№02:馬鹿をしたがるお年頃

01.不良は問題を起こしてナンボじゃい




 ヨウの犬猿の仲ともいえる黒髪青メッシュの不良、日賀野大和にフルボッコされて一ヶ月、あの出来事が嘘のように俺の生活は穏やかだった。

 また日賀野が俺を弄びに姿を現すんじゃないかとか、何か目論んで姿を現すんじゃないかとか、懸念はしてたんだけど全然そういうの無かったんだ。


 フルボッコにされた身体の怪我も完治したし。

 大喧嘩した利二とも仲直りっつーか、いつもどおりの関係に戻れたし(ちょっとクサく言えば友情が深まったっつーのかなぁ)。

 ヨウとも……まあ不良と舎兄弟を抜かせば普通に話せるダチだし(日賀野の件で前よりも仲良くなっちまったんだよなぁ)。


 とにかく最近の俺の生活はスッゲー穏やかなんだ。平和そのものってカンジ。  


「ウラァア、荒川! よくも昨日は仲間をヤッてくれやがったなぁ?」


「よくも先輩をヤッてくれやがったな! あ゛?」


 いやー平和、そのもの、って、カンジ。


「ッハ、お仲間サマとやらは俺に喧嘩を吹っ掛けてきただけだ。俺はそれを買っただけ」


「舐めたこと抜かしてるんじゃねえよ!」


「そうだ! 舐めたこと抜かしてるんじゃねえよ!」


「あ˝? 俺の説明の何処に舐めた表現があった? 第一、弱ぇクセに俺になんざ喧嘩吹っ掛けるからこうなるんだ。俺は悪くねぇよ。弱いテメェ等が悪い」


 俺の生活はホント穏やかでー平和でー。


「好き放題言いやがってッ、荒川!覚悟しやがれ!」


「そうだ! 覚悟しろよ!」


「ンだよウッセェ。俺とヤリてぇのか?」


 いや……違う……目の前でやり取りされている不良の喧嘩なんて俺には関係ないぜ。

 俺の生活は穏やかで平和。平々凡々な毎日なんだ。

 だから俺の舎兄が絡まれてようとも、喧嘩吹っ掛けられてようとも、一触即発な空気が漂っていようとも、俺には関係ない。母音に濁点つけてることだってツッコミたいけど関係ない。関係を持ちたくないというか、俺、今話されてる喧嘩には関わってないというか。


「そっちのチャリ地味野郎! テメェが噂の荒川の舎弟か? あ˝⁈」


「地味なお前! 舎弟なのか! あ˝⁈」


 お、俺、関係ないじゃないかよ。なんで俺に振るんだよ。

 そうだよ俺、ヨウの舎弟だよチクショウ。文句あっかよ。

 だけど不良二人組サマ達には、是非とも、舎弟ですって名乗り出たくない。んじゃココで俺が「違います」とか言える雰囲気かっつったら、絶対それは無理。だって舎兄のヨウがいるんだぜ? 答えたら最後の最期、ヨウに喧嘩を売ったってことで俺の明日はない。


 なので懇切丁寧は答えてやる。

 不良の気迫に負けないよう、俺はヨウの舎弟だ文句あっか! って、テメッ喧嘩売ってるのか、˝あ? って、言ってやるんだ。

 俺はヨウの舎弟だぜ! なりたくてなったわけじゃないし、断ろうとしていた筈なのに何故か舎兄弟関係が深まっちまったけど、とにかく舎弟になって一ヶ月経ったんだ。こんな不良に悪態くらい言えないでどうするよ。


「おい答えやがれ! 地味チャリ!」


「え、あ……ヨウの舎弟です。あと地味でスミマセン」 


 あくまで心の中で負けないよう強気に悪態付いて答えてはやるんだ!

 けど、実際言うとなりゃ……な? やっぱ恐いじゃないかよ! 不良サマってさ!

 チャリを持って立っている俺の隣で、「地味でスミマセンはねえだろ」ってヨウが笑ってやがるし。くそうっ、ヨウ、笑い過ぎだ。なんかハズイだろ。不良二人組は「舐めてやがる!」って声を揃えてきたし。

 いやいやいや! 舐めてはないじゃないかッ、俺の台詞の何処に舐めてる要素があった? 寧ろ地味でスミマセンって謝ったじゃないか! 関係ない俺が喧嘩に巻き込まれるなんて……俺、スンゲー可哀相だろコノヤロウ!


 俺が心中で猛反論している最中、不良二人組が突進してきた。

 先手を打ってきたな……。って、やっぱり俺も敵と見なされたんだな。俺、関係ないのに。

 涙を呑みながら俺はチャリのハンドルから手を放した。突っ込んでくるうちの不良の一人の拳が飛んでくる。平凡地味俺でも避けられる拳の速さ。日賀野の拳に比べると全然避けられる、と思えば避けられる。筈!


 俺は冷汗流しながら相手の拳を避けて、右足を前に出して相手の足を引っ掛けた。相手は見事にコケた。顔面から。


「ッ、~~~! テメェッ、舐めた手を使ッ‼」


 トドメとして凶器でもある重たい重たい俺の通学鞄を、力いっぱい不良さまの顔面に投げつけた。不良さま、見事に悶絶してる。これで暫くは動けないと思う。

 いや、うん、ごめん、卑怯な手で。自覚はあるよ。

 だけど俺、こうでもしないと勝てないから! タイマンを張る拳勝負とか、絶対勝てねぇし! 地面に転がった通学鞄を拾ってチャリのカゴに投げ入れた。ヨウは既に不良さまを伸したらしく、「やっぱ弱ぇ」って愚痴を零す。


「威勢良いワリにはこの程度かよ。あーあ、無駄な時間過ごした。腹減ったし。ケイ、何か食いに行こうぜ」


 人を巻き込んでおいて、ホント呑気な台詞だこと。俺は心の中で溜息をついた。

 俺、田山圭太は荒川庸一の舎弟になって一ヶ月。

 日賀野大和からのフルボッコ事件を境に、こうやって度々喧嘩に巻き込まれるようになった上に喧嘩を売られるようになった。俺から喧嘩を振ってるわけじゃないぜ? 喧嘩を振られるんだよ。


 不良達の間じゃ俺の名は(というかヨウの舎弟の存在)が知られ渡っているみたい。

 ヨウを尊敬したり畏怖したりする不良がいるように、ヨウに恨みを持つ不良がいるから、ヨウの舎弟である俺に喧嘩を吹っ掛けてくるんだろうな。最近、よく喧嘩売られるよ。「お前が噂の地味舎弟か?!」って言われてさ。


 まあ、簡単に言えば、とばっちり? ってヤツ? みたいな?

 あははははー……この一ヶ月、よく無事に生きてたよな、俺。


 喧嘩に巻き込まれ、喧嘩を売られてきたこの一ヶ月を思い出すと、なんだか泣けてきた。ガンバッテきたな、俺。


「おい、ケイ。聞いてるのかー?」


「え、ああ、悪い悪い」


 自分の努力に涙している時に話し掛けてきやがって! 空気読め! 心中で毒づく俺は、チャリに跨りながらヨウに言った。


「駅前に美味いラーメン屋がデキてるらしいから、そこにでも行ってみるか?」


「ラーメン、いいな。最近食ってねぇし、そこ行こうぜ」


「オーケーオーケー。って、ヨウ、昨日……何件喧嘩をしてきた?」


「ン? 何だよ突然。俺が覚えてる限り、三件くらいか? 何で?」


 な、ん、で、だ、あァ?


 よくぞ。よくぞ言ってくれたよ、舎兄の兄貴。前方を見たまえ、前方を。

 俺は前を指差した。チャリの後ろに乗ってくるヨウが俺の指差した方角を見て「わぁーお」って声を上げた。

 俺達の前方には恐い顔をした不良の団体様がいらっしゃる。「荒川、昨日はよくも」「今日こそはその面、ぶち崩してやる」「例の舎弟がいるぜ」不良様方のお声が聞こえ、俺は泣きを見ることになるんだと察して溜息をついた。


 ヨウは勿論、俺も敵視されてる。完全に俺、とばっちりを喰らってる。


「はははっ、スッゲェ数。俺、そんなに喧嘩やったっけな? 覚えねーや」


「わ、笑い事じゃないから……どうするんだよ」


「そうだな。負けはしねえけど、ラーメン食う時間が遅くなるのはアレだしな」


 お前はこの状況よりもラーメンを心配するのか、ラーメンを。

 「ラーメン早く食いてぇし……」悩むヨウのこの後出てくる言葉が予想できてしまい、俺は二度、三度、溜息をつく。


「……しっかり掴まってろよ。振り落とされても俺、知らないからな」


「そうこなくっちゃな。うっし、突っ込め」


 つッ、突っ込む……え? 嘘、マジで? トンズラするんじゃねえの?!

 サァーッと青くなる俺に対して、舎兄は「強行突破だ」って爽やかに言いやがる。


 このイケメンめッ、そんな無茶振りを口にする時までカッケー面しやがってよぉッ。もうどうなっても知らないからな!

 俺は自棄になってペダルを踏んだ。恐い顔をした不良の団体様が突っ込んでくる俺達に身構えてくる。止められないように俺はペダルを素早く漕いだ。チャリと団体様の間の距離が短いから、スピードがついてくる前に止められる可能性がある。ってことはハンドルを切って、団体様を器用に避けた方がいいかもしれない。

 けどそれは危うい賭けだと思うしな。


「ケイ、余計なことは考えるな。突破することだけに集中しとけ」


 舎兄が俺に助言してくる。無茶言ってきたワリには頼もしいじゃんかよ。

 俺はヨウの言うとおり、余計なことは一切考えないでなるべく短距離でもスピードが出るように足に集中して、思いっきり団体様の中に突っ込んだ。不良恐いとか、殴られたらどうしようとか、そんなこと考えてたら足が止まりそうだから頭真っ白の状態で突っ込んだ。

 案の定、不良様方、俺達を止めようと先手を打ってきた。


「チッ、邪魔なんだよ。暇人ども!」


 いや、俺達も十分に暇人……なんてツッコミを入れたくなる。

 不良のひとりが道端に倒れる。ヨウが蹴りを入れたみたいだ。チャリのスピードにヨウの蹴りが入ったら、スッゲェ大ダメージを喰らうんだろうな。そうやって掴み掛かってくる不良を蹴ってヨウが俺をカバーしてくれたおかげで、難なくチャリは団体様を突破することができた。

 後ろから罵声が聞こえてくるけど、無視してチャリのスピードを出す。まだ諦めていないのか、不良様方は俺達を追い駆けて来てるみたいで声が聞こえてきた。


「粘着質高いな、あいつ等。シツケーの。ケイ、撒けるか?」


「やってみる」


 俺はフルスピードを出してチャリを走らせる。


「ヨウ、しっかり掴まっとけよ。裏道に入る」


「ッ、うわッツ。落ちるかと思った……テメェ、んなこと先に言えって!」


 ヨウの文句を聞き流して俺は細い裏道に入った。

 俺の荒運転についていけてないのか、ヨウが前のりになって俺に体重を掛けてくる。重たい……根性で踏ん張れ、俺。

 人気の無い裏道を俺達はチャリで通り過ぎて行く。風の切る音と一緒に罵声は聞こえなくなっていった。追って来れないんだって気付いたのは裏道を抜けてしまってからだ。俺はフルスピードから普通のスピードまで速度を落として、大きく息をつく。


「どーにか撒けたな」


「後でワタルに連絡して、あいつ等を片付けてもらっとくか」


「いいのかよ、そんなことワタルさんにさせて」


「今日のワタル、喧嘩したくてウズウズしてるっつーか、胡散溜まってるみてぇで機嫌悪いからな。喜んでやってくれるだろ」


 おいおいおい、自分の蒔いた種だろ。自分で刈れって。

 でもワタルさんなら確かに喜んで喧嘩しそうだな。想像できるから、俺の背筋にイヤーな汗が流れた。

 背中を小突かれる。ヨウに視線を送れば、楽しそうにヨウが笑って俺に体重を掛けてきた。だからッ、重たいんだって……ヨウ。体重、掛けるなって。


「ラーメン食いに行こうぜ。ラーメン。今ので余計に腹減った」


 能天気によくもまあ……俺なんて不良の団体様目の前にして胃が縮みこんだよ。

 けど安心したのか、俺もなんか小腹が。うん、腹減ったな。俺、いっぱいいっぱいチャリ漕いだし、食べ盛りの高校生だしな。


「ホント腹減ったな。強行突破なんて凄いことさせるから、まーじ腹減った」


「スゲェことも何もぜってぇデキるって思ったし?」


「何を根拠にそう言えるのか、めっちゃ不思議なんですけど」


「バーカ。俺達、舎兄弟ならフッツーに突破できるだろ」


「なんだそりゃ、理由になってねえって」


 ヨウの言葉に笑っちまった。俺につられてヨウも笑ってくる。



 この一ヶ月。

 相変わらず不良の恐さに嘆いたり、不良に喧嘩売られたり、巻き込まれたりしては頭を悩まされたりしてるけど、平和っちゃ平和っぽい生活を送ってるんだ。日賀野の件みたいに特別厄介事に巻き込まれる事件ってのは、今のところ無い。

 少しだけど俺達、舎兄弟っぽくなったしな。いや、舎弟白紙の件を諦めたわけじゃないけどさ!

 とにかく最近の俺の生活はスッゲー穏やかなんだ。平和そのものってカンジ。




 ◇ ◇ ◇


 

 前言撤回。

 俺の生活は穏やかでも、平穏でも、平和でも、のほほんでも、ベラボウチクショウでもない。特別厄介事に巻き込まれてもないとかほざきましたが、俺は十二分に厄介事に巻き込まれてる。

 だって俺、田山圭太は人生初。人生初の、  


「最近の出席率の悪さは何だ、田山。サボリ癖でもついたのか?」


「いえ……別に」


「別にでサボるのか、お前は」


 こ、恐ぇ。担任の前橋を目の前に、俺はダンマリになる。

 俺、田山圭太は十六年間上辺真面目ちゃんで生きてきた筈なのに、この度、人生初めての呼び出しを喰らっちまった。しかもそれが授業出席率のことで。

 帰りのSHRの時に前橋が「田山、放課後話がある」って職員室に来いって言ってきたんだぜ? この時点で何かあるって思うだろ? で、恐る恐る職員室に行ってみたら、前橋が顰め面して自分の席に着いてるわけよ。


 もう表情からして「俺にとってヒッジョーに不味い話がある」って察しちゃうわけだ。

 更には前橋がやって来た俺に気付いて溜息をつく。三度も深い溜息をつく。気が済むまで溜息をついた後、職員室の隅に置いてあった丸椅子を持って来て、そこに座れって言うわけだ。これは長期戦を覚悟しないといけないってことで。


 俺は言うとおりに嫌々丸椅子に座って、通学鞄を床に置いて、今こうやって冷汗を流しながら、前橋と話し合っている。

 嗚呼、胃がイテェ。帰りてぇ。此処から逃げ出してぇ。嘆いたって前橋は解放してくれる筈が無い。


「田山。先週、何回授業をサボった?」


「三回です」


「だな。先週だけならまだしも今週もサボってるだろ。今日もサボったな。午前中の授業」


 サボった。はい、サボっちゃいました。でもあれは、ヨウやワタルさんに誘われて……。

 言い訳だって分かってるけど、前橋! お前なら断れるか。

 教師の皆様だって泣きを見る、あの荒川庸一と貫名渉にお誘いされちまったんだぞ。断れないだろ! 最初は断ろうと思ったけど、やっぱ断るの度胸がいるし、授業の出席率に余裕があると思って俺、サボっちゃったんだよ! 悪いか、チクショウ!


 心の中で叫ぶ俺。

 言えないよな……ヨウやワタルさんに誘われたからって。そういう言い訳を並べても格好悪いだけだし、それに追々面倒なことになりそうだし。

 俯いて黙りこくっている俺に前橋が大きく溜息をついて、こめかみを押さえている。



「気のせいかもしれんが、最近、荒川と一緒にいないか? いるだろ? ああ、いるな。お前、最近一緒にいるな。俺を始め、何人もの先生が目撃しているしな。どーせ荒川とサボってるんだろ。ったく面倒だな、お前等。なんでサボるよ。授業ツマらんか? なあ? 誰だってツマらんもんある。けど授業は出ろ。聞かんでもいいから授業は出ろ。でなきゃ俺の仕事が増えるだろうが」



 ベラベラと一方的に前橋が俺に話し掛けてくる。

 というか自分の気持ちを吐露してるっつーの? とにかく俺の口挟む余地無し。前橋、俺、帰っていいかなー。もう此処に座ってるのヤなんだけど。


「荒川! 聞いているのか!」


「ウッセェな。んなデケェ声出しても聞こえてるっつーの」


 向かい側の席から聞こえてくるのは聞き覚えのある声と、教師の怒鳴り声。顔を上げてそっちを見れば、不貞腐れて丸椅子に座っている俺の舎兄。

 ちょ……なんでお前まで呼び出されてるんだよ。 

 いや、そりゃ俺よりも授業の出席率悪いだろうし、ヨロシクナイ行動を起こしたりしてるだろうし、服装違反上等な不良さまだから目を付けられたとは思うんだけど、なにも俺が呼び出しを喰らってる時に、お前まで呼び出されなくてもいいじゃないか。


 なんてタイミングなんだよ……あれか、一種の神様の悪戯ってヤツか。だったらタチの悪い冗談だぜ。


 ヨウはスンゲぇダルそうな顔しながら足を組んで、担任の説教が煩いとばかりに片耳の穴に指を突っ込んでる。その態度にヨウの担任が憤死しそな面を作って「聞いてるのか!」って自分の机を叩いていた。


 あのヨウに怒りを向けるってスッゲェ…俺は思わずヨウの担任に感心。

 まあヨウの担任は俺達の学年じゃメチャ恐いって評判の説教クサイ学年主任だしな。ヨウみたいな不良でもズバッと言えるんだろうな。その度胸、是非とも俺に分けて欲しい!一欠けらでも分けてもらったらきっと、恐い不良様達に悪態くらいは付けられる。多分。


 にしても相変わらずヨウはダルそう、欠伸をする始末だし。


 そういう態度で更に教師の怒りを煽ってるって分かってねーよなー。煽ってバッカだと余計に説教が長ったらしくなるんだぜ? こういう時は表で反省した態度を作って素直に謝るのがベストだって。ああ、言った傍からまた欠伸してる。お前の担任が睨んでるぞ。こりゃヨウの方は俺以上に担任とお話し合いになりそうだな。

 呆れてながらチラチラ様子を見ていたら、俺の視線に気付いたのかヨウがこっちを見てきた。


 嗚呼、バッチリ目が合っちまったよ。呼び出されて担任に説教もどきされている、このタイミングでヨウと目が合っちまった。


 なーんかイヤーな予感がする。地味の勘が疼いて仕方がない。

 そんなことを思いながらも、俺は前橋にバレない程度に手を上げてヨウに挨拶。   

 だって目が合ったんだぜ? 俺、ヨウになんて気付いてませーんなんて無視するわけにもいかないだろ。無視したら追々なんて言われるか! 俺の挨拶に何を思ったか、ヨウは暇から抜け出せるみたいな顔を作ってきた。


 ……なあ、ヨウ、人のことは言えないんだけどお前、一応説教中なんだろ? なに、その楽しげな顔。って、なんで椅子引き摺って俺のところに来るんだよ。あっち行ってくれ! シッシ! 俺、今、前橋とお話し合い中!


「ケイ。何してるんだよ、こんなところで」


 だぁあああッ、お前ッ、空気読め!

 何してるって、どっこをどう見たってお前と同じ理由だろ?! 呼び出されて説教もどき受けてるんだよ!

 ほっらぁ、俺とお話していた(一方的愚痴を零していた)前橋がこめかみ押さえてるだろ?! お前に説教垂れてた担任の怒りを、お前は肌で感じないのか?! めっさムンムン怒りオーラが向い側の机から感じるんだけど?!


「何って……説教喰らってるんだけど……出席のことで」


「はははっ。ダッセェ、ケイ。やっちまったなー」


 ださッ。人のこと、言えないだろ、荒川くん。

 君も出席のことでやっちまってるんだろ? 寧ろ俺の出席、ある意味、君達のせいでもあるんだぞ。なんて言えない俺。「やっちまったよなー」俺はヤケクソで笑った。笑って見せた。もう笑うしかないぜ、マジで。


「荒川。森次先生がオカンムリだぞ。戻れ」

「ウッセェな、前橋。テメェにはカンケーねぇだろ。話し掛けんな」


 あああっ、前橋に喧嘩を売るなよ! とばっちりが俺にくるだろ? お、れ、に。

 内心メッチャビビッてる俺を余所に、ヨウの担任がこっちにやって来た。


「荒川ッ、人の話を聞かない上に途中放棄かッ、話は終わって」


「はいはいはいはい。これからはちゃんと授業にサボりませんー。スミマセンデシター」


 ヨウ、謝る気ゼロ。教師の神経を逆立てすることがスンゲェお上手。

 すぐ傍で見てる俺の心境『帰りたい。逃げたい。俺には関係ない!』。ああ、胃が嫌にキッリキリして、心臓がバックバクしてる。


「それだけじゃないことくらい分かってるだろッ、そのダラシない服装を」


「チッ、一々ダッリィんだよ。胸糞ワリィ」


「荒川! 校則の一つくらいは守れ! それが学校のルールであり、社会のルールだ!」


「俺に指図してんじゃねえよ」


 「ダリィ。ウゼェ」俺の隣で愚痴を零しているヨウの機嫌は最悪。仁王立ちしているヨウの担任も機嫌は最悪。

 俺は交互に対立している2人を見合って、様子を見守るしかできない。前橋とのお話し合いとか何とか、そんなのことよりも目の前のやり取りが恐すぎて動けないっつーの!

 前橋はヨウの担任に「少し落ち着いて」って声を掛けていた。


「服装は今更じゃないですか。取り敢えず、授業の出席のことだけでも」


「甘いんですよ。そうやって見逃しているから、こいつ等はツケあがってくるんです」


 こいつ“等”? 待て待て待て、俺も入ってるのかよ⁈

 服装に関しちゃ、俺、真面目ちゃんじゃないかー! ヨウとつるんでるだけで、なんでそんなツケあがるとか言われなきゃいけないんだ。授業サボったのは悪いと思うけど、そんな物の言い方ないって。妙に腹立つぞ。

 ヨウは担任の言葉が気に喰わなかったのか、片眉をつり上げて盛大な舌打ちをした。


「ンだよ、エラそうに」


「言いたいことがあるならハッキリ言え。荒川」


「じゃあ、ハッキリ言ってやる。エラそうなモノの言い草してんじゃねえぞ。さっきからマジ、ウゼェんだよ!」



「落ちこぼれほどよく吠えるようで」



 ヨウの担任が何か言う前に、誰かがヨウに向かって言ってきた。しかも明らかに小ばかにした台詞。

 誰が言ったんだろ? 辺りを見回す。一人の男子生徒が俺達に歩み寄って来たおかげで、今の台詞はこの人が言ったんだって分かった。感じの好い眼鏡を掛けて、俺達の前で立ち止まる男子生徒は先輩っぽい。

 ヨウにとっちゃ先輩も後輩もないみたいで、今の台詞にかなり腹を立てている。


「ンだと、テメェ、もっぺん言ってみやがれ」


「何度でも。落ちこぼれほどよく吠える」


「ッ、テメ」


「ちょちょちょッ、ヨウ! 此処で騒ぎをデカくするのはマズイだろ!」


 腰を上げて掴み掛かろうとするヨウを必死に俺は止めた。

 こんなところで目の前の先輩を殴り倒してみろよ? 大問題だろ?! 俺の言葉に納得はしてるみたいだけど、ヨウの腹の虫はおさまらないみたいだ。何度も舌打ちをしてる……恐ッ!

 「須垣すがき、お前もヤメろ」挑発に対して前橋が咎めてくる。すると先輩は前橋に愛想よく微笑み、素直に謝罪。


「すみません。あまりにも態度のデカイ後輩に見ていられなくて。どうもこの後輩は、直ぐに暴力に走るみたいですね」


 しかも場所を選ばないとは、ね。

 嫌味ったらしい物の言い草にヨウは自分の座っていた丸椅子を蹴り飛ばした。何事だとばかりに職員室にいる教師や生徒達がこっちを見てくるけど、ヨウは頭に血が上っているのか何なのか視線なんて全然気にしていない。


 とにかくヨウは、キレてるッ……マジギレしているって絶対!


 担任のお小言で機嫌が最悪だったところに、トドメのヒトコトがきたもんだから、マジギレもいいとこ。あまりのヨウの恐さに俺は心の中で号泣ッ、地味に感じていた嫌な予感は的中したみたいだ!

 このまま暴動でも起こすんじゃないかって心配してたんだけど、ヨウにはまだ感情を抑えるだけの理性が残ってたみたいだ。前橋の机を蹴って俺を見下ろしてきた。


「こんなとこさっさと出るぞ、ケイ。マジ胸糞ワリィ」


「え、あ、ちょ、」


 速足で歩き出すヨウに俺は焦った。

 ちょ、俺まだ説教中なんだけど。それにお前、鞄忘れてるじゃないか! 前橋やヨウの担任の止める声を、一切無視してるし。


 ああっ、ホントもうツイてねぇぜ!


 グッバイ、上辺真面目ちゃんの称号。今日から俺はセンセー達から目を付けられるであろう、上辺不良ちゃんの仲間入りだ! 俺、先公の話なんて聞かないぜ! これからは先公に反論をバンバンしてやるぜ!

 ……出来るわけねぇし。面倒事はゴメンなのになぁ。泣けてくる。

 床に置いていた自分の通学鞄と、ヨウの担任の机の上に置いてあったヨウの通学鞄を持ってヨウの後を追い駆けることにした。


 だけど俺は先輩に腕を掴まれてしまう。


「あの、何ですか」


「ちょっと話があるんだ。一緒に来てもらうよ。そっちの落ちこぼれ不良くんも、来てくれたら有り難いんだけどね」


 先輩の呼び掛けにヨウが「あ˝?」って声を上げて足を止めた。

 ヨウ、ツッコむところじゃないかもしれないけど、母音に濁点は不必要だぜ!


「一緒に来てくれるかい? 生徒会室に」


「フザけるな。ンなとこ行くわけねぇだろうが。行くぞ、ケイ」


「行くぞ……ッ、ちょ、待てって! あの、先輩。手を放して下さいッ、ヨーウ! 待てって!」


「貫名。土倉。苑田。谷沢も生徒会室にいる。君の知り合いだろ? 違うかい?」


 俺は勿論、ヨウも驚いたみたいで弾かれたように振り向き先輩を凝視。



「一緒に来てくれるだろ?」



 爽やかな笑顔を見せる先輩に地味の勘がまた疼いた。俺の気のせい、だとイイケド……嫌な、なーんか嫌な予感がする。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る