞けば必ずキャツなんざ怖くなくなる、舎兄は口角を持ち上げた。石段を降りてくる日賀野を指差して、「ああいうガキ大将面しているけどな」軽くブルブルと震えている俺に耳打ち。


「(ヤマトはなぁ、なんと犬に泣かされたことがあるんだぞ。あの日賀野大和ともあろうお方が犬っころに泣かされた。あいつ犬が怖いんだ)」


 は? 犬? 目を点にする俺に、ヨウはしゃがんでゴニョゴニョ。



「(あれは俺が中一の頃だ。キャツや仲間と喧嘩に行ったんだが……その場所はでっけぇ公園でな。犬を散歩させる飼い主もチラホラいたんだ。そこはでっけぇ公園だったからリードを外して自由に遊ばせる飼い主もいた。別になんてことねぇよな? けど、犬が放されていると分かった時点でヤマトの顔色が変わった。めっちゃくちゃド不機嫌になったわけだ。当時、俺達はなんで不機嫌になっていたか分からなかったんだけど、ククッ……ヤマト、犬がすこぶる駄目みてぇでな。

 放されている犬の中にゴールデンレトリバーがいたんだけど、その犬が寄って来た途端、硬直。くしゃみ連発。『あっちいけ』とか怒鳴るんだけど、どうも犬に好かれる体質みてぇでな。ゴールデンレトリバーはヤマトに遊んでもらいたくて、そのままヤマトに二足直立。ヤマトは驚きかえってゴールデンレトリバーにプレスされたという。

 その間、『退け!』犬相手に怒鳴り散らす、くしゃみは連発するわ、顔は引き攣らせているわ。べろっと顔を舐められた途端、体を硬直させて身震いはしているわ。俺等はもう大爆笑。天下の日賀野大和が犬相手に奮闘しているなんてっ、もう笑い話だろ!)」



 なんだって? あのジャイアンが犬が駄目? 本当かよそれ。


「(ククッ、チワワも駄目なんだぞっ、あいつ。吠えられたら顔には出さねぇが、超ビビるんだぞっ。どうだケイ? そんな男でも怖いか?)」


「(マジかよ……それってガチ話?)」


「(ガチもガチ! あ、噂をすりゃ、ほらそこに犬が)」


 石段を降りた俺達の前に、散歩連れなのかリードに繋がれた犬が三匹。黒のラブラドールにダックスフント二匹。

 くっしゅん。小さなくしゃみをする日賀野は犬が近くにいると分かったのか、ぎこちなく犬を見て硬直。顔には出してないけど、あからさま犬に拒絶反応を示している。健太は血相を変え、彼に一旦石段に上るよう日賀野に指示するけれど、それよりも先に犬が動いた。

 キラキラした円らな眼を三匹が三匹とも日賀野に向けて、へっへっへっ、はっはっはっ、ブンブンと尾を振って遊んで遊んで構ってモード。


「マジかよ……ふざけるなよ、来るなよ」


 日賀野の呟きは犬たちに届かず、飼い主から離れて青メッシュ不良に猪突猛進。

 必死に飼い主は阻止しようとリードを引っ張っているけれど、飼い主のお姉さんの力では三匹の力を止めることはできなかったようだ。空しくもリードを手放してしまう。ということは? 嫌でも犬達は日賀野の下に来るわけで?


 キャンキャン吠えながらダックスフント二匹は、日賀野の足元に擦り寄り、ラブラドールにいたっては二足直立。日賀野の体にべったーっとくっ付いた。

 家政婦は見てないけど、田山圭太は見てしまった。べったーっとラブラドールがくっ付く際の日賀野の顔。明らかにキャツの顔は強張っていた。もしもニンゲンに尻尾があれば、全身の毛が逆立っているんじゃないか? そう思うほど日賀野の表情は硬くなっていた。


「こいつ等ッ、なんで寄って集って俺に来るんだよッ、くしゅんっ! 犬の分際でっ、くっしゅん! あ゛ーくそっ!」


 くっしゅん、くっしゅんっ、くっしゅん――!

 盛大なくしゃみを連発しつつ、「離れろ!」日賀野は必死に犬達と格闘。犬達、素知らぬ顔で構ってモード。健太は一生懸命、ダックスフントを二匹捕まえて、飼い主の下に返している。


 見ていた俺とヨウはというと、薄情なことに盛大に噴き出して大笑い。

 い、いやだってよ? あ、あの天下の日賀野大和が犬に苦戦しているっ! 苦戦しちゃっているんだぜ?! 笑うなって方が無理だって!

 誰にだって弱点ってのがあるもんだよなぁ。いや、いいじゃん犬嫌い。犬が怖いと思う人は世の中にはゴマンといるぞ。日賀野もたまたま犬が怖いと思う人種だった。それだけだろ? か、可愛いところあるじゃんか。


 ゲラゲラヒィヒィと笑う俺達舎兄弟、犬を日賀野から剥がしてやる健太、そしてくしゃみを連発させている日賀野。神社前で妙な光景が出来上がっていた。

 取り敢えず、いっちゃん酷い薄情者は俺等舎兄弟だと思う。人の不幸を見ては腹を抱えてゲラゲラと笑っているのだから。涙を流して笑い転げてる舎兄弟の俺達は、どうにかこうにか日賀野の災難を見送り、謝り倒してくる飼い主と飼い犬も見送り、大丈夫だったかと声は掛けてやる。

 でもキャツの顔を見るだけで俺もヨウも噴き出した。だ、駄目だ、これは辛い。辛いぞ。暫く笑いの発作、おさまらないかもしれないっ! タコ沢以来の笑いの発作だっ! 死ぬっ、笑いで死ねる!


「ククッ。ダッセェ、マジダセェ! 犬如きに必死こくとかっ! 相変わらず犬に好かれているなヤマト! マジでダッセェ! そこまで愛されているなら犬っころを愛してやれよっ、結婚してやれ!」


「荒川っ、貴様っ」


「ば、馬鹿そんなこと言ってやるなってヨウ。だ……誰にだって……ククっ……怖いものがあって」


「だっ、だってあのヤマトさまがワンちゃんをビビッているんだぜ? ククッ、ぷはははっ! 駄目だっ、お、俺、腹がいてぇ! 呼吸困難で死ぬ!」


 そこで大笑いするなって、俺にも感染るだろ!

 しゃがみ込んで笑い転げる俺とヨウ、盛大な舌打ちを鳴らしながら健太にポケットティッシュを貰って洟を噛んでいる恐ろしい不良様は青筋を二本ほど立てた。どうしよう、それさえ怖くないんだけど! 寧ろ可愛い、可愛いぞ! 愛でてやりてぇ! ナニこのギャップあり過ぎる不良、俺、この人にフルボッコされたのかよ!

 大声で笑う俺とヨウを睨む日賀野は、忌々しそうに舌を鳴らしてきた。


「貴様等……俺は動物アレルギーなんだ、特に犬はアウト、それだけだ! 怖い? ほざけ! ……あんま笑っているとブッコロっ、しゅん! くっしゅんっ! くっしゅん! へっくしゅん! あ゛ー! くそっ!」


 ぶはっ―!

 薄情舎兄弟、再び噴き出して発作。

 痙攣にも似た発作を必死に抑えて、「ブッコロしゅんって」ヨウは噛んだことに可愛いと膝を叩いて身悶え。笑い過ぎて息も絶え絶えになっていた。俺もどうにか笑いを抑えようとするんだけど、今のはない。ないよ。

 天下の日賀野大和殿がブッコロしゅん。一生忘れられない笑い話だぞこれ!


「や、ヤマトさんっ、どんまいですっ」


 流石に今のは健太も堪えられなかったっぽい。盛大に噴き出していた。



 一頻り笑った俺達は(日賀野に始終怒鳴られたけど耳に入らなかった)、どうにか発作を止めて漸く行動開始。

 よくもまあ、此処で奇襲が来なかったよな。奇襲を仕掛けられていたら俺達はきっとやばかった。笑い死にしそうになりながら、必死に奇襲から逃げていたに違いない。

 行動する前に俺は舎兄に礼を言った。何故ならヨウのおかげさまで気持ちが強くなったのだから。


「ヨウ、マジでサンキュ。何だか俺、トラウマを少し克服できたような気がする。さっすが兄貴だな! お兄ちゃん最高!」


 舎兄は意気揚々と口角をつり上げた。


「だろ? お兄ちゃんはブラザーのために一肌脱ぐんだよ。いいか、ケイ。恐怖に襲われたら合言葉を思い出せ。合言葉は『犬っころ』もしくは『ブッコロしゅん』だぜ? おっと、怒るなってヤマト。犬嫌いでもいいじゃねえか。噛むことだってあるじゃねえか。キミだってオレと同じニンゲンダモノ。ドンマイダヨ。ドンマイ」


 わぁお、完全に馬鹿にした発言!

 ドドドドド不機嫌になっている日賀野は、「いつかぜってぇ殺す」握り拳を作り、バイクに跨るヨウを睨んでいた。「ブッコロしゅんだろ?」意地悪くニヤっと笑うヨウに、「死ね!」日賀野は空に響き渡るほど大喝破。俺の制服の襟首を引っ掴んだ。さっさと来いということらしい。

 大魔王様だと思っていた日賀野も幾分俺と同じ平民の顔があると分かったから、トラウマというしこりはまだ残っているものの、さっきよりかはマシになった。怖いかと聞かれたらやっぱ怖いけど、まあマシになったよ。少なくとも震えは止まった。震えは、な。


 チャリの鍵を解除した俺は、「どっちが先に着くか勝負だな」舎兄の勝負台詞を背に受けながら日賀野を乗せて先に出発。落ち合う場所は俺達の学校の裏門ってことになった。

 別に競争する気はないけれど、ド不機嫌オーラを漂わせている日賀野は俺の土地勘を見極めたいらしく、なるべく裏道を使って時間短縮を望んだ。

 さっきの犬騒動はなるべく触れないようにして(じゃないとぶっ飛ばされそう!)、俺はちょい思案。神社から母校までの最短ルートは早速俺は日賀野にしっかり掴まっておくよう言って大通りから細い裏道に入り込んだ。


 路地裏に近いその裏道には湿った臭いが立ち込めている。

 どこかの店のエアコン室外機に衝突しそうになったけど、難なく避けてチャリをかっ飛ばした。

 ガタガタと揺れるチャリにも文句一つ零さない日賀野の顔を流し目。目を眇めて、一光景を観察する日賀野は腕時計を確認。時間を計っていた。「まだ飛ばせるか?」問い掛けに、「可能ではあります。だけど……」俺は裏道の出口目前にハンドルを切ってチャリを右折させる。

 ブレーキを掛けながら民家の塀にぶつからないよう注意を配ると、その壁に靴裏をくっ付け、瞬時に蹴った。ぶれるチャリに軽く眉根を寄せる日賀野に、「曲線は危ないです」スピードの出し過ぎのデメリットを指摘。


「一直線上に走るなら、限界までスピードを出せますけど……生憎、道は直線だけじゃないので。特に裏道ではスピードを減速しないと衝突事故を起こします。大通りじゃ通行人やバイク、車を意識しないといけませんし」


「なるほどな。だが二人分のチャリの速度は、一人分より遙かに減速する。なるべくは一人分と同じスピードでいきたい。大通りは仕方が無いとして……プレインボーイ。これからまた裏道に入る際は合図しろ。その先は俺が指示する」


「日賀野さんが?」


「俺がお前の目になる。プレインボーイは“足”とハンドルだけに集中しろ。考えて行動する時間はコンマ単位でも削減したいだろ? ただニケツする、じゃあ能がねぇ。ニケツならニケツのプレイがある。予行練習してみよーぜ。実戦じゃ追っ手付きだしな」


 にやり、シニカルに笑う日賀野大和に俺は心強さを感じた。

 敵にすると厄介なこと極まりないけど、味方にするとめっちゃくちゃ頼り甲斐があるなこの人。ヨウが頼りにならないというわけじゃないんだけど、頭脳戦じゃこの人の方が上手(うわて)だから……どう動けば効率がいいか、よく考えている。

 まるでゲーム感覚のように楽しんでいるみたいだけど、この人は洞察力がかなり長けているよ。


「日賀野さんって、どうしてそんなに戦法を立てるのが上手いんですか? スポーツでもしてらっしゃいます?」


 思わず本人に聞いちまった。

 コツでもあるのか? そういう風に思考が回るのって。

 無難にスポーツをしているのなら、ある程度を戦法を立てるだろうから、洞察力が伸びるだろうけど。


「スポーツとかダリィだろーが。反則バッカ思いつくし」


 スッゲェ納得する俺がいる。

 だよなぁ、日賀野が正当にスポーツなんて「しねぇって思ってるな? 失礼な奴だな」

 ドキッ。軽く肩を弾ませる。な、なしてばれた? 俺の気持ち! 心の声! もしかして、お、俺はサトラレだったの「なわけねぇだろ。一部、声に出ているぞ」俺のバカチタレ!!


「あー……声に出していました? 俺」


「元々俺は人の気持ちを探るのが得意だからな。プレインボーイは気持ちを表に出しやすいから直ぐに分かっちまう。初対面から超俺にビビッてたろーが。んでもって必死こいて場を和ませようとしていた。しっかもギャグ連発させて」


 ギャグなんて連発させてないから! あんたが俺を乗らせようとしただけだろ! 乗った俺も大概馬鹿だけどさ!


「今は……そうだな。ま、余裕が無いのは互い様ってところか」


 瞠目して振り返る俺に「運転に集中しろ」容赦なく頭にチョップが落ちてくる。痛みに呻いてしまう。


「どうにかなるだろ。ならなかったらその時はその時、プライドを捨てるだけだ」


 キザめいたことを吐露する日賀野に瞠目してしまう。

 何となく日賀野の立場が分かった。もしかして彼は俺と同じ条件を突きつけられているのだろうか。健太は知らない様子だったけれど。

 「まさか身売りですか?」セフレであり仲間である彼女を助けるために身売りをするのか。単刀直入に聞けば、「冗談抜かせ」死んでもごめんだと鼻を鳴らす乗客。青メッシュをふわっと風に靡かせて、軽く肩を竦めた。


「騙しは俺の十八番だ。要は勝てばいいんだよ、勝てば。プレインボーイもそんだけの狡さを身に付けるんだな。馬鹿より、確実に狡さは手前を守れるぜ?」 


 皮肉屋の助言は、文字通り捻くれたものだけど確かに俺を励ましてくれている(ように俺は感じた)。

 要約すると狡さを身に付けて自分を守れってことだろう? そして口に出してはいないけど、遠回し彼女を守れと助言してくれている。ンー日賀野って怖いイメージがあったんだけど、意外と人情染みたことを言うんだな。仲間内には優しいと噂が立っているし、取り敢えず身内には優しいんだろうな。

 「裏道です」俺の合図に、「リョーカイ」ぺろっと上唇を舐める日賀野はこれから先は指示すると、掴んでくる両肩を握りなおした。


「田山、行くぞ。まずは右。左には寄るな。障害物が二つ。次いで左。軽くブレーキ、左折。曲がれ」


 その指示する声音とペダルを漕ぐ俺の足が、まるで一体になったかのようにスピードを生み出していく。

 ヨウと俺のコンビは最高だけど、日賀野と俺のコンビも初っ端にしてはなかなかだ。指示される分、考える手間が省けるからスピードがグングンと加速。これなら実戦でもいけるんじゃないか。そう思うくらい最初にしてはコンビネーションがとても良かった。



 日賀野の指揮の下、俺はいつも以上に早く学校の裏門に到着。

 さすがに近距離だったからかバイクには勝てなかったけど、それでも早く着いた方だとは思う。向こうもそんなに待ってないみたいだ。

 でも何故か健太がぐったりと電柱に手をついて吐き気と闘っている。どうした? バイク酔いか?


「あーあ忘れてた。荒川のバイクはめちゃくちゃだったっけ。また一人犠牲者を出しやがって。プレインボーイ、覚えとけ。荒川の運転は鬼だ。あのアキラですら青褪めて拒むほどなんだからな」


 え、瞠目する俺にヨウは血相を変えて違うと全力で否定をした。


「普通に運転できるっつーの! た、ただちっと荒いだけでバイクの運転くれぇなんでもねぇ!」


「そうしてまた一人犠牲になるのか。ケンには悪いことしたな」


「け、ケイ……そんな目で見るんじゃねえ! お兄ちゃんを信じろ。今度乗せてやっから!」


 ……馬鹿正直な男は視線を泳がせているばかり。

 なるほど。運転できるヨウがなんでバイクを持っていないのか、なんとなく理由が見えてきた。

 いつもシズやワタルさんのバイクの後ろに乗っているのは、運転を任せているのは、そういう理由があったのか。チャリの運転は普通なのにな。バイクだと豹変するのか?


 裏門にバイクとチャリを置いて、俺達はそそくさと学校の敷地に足を踏み入れた。既に学校は終わってるみたいで下校する生徒達がチラホラ。

 俺とヨウは学校をサボっている身分だから、あんまり職員室付近には近寄れない。担任にでも見つかったら最悪だからな。日賀野と健太も他校生だから、ばれたら不味いだろう。尤も不良二人は平然と校舎周囲を歩いてたけど。ビクついてたのは俺と健太の二人のみ! さすがは不良、先公は怖くないってか? 俺なんて、また説教を受けるんじゃないかと恐さマックスなのに!

 あ、しかもホラ、ヨウや日賀野の姿を見た生徒の中には彼等のご存知の方々が目を丸くしているという……ですよねぇ。この二人、すこぶる仲が悪いんですよ。訳あって仲良しこよしになっていますが、基本は仲が悪いんで。俺達はそのせいで何かと苦労していますんで。


 何はともあれ、俺達は目的地である生徒会室前の窓に立つ。

 カーテンがされていない窓の向こうは無人の教室。まだ生徒会役員は来てないみたいだ。此処で佇んでいても始まらないと俺達は校舎に侵入。鍵の掛かった生徒会室前に立った。


「中で待っていた方が賢明だろうな」


 錠の下ろされている鍵を見た日賀野は、「三分で開けろ」腕時計を見ながら健太に命令。実戦の予行練習だと言い放つ。

 「うっす」返事をする健太は素早く錠の種類を確認。ブレザーのポケットから数本の針金を取り出した。自分で曲げたであろう、その不恰好な針金を器用に穴に差し込んでカチャカチャと作業を開始。平成のルパンは早くも此処で本領発揮してくれるみたいだ。


「マジかよ。これ、開けられるのか?」


 ヨウの疑念に俺は頷いて健太の特技を説明する。


「健太。手先が超器用なんだ。だから簡単な鍵なら開けられるんだよ。めちゃ器用だから配線を繋ぐこともできるし、機械を弄るのも得意なんだ。な? 健太」


「んー? 取り敢えず軽い配線は半田ごてで出来るよ……っと。よし」


 カチリ。

 話をしている間にも健太は見事に鍵を解除。錠を取って日賀野に時間を尋ねた。

 「一分半」上等だと日賀野はご満悦そうに笑みを浮かべる。「すげぇ」ヨウは健太の手さばきに舌を巻き、次いで俺に笑顔で、「な、ケイ。てめぇもピッキング、取得してくれよ」とんだことを言い出す。俺ができるわけないじゃないか。


「テメェがピッキングをできるようになれば、いつでも教室に侵入できしサボれる。俺の舎弟ならできるだろ?」


「健太だからこそ成せる業だって。ヨウの舎弟になれば何でもできるわけないじゃないか」


 だったら俺の喧嘩スキルはもっと高くなっている筈だろーよ。

 俺のツッコミにヨウはやや残念だと肩を落とし、「あ。思い付いた」悪い癖の閃きが出た。頭上に豆電球を点したヨウは満面の笑顔で、健太に話し掛ける。


「なあなあ、ケン。俺の仲間になんねぇ? ぜーってぇこっちの方が楽しいって」


 こ、こいつはもう……余計な事をする。

 額に手を当ててガックリ肩を落とす俺を余所に、ヨウは健太に仲間にならないかと誘いに誘う。「お前がいればサボり余裕じゃん! な?」ピッキングの腕に目を付けたヨウが、仲間のためチームのためそして自分のおサボリのために健太を勧誘。

 「お、おれ?」度肝を抜いている健太は日賀野の目を気にしながら無理だと丁重に断るけど、「安心しろって」ヨウは握り拳を作って健太の肩に手を置いた。


「俺、犬相手でも超イケるから。犬なんて怖くねぇ。テメェのリーダーとは違ってさッ、イッデッ! ヤマト! ナニすんだよ!」


「るっせえ! ケンはこっちのチームで決まりなんだよ。俺のチームメートに媚びているんじゃねえぞ」


「だっ、誰が媚びているって? 女みてぇな言い草っ、聞き捨てなんねぇ! そういうならテメェだって舎弟にちょっかいばーっか掛けているじゃねえか!」


「ッハ、俺は媚びているんじゃねえ。正式に勧誘しているんだよ。貴様のチームメートは俺のチームメート、だ。俺に利得がありゃ誰だって勧誘するんだよ。チームも何もクソもカンケーねぇ」


「出た出た! そのジャイアニズム! クソ腹が立つ! 犬恐がりめ!」


「チッ、貴様は能のあるチームメートを使い切れてねぇだろーが。この単細胞。ついでに女ベタ」



「あ゛? テメェッ、言っちゃならんことを……ぶっ飛ばされたいか。ヤマト!」


「あ゛あ゛ん? 上等だ。表に出ろ、荒川!」



 バチン。

 青い火花を散らし合っている両者リーダーに俺と健太は手を取り合ってガタガタブルブル。

 ナニこの人達、メッチャおっかないんだけど! さっきまでフツーに会話してたじゃアーリマセンカ! どうしてまた喧嘩しようとするんだよ! 母音に濁点とかっ、マジ恐怖なんですけど!

 「不良はないよな」健太の涙声に、「お前も不良だろうよ」ツッコむ俺、勿論涙声だったりする。

 何が一番泣きたいかって俺と健太で仲裁に入らないといけないことだ。この面子で止められる気がしない、しないんだけど。地元で有名過ぎる不良様二人を止められる気がしないと思っているのはきっと、俺だけじゃないよな。健太!


 だ、だ、だけど喧嘩をしている場合じゃない。

 意を決して俺は健太と二人で恐る恐る仲裁に割って入る。

 同着で「おや? そこで馬鹿をしているのは不良の皆さんじゃないか」能天気で皮肉った笑声が聞こえた。振り返ればニッコリスマイルキラーの笑顔を浮かべている須垣誠吾生徒会長が立っている。その向こうには生徒会役員の皆様もいるみたいだけど、すっかり身を萎縮させて……嗚呼、すんません。不良が怖いんですよね? 仲間内の俺達も怖いです。心中察します。

 何しているのだと腰に手を当て、須垣先輩は眼鏡のブリッジを押し上げた。


「他校生まで紛れて……仲良く遠吠え中かい? 野良犬みたいな奴等だね」


 ピキ、カチン。

 「遠吠え?」眉根をつり上げるヨウと、「野良犬だと?」舌を鳴らす日賀野、二人のこめかみにくっきりと青筋が浮き立つ。本当のことじゃないかと須垣先輩は冷笑した。


「それとも今の光景はじゃれ合う飼い犬の光景?」


 鼻で笑う須垣先輩に二人のこめかみに青筋がまた一本。

 あ、相変わらず不良さんを怒らせる事が得意だよなこの人。その肝の据わりようにはソンケーするぞ。

 クスリと笑う須垣先輩は生徒会室はもう開いているみたいだと役員に声を掛け、俺達には向こうで話そうかと踵返す。どうして俺達が現れたのか、須垣先輩は見越していたみたい。敢えて一人になる選択肢を取る先輩は、生徒会役員を守りたいのか、それとも……。


 誘導されるがまま俺達は校舎の外へ。

 結局、生徒会室前の窓辺付近に移動することになった俺達は、須垣先輩と向かい合うようなカタチでその場に佇む。


「さてと、御用は何かな?」


 細く笑う須垣先輩の白々しさにヨウは舌を鳴らして食い掛かろうとした。

 けど日賀野がそれを制し、「兄貴のことを聞きてぇ」率直に物申す。兄貴、つまり五十嵐竜也の所在について聞かせろ。拒否権はない。もしも拒否したら……目を細める日賀野の威嚇にさえ動ずるこのとない須垣先輩はクスクスと笑うだけ。

 「兄貴ねぇ。そんな奴いない」綺麗に綻ぶ須垣先輩はうそぶいて見せた。誰が見ても嘘だと言えるその表情。

 「ざけるな」ヨウの悪態に、「ふざけていないさ。僕には兄なんていないし、そんな奴がいたとしても認めない」表情をそのままに先輩は答える。


「ま、戸籍上兄はいるけれど? まあ、僕には一切カンケーのない話だ。君達が72ゲームをしていたとしても、僕にはまったくメリットのない話。仮に僕が何かを知っていたとしても、それを君達に話して僕に何の得があるんだい?」


「あ゛ーっ! くそっ、やっぱテメェっ、知ってやがるじゃねえか! まどろっこしい言い方しやがって!」


 地団太を踏むヨウを余所に、「大体君達の自業自得だろ?」須垣先輩はちょっと声のトーンを落とした。



「君達が中学時代に横暴な義兄さんを伸したりするものだから、こーんな面倒極まりない事件が勃発した。義兄さんはすこぶるプライドの高い男だからね。当時は荒れてたもんだよ。義弟の僕は散々八つ当たりされるわ。パシられるわ。仕事を押し付けられるわ。見張りを頼まれるわ。何が哀しくて不良の君達を見張らないといけないのか。あーやだやだ。不良はこれだから、ジコチューで自分のしたい放題してくれる。


 僕は君達みたいな傍若無人に振舞う不良が大嫌いさ。学校の秩序は平然と乱してくれるし? 生徒会の仕事は増やしてくれるし? 家族としてもメーワクばっか掛けてくるし? 不良の義兄弟を、義兄を、家族を持つ僕の気持ちなんて分からないだろうけどね。

 ご近所からも迷惑な眼を投げられるし、時に文句も喰らうし、苦情も受けるし。悪循環なことに、当人達は自分で好きな事をしているだけなんだってメーワク掛けている自覚はなし。自己責任だと思っているかもしれないけど、不良の犯す愚行は時に家族さえ巻き込む。

 はぁ、巻き込まれた僕ってなんて哀れなんだろうね。扱き使われるし、こっちの言い分なんてまるで無視だ。

 不良ってすこぶる仲間意識は高いみたいだけど……家族はどうなんだって話だ。現に今もこうして不良に絡まれるし? 地元で有名過ぎる不良お二人さまに、ね。ホンットまったくもっていい迷惑だ。僕は何もカンケーないのに。


 と、君達に苦情を言ってもしょーがないんだろうけどね。悲観的になったって所詮は笑い話だろうから。

 義兄さんのことだろ? 今、あの人が何をしているかのはある程度分かるよ。ツイッターで調べれば分かる。あの人はツイッター中毒者だから。いがらし(@×g●×g●)で調べればいいさ。所在? あー、今は知人の家で寝ているんじゃない? 義兄さんは夜型人間だからね。夜は君たちの動きを隈なくチェックしてるみたい。知人の家までは僕も知らないから何とも言えないけど」



「ほぉー、随分ご丁寧に情報提供をしてくださるが……それを安易に信じるほど俺は馬鹿じゃねえ」


 ご尤もなことを言う日賀野。

 俺も安易に信用は置けなかった。不良を嫌っているからこそ、嘘の情報を提供している可能性もある。前々から俺達に敵意を向けていたしな、この人。


「わぁお。人が親切に教えてやってるのに、その物の言い草。教えても教えなくても文句かい? 呆れた不良だね」


 須垣先輩はヤレヤレと肩を竦めて信じる信じないは勝手だとシニカルに笑う。

 次いで、ブレザーから自分の携帯を取り出す。「これには義兄さんの連絡先が入っている」携帯は一個しかないから連絡手段はこれだけ。手に入れることができたら、きっと俺達が優位に立てるだろう。何故ならアドレスには自分と義兄の住所も登録をされているのだから。

 さすがの義兄も、住居を知られたら劣位に立つだろう。嬉しいことに! 須垣先輩は口角を持ち上げた。


「おや? 僕がこんなことを言うなんて意外かい。ふふっ、僕は不良の茶番劇になんて興味ない。君達がどーなろうと知ったこっちゃない。逆も然り、義兄さんがどーなろうと僕は興味なし。僕の人生の妨げにならなければそれでよし、さ。まあ、義兄さん、ちょい調子付いてきたみたいだから? 少しくらい計画を掻き乱してやってもいいなぁ……とは思うけど、ね。どーしようかな、僕はメリットのある選択をしたいんだけど」


 クスクスと黒く笑って須垣先輩は俺達をチラ見。

 先輩は俺達の味方をしているわけじゃない。だけど義兄の味方をしているわけでもないみたいだ。

 例え今の先輩の言動が演技だとしても、メリットについての発言に関しては演技だとは到底思えない。消化不良になりそうなキラースマイルを俺達に向けて冷笑。それは何処となく五十嵐を思い出させる、先輩の素の顔だと肌でヒシヒシ感じた。


 さすがは半分血の繋がった兄弟と言ったところだろう。


 おもむろに先輩は行動を起こす。

 折り畳み式シルバーボディの携帯を開いた状態にすると、「本当は連絡しないといけないんだよね」先輩は目を細めてにやり。


「荒川と日賀野が協定を結んだことは義兄さん、まだ知らないんだよ。僕は知ったけどね? でも報告なんてしてやらない。義兄さんの意気揚々とした顔を見たくないから。人生楽ありゃ苦もあるさ、物事が自分の思うが儘上手くいくと思う義兄さん見たくないし?」


 須垣先輩は食えない笑みを浮かべて、手に力を籠めた。ちょ、その携帯をまさか……。


「僕は君達に味方するほど優しくない。なにせ、君達のせいで面倒事を押し付けられたんだから。だからこれは『バキッ―!』おじゃんってことで。御安心を。僕は携帯を二つも所持するほど金持ちじゃないんで」


 ガラクタと貸した機械片を俺達に見せ付けて、須垣先輩は壊れた携帯をポケットに仕舞う。

 此処で捨てたら後々全校集会が開かれることを懸念しているのだろう。基本携帯は持ち込み禁止だからな。さすが生徒会長。そういうマナーはしっかり守るらしい。持ち込む時点で校則守れていないけど。


 一連の動作を静観していた日賀野は動ずることも無く、だからと言って先輩の挑発に乗ることも無く、なるほどなとばかりに肩を竦めた。

 結局は両方の立場を同等にし、これからの出来事を面白おかしくする寸法だろうと解釈。「更にだ」この騒動の勝敗など毛頭も興味が無いくせに、自分のメリットを確保したいが故に行動を起こしている。実は兄をぶっ倒して欲しいんじゃないのか? 今度こそ完膚無きところまでに。


「俺達がヤラれりゃ兄貴様が有頂天になるしな。プライドを引き裂くほどぶっ倒させて、自分のメリットにする。それか兄貴様の打ちひしがれている顔を単に見たいのかだな。悪趣味なことだ」


 「そうだろ?」日賀野の問い掛けに、アイロニー帯びた笑みを浮かべる須垣先輩は次第に漏らす笑声のボリュームを上げた。

 最後は天に響くような笑い声を上げて、眼鏡のブリッジ部分を人差し指で軽く押す。



「馬鹿で賢い不良の君達に二つイイコトを教えてあげよう。その方が僕的にも面白いしね。まあ、信じるかどうかは君達に任せるけど。

 一つ目は人質のこと。君達のお仲間は残り24時間、つまり残り一日と迫った時点で義兄さんのいる拠点に身を移される。義兄さんは残り一日を最高のショーにしようと思っているみたいだ。それまでは人質はマンションの一室に軟禁しているらしい。僕も詳しいことは知らないけどね。助け出したいなら残り24時間が勝負どころじゃないかな。

 二つ目は同じく残り24時間話。残り一日で総攻撃を君達に仕掛けるらしい。今までも奇襲を掛けられていたと思うけど、最終日はこれ以上のことを仕掛けるみたいだよ。心して掛からないと地獄を見るんじゃないかな。まあ、不良の君達なら地獄を見て当たり前の存在だけどね。

 世間体にも近所にも家族にも迷惑を掛けている塵みたいな存在だし? ジコチューに群れるだけの不良なんて大嫌いだよ、ああ嫌いだとも。君達のような仲間意識の高い不良も嫌いなら、義兄さんみたいな傍若無人不良も大嫌いさ。不覚にも不良という繋がりを持ってしまった僕の人生を呪いたいくらいさ。しかも半分だけ血の繋がった不良が僕の兄貴なんて! ッハ、虫唾が湧くね。

 せいぜい義兄さんに勝つことだね。不良嫌いの僕が此処までヒントをあげたんだ。これで大敗したら、君達はそれこそ負け犬だよ。まあ、最初から負け犬だけどね。群れることで社会の秩序を乱す君達の存在、僕は認めない」



 須垣先輩の表情が刹那単位で真顔に、そして嫌悪感に塗れた。


「周囲に迷惑を掛ける不良なんて滅べばいい。僕は絶対に君達を認めない」


 悪態に対し、これまた刹那単位で反論したのは日賀野。彼は今までに見たことのないしかめっ面を作って小さく鼻を鳴らした。

 日賀野の吐き捨てる台詞に怒気と嫌悪、そして人質に対する憂慮(好意)が篭っていたことに、俺は気付いた。気付いちまった。




「どう言われようが、思われようが、こっちは一向に構わない。だが、人質に何かしたって分かった瞬間……俺は貴様を潰す。五十嵐と繋がっていた全員を潰してやる。それを忘れるな。いいなっ、胸に刻んでおけ」

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る