15.店内は雷雨模様
◇
一触即発。
喧嘩ムードを醸し出していた両チームだったけれど、今は各々席について勉強をしている。
日賀野率いる向こうのチームも当初の目的は勉強しに店にやって来たみたいだ。後からきたのだから店をかえればいいのに、わざわざ俺達の席の向かい側で勉強をしているところがなんともかんとも。苛々と試験勉強をしているのは、中学時代に一つのグループとしてつるんでいた不良達である。
例えば、俺の隣に座っているヨウが「わっかんね」と声音を上げれば、向こうの席から「単細胞」と嘲笑する声が聞こえた。
逆に向こうの席にいる日賀野が「数学勉強する意味あんのか?」と愚痴れば、俺の隣から「どっかの誰かさんは数字さえ読めないんだな」と悪態が聞こえた。
お互いがお互いに悪態をつく度に、その場の空気が凍ったのは言うまでもない。気に食わないと言わんばかりに不良チームの頭たちが火花を散らし合った。
「おい荒川。一々突っ掛かってくるじゃねえか。ヤるってか? 相手になってやってもいいぜ」
「そりゃこっちの台詞だ、ヤマト。表に出てみるか? あ゛あ゛ん?」
わぁーお、俺のトラウマ、増えちゃいそうなんだぜ! ……いや冗談抜きに恐いんだって、悪態付き合う不良さま方。アンタ等、勉強する気はないだろと思うくらい空気に高圧線が張ってあるんだ。
向こうが場所を移動しないなら俺達が場所を移動すればいいのだろうけれど、負けん気の強いチームだ。勉強に集中できないだろうになんで俺等が動かなきゃいけないんだ、お前らが動け消えろオーラを放ちながら勉強に取り掛かっている。
いつもの俺なら、この光景を見て心中で号泣しているところだ。
だけど、今日は号泣の余裕はない。胸にポッカリと穴をどう塞ごうか悩んでいる。
一種の無気力感に襲われている俺は、力なく向かい側の席の一角を見つめた。見知らぬ不良達の中に健太の姿がある。俺が落ち込んでるように、向こうもすこぶる元気が無さそうだ。周りには空元気で振る舞っているみたいだけど、付き合いの長い俺の目には誤魔化しがきかない。無理しているのだと理解してしまう。
ふと視線がかち合う。
苦笑してくる健太に、俺は泣きたいような悔しいような気持ちを抱いて視線を逸らした。健太は俺よりも随分前から、俺がヨウのチームにいるって知っていた。その時、あいつはどう思っていたんだろう。予測と覚悟はしていたのか? 最悪の未来ってヤツに対して。
「ケイさん、これどうぞっス。少し冷めちまったけど」
深々と溜息をついていたら、左隣に腰を掛けていたキヨタからプチパンケーキの入った箱を目前に置かれた。
遠慮する俺を見越したのか、先手としてプラスチック製のフォークでプチパンケーキを刺してそれを差し出してくる。
「味はリンゴッスよ」
美味いッス、手中に押し付けてくる弟分の明るい振る舞いに気遣われているのだと察する。
そっか、キヨタは俺のやり取りを近くで見ていたんだっけ。事情を察しても、それに敢えて触れず、落ち込んでる俺を励ましてくれる。優しい奴だな、お前。
「サンキュ」
俺はキヨタの気持ちに応えるためにフォークを受け取る。
うん、確かに少し冷めてるけど、美味いな。プチパン。凄く美味い……こうやって励ましてくれるキヨタと出逢えたのは、やっぱりヨウの舎弟になったから、だよな。舎弟にならなかったら、キヨタやヨウ達に出逢えなかった。仲良くもなれなかった。分かっている、それは凄く分かっているよ。
だけど……さ。
「ケイさんが暗い顔してると、俺っちも悲しいっスよ」
知らず知らず俺は表情を曇らせていたようだ。キヨタにまた心配されちまった。
そう……だよな。
落ち込むのは一人になってからにしよう。じゃないとチームに迷惑掛かるし、ヨウ達の勉強の妨げにもなる。ってをい! 俺はギョッと身を引いた。グッと詰め寄ってくるキヨタが近い、近いんだけど!
「俺っち、ケイさんのためにできることないっスか?」
「え、いやぁー……気持ちだけで」
「遠慮しないで下さいっス! 俺っち、この身が果てようともケイさんに尽くしていくつもりっス! なんたって俺っち、貴方に惚れているんっスから! あ、俺っち、女が好きなんで残念ながら、そっちの意味で身は捧げられませんっすけど。でもでもでも女に生まれていれば抱いてもらいたいって思うくらい、ケイさんを尊敬してるっス!」
き、き、キヨタァアアア!
俺は、田山圭太はお前の気持ちにとても感動……するわけないだろうぉおおおお! こんなところで、なんっつーこと言うんだ!
羞恥と悲しみのあまりに両手で顔を覆う。
お前はなんで場の空気を読まないんだよ。此処は誰もが利用できるファーストフード店だぞ。向かい側には日賀野達がいるのに、中学時代の友達が向こうにはいるのに、なんでそんなに大音声で告ってくれるわけ。
嗚呼、ホラ、なんとなくフロアの空気がさめざめとしている。傍観者達が男が男にサブいことを言っているよ、と思われている。ヨウみたいなイケメンに言うならまだしも、凡人の俺に言うなんて一種のイジメだ。俺はイジメを受けてるなう。
チックショウ! 別の意味で俺は落ち込むぞ! ほんとうに落ち込むぞ!
頭痛がしてきた。溜息をつく俺に、「元気出すっス!」キヨタは励ましをくれたけど、今、俺が落ち込んでいるのはお前のせいだからな?
はぁー……また一つ溜息をついているとブレザーのポケットが振動した。メールが来たみたいだ。俺は震えている携帯を手に取って起動する。瞬間、目を見開いた。メールの相手は健太だった。
『From:山田健太 件名:どんだけー!
男に告られてやんのww お前ww マジどんだけー! もう男、抱いちまえ!』
………。
フッ、あの大馬鹿野郎。わざわざメールでツッコんできやがった。
人が折角、お前のために落ち込んでいるのに、この容赦ないツッコミ。いい度胸じゃないか。『そういう自分は不良もどきしてるくせに。不良になっても目立ってねぇよ!』よし、送信。数分も経たない内に返信が返ってきた。
『From:山田健太 件名:www
うるせぇよ! 自分は舎弟のくせに不良の“ふ”にも掠ってねぇじゃんか! おれよか圭太の方がダ・サ・イww しかもおれ、男に告られるような変態じゃないww』
にゃ、にゃろうッ! 俺は携帯を握り締めた。
相変わらず切れ味の良いツッコミっつーか、なんっつーか不良になっても中身がちーっとも変わってねぇじゃんかよ、健太さん。嗚呼、畜生、キャツをぶっ飛ばしてぇ……あの調子乗りのジミニャーノめ! いや元ジミニャーノ! 似合いもしないくせに不良っぽくしやがって!
「ケ、ケイさん?」
壊れんばかりに携帯を握り締めて小刻みに震えている俺を気遣ってくれるキヨタに、「何でもない」笑顔は見せるけど絶対顔が引き攣っていると思う。
そうこうしている間にも、またメールを受信する。相手はやっぱり健太。さっきとは打って変わって、シリアスムードが漂うメールだった。
『From:山田健太 件名:まだ間に合う
なあ圭太。お前ヤマトさんの舎弟なる気ないのか?ヤマトさんは、お前の性格以上に、お前のチャリの腕と土地勘の高さを高く買っている。おれだってお前を敵に回したくない』
――俺だってそうだよ。お前を敵になんて回したくない。
だけど、俺が日賀野の舎弟になれるかと聞かれたら、そりゃノーなんだ。
俺はヨウを、ヨウ達を裏切りたくないんだ。皆、恐い不良だけど、恐い以上に良い奴だって知っている。健太、もしお前がそっちのチームにいる理由が俺と同じなら、分かってくれるだろ? 俺はヨウ達を裏切りたくない。友達だから。
『健太はこっちに来れないのか?』俺は敢えてメール内容を返答せず、短い質問をぶつけた。
三分も経たない内に返信が返って来た。
『From:山田健太 件名:無題
ヤマトさんを裏切れない。ヤマトさんは仲間を大切にする。おれ等を大切にしている。つるんでる面子もそう。いい奴等ばっかだ。きっと……圭太もそうなんだろうな。やっぱ……回避は無理か。
……圭太。お互いのためにも、チームのためにも、おれ達は決着をつけよう。このままじゃ、互いのチームに迷惑を掛けちまうから』
決着……。
それがどういう意味を含んでいるのか俺には容易に理解できてしまった。
顔を歪めて携帯を閉じる。重たいメールを寄越しやっがって。簡単に返せないっつーの。今の時代、便利過ぎるよな。携帯のメール一つで長年付き合ってきた奴と、簡単に関係が壊れそうなのだから。便利過ぎて不便だ。
あーあ、決着だってよ。
中学三年間、あんなに仲良くしてたのにな。いつも一緒にいたのにな。田山田ってコンビ名付けたのにな。あ、お前は山田山ってコンビ名を付けたっけ。
なんでこうなっちまったかな。俺がヨウの舎弟になったのが悪いのか、それとも不良になっちまった健太が悪いのか。俺達両方の選んだ道が悪かったのかな、健太。別の高校に行っても遊ぼうな、と約束もしていたのに……結局両指で数えられる程度しか遊べていないぞ、俺等。
「ケン、此処が分からんじゃいじゃいじゃい。って、携帯弄ってないで、教えんかい!」
「あ、すみませんアキラさん。えーっと、どこですか?」
ケン、か。
お前……今はそう呼ばれているんだな。俺はケイって呼ばれているよ、健太。
やっぱ俺等、あだ名を付けられても一文字違いなんだな。苗字反対の名前一文字違い。最悪なことに今じゃ、お互いに対立しているチームにいる。どういう理由で健太が向こうにいるか分からないけど、あいつはチームに溶け込んでいる。俺のトラウマ不良を心底慕っているようだ。
健太、お前はお前でチームメートのことが好きなんだな。
分かるよ。俺も好きだもん、今のつるんでるチームメートのこと。チームのために動きたいと思う。不良は恐いけどさ、ヨウ達と一緒にいると怖くても頑張ろうと思う自分がいる。お前もそうなんだろ? ――でもちょっとばかし、失うもんが大きいよ。健太。
「ケイさん」
ぼんやりしている俺に、おずおずと声を掛けてくれるキヨタ。
憂慮を含んだ瞳を跳ね除けるように思いっ切り笑って見せた。気持ちを隠し、素手でボックスからプチパンを取る。駄目だな、此処で落ち込むなんて。落ち込む時は俺の部屋だ、部屋。今は何があってもノリで乗り切ってやるぜ。あ、今の洒落になっちまうな。笑えない洒落だ。
冷えたプチパンケーキをひたすら噛み締める。甘いリンゴソースがかかっている筈のプチパンケーキが塩く感じる。どうしてだろう? このプチパン、とても塩っ辛いや。
それから一時間、俺等はピッリピリとした空気の中で勉強をしていた。
お互いにあんまり勉強は捗ってないみたい。やたら滅多ら舌打ちやら茶々や悪態やらが席同士で飛び交っている。俺は別に追試組じゃないからいいけど、ヨウとか、ワタルさんとか、シズとか……中学の頃に因縁がある不良達は全然勉強ができていない。
採点してやるんだけど、正解率がガクンと下がっている。
十問中三問あってれば良い方だ。ヨウの奴、折角数学半分以上合うようになったのに、近くに日賀野がいるせいで集中力が切れちまったみたいだ。また、意外なことに日賀野も追試組だったようだ。向こうの会話に聞き耳を立てていたら、追試の日時とか、科目名とか、そういった話題が聞こえてくる。
時折、「何だこの公式」と、日賀野の愚痴が聞こえてくる。悪知恵は働くけど勉強はできないタイプなんだな、日賀野って。その悪知恵が恐いのも確かなんだけどな!
―――バンッ!
突然、テーブルを叩き壊さんばかりの馬鹿でかい音が聞こえた。
なんだ? 向こうに視線を投げると、イカバ(サブと呼ばれていた熱血不良)が椅子を倒して集中できないと苦言。それもこれも俺等がいるせいだよ指差してきた。とんだクレームだな、おい。
「ええい、ヨウ! その他の仲間! さっさと店から出て行けー! お前等のせいで集中できないっつーの!」
「サブ。無闇に喧嘩を売らない。事態がややこしくなる」
帆奈美さんがイカバを咎めているけど、キャツは知らん顔。俺等がいるだけでムシャクシャすると吠えていた。髪を振り乱して「うざったぃいいい!」と叫ぶ始末。お前が一番うざったいぞ、イカバ。吠えるなって。
「ッハ、人のせいにしねぇと点数も稼げねぇってか。あのイカさまは」
そしてお前がしゃしゃり出てくるんだからもう。タコ沢、引っ込んどけ。話がもっとややこしくなるから。
しかし遺憾なことに既に話はややこしくなってしまったようだ。大層な言い草にカッチンきたイカバが立ち上がる。「クソタコが」禁句の悪態をついたせいで、「やるってか?」ガチンとキレたタコ沢。闘志を滾らせる不良二人が熱いのなんのってむさ苦しいの一言に尽きる。
イカバが先陣を切ったせいか、完全に集中力が切れていたワタルさんがニッタァと意地の悪い笑みを浮かべながら頭の後ろで腕を組む。
「ここで決着付けてもいいんじゃナイナイ? どーせどっちも顔が揃っているだろうし?」
「そりゃ良い考えじゃのう。ヤマトー、ワシだけでも喧嘩してきてよかろう? あいつ、ぶっ飛ばしたーいのん。追試はしかとパスするからぁ」
魚住がワタルさんを指差した。
「お相手してっちょ」ぶりっ子口調に言う魚住に、「うれぴぃ誘い」ワタルさんもぶりっ子口調に言葉を返すけど目が笑っていない。ちょ、恐いって、あんた等。
一触即発な空気を作り始める魚住とワタルさんを止めたのは、「ワタルやめろ」こっちから副リーダーのシズ、「アキラ構うな」向こうチームからススムと呼ばれる不良だった。タコ沢と同じ赤髪だけどめっちゃクールな面をしている。今にも暴走しそうな魚住を止めていた。
立ち位置的にシズだな、あいつ。多分副頭を務めているんだと思う。
一点、シズと違うところを挙げるとしたら秀才っぽい雰囲気だろうか。シズとハジメを足して二で割ったような空気を醸し出している。髪の色に反して激超クールなんだ。
「まあまあ、喧嘩はヤメて~ほら~、折角、みーんなで顔を合わせたんだから~? しかも今は喧嘩目的じゃないし~? もっとリラ~ックス。なかよ~く」
突如、空気の読めていない発言をしたのは向こうのチームの不良。
ヘラヘラヘラヘラと笑っている眼鏡っ子の女不良(に見えないけど多分不良)は、マイペースに「はいスマ~イル」と俺等に笑顔を作るよう言ってくる。どうやら女不良はヨウ達の中学時代の因縁には携わっていない奴らしい。ヨウ達も誰だコイツ、と怪訝な顔をしている。
名前はアズミというらしい(今のところ苗字は分からない)、とてもマイペースな不良女の子だ。
あんま俺等の仲を気にしてない子みたいで、「どもども~」って俺等に手を振って挨拶してくる。これでは調子が狂ってしまう。「コラ、アズミ!」イカバが何を馴れ馴れしくしているんだと咎めた。アズミは気にすることなく俺等に親指を立てて一言。
「不良は萌えだよね~。みんなイカす~。一部を除いて乙女ゲーに出てきそう」
……萌え。乙女ゲー。
さてはこいつ、オタ系なゲーマーだな。不良なナリしているけど……てか“一部を除いて”乙女ゲーに出てきそう? それって十中八九俺のことだろ! どーせ俺はイケてねぇよ! 乙女ゲーに出てもメインじゃなくて、助言するキャラに当て嵌まるような奴だよ、ほっとけ畜生!
「あーあ、ゲームしたい。ゲームに恋したい。萌えたい」
アズミは勉強ツマンナイとペンシルを投げる。
空気は淀んでいるし、気まずいし、居心地悪いし。もっと楽しくしようよー、なんて無茶振りを言うもんだから俺は心底呆れた。仲良く出来ていたらヨウ達はグループ分裂なんてすることも無かっただろーよ。対立なんて起きなかっただろーよ。
「中学時代は仲良かったんでしょ?」アズミは積極的に俺等や、向こうのチームと、今だけ交流を深めようと話を持ち出す。
中学時代という単語に、因縁がある不良達は眉根をつり上げた。
「そーいや中学時代。どっかの馬鹿がガラスを割りやがって、近くにいた俺にまで飛び火してきたっけなぁ」
日賀野が忌々しく舌打ちを鳴らした。
「俺のせいじゃねえだろ」どっかの馬鹿改めヨウが大反論する。
「ありゃどっかのアホが、俺に向かってボールを投げ付けてきやがったから、それを返したまでだ。なのにどっかのアホが避けやがって……あーあ、ボールが恐くて逃げちまうアホのせいで先公に説教。思い出しただけでもムカつく」
「ノーコンがボールを投げたからガラスを割る」
「俺は顔面向かって投げたんだけどな?」「それがノーコンだって言ってるんだ。単細胞」「最初の原因はお前だろ」
バチン―。
二人の間に青い火花が散った。嗚呼、ちょ、中学時代の思い出話はタブーだったんじゃ。
「中学時代かー。そうじゃのう……っあ、ワタル、お前に貸した千円、返してもらってないぞい」
「何言っているだよんさま。利子付けて払ったってぇ」
「いいや、その後また貸した。わしはよう憶えとる」
「勝手に記憶を捏造しないでくれるー? 僕ちゃーん、返したもんは返した。ボケでも始まってるんじゃないのんさま?」
……こ、こっちでもなんか雰囲気悪くしているし。ワタルさんと魚住の仲、ピリピリしてきたし。
「ろくでもねぇ中学時代だった。なんでつるんでたんだか」
「貴方もろくでもない。響子」
「おーおー言ってくれるじゃねえか。帆奈美。アンタはろくでもあるってか?」
「少なくとも貴方より。貴方は暴力ばかりに走る。愚か」
ええええっ、響子さんと帆奈美さんって仲が悪かった系?! 「貴方嫌い」フイッと顔を背ける帆奈美さんに、「嫌いで結構だ」やっぱり腕を組んでそっぽ向く響子さん。
おいおいおい、さっきよりも空気が悪くなってきたぞ。やっぱり中学時代の話題はタブー中のタブーだったんだって。この原因を作ったアズミは、「仲がいいことで」空気を悪くするの好きだね、と皮肉を零している……お前のせいでこんな空気になったんだぞ? そこらへん分かっている? アズミさん。
因縁がない組の弥生が席を移動してきた。「恐いね」俺にそっと耳打ちしてくる。深々と頷いた。真面目に恐いよ、ヨウ達。
「ケイは、大丈夫?」
ん? 何が?
目をキョトンとさせる俺に対し、弥生は物言い辛そうに向こうのチームに視線を投げた。つられて向こうのチームに目を向ける。
刹那、目を眇めた。そうだったな、向こうのチームには健太がいたっけ。「仲が良かったんじゃないの?」弥生も向こうと直接的な因縁がないから、きっと対立している不良達の光景の最中、俺等のやり取りを見ていたんだと思う。
俺は曖昧に笑った。気を遣わせたくなかったんだ。
俺と健太のことで気を遣わせたらチームに支障が出る。俺等だってチームに気遣わせるのは嫌だしな。まだメールの返信していないけど、既に答えは出ている。俺と健太がこれからどうしていけばいいか分かっているから。
もう……今までどおり仲良くできる身分じゃない。
どっちも地味のおとなしめ系だから、不良達にチームを抜けるとか、あいつとだけは喧嘩ができないとか、そんなこと大それた意見を吐けるわけもない。意見したとしても、どうしようもねぇよ。
これからも仲良くしたい、なんて我が儘を言えるわけねぇじゃんか。俺はヨウを選んだし、健太は日賀野を選んだ。じゃあ……俺等……。
「弥生、心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だから……向こうの奴とはなんでもないよ」
「……ほんとに?」
「なんだよ、湿気た面すんなって。俺なら大丈夫だから」
「そっか。ならいいけど……ケイ、無理は駄目だよ。ケイって、誰にも頼らずに無理するところがあるから」
何かと心配しちゃうんだよ。ほんとだよ。
弥生が小さくはにかんだ。俺はそれを恍惚に見つめた後、「ありがとう」礼を口にして頬を崩す。これ以上、余計な心配掛けたくなくて、俺はいつもどおり振舞うことにした。
だけど弥生の心配してくれる気持ちはとても嬉しかった。少しだけ心が軽くなったよ。
「弥生、本当にありがとうな」
俺は弥生に微笑んだ。
「ううん」弥生は首を横に振って笑顔を返してくれた。彼女の優しさが身に沁みる。現実の辛さを少しだけ緩和できたような気がした。
(―――ケイさん、無理している。何だか悲しそう。励ましてあげたいな。でもでも、弥生ちゃんと邪魔しちゃ悪いし……)
ケイさん……弥生ちゃんにはいつも笑顔だなぁ。
ココロは複雑な気持ちに囚われながら、二人のやり取りをこっそり見つめていた。ここは応援するべきところなんだろうけれど、何となく応援する気持ちになれずにいる。自分にも自然に笑って欲しいな、と小さな欲を抱いては溜息ばかりつくココロだった。
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