15.決戦ノ日賀野戦(アダルト心理編)
「あーあ、開けちまった。アダルトタイムだって言ったのになぁ」
日賀野は忠告したのに、と肩を竦めている。
扉を開けた向こう側に替えの椅子やら掃除用具などが見えますが、それ以上に俺の視界に飛び込んできたのは、帆奈美さんに押し倒されてキスされてる兄貴。床に体を押し付けられて、ふっかいキスしてらぁ。あれが俗にいうディープキス、アダルトキスというものですか。ピチャペチャ双方の舌を絡ませてぶっちゅーっとする……あれですね。分かります。なるほど。納得。
「おじゃましました」
思わず扉を閉めてしまう。
赤面硬直する俺に、「坊やには刺激的だったか?」日賀野が新たな苛めのネタを手に入れたと言わんばかりに細く綻んだ。
うん。そりゃもうチェリーボーイの俺には刺激的過ぎて、扉から離れる……かぁああ! 危うく逃げちまうところだったぞ!
「この馬鹿! こんな時に何をしているんだ!」
再び扉を開けた俺は目を逸らしながらヨウに喝破する。
身構えていなかった俺には刺激的過ぎる光景だぞコノヤロウっ!
なにっ、同い年でこのキスの差! 俺とココロが交わしたキスとはえっらい違い! なんっつーかえっろいキスだな畜生、俺と同じ16だろ、あんた等! ナニ大人ぶったキスなんてしているんだよバーカ! うわぁああああっ、同級生の官能場面を見たこの気まずさと言ったらぁあ! なんでこの喧嘩の最中に……ああもう、大混乱も大混乱だ! 助けに来た筈なのに、この邪魔した感、俺ってば超KY感が拭えねぇええ!
喚きたい気持ちを抑えていると、「ケイ助かった!」某兄貴はどうにかキス攻撃から逃げて帆奈美さんを睨んだ後、助かったと俺に一笑してくる。が、今の俺にイケメンスマイルなんぞ効かぬ。
ヨウさん、俺はお前を助けたんだよな? ほんとうにそう思ってもいいんだよな? 邪魔をしたわけじゃないんだよな? え、舎兄さんよ!
白眼視する俺を余所に(いやそうしたくなるのは自然現象だろ?!)、帆奈美さんはヨウに首筋に抱きついてガッチリホールド。身動きを取れなくした。
「クソっ!」ヨウは退けと帆奈美さんに悪態を付いて、肩を押しているけど本気じゃないことくらい一目瞭然。女相手に本気が出せないんだろう。しかもヨウにとって元セフレだぜ? そりゃ手荒なことをしたくないだろうよ。ヨウは今もどこかで帆奈美さんに恋心を抱いているみたいだしな。
ヨウがもだもだしている間に、んでもって俺が日賀野に目を放している隙に通路から忙しい開閉音。
あ、やっべぇ。
協定を結んでいる不良が援軍として呼ばれたみたいだ。
隙を見た日賀野はあっという間に通路を潜っていく。ちょ、お前、帆奈美さんを置いて行っている! 敵さんにセフレを任せていいのかよ! 仲間もあっちゅう間に通路の向こうに消えているみたいだし、帆奈美さんだってこんなところでボッチにさせられたら不安じゃ……。
だけど帆奈美さんはどこ吹く風でヨウの動きを封じていた。妖艶に綻んで、ヨウの唇に骨張った人差し指を当てる。
「ヤマトの邪魔はさせない。私と時間を過ごす。ヨウ、私の相手する」
「寝惚けたことを言うな。俺はテメェみてぇなオンナがいっちゃん嫌いだ。誰彼ホイホイ男について行きやがって。大体テメェな、ヤマトのセフレのくせに俺とこんなことしていいと思うのか?」
責め立てを口にして片眉根をつり上げるヨウだけど、「どう思われても構わない」帆奈美さんは本気を宿した眼を元セフレに向けた。
自分を受け入れてくれた男のためなら小汚い女だと思われても一向に構わない。すべてこちらが勝つためだと、帆奈美さん。何を捨ててでも今のセフレに一旗挙げさせる。それが自分の存在価値そのものだって綺麗に笑った。あまりに儚い笑みだった。
「私、本気だった」帆奈美さんはヨウが好きだったことを真摯に告白。これだけで十二分にヨウを動揺させたけど、彼女は追い討ちを掛けるように目尻を下げて言葉を上塗り。
「ヤマト選んだ。それは後悔していない。でもヨウ傷付けた。それは一生の後悔。それはホント。だけど私、自分が一番可愛い。二番目ヤマト。だからヨウを傷付ける」
「帆奈美……」
「私、ヨウの言うように誰彼男を求める、汚い女。だからできる。何でもできる。今でも貴方とキス、セックス、なんでも、できる」
小さく媚びた笑声を漏らして、完全に思考回路が止まっているヨウの唇を奪う帆奈美さん。俺、ジミニャーノ田山圭太は完全にアウトオブ眼中なう。
ちょ、ヨウ! 動揺している場合じゃないんだって! なんだかアダルトチックな展開になってるいけどっ、俺達の目的は日賀野達を潰すことだ! 貴方とチューしている人は敵さんだって敵! 部外者の俺が入っていいかどうか分からないけど嗚呼っ、ほらぁ、見知らぬ不良さん方がっ……!
「ヨウしっかりしろって! リーダー!」
俺の呼び掛けに我に返る舎兄。瞳に意思という名の光が宿る。
これ以上、誘っても無駄だと分かったのか、それもとも十二分に時間稼ぎができたと思ったのか、帆奈美さんはパッとヨウから離れた。「残念」このまま淫らな行為に縺れ込もうとしたのに(俺がいるのにスるつもりだったのかよ?!)、アイロニーを含む台詞を吐いて俺の脇を擦り抜けると倉庫部屋から出た。早足で乱闘と化している現場を過ぎって通路へ。
振り返って彼女の背を見送った俺は、帆奈美さんの心情を見透かせず後味の悪い気持ちを噛み締めていた。なんとも悪女らしい台詞を吐いて行った帆奈美さんだけど、なんだか俺にはその悪女の部分が偽っているようにしか見えないや。
さて、そんなことをしている場合じゃない。
俺は視線を戻して、軽くパニくっている舎兄に声を掛ける。
だけどヨウは帆奈美さんのことで頭が一杯になってるみたいだ。「なんだってんだ」苦虫を噛み潰すような顔を作って眉を寄せていた。駄目だ、ヨウの悪い癖が出ている。完全に周りが見えなくなっている。
ったく、お前は我等がチームのリーダーなんだぞ! しっかりしてくれよ!
ええいっ、怒るなら後でたっぷりお小言聞くからな!
全国のヨウファンの皆様、ヨウ信者の皆様、イケメン好きの皆様、すんません、俺、田山圭太はやっちまいます! 地味くんだけど、不良でもないけどやるときゃやるしかない! だって俺、ヨウの舎弟だもの! 怖いけどやるっきゃない!
俺はズカズカと舎兄に歩み寄って、手早く胸倉を掴むと平手打ち。
パン―ッ、乾いた音が倉庫部屋に響いた。ちょ、手がイテェ! 叩かれた方も痛いだろうけど、叩く手も痛いんだぞ!
瞠目するヨウに「後でやり返してもいいから」俺は覚悟した上で打(ぶ)ったことを認めた後、目を開けてしっかりと気を持つよう一喝する。こんなところで動揺をしている場合じゃない、俺はついつい苦言を零す。
「動揺をしているお前の気持ちを尊重してやりたい。けど、今は優先することがあるだろう。このままじゃ仲間を失うぞ? またハジメみたいな犠牲者が出るぞ! もう後悔しないためにっ、終わらせるんじゃないのかよ!」
「ケイ……ケイっ、避けろ!」
「アブネッ!」ヨウの絶叫、ぶれる視界と体に受ける衝撃。横に倒れた俺は倒れた痛みと体に受けた痛みの両方に思わず呼吸を忘れた。
やっべ今のは効いた。すこぶる効果抜群。背後から横っ腹を思いっ切り蹴られた。相手の靴の先が横腹にめり込んだ。身構えていなかったせいで余計……無防備だった俺も悪いんだけどさ。ははっ、これもファンの多いヨウに平手打ちした罰か。だったら重い罰だっつーの……いてぇ。蹴りってマジでいてぇ。
どうにか肘をついて上体を起こす俺の頭上から、「ケイによくも!」復活したであろうヨウの雄叫び。喧(かまびす)しい物音に呻き声。人間が転倒したことによって床が悲鳴を上げる。倒れる衝撃で床に使われている木板が軽く弾んだ。
腹部を庇う俺の前で片膝を折って、「悪い」目的を見失っていたとヨウが真摯に詫びてくる。
おかげで目が覚めた、本調子に戻っているヨウはもう少しで向こうの心理戦に両足突っ込むところだったと苦く綻ぶ。
曰く、日賀野は自分の乱心を狙っていたに違いない。帆奈美さんの行動もこっちを劣勢にさせるための策略。もしかしたら彼女も本音も含まれていたかもしれない。けれど今、話すべきことではないし、持ち出す話題でもない。何より向こうは策士、きっと乱心を狙っていたとヨウは苦笑した。
「柄にもなく動揺しちまった。悪い……ケイ、サンキュ」
そう思ってくれるなら俺も本望だ。ヨウに視線を投げて一笑。
だけど直ぐに視線を逸らしちまった。直視できねぇ。
「まだ怒っているのか?」ヨウの不安げな声音に否定、「諸事情で……」俺は空笑いで返した。
「友達の官能場面を見たもんだから……今しばらく直視できない気がする」
「キスか? バッカ、あれくれぇなんてことねぇって。官能にも入らねぇよ」
「入るっつーの! ただのキスじゃなくて、ディープだぞディープ! おまっ…ディープキスを生で目の当たりにした俺の心情を察してくれよ! しかも……身近にいる友達の……」
「んー。免疫ねぇだけだろ? その内、ココロとす「わぁああああああ! 俺はまだ恋愛に淡い夢を抱いておきたいんです!」 わーった、わーったから。うるせぇな」
甘酸っぱい青春恋愛を望んだっていいじゃナーイ!
官能チックなことを彼女とするなんて、俺、まだまだまだまだ先だって思っているんだから! まったく今時の子はすぐにえろっちいに走る! 性欲を暴走させてどーするの! 世の中、あっはーんうっふーんだけが恋愛じゃないだろ!
子供でもいい。俺はココロと健全にお付き合いしたい。キスで十二分に満足している。っつーか、そういうことが想像つかない。まったくもって……とか、思っている場合でもなさそうだ。
倉庫部屋に敵であろう不良達が入ってくる。
俺達は急いで奴等の脇をすり抜けて店内に戻った。満目に広がったのは俺達を援護してくれるダブル舎弟とその仲間達の勇姿。騒ぎを聞きつけたのか、仲間の誰かが呼んでくれたのか、向こうの協定チームを相手取ってくれている。
「急げ!」蓮さんが俺達に外に出るよう指示。俺達以外の仲間は既に外に出たらしい。
「上で和彦さんと涼が待っている! 此処は俺達が受け持つから、勝って来い! 荒川チーム!」
少林寺拳法を習っていた蓮さんは軽い身のこなしで相手に裏拳をかましている。
肩を並べるように、桔平さんが向こう不良に向かってテーブルをぶん投げていた。もはや喧嘩と称するより乱闘の中の乱闘だ、店内はしっちゃかめっちゃかになっている。援護してくれる彼等に礼を言って俺はヨウと細い通路階段を駆け上がった。
二段越しに駆け上がった先、眩しい太陽が俺達を照らし出してくれる。
仲間達は俺達の姿を確認すると、急いでこっちに来いと手招き。「無事だったか」シズがあまりに遅いからヤラれたのかと思った、なんて冗談と悪態の両方をついていくる。「野暮用でちょいな……」言葉を濁しつつヨウは、日賀野達の行方についてチームメートに尋ねた。
それが分からないのだと響子さん。苛立ちを募らせながら今、弥生が利二と連絡を取って居場所を突き止めようとしていると教えてくれた。
「おおよそ、こっちの体力を消耗させてぇんだろうな。姑息な策略はあいつ等の考えそうなことだが……どうやらアキラやホシが負傷しているみてぇだ。ヤマトなりに仲間を想っての行動だろ」
響子さんの意見になるほど、と俺は頷く。
日賀野って身内に対しては超優しいみたいだからな(俺達にはすこぶる鬼畜ですが)、魚住やホシの怪我を少しでもカバーしようと俺等の体力を削る戦法に出ているのか。
しかし弱った。奴等が何処に行ったか見当を付けないと。
なるべくこっちも体力を極力温存しておきたい。特に俺はチャリだ。長時間漕ぐことになったら、体力の消耗が尾を引く。こうしている間にも奴等は住宅街その他諸々の場所に身を隠して体力を温存してるに違いないぞ。早く手を打たないと。
「くっそ! 俺っち、愛海と勇気を仕留められなかった!」
右の拳を左の手の平で受け止めてキヨタが顔を顰める。
負傷はして無さそうだけど、随分悔しい気持ちを噛み締めているようだ。あの紅白饅頭双子兄弟はキヨタをギリギリまで足止めをして仲間を外に逃がす役目を担っていたっぽいあの二人の妨害がなかったら容易に逃がすことは無かったのに、地団太を踏むキヨタに俺は微苦笑を零す。
俺的にはお前が無事な方が安心だけどな。二人相手にしようとするお前は勇敢過ぎるっつーの。こっちの肝が持たないや。
「五木から連絡!」携帯で会話していた弥生が俺等の会話に加担してきた。
「三丁目交差点近くのスーパーで日賀野達を目撃したって! それから東の方角に進んでいるらしいんだけど……あ、今、古本屋を通り過ぎたらしいよ。五木を率いるグループが日賀野達を尾行してくれてるみたい。でも撒かれそうって」
三丁目交差点近くのスーパー。東の方角に進んでいて古本屋を通り過ぎた?
俺は脳内のマップを浮かび上がらせる。東の方角には何がある? 三丁目交差点の近くスーパーの隣には郵便局。古本屋の向かい側には文具店。その先、その先には……駄目だ情報が少な過ぎる。東の方角だけじゃ漠然とし過ぎて。
だけど皆の視線が俺に集中しているのが分かる。
ちょ、そんなに期待されても……幾ら土地勘が優れていると褒められても、俺はカーナビと同じで目的を教えてもらわないと進むべき道が出てこない。必死に思考を回して考える。思い浮かべる。東の方角にある、日賀野達が行きそうな場所を。
「川沿いを走っているらしいよ」弥生が新たな情報を俺に与えてくれた。そこで利二達は奴等の姿を見失ってしまったらしい。これ以上の情報入手は無理だと言ってきた。ってことは……俺か。俺の判断に委ねられるのか!
「ケイ……外れてもいい……何処か思い当たる節は? お前が頼りなんだ」
シズに促されて焦りに焦る。
そんなことを言われても、あいつ等が行きそうな場所なんて見当もつかない……俺は頭を抱えて、与えられた少ない情報を反芻。三丁目交差点を過ぎて、スーパーや古本屋を通り過ぎて、川沿いを東の方角に。日賀野達も決着をつけたさそうだ。血の気も多いから喧嘩もしたいだろうし、そういう場を選ぶなら広い場所だよな。
「ケイさん……何か、なにかありません?」
ココロに同じ質問をされる。
だから俺の頭はカーナビと同じで目的地までの道をよく知るだけの……あ、川沿い……かわぞい……待てよ確か。
よーく思い出せ。
俺は一度、喧嘩で川沿い周辺をチャリで駆けたことがあった。
沢山喧嘩を売られて、その度に逃げたけど、川沿いを走ったのは一度っきり。皆で喧嘩に行った時だった筈。いや俺とヨウが先にチャリで到達したんだよな、その目的地。バイクでは走れない場所だから、でもチャリならその目的地まで行けるからって。
あれは何処だ。何処だった。どこ――東の方角にある川岸の廃工場か。
俺にとってあそこは思い出の場所だ。俺が初喧嘩に不本意ながらも参戦した場所。ハジメが袋叩きされた場所でもあり、日賀野と初めて出逢った場所。初めて女の子にお礼を言われた思い出の場所。
「そうか。あそこだったら、バイクも途中までしか使えないから……簡単に協定チームを呼べない。日賀野達はそこを選んだのか。そこで決着をつけたいのか。最後は水入らずの乱闘をおっぱじめたいのかもしれない。自分達の手で決着をつけたいから」
「ケイ、見当がついたのか?」
ヨウの問い掛けに、「外れているかもしれないけど」俺は躊躇しながらも川岸の廃工場に向かったんじゃないかと意見を出す。独り言として口走っていたさっきの考えを述べて、もしかしたら川岸の廃工場にいるかもとリーダーに言う。
そしたらヨウは間髪も容れずチームメートに指示。「今すぐ川岸の廃工場に向かう」
考えもせずに指示をするもんだから俺は頓狂な声音を上げた。ちょ、もうちょい考えるとかさ、俺だって自信ないのに……そんな簡単に信じられても。
だけどヨウは「ケイがそう言うんだ」絶対そうだと断言。間違っているかもしれないのに舎兄は振り返って俺に言うんだ。
「舎兄は舎弟を信じるもんだろーが。俺はテメェを信じている」
ああくそっ、少し前まで動揺してた男がキザに吐く台詞じゃないぞ、それ。
「間違ってたらカッコ悪」俺の愚痴にも、「その時は舎兄弟で折半だ」なーんて吐いてくれるから、俺の立場ナッシング。イケメンくんは何処までもイケメンくんらしい。美味しいところを掻っ攫っていくんだからなあ……もう。
分かっているさ、お前に美味しいところを奪われるってのは。
お前の舎弟して三ヶ月以上経つんだ。分かっているよ。お前がカッコ良いイケた不良なくらい……さ。
そうと決まれば早速行動、即行動、有言実行。俺達は最終決戦になるであろう川岸の廃工場に向かった。
チャリ組の俺等はバイク組と別行動。裏道を使ってなるべく皆に遅れをとらないよう努力した。ま、途中で合流するつもりなんだけどな。だってバイクは途中までしか使えないから、結局目的地までは徒歩になるわけだし、最後は皆で目的地に向かおうということで話がついた。
そんな皆に俺は川岸の廃工場前の坂を下った終尾で落ち合おうと提案。スンナリ受け入れてくれたから、俺はそこで皆と合流するためにヨウをチャリに乗せてペダルを漕いでいた。
不思議と気持ちは落ち着いている。
なんでだろうな、あれだけ喧嘩が嫌だったのに……今だって大嫌いなのに……決着が付き次第、終わると分かってるから? んにゃ皆と一緒だからだろ、きっと。赤信号皆で渡れば怖くない。荒川チーム、皆一緒なら日賀野チームも怖くない、ってな。
俺達の行動を妨害してくる向こう協定の不良チームはいない。
しきりにヨウは目を配っているけれど、向こうも協定チームが尽きているのか、それともたむろ場ですべて駒を使っちまったのか、不良一匹見当たらない。日賀野達のたむろ場に行くまではあんなに不良が追って来てたのにな。俺も周囲に目を配りながら警戒心を募らせるけど、こうも動きがないと拍子抜けする気分だ。
「そういやヨウ。なんで倉庫部屋に閉じ込められたんだ? お前、簡単にヤラれるような奴じゃないだろ?」
「蒸し返すなよ」
ボソボソとヨウは俺に愚痴る。
いやいやいや助けたんだし、これくらい知る権利あるじゃんかよ。別に咎めてるわけじゃなくて、素朴な疑問からの質問なんだし。「教えてくれたっていいじゃん」俺の台詞に唸るヨウだけど、さっきの動揺した後ろめたさか、ぽつぽつと教えてくれた。
「最初はヤマト……突っ掛かってたんだけどよ。カウンターにいたヤマトを追い詰めようって仕掛けてたら前触れもなしに帆奈美が俺の前に現れて……「私が相手する」とか言い出して。
あいつ、喧嘩できるわけじゃないのにヤマトを庇うように前に出て「ヤマトは行く」なんざ……あれにはヤマト自身もちょい驚いていたみてぇだし。
最初は退くようヤマトが命令をしていたけど、何か思うことがあったんだろうな。「俺の女だってこと忘れるな」とかヤマト、俺に見せつけるように帆奈美に言いやがって。そりゃ驚いたっつーか、俺、完全悪者的立ち位置に立ってさ。
うっぜぇこいつ等、とか思って油断したら帆奈美が俺に飛びついて、倉庫部屋に手前ごと体を押し込んで……閉じ込められたという。で、ヤマトは外側から物でも置いたのか開かないように細工しやがって。
『クソッ、出しやがれ! ヤマトきったねぇぞ!』
扉を開けるよう叩いたり、ぶつかってたりしたら、一緒に閉じ込められた帆奈美がいきなり俺を押し倒してきたんだ。
さすがの俺も人ひとりの体重が弾丸のように飛んでこられちゃ倒れるわけで。見事に転倒した俺に覆い被さってきた帆奈美が……あー。
『ヨウ、私と遊ぶ』
『はあっ?! ざけんなっ、退け、帆奈美! テメェと遊んでるひ――』 ――で、あれよあれよなことをして、程なくしてケイが開けてくれましたとさ。チャンチャン……此処までで何か質問は?」
「イエ、ナニモ……てか、そりゃヨウに完全非があるじゃんかよ。油断大敵だぞ。俺に油断するなと言っておいて」
仕方ないじゃないか、ヨウは吐息をついた。
まさかあんな目に遭うなんて想定しているわけでもあるまいし、それに帆奈美さんが行動を起こすなんて記憶上無かったことだとヨウは説明する。彼女は極端に喧嘩を嫌っていて、自ら参戦はしようとしない女性。今までがそうだった。
なのに今回、自分のため、そして日賀野のために行動を起こした。驚愕するしかなかったとヨウは語る。「そんだけ好きなんだろうな」いや、大切にされているのかもしれない。加えてヨウは独白していた。
「帆奈美を見てりゃ分かる。きっと大切にされているんだろうな。なのになんであいつ……ヤマトのセフレになっているんだろ。恋人でもおかしくねぇのに」
「……ヨウのことがまだ吹っ切れてないんだろ。お前が帆奈美さんを想っているようにさ」
「どーだろうな」
「少なくとも蚊帳の外に放り出された俺にはそう見えたけど? 嫌いなんて一丁前に嘘吐いてさ」
「本当は好きなくせに」俺の茶化しに、「嫌いも本当だっつーの」ただ好きという感情を隠しているだけだとヨウは苦笑する。
「お前ってイケメンのクセに不器用なんだな」
重ねて茶化したら、顔は関係ないと不機嫌に返された。
顔ですべてが決まるなら人生薔薇色、なんにも苦労しないって鼻を鳴らしている。ほんとにな。俺、今までイケメンを顔で判断して、女に不自由ないとか勝手に妄想してたけど……んなわけないよな。顔がイケているだけで俺と同じ、ただの男の子だもんなヨウも。
できることならヨウの恋が実って欲しいとか思うけど、こればっかりは当人たちの問題。過去の二人を知らないから、何も言えないし、口出しも出来ない。
ただ一つ言えることがある。
それは俺はどんな時でもヨウの味方で友達だってこと。時に友達だからこそ、相手の嫌な面を指摘しなきゃいけないこともあるけど、俺はヨウの友達。ヨウに気兼ねなく迷惑掛けられる存在でありたいよ。
さてと無駄話も此処まで。
長いながい上り坂に差し掛かったから、俺はちょい気合を入れてペダルを漕がないといけない。この坂は前にも上ったけど……つらっ! ヒト二人分の体重がなんともかんとも……うをっ?! いきなりペダルが軽くなった。スイスイと漕げるんだけど。
振り返れば、ヨウが下りてチャリを押してくれている。珍しい光景だ。
「あっれ、そんなことしてくれちゃったら……“足”の立場なくね?」
「ま、いいだろ。たーまには俺も“足”になんねぇとな。ここでバテたら喧嘩の時、すーぐ伸びるぜ? 舎弟くん」
ニッと俺に笑い掛ける舎兄。
こんな時に気遣ってくれるなよなぁ、これから大変な目に遭うってのに……友愛を感じちまうだろーよ。
「アーニキの優しさにほっれそう」
「俺に惚れる前にペダルを漕いでくれよ」
決戦前にこんな馬鹿げたやり取り、心が和んだ。
ペダルを漕いでヨウと坂を上る俺はてっぺんに到着すると、ヨウに後ろに乗るよう指示。小さく見える坂の終尾を指差して、「みんなじゃね?」集団を確認。「ホントだ」颯爽と後ろに乗るヨウは集団を仲間だと確認して満面の笑顔を浮かべた。向こうに気付くよう、大きく手を振っている。
尻目に俺はアスファルトを蹴って坂を一気に下った。ふわっと真っ向から吹いてくる風が気持ちいい。決戦目前なのに風のおかげでちょいとささくれ立った気持ちが落ち着く。風圧に軽く目を細めつつ、俺はハンドルを握り締めてヨウと共に皆の下へ。
坂の終尾で落ち合った俺等は皆と足並み揃えて(と言っても俺等チャリだけど)、目的地に向かった。
緊張感漂う雰囲気は川岸の廃工場が現れてからのこと。
そびえ立つ閑寂な廃工場を視界に入れるまでは、各々他愛もない話で盛り上がっていた。緊張し過ぎて気疲れするよりかは、こうやって緊張解しをした方が精神をすり減らさずに済むしな。さすがに廃工場が現れると皆、表情を硬くしたけど。
「抜かるな」ヨウは廃工場に入る際、皆に忠告。太い鎖で封鎖されていたであろう痕跡を残している出入り口を横切って、出入り口付近に転がっている錆びれた鎖を踏んで、工場の敷地へ。
日賀野達は果たして俺の読み通り、この廃工場にいるかどうか。これで外れてたら見当違いもイイトコロだけど……些か不安を噛み締めながら廃工場内に揃って入る。
――嗚呼、どうやら俺は格好悪い人間に成り下がらずに済んだらしい。ポンピン、ビンゴ、どんぴしゃ。
満目に飛び込んできたのは古びたドラム缶の山。角材らしき素材や鉄筋らしき素材が無造作に転がっている。
前回は気付かなかったけど、この廃工場は二階・三階があるようだ。メッキ剥がれた内階段が俺達を見据えるように顔を出している。
俺達の登場を待ってくれていたのか、それともお早い到着に驚いてくれているのか、ドラム缶の山辺りで休息を取っている向こうチームが各々反応をしてくれた。「もう来たぁ」あんまり喧嘩に積極的じゃないアズミがやーれやれとばかりに肩を竦めているし、「「暇だった」」紅白饅頭双子不良が両手の関節を鳴らしている。
ドラム缶に腰掛けていた向こうの頭は、俺達を見るや否やそこから飛び下りてニヤリ。
「お揃いで来たか。小細工は通用しなかったってことか。成長したみてぇだな、荒川。昔なら出来事に動揺、頭に血がのぼったまま無鉄砲に俺等を探してただろうに」
「ッハ、俺等の行動を読んでたくせに何を今更な。テメェのこった。こっちの面子の能力は把握済みだろ」
「ご名答。やっぱ成長したみたいだな、単細胞のクセに」
一々ヨウの神経を逆立てる日賀野。
少し前のヨウだったら、すぐにカッチーンきて突っ掛かってただろうけど、今は綺麗に受け流して「お褒めの言葉どーも」相手の様子を窺っている。向こうチームの面子は全員揃っているみたいだな。こっちはハジメが欠けているけど……そういえば古渡の姿が見えない。
ということは古渡は向こうチームにとって間接的な協定チームの仲間ってことか?
「あっれー? ハジメがいないみたいだけど、ヤマト」
能天気な声音を出して、目を凝らしてくるのはホシ。
はあ? お前っ……そりゃそっちのお得意心理作戦か? もー引っ掛からないぜ!
だけど日賀野はこっちの策士ハジメがいないことに軽く眉根を寄せてるみたいだった。元々ハジメは中学時代の因縁に関わっている。日賀野はハジメの機転の高さを買っているみたいで、「全員じゃねえってか……?」まるで警戒心を募らせるように俺等を見据えてきた。
建前なのか、本心なのか分からないけど、こっちが答えてやる義理はない。答える前に「ざけるな!」ヨウが大喝破。こめかみに青筋を立て、盛大に舌を鳴らした。
「よくもハジメを……古渡って女は何処だ?」
「はあ? 何の話だ。そっちこそ、よくも仲間を傷付けてくれやがったな。この礼、たっぷり返すぞ。だいったいこの発端はテメェ等のちょっかいからだしな」
一変、日賀野は険しい顔を作って鼻を鳴らした。ヨウは眉根をグイッと持ち上げる。
「はああ? そりゃこっちの台詞だ。中学の頃、テメェ等から吹っ掛けてきただろうが。俺等に過度なちょっかいを。お分かり?」
「フンッ。俺はゲーム好きだが、中学から続いている今回のことはテメェ等に原因があるんだろうが。元凶は貴様等だ」
「あーあーあー。むっかしからそうだが、テメェと話してると会話にすらなんねぇ。意味不明」
「へーへーへー。まったくもってそれには同感だ。貴様と話すだけ時間の無駄だっつーの」
青い火花を散らす両者、一触即発とはまさに今の雰囲気を指すんだと思う。
「仲良くすればいいのに」向こうチームのアズミはとことん乗り気じゃなさそう。なんで喧嘩するんだかと唇を尖らせている。そりゃ俺だって同意見だよ。喧嘩せずに仲良くしてくれたら、健太とだって対立せずに済んだんだから。
でも、そんなの無理だろ。このピリピリした雰囲気じゃ。
「あーもうっ。焦れ焦れにすんのやーめてくんない? 僕ちゃーん、待ちくたびれたっぴ。ねえ? アキラちゃーん」
「同感じゃいじゃいじゃい! おっさき、失礼!」
血の気の多いワタルさんと魚住が駆け出した。
まさしくそれが合図、最終決戦の引き金になったのは言うまででもなく。
「行くぞ!」これで終わらせるとヨウは俺等に、「散れ!」これから小細工ナシに叩き潰すと日賀野は仲間に各々指示して自分達も駆け出す。親玉は親玉同士で決着をつけるべきだろ分かっているのか、各リーダーは一目散に階段を駆けて相手の出方を窺っていた。
ワタルさんは魚住ともうドンパチしている。他の皆は……。
「食べ物を粗末にした……お前は許さない」
「ククッ……まだ言っている……食い意地張った怒れた男」
副頭は副頭同士で、食べ物の恨みは怖い。
シズがまーだロールケーキのことで怒ってらぁ。斎藤はそれに笑っているし。
「こんのぶりっ子カマ猫……決着つける時がきたみたいだな!」
「吠えないでよ犬。今日の僕はあんま、本気出せないんで宜しく。あーモト如き、本気を出すまでも無いけど」
モトはホシ、相変わらず犬猿の仲っぽい。俺から見たらお互いに犬、猫っぽいけどな!
「ゴラァアアアア! イカババカイ! 俺と勝負しやがれぇえええ!」
「望むところだあぁああ! ターコ! ケッチョンケッチョンのギッタンギッタンにしてやる!」
「ンだとゴラァアアア! こっちはメッタンメッタンのギッチョンギッチョンだ!」
「パクるんじゃねえ阿呆ぉおおお!」
うるせぇお前等。イカタコ合戦うるせぇ。
イカバとタコ沢が吠えまくりながら激突している。
どーでもいいけどいっちゃん煩い面子だな。あいつ等、気質が似ているのか喧嘩が一々暑苦しい。
キヨタは紅白饅頭双子不良とやり合ってるみたいだし、響子さんは帆奈美さんと既に口論中。「いけ好かない男」「だっれが男だって?」「響子」「おーおー言ってくれるじゃねえか」……口喧嘩も……まあ、喧嘩だろ。
「ちょーっと待ちなさいよ! 古渡って胸だけデカイアホ女は何処! ちょっとアンタ! ハジメの仇―――ッ!」
「うぇえええ?! アズミ、カンケーないもん! 来ないでよ!」
「ま……待ってぇ。弥生ちゃん。お、置いて行かないで」
なんだか可愛らしい追いかけっこをしているのは喧嘩できないであろう女子組。
ゲーム機片手に弥生から逃げ回っているアズミは「たっくん助けて!」画面に向かって救助要請。いやいや、アズミさんよ、あんたそれ、乙女ゲーだろ? ってことはたっくんって……ゲームキャラだろ? 絶対に助けられないからな!
二人の後を追うココロは、どうすればいいか分からず取り敢えず、弥生を追い駆けているみたい。うん、怪我しない程度に頑張ってくれよ。女子組。今のところ怪我はなさそうだけど。
さてと、各々どんぱちしてる最中、俺はというと倉庫内でチャリを漕いでいた。
別に有意義にチャリを漕いでるわけじゃなく、このチャリは借り物だから何処に置こうかと探している真っ最中。いや置く時間が無かったんだから仕方がない! チャリは俺の最大の相棒だけど、今は邪魔だな!
それに……みんなのお相手が決まっているんだ。必然的に俺も決まるだろ。
「ケイ!」
チャリに乗ってる俺を追い駆けてきたのは健太。来たな元ジミニャーノ!
だけど、ちょい、ちょいタンマ! チャリくらい置かせてくれ! これは利二のチャリなんだから極力綺麗に返したいわけだ! 俺はフルスピードでチャリを漕いで大きく旋回。十二分に健太と距離をあけたことを確認して、俺は急いでチャリから下りると階段付近の壁際に立てかけた。鍵を掛ける暇は無い。
チャリを放置すると、俺は階段を一気に駆け上る。分厚い鉄板でできている二階の床は大きな衝撃が加わっても大丈夫そうだ。二階にもドラム缶の山が積んであるみたいだし。ふーっと息を吐いて、俺は階段を上ってくる健太を待ち構える。
カツンカツン、足音を鳴らして二階に上がってきた健太は俺の姿を捉えるや否やシニカルに笑みを浮かべてきた。
「チャリ、置いていいのか? お前の武器だろ?」
「るっせぇ。俺ってヤサシーから敢えて武器は捨てたんだよ」
「それが命取りになるぜ? ……よくもアキラさんとホシを……仇は取らせてもらうからな」
「は? 何の話だよ。大体仇ってのはこっちの台詞だっつーの。ハジメをよくも」
対峙する俺等は怒気を含ませながら睨みを飛び交わせる。
だけど脳裏の片隅に蘇るのは中学時代の思い出。楽しかったアノ頃、一緒に日々を過ごしたアノ頃、そして普通の出逢いをしたアノ瞬間、俺達は確かにお互いを認めて、
「ケイっ、おれはお前等を許さないっ。仲間にした仕打ちっ、償ってもらうからな!」
田山田とか山田山とか馬鹿を言って、
「健太っ……今の台詞。そっくりそのまま返す!」
笑い合っていた筈なんだ――。
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