10.過度な教育よりフリーダム、少年よ大志を抱け!


 浅倉さん達が帰った後、俺達は協定を結ぶかどうかで話し合った。 

 協定を結べば俺等にとって好都合かもしれない。けれど、相手は弱小チーム。協定を結んでもメリットは少ない。寧ろ、デメリットばっかりだ。『廃墟の住処』を争い、エリア戦争に関わっているチームなものだから、俺達にとってお荷物になるかもしれない。

 リーダーのヨウや副リーダーのシズは俺等のことを考えてくれているのか、どちらかと言えばお断りをしたいという面を作っている。協定を結ぶなら、もっと実力のあるチームの方が自分達のためにもなる。日賀野にも対抗できる。そうリーダー達は考えているんだろうな。


 だけど煮え切らない顔を作るのはヨウ。

 どうやら浅倉さんと共鳴しているようだ。うんぬん悩んでは、溜息をついている。浅倉さんの性格は聞く限り、ヨウと共通点が多いようだ。片隅で手を貸したいという気持ちを抱いているんだろう。

 けど私情で動けるほど、自分の立場も軽くない。ヨウはヨウなりに慎重になっているようだ。「どう思う?」皆に意見を聞きながら、物事を慎重に運ぼうとしている。


 どう思うも何も……なぁ……。


「別に組んでもいいんじゃね? うちはそう思っているけどな。孤立するよかは、誰かと組んでた方が利口だと思う」 


 スパスパと煙草を吸う響子さんは、ゆっくり紫煙を吐き出して肩を竦める。

 弱小チームでもそれなりにメリットはある。デメリットばかり見ていても始まらない、響子さんらしい意見だった。


「そうだねんころり。僕ちゃーん的には半々かなぁ。組んでメリットはあるけど、エリア戦争に加担するのはどうかと思うよんさま。こっちもポンポン喧嘩ができるほどのスタミナがあるわけじゃない。チームメートの内、四人は喧嘩ができないしねぇ」


 ワタルさんの意見に、喧嘩できません組は肩身を狭くした。

 喧嘩できなくてゴメンナサイ。だって今までヘイヘイボンボンに暮らしてきた平和主義者ですもの。喧嘩なんて無縁だったんですもの。あるとすれば、弟と小さな喧嘩ですもの。弟相手じゃ喧嘩スキルはあげられませんわ! ……暴力じゃなくて平和的解決を望んでいた俺だしな、喧嘩スキルがないのはしょうがない。


 軽く溜息をついているハジメだって俺と同じ平和主義者だったろうし、弥生やココロだって女の子だ。喧嘩ができないのはしょうがない。

 ただ……時々思うけど、響子さんはどうして喧嘩が強いんだろう。彼女だって女の子なのに、不良やふざけるワタルさんにパンチ、キック、ビンタ……最強だよな、響子さん。喧嘩慣れしているところがオッソロシイ。

 

 と、俺はぼんやりと思案に耽っているハジメに気付く。

 浮かない顔を作っているハジメに声を掛ければ、「なに?」パッと切り替わったように微笑を向けてくる――ハジメ、またその顔。


 俺は恍惚にハジメを見つめた。

 「何でもない」微苦笑を返しながらも、俺はハジメを流し目で見つめ続ける。気のせいならいいけれどハジメは出逢った頃から、どことなく自分の世界に浸る癖がある。浮かない顔、切迫した顔で自分の世界に浸る傾向がある。

 俺等には隠しているみたいだけど、でも、皆にはモロバレだ。本人だけがそのことに気付いていない。以前、ハジメは『不良の落ちこぼれは辛い』と語っていた。不良の落ちこぼれ、それは多分、自分を指しているんだと思う。ハジメの奴、日賀野にやられたことを酷く気にしていたみたいだったし。

 同じ喧嘩ができない者同士だ。俺はどうしてもハジメの心情が気になった。 


 結論の出ない話し合いを終えた俺は、こっそりと倉庫から出て行くハジメの姿を見つけて後を追った。

 シルバーに染まった髪を緩やかな微風に靡かせているハジメは、倉庫をぐるっと囲うように設置されている金網フェンスに寄り掛かって空を仰いでいる。外の空気を吸いたかったみたいだ。何かを吐き出すように、大きく深呼吸している。

 だけど表情は浮かないままだ。折角、空は晴天なのに、表情が曇天模様なんて……な。


 今日は特別暗いぞ、ハジメ。



「ハージメ、悩みでもあるのか?」



 努めて明るくハジメに声を掛け、隣に並んだ。

 金網フェンスに寄り掛かると、二人分の重みでギシッとフェンスが悲鳴を上げる。びっくらこいているのはハジメ。俺の登場と質問に驚いているようで、なんでそう思うのか、と率直に尋ねてくる。「ハジメって顔に出やすいからな」俺はおどけ口調で笑った。


「悩んでますって顔に書いてある。恋の悩みか? だったらドチクショウって言ってやるぞ。リア充なんてドチクショウだって言ってやるからな!」 


 相手は怖い不良。だけどいつもの調子で言ってやる。

 するとハジメは一笑を零した。何を言っているんだとばかりに口角を緩めて、わざと俺から目を逸らす。


「それはケイだろ? チームメートのどっかの誰かさんに恋煩いを抱いているだろ?」


「いやぁ見抜かれた? 実はそうな……わけないだろ! なに言ってくれるんだよ!」


 返り討ちにあって俺は赤面してしまう。

 「ケイって顔に出やすいな」まんま人の口調を真似してからかってくるハジメに、ちぇっと舌を鳴らした。なんで俺が恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだよ。俺、何かしたか?

 人をからかうハジメは濁りのない笑みを絶え間なく作っている。曇り顔なんてどこにも見当たらない。

 基本的に皆と一緒にいる時は晴れ顔なんだ、ハジメって。心配させないようにしているのか、それとも純粋に悩む姿を見られたくないのか、会話している時のハジメは元気そのもの。

 

 だけどひとりで物思いに耽り始めると晴れ顔が一変、淀んだ曇り顔になる。

 俺は幾度もハジメの切迫した顔を目にしてきた。今まではそっとしておいた方がいいのかなぁ、と放っておいたけど、ある程度放置しても状況が変わらないなら歩み寄るのも大切だ。ん、男、田山圭太、やるときゃあやります。ハジメも不良さんだから俺の恐い対象だけど、友達としてやってやるよ!

 「前にさ」俺は笑声を漏らしているハジメに、小声で話を切り出す。


「不良の落ちこぼれだって口走っていただろ? だから……もしかして“不良の何か”で悩んでいるんじゃないかと思ったんだけど」


 まどろっこしい言い方をしてもはぐらかされそうだから、俺はストレートに質問することにした。

 相手の笑声が苦笑い混じりになる。「そうだね……」曖昧に返答するハジメは俺に隠すこともなく、否定することもなく、問い掛けを肯定した。隠しても無駄だと分かっていたのかもしれない。ハジメは状況判断に長けているから。


「価値を見出せないことが苦しいんだろうね」


 なにより喧嘩ができないことにつらさを覚える、ハジメは笑みを消して苦言する。

 だったら俺もできないんだけど、俺は即答した。なんたって日賀野にフルボッコされた哀れな地味男子高生だからな!

 ちなみに情けなくフルボッコされたのは俺だと思う! だってハジメのフルボッコの場合はどっちかっていうとリンチだろ? 複数で袋叩きに遭ったんだから。しかも弥生を守っていたんだから、カッコイイやられ方じゃないかよ。


 一方の俺は……フッ、日賀野大和ひとりにフルボッコなんだぜ。

 女の子を守るなんてことは一抹もなかったんだぜ。敢えて言うなら守った相手は利二かもしれないけど、あいつとはその後に大喧嘩だったもんなぁ。なさけないやられ方をしたよ。思い出しただけで、俺は身震いだ。


「なあハジメ、喧嘩ができなくて悩んでいるなら気にしなくてもいいと思うけどな。俺だってできないし」

 

「それでもケイはヨウの舎弟としてやってきたじゃないか。僕は君を敬いたいよ。僕と大違いだ」


 ハジメ軽く目を伏せて、ふわっとそよぐ風を感じている。

 不良がそよ風を感じる。それはしごく絵になる光景だけど、モデルのハジメが儚く脆く見えて仕方が無かった。


「……何がハジメをそんなに苦しめているんだ?」


 徐々にハジメの心の傷に触れていく俺は、いつも以上に慎重に話を進めようと努力する。詰問しちまったらハジメだって萎縮して、何も言わなくなると思うから。それに安易に話したくないことだってあると思う。だからやんわりと、あくまで友達として静かに問い掛ける。

 少しだけ口を閉ざすハジメだったけど、軽く一笑して下ろしていた瞼を持ち上げた。


「ケイ、少し昔話をしてもいいかな?」


「ん、付き合うよ」


 俺の返答にハジメは礼を言って、ポツリポツリと昔話を始めた。



「僕が不良になったのは中学時代。中1の夏休みに不良になろうと決めた。夏休み入る直前にヨウと出逢った。

 それまでの僕はケイのようなタイプ。とても地味で大人しかったんだ。ま、今でこそこんなナリだけど、これでも小学校低学年から塾に通わされていた優等生くんでね。塾クラスでは常に首位争いに参戦していた。僕の両親はどちらとも弁護士でさ、子供の頃から“弁護士になれ”と言い聞かされて育ったんだ。自分達がエリートだから、子にもエリート道に進ませたかったのかもしれないね。

 純粋だった子供の頃は、親に従って学校終了後、塾に道草食わず向かっていたよ。言うことを聞くこと、期待に応えることで、両親は喜んでくれるんだって思ってたし。


 だけど歳を重ねるにつれて、僕はその生活が窮屈になった。 

 同級生は放課後になると友達と自由奔放に遊べるのに、なんで僕はまだ勉強しているんだろう。将来のためだと親は言うけれど、それは自分達の勝手な言い分。僕の自由を奪ってまで将来のためだなんて、それは本当に僕自身のためなのだろうか?

 僕だって遊びたいし自由にしたい、その言い分は親の前じゃ通らなかった。

 今のうちに他の子と差別化しておけば後が楽になる……とか言われ続けた僕は、ついに親へ反発の念を抱くようになった。これが俗に言う反抗期、かな。小六の冬だった。


 反抗期を迎えた僕は私立中学の入試に失敗した。

 正しくは失敗するよう僕が殆ど白紙で出したんだ。親には体調不良だったとか言い訳を付けてね。

 こうして僕は市立中学に入学したんだけど……相変わらずの日々だった。塾漬けの日々。ウンザリだったけれど、臆病な僕は親に面と向かって反抗する勇気はなかった。

 ああ、でも態度では反抗を示していたよ。勝手に髪の色を茶に染めたりとかしてね。それだけで親は血相変えて、凄く楽しかった思い出がある。親に逆らう楽しさを覚えたんだ。今までいい子ぶってた反動かもしれない。ただそれ以上のことはできなかった。根はチキンなんだろうね。


 そんなある日、僕はたまたま同じクラスだったヨウと話す機会を掴んだ。

 というのも、ヨウの数英の出来の悪さに、担任が僕に勉強を教えてやれと命令してきたんだ。


 既に不良だったヨウに対し、僕は優等生くん馬は合わないだろうなっと思っていた。中身地味優等生でも、表向きは茶髪に染めているから、ある程度はどうにかなるだろうと思っていたけれど不良と馬が合うとは考えられなかった。

 素行の悪いヨウのことだから僕との勉強をすっぽかすだろう、なんて軽く見ていた。それを理由に僕も早々帰宅を目論んでいたっけ。

 ところがどっこい、ヨウはちゃんと勉強会に出席してきたんだ。あいつ義理がたいだろ? 勉強を看てくれる僕に気を遣って、ちゃんと出席してきたんだ。不良なのに。


 こうしてヨウと話す機会を設けることができた僕は、かったるいと愚痴を零すヨウに勉強を教えていた。

 けれど、次第に勉強に飽きたヨウが世間話を振ってくる。それに乗ってしまった僕は勉強そっちのけで彼と大いに盛り上がった。中でも身内に対する愚痴大会は祭囃子のように盛り上がったよ。


 僕とヨウは意外な共通点があった。

 それはお互いがお互いに親へ不満を抱いていること。当時、“ただの金髪”に染めていたヨウは、親をビビらせるために髪をキンパにしてやったんだと得意げに話してきた。僕もそう、茶髪に染めたのは親をビビらせるためだと笑い話にした。

 すっかりヨウと意気投合した僕は、彼に今までの親の不満とか、塾漬けの日々とか、勉強の束縛に息苦しさを覚えるとか、思うが儘に吐露した。


 聞いてくれるだけで十分だったんだけど、「ハジメとは気が合うな。俺とつるまね?」ヨウは僕を仲間に誘ってくれた。親に対する反抗心に理解を示してくれた彼は、髪の色をもっとド派手にしてみればいい。そうしたら親はもっとビビるに違いない。そんな助言をしてくれた。

 乗った僕は今のシルバーに髪を染めたし、僕もヨウに「メッシュ入れたらイケるんじゃない?」と助言したから、ヨウは金髪に赤のメッシュを入れた。


 お互いに両親を困らせるための、ちょっとした反抗。

 ヨウのところは知らないけど、僕の両親は昇天しそうになっていたよ。不良とつるみ始めたと知るや否や、両親はすぐに関係を絶つように命令。勿論嫌だって反抗したし、塾にも通わなくなった。


 僕は親不孝者かもしれない。 

 けど子供にも言い分がある。両親は知らないだろうけど、僕は子供らしい時間を過ごせなかったことが悲しくて仕方が無かった。


 勉強ばかりで自由のなかった日々。

 両親は僕のためだと言い聞かせてくれたけど、結局のところはエリート道を進ませた息子を自慢したかっただけなんだ。

 子供の自由を根こそぎ奪うっていうのはある意味、心を失くすのと一緒だと、僕は思う。自分が好きでしているならまだしも、僕の場合強制だったから……このまま両親の言うことを聞いても、自分が本当の意味でダメになる。そんな気がした。

 仲間に誘ってくれたヨウには凄く感謝しているんだ。やっと親から解放され、自由になれた。皆と同じように心ある日々を過ごせる。ワタルや響子、シズにモト、沢山の仲間にも恵まれた。ケイにも出逢えた。仲間に誘ってくれたヨウには感謝している。だけど――」



 長い長い思い出話を口にしていたハジメは苦々しく、そして辛そうに笑顔を浮かべる。

 

「僕は時々思うんだ。此処にいても良いのかって」


 間髪容れず、俺はハジメに意見した。


「なんでだよ。喧嘩ができないからか? そんなのちっとも理由にならないって。それだったら俺だって此処にいても良いのか? イケてない地味っ子が不良チームにいても良いのか? そう悶え苦しんでいるって」


 ハジメはかぶりを左右に振った。

 喧嘩ができないだけじゃない、チームに何もできない自分がいる。それがとても不甲斐ない、と。


「僕は喧嘩のできないメンバーの中でも、何もチームにしてやれていない。グループだった頃からそうだ。ケイには長けた土地勘と自転車の腕。弥生には広範囲な情報網。ココロには皆を気遣える配慮。それによって皆、救われる面が多々ある。


 でも僕はどうだろう? グループに迷惑をかけてばかりだ。何もできやしない。なんて言うのか……劣等感ばかりが支配してくるんだ。チームを結成してからその思いの丈は強くなるばかりで。

 さっき浅倉が弱小の不良達ばかりが自分のチームにいると言っていたね。あれを聞きながら僕はこう思ったんだ。僕もまた、弱小不良に入るんだろうな。自分を卑下していた。僕は僕に自信が無いのかもしれない。塾に通っていた頃、僕は講師から「勉強のできない奴は落ちこぼれだ」と、よく言い聞かされていたんだけど、その言葉が恐怖になっていたんだ。まるでお前は社会のゴミだと言われているみたいだから。


 小さい頃から熱弁されていたら、当然それは呪詛の言葉にもなるよね。

 そして僕は今、不良のおちこぼれなんじゃないかと思わずにはいられない。ヨウも仲間達も、僕にとって大事な居場所だからこそ……ケイ、僕はただ単に喧嘩ができないから悩んでいるんじゃないんだ。仲間にもチームにも何もできない、自分の存在価値に疑念を抱いているんだ」



 一呼吸を置き、語り部は諦めたように目元を和らげた。  





「ケイ、僕はチームを抜けようかと考えているんだ。この頃よく考えている。お荷物と足手纏いにだけはなりたくないから」





 ハジメの言葉に俺は瞠目せざるを得ない。

 なあハジメ……お前はそんなにも悩んでいたのか? 独りでそんなにも悩んでいたのかよ。チームを抜けようと思い詰めるまで、苦悩していたのかよ。なら、どうしてそれを誰かに相談しないんだよ。俺もすぐに皆と一線引くから人のことは言えないけどさ、そんなにも苦しんでいるなら、ヨウ達に相談だってできただろ? お前は俺よりもヨウ達と付き合い長いじゃないか。

 呆気に取られていた俺だけど、「そんな理由じゃリーダーは許してくれないぞ」顔を顰めて吐き捨てた。


「俺だってさチャリがなかったら、何の取り得もなくなる奴になる。あ、習字が取り得としてあるけど……チャリがなくなったら喧嘩さえもできない地味平凡男だ。ハジメ、お前と同じになるんだ。だけどヨウにそれを言ってチームを抜けようとしても、あいつは許してくれない。馬鹿言うなって一蹴されるのがオチだ」


 ハジメだってそうだ。 

 今の理由をヨウに言ったところで、あいつは抜けるなんて許さない。理由にすら取ってくれないって。寧ろ、「ンなことで悩んでたのか?」そう言って呆れられちまうよ。笑われちまうよ。何で相談しないんだって不貞腐れちまうよ。


 どうしてだと思う? ヨウにとってハジメは大切な友達だからだ。

 ハジメが不良にやられていると知ったヨウは形振り構わず走り出したっけ。グループやチームに使える使えない以前に、ヨウにとってハジメは友達なんだ。

 ほら、ヨウって仲間大事にするだろ? 仲間の誰かが傷付くのは嫌なんだよ。


 本当はさ、ヨウの奴、喧嘩の強弱なんて関係ないんだと思っているんじゃないかな。

 ヨウは喧嘩できるできないで友達の判断しているわけじゃない。あいつは気の合う友達とワイワイしたいタイプなんだ。成り行きで今は、日賀野達と対立しているけど、本当は喧嘩よりも、仲間とどんちゃんする方が好きなタイプなんだ、ヨウって。


 ハジメはチームに何もできない? そんなことないって。

 お前は敵の出方を読んだり、敵の分析が上手いじゃないか。誰よりも作戦立てるのが上手いよ。ここ最近、シラミ潰しに不良チームを潰していたけど、それはハジメの作戦あってこそだぞ。しっかりと作戦を立ててくれたから俺達チームは無駄ない動きで相手を潰せたんだ。


「頼むからそんなに自分を卑下しないでくれよ。事情があるならまだしも、そんな理由でチームを抜けるんじゃ、俺もチームを抜けなきゃいけなくなるだろ。ヨウの舎弟もやめなきゃいけなくなるって。俺はヨウに地味不良だって認められているけど……反面、ハジメの言う不良の落ちこぼれというのにも当て嵌まる。だって喧嘩弱いし、チームのお荷物になりがちだし、寧ろ俺の方がイケてねぇから落ちこぼれっぽく見えるし。地味平凡悪いかコンチクショウだし。

 けどまあ、それでもどうにかやってきてるわけだしさ。これからもヨウを最後まで信じてついていこうと思う。俺達チームメートができることって、一番はリーダーを信じてついていくことなんだって思う。ヨウだって完璧じゃない。あいつを信じてやって陰から支えてやることでも立派にチームに尽くしているんだと思う」



「ケイ……」



「一応ヨウの舎弟だから言うよ。あいつを信じて、支えてやってくれってさ。ま、付き合いの浅い俺が言うのもおこがましいだろうけどさ。ハジメ、それでもまだ何か思うことあるなら、俺と一緒にヨウとシズに言ってみるか。『俺等、喧嘩弱いんで抜けちゃいます。ごめんちゃい』って。馬鹿と地獄を見るのは確実に俺等だけどな。一発かまされても文句は言えないぜ。アウチ、俺等、死亡フラグ!」


 おどけ口調で言う俺は、ハジメの両肩に手を置いて言ってやる。ハジメが抜けたら困る、と。

 俺の言葉じゃ物足りないのは分かっていても、言われないよりかはマシだと思うから……ハジメに言うんだ。チームに必要な存在だって。ハジメの言う、不良のおちこぼれは俺にだって当て嵌まるんだしさ。

 ハジメは目尻を下げて、「ありがとう」俺に礼を告げてきた。

 チームを抜けない。はっきりとは言わなかったけど、吐露したことでつっかえていた何かは取れたみたいだ。それだけで俺は十分だ。ハジメの表情が和らいだ、それだけで今は十分だ。そう思うのは、俺もまたハジメのことを友達だって思っているからだろうな。  


 と。


 次の瞬間、ハジメの頭に何かが飛んできて、コツンとイイ音がした。

 「アイタ」隣人が軽く右頭部を押さえた。何が飛んできたんだと首を傾げて、飛んできた物を拾う。俺も覗き込んで見る。うーんと……リップクリーム? ほのかに苺の香りがするらしい。野郎が持つもんじゃないよな。

 ということは、これを飛ばしてきたのは……。



「ハジメのバーカ!」



 ハジメにけたたましい罵声を浴びせてきたのは弥生だった。いつの間にいたんだ、弥生の奴。

 薄っすらと頬を紅潮してハジメにガンを飛ばすや否や、バーカを連呼。舌を出してくる始末。どうやら俺等の話を一部始終盗み聞きしていたらしい。何度もバーカと連呼、連呼、れんこ!


「そうやってウジウジと考えてチームを抜けると思うなら、私、ヨウにチクっちゃうからね! チクっちゃうんだからねー!」


「ちょ、弥生! それは勘弁っ、あぁあ待てったら弥生!」


 今の心情をリーダーにチクられるのはばつが悪い。

 ハジメは慌てて倉庫に向かって駆ける弥生の後を追った。

 「勘弁してくれよ」ハジメは弥生に追いつくと手首を掴んで、それだけはやめてくれと懇願。知らないとそっぽ向く弥生はフンと鼻を鳴らしてむくれている。「ハジメが撤回するまでチクりに行くもん」脹れる弥生に、「チクられるのだけはほんと勘弁」ハジメが必死に止めていた。


「ハジメはチームに必要なんだからね。馬鹿! 阿呆! うじ虫!」


「や……弥生。そんな大きな声で……うん、でもありがとう。少し自信を無くしていただけだから」


 馬鹿じゃないの、弥生はまた一つ悪態をつく。でも微かに毒気が消えている。

 ごめんごめん、ハジメは微笑を零した。そして礼を言っていた。ありがとう、と。


 ………。


 べっつにいいんだけどさ、なーんだ、この蚊帳の外。疎外感。向こうのイイムード。あぁああ、別に妬みじゃないぞ、ないんだぞ。

 でも……でも、なんか羨ましいような気がするというかなんというか。そういやハジメと弥生って、よく一緒にいるよな。もしかしてもしかするとあれか? あれなのか? 友達以上恋人未満の関係を築き上げているのか?

 フッ、それはそれで羨ましいぜ。俺は女の子とそんな関係すら築き上げたこともねぇやい! 勿論、男とはアッツーイ友情かましているけどさ! 女のことそういう友情は皆無! 女の子自体縁が無かった俺、残念過ぎる! ……自分で言うのも何だけど、むない。


 はぁーあ。溜息をつき力なく金網フェンスに凭れ掛かって、和気藹々と喧嘩もどきのやり取りをしている弥生とハジメを見守る。

 弥生はハジメと話している時が、一番生き生きとしているように見える。なんっつーか、女の子らしい可愛さが全面に出ている気がする。ハジメに対して口は悪いけど。ハジメも弥生と話す時は、ちょっと優しくなる。甘えてもいいよオーラが出るというかさ。

 いいよなぁ、こう……傍から見て両想いになっている奴等って。



(俺にもそうなれる相手がいたらいいけどな。あいつは別の人を見ているし……いやいやいや何を意識しているんだよ!? そ、そりゃ意識はしているけど、一時の感情でしかないんだから。うん、そうだ。なにより好きを認めたら、その時点で俺、失恋だろ。失友に次いで失恋、乙過ぎるだろ! ……あ)



 身悶えていた俺は一変、瞠目した。次いで、微苦笑を零す。

 おもむろに金網フェンスから移動。愛チャリをとめている、木材が積まれた場所に歩み寄った。そこは俺等がいたところからは死角になっている。距離はそんなにないけど、丁度死角になるから、木材の上に腰掛けていてもそうは気付かない。相手が動かない限り、俺等の目には映らない。


「色々大変だよな。リーダーってのもさ。チームのことを考えなきゃいけないし、協定のことも、敵のことも考えなきゃいけない。俺だったら願い下げだよ、リーダーなんて」


 俺は木材の上に腰掛けて一服している舎兄の隣に腰を下ろした。

 珍しく煙草をふかしているヨウは、流し目で俺を見た後、苦々しく笑う。弥生と一緒で、一部始終こっそりと俺達の会話を聞いていたらしい。聞いちまったのは偶然なんだろうな。ヨウのことだから、一服しようと此処に腰を掛け……俺等の会話が耳に入ってきて、聞いちまったってところだろう。


「つれぇな。くそ」


 「リーダーやめてぇ」ヨウは弱音を吐いた。皆の前じゃ絶対に言わない、小さな弱音だった。

 「一緒に背負ってやるって」俺は舎兄の背中を軽く叩いた。それが舎兄弟ってものだろうし、舎兄弟だけの特権でもあるじゃないか。俺は舎兄の背中を預かっているんだしな。ヨウの背負う責任を俺も背負ってやるさ。舎弟として。


「俺以外にも頼もしいメンバーがいる。ハジメだってそうだろ?」


「ああ。喧嘩だけじゃどうにもできねぇ時だってあるしな。あいつは俺よか十二分に洞察力がある――俺個人の意見だが、喧嘩で強弱は決められない。手腕がないばかりの不良が集っている。だから弱小チーム。そんなんじゃ決められないと思っている」


 あくまで一個人の意見だけどな。

 含みあるヨウの台詞に、俺は一呼吸置いて返答。「皆、ヨウの出す決断は分かっていると思うよ」


「ヨウの決断が正か誤か、皆、分からないと思う。でもチームのために出した決断なら、皆、納得すると思う。誰も不満なんて出さないって。協定の答え、もう出しているんだろ? 自信を持てよ」


「――俺の迷いを吹っ切らせてくれるのはいつもテメェだな。ケイ」


 何を今更。当たり前のことを当たり前のように言っているだけなのに。


「こんなんでも舎弟だぜ、兄貴」


「そうだ。テメェは俺の舎弟だ。ナリも手腕も関係ねぇ。こんなんもクソもあるか」


 ふーっと紫煙を吐いたヨウは、一日二日考えて結論を出すと返した。一応、時間を置いて考えを見直さないと誤りがあるかもしれないから。

 でも、もうヨウの出す結論は分かっていた。俺はヨウに一笑し、「煙草でも吸ってみようかな」冗談を交えて話題をかえる。


「そしたら不良チームとしてもっと馴染む気がしないか? ……ヨウ。冗談だぞ。何、その差し出す煙草。ライター。俺は別にっ、アアアアッ! 煙草に火ィ点けちまうし!」


「何事も経験だ。ほら、ケイ」


 火の点いた煙草を差し出されて、俺はおずおず受け取る。

 まあ、ドラッグを吸うわけじゃないんだしな。そこまでビクつかなくてもいいと思うけど、ああでも、煙草を吸う……ねぇ。地味っ子ちゃんが煙草を吸っちゃうって。こんなことなら、冗談でも煙草を吸ってみようかな、なんて言うんじゃなかった。反省だぜ畜生。

 まあ健太が吸えていたくらいだしな。俺でも吸えるんじゃね? あいつが吸えてて俺が吸えない。おかしいだろ。うん。


 ということで田山圭太、初の試み。初の不良試み。

 圭太、いっきまーす!



 ………うん、煙がね………うん、喉にね………うん、纏わりついてね……うん、ゲホンゴホンのコンチクショウ!



 この後、俺がどんな目に遭ったのかは伏せておくけれど、二度と煙草を吸わないと決意したのは確かだった。

 ちなみに俺の様子に始終、ヨウが大爆笑していたことは余談としておく。健太の畜生、煙草を吸えるオトナになっちまいやがって。お前なんて一生ジミニャーノ称号剥奪だからな! なんて、ちょっとだけ悔しい思いをしたのも余談としておく。まる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る