第39話 にぶい奴

貴史たちはハインリッヒ王の城の中にある控えの間に下がったが、ブレイズ達も一緒に付いて来た。



何はともあれ、ヤースミーンが一緒にパーティーを組んでいた冒険者仲間だから積もる話があるようだ。



「ありがとうヤースミーン、大司教様がなんでも願いをかなえてくれるのに、わざわざ私たちを蘇らせてくれたんでしょう。」



部屋に入って落ち着いたとたんに、アリサはヤースミーンをハグして、感謝の言葉を連発した。ヤースミーンはヘヘッと笑ってまんざらでもなさそうな顔をしている。




「また俺たちと一緒に冒険に出かけよう。」




ブレイズは当然のようにヤースミーンに声をかけたが、ヤースミーンは表情を曇らせた。




「私は新しい仲間ができたから、ブレイズ達と冒険には行きません。」




「なんでだよ、この前だってエレファントキングを倒せなかったのは運がなかっただけだ。もう一度冒険に出かけて一山当てようぜ。」




ブレイズは食い下がったが、ヤースミーンは首を縦に振らなかった。




「私はタリーさんやシマダタカシさんと酒場で働くほうを選びます。」



ブレイズはヤースミーンが示した二人を見た。



「さっきから気になっていたがその辺に置いてある武器や防具は俺のじゃないか。一体どういうことだ。」




「シマダタカシはあなたたちがやられた直後に異世界から転移してきた人なのです。武器も何も持っていなかったのでブレイズの装備を借りてそのまま使っていました。」



ブレイズは貴史の顔をしげしげと見つめていたが、やがて部屋の中に視線を転じた。




「それじゃあ、そこに置いてある剣や防具は俺のものだな。揃えるのに苦労したんだから返してくれ。」



ヤースミーンは慌てて貴史の顔を見たが、貴史は黙ってうなずいた。




「持って行っていいですよ。もともとブレイズのものですから。」




ヤースミーンの言葉にブレイズはおおようにうなずくと、装備が置いてある壁際まで行くと、剣を背中に背負い、残りの装備も付け始めた。




「もう行ってしまうんですか。」




「ああ、街に出て新しい仲間を募ることにするよ。礼を言うのが遅くなったが、俺を甦えらせてくれてありがとうヤースミーン。」




ブレイズはヤースミーンの頬に、軽く口づけした。




ヤースミーンの顔が見る間に朱に染まっていく。




「アリサはどうするんだ。」



「私はせっかくだからもう少しお城を見学していくわ。ヤースミーンともお話ししたいし。」



アリサは来賓室のゴージャスなソファーでくつろいでいる。



「そうか。俺は自分の家を拠点にして中央のマーケットで仲間探しをしているから後から来てくれ。」



ブレイズは肩をすくめると部屋から出ていった。通り過ぎる時にちらりと貴史に視線を投げていく。



ブレイズが立ち去った後、一同の間に気まずい空気が流れた。沈黙を破ったのはアリサだった。



「ブレイズも感謝はしているけれど、全滅した挙句に蘇らせてもらったのでばつが悪いのよ。」



アリサの言葉に、ヤースミーンはうなずいてみせた。



「そうそう、格好をつけたいのと相反する気持ちが奴をいづらくさせたんだな。俺は素直に感謝するよ。ありがとうヤースミーン。」




ヤンがヤースミーンの手にそっと自分の手を置いた。ヒーラーだけに温厚そうな表情と落ち着いた物腰だ。




先ほどまで長時間の謁見を行っていただけに一同は空腹を覚え始めていた。何か食べ物を頼もうかと思っていた時に、使いの者が来賓室を訪れた。




「ゲルハルト王子様が晩餐会を準備して、ご招待されています。どうか皆様ご出席ください。」




皆は何か食べ物にありつけそうだと腰を上げた。




「ゲルハルト王子様の晩餐会に出席できるなんてすごいわ。私もご一緒させてもらえるのかしら。」




「もちろんご同席ください。ゲルハルト王子さまは復活された方々の話も是非聞きたいそうです。」




アリサはヤースミーンの手を取って飛び跳ねそうな喜び方だ。



晩餐会に向かうために、一同が廊下を歩く間、ヤースミーンとアリサはとりとめもなく話し続けている。



貴史は彼女たちの少し後ろを歩きながら、ヤンに訊いた。



「ゲルハルト王子って女性に人気があるのかな。」



ヤン君は驚いた表情で答えた。




「そりゃそうでしょ、王位継承権一位の皇太子ですよ。見初められたらもしかしたら皇后になれるかもしれない。」




貴史にとっては、ゲルハルト王子はレイナ姫と確執があることでイメージが悪かった。しかし、先ほど会った感触は気さくで憎めない雰囲気である。




人は一面だけで判断してはいけないものだと、貴史は思う。




貴史たちがゲルハルト王子が準備した晩餐会の会場に着くと、ゲルハルト王子は息をのんだ表情でこちらを見つめていた。




その視線はどうやらアリサに向いているようだ。




茶話会が始まってからも、王子は何くれとなくアリサに気を使って、二人を中心に会話が弾んでいく。




「おいおい、アリサがゲルハルト王子に見初められちゃっているぜ。」




ヤン君がつぶやいたのを聞いて、貴史は訳知り顔のヤン君に聞いた。




「それってどういうことですか。」




「早い話、王子がアリサのことを気に入っているんだよ。これは、茶話会の後で彼女をお持ち帰りするかも知れないぜ。」




「うそ、そんなことってあるんですか。」




料理を口に詰め込んでいたヤースミーンはむせそうになりながらヤンに訊いた、




「噂では、王子ってシスコンらしい。確執があると言いながら、実はレイナ姫の面影を追い続けるってやつだね。」




「アリサってスタイルと顔立ちがちょっと似ているからずっとレイナ姫様を目指してたんですよ。髪型だってレイナ姫そっくりだしやばいじゃないですか。」




ヤースミーンとヤンはアリサをネタに盛り上がるが、貴史とタリーはアリサとは初対面なのでもっぱら食べるのに忙しい。




「さすがに王室が準備する料理はいいな。このビーフは私がいた世界の黒毛和牛を思わせる味だ。」




「魔物もいいけどちゃんとした牛肉もおいしいですよね。」




貴史は次々と運ばれてくる料理を堪能しながらタリーに言った。



「いや、私は魔物の料理をもっと極めてみたい。私の母国では野に棲む獣の肉をジビエと言って珍重していた。その土地の地味を蓄えたジビエこそが最高の料理とされていたのだ。魔物を食べることはこの世界の滋養を味わうことに他ならないと思うのだ。」



この人はやはり趣味で魔物を食べようとしていたのだなと、貴史は思った。しかし、その趣味に付き合うのも悪くない。




食事がデザートに移るころになっても王子とアリサは楽しげに会話を続けている。




「さあ、あとはお若い方たちだけにして我々は退席しようか。」



タリーがつぶやいた言葉はヤースミーンには通じなかったが、貴史はニヤリと笑って応えた



「なんですかそのお見合い仲介のおばさんみたいなセリフは。」




「わかってくれるとはさすがだな。」



タリーは傍らにいた侍従を呼んで訊ねた。




「我々は先に退席してもよろしいかな。」




「お気遣い痛み入ります。お部屋まで案内させましょう。」



侍従は深々と礼をした。




侍従の一人に先導されて自分たちの部屋に戻る途中で、貴史はヤースミーンに問いかけた。




「アリサがゲルハルト王子に娶られたら、ブレイズはフリーになるだろ。ヤースミーンにもチャンスがあるかもしれないね。」




ヤースミーンは戸惑った表情で言った。




「私は、いまではブレイズのことは何とも思っていません。私のへまで皆が死んだままでは自分だけ幸せになることはできないとおもって大司教様にお願いしたのです。」



「へーそうだったんだ。」



貴史は何てことなさそうに返事をする。




後ろから二人を見ていたヤンが、困ったやつだという顔をして肩をすくめて見せると、タリーは苦笑しながらうなずいた。

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