№03:プライドは山よりも高く谷よりも深く

01.また厄介な信者が増えたのだども




 日賀野達への宣戦布告を契機に、グループから打倒日賀野達を潰しましょうチーム結成へ。

 なんだか事がドデカイことになりつつあるけど(そして俺は舎弟から完全に抜け出せなくなった!)、宣戦布告をした夜から一週間くらい時間が経った。その間、大きな出来事や事件はなかったんだけど、日賀野達の情報や動きがまったく掴めなくて困っていた。

 もっぱら情報収集は弥生が担当してるんだけどさ。やっぱひとりじゃ限度があって、しかも動きがなかなか掴めないと苦言したんだ。


 こりゃ不味いなー……そう俺達は思い始めた。

 だってさ。相手を潰すなら、まず相手の動きをよく知ることだろ? 勝つ鉄則のうちの一つにも入ると思うんだけど、マジ、出鼻を挫かれた気分。いきなり壁にぶち当たっちまったよ。  


 毎度昼休み、サボリの時間、はたまた誰もいない公園に集まっては話し合いに当ててるんだけど、まったく解決の糸口が見えねぇんだな。これが。


 どうしよう……途方に暮れていた時に救世主のごとく一人の人物が日賀野達の動きを教えてくれた。


 それは昼休み、俺達がいつものように体育館裏で駄弁っていた時のこと。

 日賀野達の情報や動きが掴めなくて、うんぬんと話し合っていた時に体育館裏に利二がやって来た。利二からしちゃ体育館裏は不良達の巣窟になっいてるから足を運びたくなかったんだろうけど、担任の前橋が俺を探していたと一報を伝えにきてくれたんだ。

 その際、俺達の話を聞いてしまったらしく利二がポロッと一言。


「日賀野大和達は一昨日ほど前に、たむろしている場所をバーから別の場所に移したらしいですね」


 利二は俺達が知ってるものとして話を吹っ掛けたみたいだけど、俺達からしてみりゃ初耳。誰もが、なんで知っているんだとばかりに目を皿にした。その反応に利二の方が驚いていた。


「もしかして誤報なのか……」


 困ったように頬を掻き、この状況をどうにかして欲しいと俺に救いの目を向けてくる。

 応えるために俺は利二に何処で手に入れた情報なんだ? とクエッション。


「バイト先のコンビニは不良の出入りが頻繁だからな。そういう話をよく耳にするんだが」


「そういや利二って不良の情報をよく仕入れてくるよな」


「なーるへそ。んじゃ、五木ちゃーんにも情報を提供してもらおっか? どんなことでもいいから、ヤマトちゃーん達のことを耳にしたら僕ちゃーん達に教えてっちょ」 


 我ながら名案だとばかりにワタルさんは指を鳴らす。ヨウ達は賛成だと頷いたけど、俺的には大反対だった。

 情報提供イコール、俺達と繋がりを持つ。もしかしたらまた標的になるかもしれない。怪我させるかもしれない。情報を俺達に流しているって日賀野達にバレれば、利二は……。

 だけど事情を知った利二は俺の気持ちを裏切るように、「そんなことでいいなら」と言葉を返した。マジもう、俺の気も知らないでさ。そりゃ不良にお断りするなんて出来ないだろうけど、少しは躊躇えって。

 そしたらどうにか断る方向に持っていってやれたのに!


 俺は担任の待つ職員室に行く際、ついて来てくれる利二に「無理しなくても良いからな」と言葉を掛けた。仮に情報を知っていても無理に俺達に流さなくていい。立場が危なくなるのは利二なんだから。

 すると利二は何を言っているんだとばかりに笑った。


「聞いた情報を提供するだけだ。田山は心配性だな」


「心配性のお前にだけは言われたくない。ってか、いや、マジにさ。俺達に手を貸してることになるんだぞ。日賀野達にバレでもしたら」


「自分は荒川達に手を貸しているわけじゃない。お前に手を貸しているだけだ」


 利二は肩を竦めて笑声を漏らし、俺に微笑を向けてきた。


「言っただろ、お前が不良になったとしても変わらず接してやるって。お前が舎弟を白紙にできなくなったとしても、日賀野達と対立するチームに属すことになったとしても、お前はお前だ。それくらいのカッコ付け、許されるだろ? ……って、おい、田山」


「ヂッグショウ。お前、ヒキョーだぞ! んな、友情見せつけやがっで!」


 俺は感動のあまりに出た洟をティッシュでかむ。

 も、言葉にアッツイ友情を感じたね。地味が築き上げる友情ってマジ素晴らしいと思った。

 グズグズと洟をかんでたらティッシュが無くなる。「まだいるか?」呆れたように利二が俺にポケットティッシュを突き出してきた。受け取った俺はそれでまた洟をかむ。


「不良にまみれた生活の中に見出した地味友情……俺、どんだけ普通が素晴らしいのか今ので分かったぞ。利二」


「そうだな……お前の生活環境には同情するものがある。しかしお前の場合は自ら危険に足を突っ込む悪い癖があるぞ」


 ……ご尤もデス。 

 確かに自分から危険に足を突っ込んでいますね、俺。

 だから俺、舎弟の件を白紙にすることができず、寧ろヨウに「俺はお前の舎弟だ!」と言い切ったもんな。誤魔化すように俺は頭を掻いて目を泳がせる。利二は微苦笑を漏らした。


「そんなお前だから、尚更手を貸したくなるんだろうな」


「利二……」


「不良グループもいいが、少しは元いるべき地味グループにも顔を出して欲しい。お前がいないおかげで、今の面子にはノリツッコミ役がいないんだ。疲れたら遠慮せず、こっちに少しは顔を出せ。少しは戻って来い」


 利二は目尻を和らげて俺に言った。

 居場所っつーのかな、そういうのをさり気なく利二は提供してくれる。嬉しさを隠すように俺は頭の後ろで手を組みながら笑った。


「利二、俺の舎弟になっちまうか? たまには不良とつるんでみるのも悪くないぞ? みんなに紹介してやるって」


「お前の舎弟は別にいいが、不良とつるむのはごめんだ。お前のようになりたくはない」


「ひっでぇーの」


「誰だってそう思う。……田山、左肩はどうだ? 全治約三週間なんだろ?」


「んー、まあな。どうにか大丈夫だ。自転車も普通に運転はできるしな。二人乗りもできなくはないし」


 利二の歩調が早くなった。俺の前を歩く利二は足を止めて振り返って来る。

 「何かあったら連絡しろ。無理だけはするな」純粋に心配してくれるダチの言葉がこんなに嬉しいなんてな。足を止めて俺は微笑した。


「ああ、サンキュ。利二」





 こうして利二の協力を手に入れた俺達は一つの結論を出した。

 日賀野達が情報や人材の輪を広げているのなら、俺達も輪を少しずつ広げていこう、と。

 今の俺達だけじゃ限界があるんだ。向こうのことだからある程度、俺達のことは下調べをしているだろうし、どう手を打ってくるのかも予測がつくと思う。だったら向こうの予測を掻き乱すような手を打っておかないとな。


 だけど安易に輪を広げたら、逆にこっちの情報が漏れて向こうが優位になってしまうかもしれない。相手は慎重に選ばないと。

 利二は俺と確かな繋がりがあるし、一緒に日賀野に襲われた一件もある。だからヨウ達はすんなりと利二を信用したし、情報を仕入れてくるなんて願ってもない人材。チームメートじゃないけど“五木利二”という優秀な人材と繋がりを持てたことは、俺達にとって確実な利益がある。

 友達の俺としては複雑な気持ちだけど……さ。


 このことは他校に通っているシズ達にもメールを通して連絡が回った。 

 異論はないみたいで、向こうに気付かれないよう水面下で信用の置ける人材を集めようって話が出た。直接俺等のチームに入らなくても、間接的に手助けしてくれるような奴等と繋がりを持てば俺等はより優位に立てる。向こうだって今まできっとそうしてきたに違いない。

 信頼の置ける人材ってのが難しいポイントなんだよな。今、絶対的に俺等が信用しているのはチーム内のメンバーと利二、それから……。


「なんで俺がお前等について行かないといけないんだゴラァアア! 俺はお前等の仲間なんかじゃねえぞゴラァアア! ッ、いで!」


「うっせぇんだよ、吠えるなタコ沢。テメェは俺のパシリくんだろうが」


 舎兄に容赦なく背中に蹴りを入れられているタコ沢を横目で見ていた俺は心の中で溜息をついた。 

 我等がリーダーは現在パシリにしているタコ沢元気(本名:谷沢元気)を仲間内に入れると言い出したんだ。タコ沢は並外れたスタミナと根性を持っているし、それなりに喧嘩ができる男。特に持ち前の根性は自分達にプラスだってヨウはタコ沢を半強制的に仲間内に入れた。そりゃもう脅しという名の勧誘だった。

 口には出さなかったけど、俺は大反対だった。そりゃタコ沢は使える男だと思うぜ。俺のチャリのスピードに根性でついてくる男だし、負けると知っていてもヨウに何度も喧嘩を吹っ掛ける奴だし、熱くなるとそこら辺の不良をぶっ倒すし。


 だけどさ、だけどさ。

 こいつは俺とヨウに超恨みを持っているんだぜ?

 俺等と顔を合わす度に「ここで会ったが百年目。今日こそ決着つけてやる!」なんて漫画じみた台詞を吐いて俺等に喧嘩を吹っ掛けて来る。信用がないというよりも、こいつを仲間に入れることによってメンドクサッ! な事態が多々起きると思うんだ、俺は。


 ほらほらほらぁっ、思った傍から俺、タコ沢とバッチシ目が合っちまってさぁ!

 ガン飛ばされている。田山圭太はタコ沢元気に喧嘩を吹っ掛けられそうだ。


 嗚呼もう泣きたい! 俺は何も悪くないって! チャリでお前を踏んだことは認めるし謝るけど、でも俺は悪くない!

 

 俺はそろそろーっと引き攣り笑顔をタコ沢に向けながらヨウの影に隠れた。

 卑怯? チキン? なんとでも言えって。俺みたいな地味っ子だったらみーんなこうするからな! な!

 帰ると吠えるタコ沢の足を引っ掛けながら(タコ沢は物の見事に顔面からずっこけた!)、ヨウは全員揃ったかどうか面子を確認する。まだ全員揃ってないみたいで、ヨウはもう暫く皆が揃うのを待とうって俺達に言った。


 学校を終えた俺達は今、近所のスーパー近くの倉庫裏に集まっている。

 此処は一週間前に俺とワタルさんが喧嘩した場所だ。相変わらず倉庫裏は散らかっていてダンボールやプラスチックの箱、軽そうなプラスチックパイプや重量のある鉄パイプ、錆びれた棒鉄なんかが無造作に置かれている。


 最初はいつものゲーセンに集まろうという話だったんだけど、日賀野達の目を警戒して集まる場所を移したんだ。

 ゲーセンは人の行き交いが激しいし、下手すりゃ俺達の話し合いが向こうに漏れる可能性がある。人という沢山の情報網を持っている魚住が向こうにいるんだ。向こうに宣戦布告した以上、こっちだって警戒心を持たないわけにはいかない。

 話し合いは行き交いの激しいゲーセンよりも人気の無い場所に移動する方が利口だ。仮に俺等の話し合いが向こうに漏れることがあっても、誰が漏らしたか特定するのはゲーセンよりかは遥かに容易だ。


 ちなみにこれは副リーダー的存在のシズが出した意見。

 さすがは副リーダー。先を見越しての意見だ。普段、どんなに眠そうな顔を作っていてもいざとなると頼りになる。行き当たりばったりな我等がリーダーと違って的確且つ納得する意見だよ。いや、口が裂けてもリーダーにはこんなこと言えないけど、こういう時は副リーダーの方が頼りがいがあるよ。マジで。


 俺の舎兄は思い付き行動が多いもんな。

 タコ沢を仲間に引き入れたのも思い付きだしな。仲間達はタコ沢は使えるからって異議申し立ては無いみたいだけど大丈夫なのかな、ほんともう。

 俺はヨウのこういった思い付き行動が不安で仕方が無い。何に対しても思い付き浅慮直球型のヨウに比べたら、向こうの頭の日賀野は深慮変化球型。相性最悪だよな。これから本当に巻き返せるのかよ。どちらが優勢かというと圧倒的に向こうだというのに。今まで俺達、向こうにしてやられっ放しだったしな。


 小さく吐息をついて今此処にいる面子を確認する。 

 ヨウに喧嘩を吹っ掛けているタコ沢を合わせて殆どメンバーは来てるみたいだ。

 舎兄弟の俺とヨウ。ワタルさんは響子さんとプラスチックの箱に腰掛けて煙草を吹かしているし、弥生はココロと駄弁っている。シズにいたっては倉庫の壁に背を預けてこっくりこっくり。なんで立ったままうたた寝ができるんだ? シズ。器用すぎるだろ。


 それからー……ハジメに視線を向けた俺は思わず目が留まる。

 ハジメは何をするわけでもなく、皆からちょっと距離を置いて思案に耽っているみたいだった。

 

 随分と思い詰めた顔をしているな、ハジメ。

 付き合いの浅い俺が一目で分かるくらい、ハジメの奴、考え込んでいる。最近よく見るんだ。ハジメのああいう顔。

 ヨウから話を聞いたんだけど、日賀野の仲間からフルボッコされた日を境にハジメはああいう表情を見せるようになったんだって。何か悩みを持っているようなんだけど、本人は俺達に隠したがっているから簡単には聞けないってヨウは言っていた。

 

 持ち前の染めた銀髪を風に揺らしながら、ハジメは倉庫に背を預けて地べたに座って片膝を立てている。どこを見るわけでもなくただ宙を見つめているようだった。

 俺はハジメが気掛かりで仕方が無かった。


 ハジメ……不良の落ちこぼれって自分で言ってたしな。

 あんま喧嘩できないって言っていたし、もしかしてチームの中じゃ足手纏いの類に入っていると思ってるのかもしれない。

 俺も日賀野にフルボッコにされた身だし、喧嘩できないし、チームの中じゃ足手纏いの類に入っていると分かっているから、なんとなくハジメの口にした『不良の落ちこぼれ』という言葉の重みが分かる。


 何気ない気持ちでハジメに歩み寄った。

 気配に気付いたハジメは俺の方に視線を投げてくる。「ケイか」柔らかな眼差しはちっとも不良らしくない。俺は片手を上げてハジメの隣に座った。隣から漂ってくるブルガリブラックって香水が鼻腔を擽る。 


「こっちに避難させてくれな。タコ沢が俺に喧嘩吹っ掛けてきそうできそうで。マジねぇって、タコ沢をチームに入れるっての」


 ヨウに向かって吠えているタコ沢を指差して一つ溜息。

 笑声を漏らすハジメはタコ沢は戦力になるし大丈夫だよ、と俺に励ましっぽい言葉を送ってきてくれた。

 いやいやいやその前にさ。


「俺が戦闘不能になりそうだよ。あいつは直ぐ、俺やヨウに喧嘩吹っ掛けるからさ。ヨウはともかく、俺は喧嘩なんて無理だっつーの」


「ははっ。その前にヨウがタコ沢を捻じ伏せそうだから。あ、ほら。今もヤラれてる」

 

 果敢にもヨウに突っ掛かっていくタコ沢は、糸も簡単に攻撃を避けられて背中に蹴りを入れられているところだった。 

 あちゃー、痛そう。よせばいいのにタコ沢も懲りないな。

 あいつ根性だけは人三倍あるから直ぐに起き上がってまたヨウに……嗚呼、今鳩尾にストレートが入ったっ。見ているだけで鳩尾が。それでもまだタコ沢は向かっていくか。なんてタフなんだ。俺にもあのタフと根性を分けて欲しいぜ。


「あれじゃあ、三分で片が付きそうだね。タコ沢は今日も惨敗か」


 俺と話す時のハジメはいたって普通だった。陰りのカケラも見せない。

 やっぱりヨウの言うように俺達に悩みを隠したがっているんだな。触れて欲しくないことなのかもしれない。俺もハジメの悩みに触れるつもりで隣に座ったわけじゃないんだけどさ。

 ただハジメと話したかった。それだけだから。誰かと話したら気が紛れるしな。俺と話すことで気を紛らわしてくれたら良いと思う。


「あ、モトがいないね」


 今気付いたとばかりにハジメが声を上げる。


 そういえば……俺は周囲を見回した。

 確かにヨウ信者のモトが此処にいない。いつもは煩いくらいヨウに纏わり付いたり、俺に突っ掛かってきたり、どっかで子犬のようにキャンキャン吠えているのに。まだ来ていないんだろうな。倉庫裏からモトの通っている中学まで結構距離があるらしいし、もうそろそろしたら来るだろう。


 あいつヨウ信者もいいところだから、きっとタコ沢との喧嘩を見て、



「ヨウさんさっすがァアアア!」


「カァアアアアックイィイイっス!」



 そうそう、こんな風にカッコイイ……って……ん? 今の声は一体。何故か二つ、黄色い悲鳴が聞こえたような。聞こえなかったような。ヤーな予感がするような無いような。


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