15.続・イケメンはつらいよ、アニキの恋愛相談室
夕食後。
ヨウは風呂へ。俺はヨウの寝巻きを用意した後、自室に入って寝床の準備をしていた。簡単な作業だからあっという間に終わる。暇だ。手持ち無沙汰になった俺は買い置きの充電器の封を切って乾電池を入れると居間に戻り、放置されていたヨウの携帯を充電してやることにした。
そういえばヨウの奴、財布も持たず、携帯だけ持って飛び出したと言っていたけれど……ンー、明日も学校だぞ。あいつ、鞄はどうするんだ? 取りに帰ることも無理なんじゃね? 雰囲気的に。どーするんだろう?
ヨウの携帯を持って、自室に戻った俺は机にそれを置いてベッドに腰を掛ける。
さほどスプリングが利いていないベッドに寝転がり、無心に天井を見つめることにした。あることについて考えれば考えるほど、思考が底なし沼にハマってしまう錯覚に陥る。つまり、いつまで経っても答えの出ないことでぐるぐるしてしまうんだ。
(もしもの未来、か)
暫くそうしていると、襖の引く音が聞こえた。
俺のジャージを着こなしたお湯も滴るイケメン不良くんが部屋に入って来たようだ。一瞥すると本当にカッコイイのなんのって……存在が嫌味だ。普段も当たり前のようにカッコ良くて、こうやって髪が濡れていてもカッコイイとかどんな嫌味だよ。お前。
「ケイ。これおばちゃんが一緒に食えって」
ヨウの手にはソーダ味らしき水色ボディのアイスが二本握られている。
体を起こした俺はアイスを受け取る。その際、携帯のことを報告。鞄のことも聞いた。携帯のことに対しては「サンキュ」、鞄に関しては「明日こっそり取りに行く」、だそうな。
今日の明日だ。
出来ることなら帰りたくないけど、鞄も持たず登校することはさすがに不味い。親が出勤した後に取りに行くと俺に教えてくれた。口とは裏腹に、行き辛そうな顔を作っていたから、「ヨウの部屋を見てみたいなぁ」遠回し遠回しについて行きたいですアピール。一人より二人、人数が多くなると気持ちも強くなる気がするだろう?
ヨウはちょっとだけ意外そうな顔を作っていたけど、「来いよ」片親がいたらすぐに出て行くつもりだけどな。条件付で許可をくれた。
「けどケイの部屋みたいに面白いもんはなーんもねぇぜ。物が少ないんだ」
ベッドを背凭れ代わりに、ヨウは敷布団の上に腰を下ろしてアイスを齧る。
俺もベッドの上でアイスを齧って、「実は隠してあったりして」現役男子高生らしい質問をぶつけてみる。ナニを? なんて野暮な質問はナシな方向で! 察してくれ!
だけどヨウの奴、オブラートもヘッタクレもなく「エロ本もAVもねぇよ。親煩ぇし」女子がいたら確実に減点対象だぞ。お前。オブラートに包めって、おばか。吹っ掛けた俺も大概でおばかだけどさ!
「そういう系はワタルの家で何回か見せてもらったことあったな。あいつの持っているのはスゲーぞ」
「……なんか、ワタルさんの部屋、恐ろしいと思った俺がいるんだけど」
あの人、マニアックそう……性格が性格だしな。
喧嘩の姿とか目の当たりにしてみ? そりゃーもう、喧嘩のワタルさんの攻撃はえぐいっつーか、恐ろしいっつーか、ドドドドドSつーか。うぇ……思い出しただけでも背筋に寒気が……いや悪寒が。
アイスの中からバニラが顔を出し始める。
二つの味を楽しみながら俺はヨウに、「どうして不良になろうと思ったんだ?」大したこともない質問をぶつけた。どうしてこんな今更感ありありの質問をしたかったのか、一応ハジメから理由は聞いているのに。
きっとヨウの口から教えてもらいたかったんだと思う。話題が他に見つからなかったというのもあるんだけどさ。
「きっかけは親だ」
ヨウは躊躇なく返答する。
親が気に食わなかった反抗心が身形に出たんだと。
特別な理由も何もない。なーんてことのない小さな理由だったと語り部は神妙な顔を作る。そんなもんだよな、不良になる契機って。
「ケイはさ、ヤマトの舎弟になりてぇって思ったことはなかったか?」
今度は俺が質問される側になった。しかも幾分と重たくストレートな質問だ。
けれどヨウ自身に悪意はなく、きっと純粋に知りたいと思ったことなのだろう。なら、俺も純粋に答えてやるまでだ。
「“ならなきゃいけない”と思ったことはある。でも“なりたい”と思ったことはない」
いつぞかの事件を思い出し、軽く目を伏せる。
利二を人質に取られたあの瞬間、俺はあいつを失いたくない一心で“ならなきゃいけない”と思った。なれば、利二を傷付けることも、失うこともない、そう強く信じたから。
でも、利二に止められた行為と脳裏に過ぎったヨウの仲間に対する思いのせいで俺はフルボッコの道を選択せざるを得なかった。
「どうせならヤラれるなら、まがいものでも荒川の舎弟としてヤラれたいと思った……俺は今も利二の勇気と自分の選択に誇りを持っているよ」
おかげでお前と対立することもなかった。
これで良かったのだと俺は自分に言い聞かせる。例え、健太の存在が心に翳を落としても、俺はこれで良かったのだと信じたい。
「俺がもしも別の道を取っていたら、どーなっていたんだろうなヨウ」
間を置いてヨウは肩を竦めた。
「さあな。そういう未来があったかもしれねぇって想像はついても、関係については何とも言えねぇよ」
ほんとにな、俺も想像つかねぇや。
ヨウを裏切って日賀野の舎弟になって、最悪対立しちまうなんて。今の関係が当たり前だって思っているからこそ、対立する光景なんて目にも浮かばない。浅倉さん達みたいな関係になったかもしれないなんて……今更想像もつかないや。
だからこそ利二に感謝だな。あいつが止めてくれなかった俺は、負い目を感じながらもヨウを裏切っていた。確実に。
「対立していたかな?」「かもな」会話に一区切り、「ヨウにフルボッコされてたかもな」「……かもな」会話に一区切り、「ヨウは浅倉さんみたいに別の舎弟作っていたか?」「さあな」会話に一区切り。
淡々と脈のない会話を交わしてく俺等だったけど、結局俺等の会話は全部『かもな話』『もしも話』で終わる。
幸か不幸か。俺等はこうして未来を掴んでいる。行き当たりばったりで不確かな舎兄弟関係から、お互いに最後まで信じていこうと確かな舎兄弟関係に、俺等はなっちまったんだ。これが今の俺等。手探りで未来を歩いている俺等の現実。
「ヨウ、これってさ。話すだけ無駄な話かもな。俺等、結局は舎兄弟のまんまなんだから。これが今の俺等なんじゃないか?」
思わず漏れる笑声と共に、俺は自分の考えを口にする。
すると向こうも力なく一笑を零す。
「それもそうだ。ちと浅倉達の心情に手前に重ねたみてぇだな俺等。あーあーあ゛ー……どーしたって今が変わるわけじゃねえのにな。馬鹿みてぇだ」
ヨウはソーダアイスを完食すると、棒を銜えたまま移動。俺の隣、つまりはベッドに腰掛けてくる。
浮き沈みするベッドはギシギシと軽く悲鳴を上げた。組んだ足に肘を置いて頬杖つくヨウは、「これが今の俺等だよな」俺に確認の意味を込めて問い掛けてくる。首を縦に振った。
「これが俺達の未来で今だ。こうなったからにはとことんやれるところまで……だろ、兄貴?」
したり顔を作る俺に、ヨウは軽くふき出す。
「ははっ、分かっているじゃねえか。ブラザー」
結論、あーだこーだウダウダウダウダ考えても一緒。だから、今の現実で俺等は精一杯頑張っていこう。
別の未来があったとしても、それは別の俺等が奔走していただろう。今、俺達が集中しないといけないのは、目前の現実だよ現実。こっちはこっちで色んな問題ある。頑張っていきまっしょい心でいかないと、なあ?
「『エリア戦争』に勝たないとな。これが俺等にとって巻き返しのチャンスにもなるから」
「ああ。知名度を上げるつもりはねぇけど、向こうをビビらすくれぇのことはしねぇとな。振り返ってみれば……こっちは散々ヤられている。何事も攻めだな攻め。『攻撃は最大の防御』ってヤツだ」
はは、ヨウの口から『攻撃は最大の防御』が出るなんてな。不良のクセに難しい言葉知ってるジャン!
「ケイ。テメェも攻め込んでいかねぇとココロのこと、ゲットできねぇぞ?」
にやっ。
意地の悪い笑みを向けてくるイケメン舎兄に俺は唖然。
直後、盛大に硬直して赤面。「ななな何言っているんだよ!」溶け始めているソーダを全部口に押し込んで、俺はシャリシャリごっくん。まんまアイスを丸呑みした。アイタタタッ、冷たさのあまり頭がっ、ついでに口内と食道が凍死しそうっ! つめたっ!
頭の痛みと冷たさと動揺で身悶えしている俺に、「認めりゃいいのにな」ヨウがおどけ口調で茶化してくる。
ああくそっ、こういう恋愛系話に対して免疫がないんだよな俺。顔が熱いのなんのってっ、勘弁してくれよ! 俺の反応をすこぶる面白がってくれる性悪の舎兄は、にやにやしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「ココロのことが好きなんだろ?」
分かりきった質問にしかめっ面を作ってしまう。
素直じゃない天邪鬼はこう返事した。「嫌いではない」と。
「そうじゃねえだろう」ヨウは容赦なく俺の偽りを取っ払ってくる。今は俺しかいねぇと肩を竦め、本音を聞かせろと真っ直ぐ見据えてきた。言えるわけがない。“お前”だからこそ、言えるわけがないんだ。
「意識しているくせに」
なのに、お前がそうやって俺の心を見透かそうとする。厄介な不良だ。
銜えていたアイスの棒の先端を噛み締め、「意識はしているよ」結局、白状せざるを得なくなる。俺って下手に隠し事はできないタチみたいだ。
「なら」「ヨウ」告白してしまえと言わんばかりの面持ちを作っている舎兄に淡く笑いを送る。かぶりを振って、「困らせるだけだよ」自分の抱く感情を根っこから否定した。
「言っただろう? ココロには別に好きな人がいるって」
するとヨウがあきれ返った。
「お前って超絶めんどくせぇ」悪態をついてくる舎兄の心は見えてこないけれど、物言いたげな顔を浮かべているのは確かだ。八つ当たりをするように肩を叩き、肘で脇腹を小突いてくる。
「攻めてみろって。振り向くかもしれねぇぞ?」
「ココロの好きな奴と俺じゃあ、勝負が見え見え。絶対に勝てねぇよ」
あっちはイケメンプラス、超仲間想いでチームリーダーだぞ。ちょい周りが見えなくなるのが短所だけど、イイトコ尽くし。俺じゃあ勝てねぇって絶対に。
心中で毒づく俺に、「言葉にしてみねぇと分からないこともある」恋愛の先輩であり、ある意味俺の好敵手であるヨウはそう言ってアドバイスしてくる。
「言葉ってのは大事だと思う。俺と帆奈美は言葉足らずで終わったんだ。あの頃に戻れたら、伝えたい言葉がたくさんある」
「……ヨウ、もしかして帆奈美さんのこと」
初めて聞くヨウ自身の恋愛話。
瞠目する俺に対し、ヨウは苦笑いを浮かべてまた場所を移動。俺の背中に寄り掛かってきた。
「あいつとはセフレで、今じゃヤマトのセフレになっている帆奈美のことを俺は多分、誰より好きだった。傍にいて一番居心地の良かったオンナで、抱いたことがある女も最初で最後、帆奈美だけだった。
だから正直ヤマトのセフレになったって聞いた時は、ちょいショックを受けた俺がいた……いっちゃん嫌いなオンナでもあるんだけどな、帆奈美は」
ヨウが苦い顔を作る。
「でも、たった今、好きって」
「好きだけど嫌いなんだよ。敵対してるからかもしんねぇ。あいつと顔を合わせれば嫌悪感が胸を占めるし、でもあいつのことを思い出すと好意が胸を占める。メンドーだけどどっちの感情にも染まる。思い返せば、帆奈美にちゃんと言葉にしてやれなかったなぁ、気持ち伝えたことあったかなぁって後悔もある。ケイ、テメェは俺と違ってまだ言葉にできるチャンスがあんだぞ。
どんな結果が待っていようと気持ちを伝えてみりゃいいじゃねえか。そのチャンスがあるだけでも俺は羨ましいぜ。俺にはもう、そんなチャンスさえ巡ってこねぇんだから」
玉砕したら慰めてやるって。
イケメンくんの恋話と励ましに、静聴していた俺は黙ったまま後ろに凭れ掛かった。向こうには舎兄の背中があるから、それに寄り掛かる形になる。気持ちを伝える、か。
でも、もしも俺がココロに気持ちを伝えたら、あいつ困らないか? ココロ、ヨウのことが、ヨウのことが……………。
ははっ、情けないことに悔しい俺がいるのも確か。ヨウに嫉妬しているのも確か。何もしないで尻込みしている自分に呆れているのも確か。
気持ちくらい伝えればいいじゃん、そう心中の俺が叱咤している。今までの俺だったら思わなかった気持ち。好きな奴ができても、意識はしていても、結局は何もしないで終わる。それが今までの“俺”だったのに。ヨウが俺を舎弟にしてくれたおかげさまで、今までになかった俺が芽生えている。彼女に対する気持ちがちょいと変わり始めているじゃんかよ。
くっそう全部ヨウのせいだぞ、バーカ。失恋が目に見えているのに、超無謀なことを考える俺がいるじゃんかよ……失友の次は失恋かよ、おい。
「ヨウ、ダメだったら俺に慰めのラーメンを奢ってくれよ。そのうち頑張ってみるからさ」
「おいおい、そのうちって何だよ。でも、いいぜ、そんくらい何だってしてやる。舎弟を慰めるのも舎兄の役目だろうしな」
「アニキィ惚れるー」
「俺に惚れる前に、まずは行動してくれよ。ブラザー」
でも、ま、幾分、舎兄の励ましが効いたみたいだ。
ちょっとだけ考えてみるかな。『エリア戦争』が終わったら考えてみるかなぁ、告白ってヤツ。ンー、まだ尻込みする俺がいるけど……取り敢えず……今は『エリア戦争』だ。
俺は自分で選んだ舎兄と、そのチームメート、そして浅倉さん達と共に『エリア戦争』に挑む。これが今の俺の現実なんだから、未来の俺のために一丁男を見せないとな。『エリア戦争』が本格化する数日前の俺の心境だった。
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