第27話 ゲルハルト王子

「ゲルハルト王子様、上の階から来た負傷した兵士が、至急お知らせしたいことがあると言っています。」



警備に当たっていた親衛隊兵士がゲルハルト王子に耳打ちをした。



ダンジョン最深部に向けて出発する準備をしていたゲルハルト王子は眉をひそめた。



「何事だ?。かまわぬからここに通せ。」



王子の返事を聞いた兵士は別の兵士にうなずいて見せる。



間もなく、上層階からの急を知らせる兵が連れてこられ、ゲルハルト王子に告げた。



「申し上げます。地下一階で、大規模な天井の崩落が起き、ベースキャンプの物資と守備に残した小隊は全て埋もれました。地下二階ではアンデッドが大量に出現し、出入り口の守備に当たっていた中隊が壊滅しています。アンデッドは動くもの全てを襲いながら下層階に降りてきています。」



兵士は片腕と頭から血を流しては息も絶え絶えの様子だ。ゲルハルト王子は伝令の兵に告げた。



「ご苦労だったな。手当を受けて休んでくれ。」



報告を終えてへたり込んだ兵士を救護班が介抱し始めた。ゲルハルト王子は側近を振り返る。



「どうしたものかなシュナイダー。」



「はっ、上層階のアンデッドを掃討して地上との連絡を回復するのが急務かと、我々の食料は一日分しかありません。」



「兵学校の口頭諮問なら五〇点だな。上層階に向かったところを敵の本体に背後を突かれたらどうするつもりだ。」



シュナイダーは口ごもった。ゲルハルト王子は周囲に集まった指揮官達を見回して告げる。



「聞いたとおり、我々は罠にはまったようだ。だが戦力は十分にある。今日のうちに敵の首領を倒して雌雄を決する。」



上層階の異変を聞いて浮き足立っていた一同の表情は、ゲルハルト王子の言葉を聞いて引き締まった。



「第三小隊は上層階からの入り口になっている隠し扉を確保しろ。あの扉がボトルネックになっているから上層階からの敵は十分防げるはずだ。残りの部隊は私と共にダンジョンの最深部まで進撃する。出発は十分後だ。」



ゲルハルト王子の指令を聞いて指揮官達は敬礼してから各自の部隊に散った。



「ゲルハルト王子、地下七階の奥までは十分に索敵が出来ていません。闇雲に進むのは危険です。」



シュナイダーが進言したがゲルハルト王子はゆっくりと首を振った。



「前列の部隊はすりつぶすことになるかも知れぬがやむを得ん。短期決戦で挑まないと我々は飢えと闘う羽目になる。」



ヒマリアを出撃する前の作戦会議でダンジョン侵入は少数精鋭部隊で臨む方が適していると主張し続けていたシュナイダーはため息をつく。



ゲルハルト王子の警護のために大部隊の派遣を主張する一派に押し切られる形でエレファントキング討伐作戦は発動されたのだ。



「わかりました。最善を尽くしましょう。」



シュナイダーは直轄の親衛隊の隊長を物陰に呼んだ。



「狭いダンジョン内では大部隊も優位性が薄い。私はハインリッヒ王から最悪の場合は、王子だけは生還させよと密命を受けている。私が王子の救出を優先すると判断した時はそのことを最優先してくれ。」



親衛隊長はシュナイダーの言葉を聞いて心なしか青ざめた。




「敵はそこまで手ごわいとおっしゃるのですか。」




「念のためだ。何もなかったら今聞いたことは忘れてくれ。」




シュナイダーは親衛隊長の肩にポンと手を置くと、陣頭指揮のために前列に向かった。




ヒマリア軍部隊は本体が集結していた大広間から狭い通路を抜けてダンジョンの最深部と思われる空間に展開していく。



高い天井を支える巨大な石柱が林立する空洞が続き、その先には更に大きな空間があるようだった。



先頭を切っていた部隊が大空洞の中央にある祭壇にたどり着いたとき、祭壇の上からガルルルとうなり声が聞こえてきた。



兵士達が身構える間もなく頭上から猛烈な火炎が降り注ぐ。黒こげになった兵士達はばたばたと倒れていく。



「レッドドラゴンだ」



炎のブレスの直撃を免れた兵士達は算を乱して逃げ始めた。



「隊列を乱すな。ドラゴンスレイヤーチームを前に出せ。」



ゲルハルト王子は逃走してきた兵士達を引き留めながら対ドラゴン戦の精鋭部隊を呼んだ。遠征隊には強力なバネで打ち出すドラゴンランスを携えた部隊も加わっている。



ドラゴンランスを抱えて迫る兵士達にレッドドラゴンはブレスを吹いた。しかし、火炎は兵士達の前で消散した。チームの専属魔導師が魔法防御を展開しているのだ。



ドラゴンスレイヤーチームがもう少しでレッドドラゴンを射程距離に捕らえようかという時に、ドラゴンの足元からスタスタと歩いて来る人影があった。



一見人に見えるがそれは異形の魔物だった。その姿は胴体は人だが、頭部が三ッ目の象の姿だ。



像頭の獣人はてマントをひるがえしながら、両の手にすらりと大剣を抜きはなった。



「エレファントキングだ。」



誰かが叫ぶ声と同時にエレファントキングはドラゴンスレイヤーチームに襲いかかっていた。ランス隊を守ろうとしたチーム直衛の兵士達は瞬時に切り伏せられ、ランスを携えた兵士や魔導師達も次々に倒されていく。



前線の部隊の兵士がドラゴンランスに駆け寄ろうとしたが、羽ばたきして緩やかに浮上したドラゴンのブレスが兵士達を焼き払う。



兵士達は恐慌を起こして次々と逃げ始めた。



その時を待っていたように、部隊の左右の側面に三つの目を持つ象が突進してきた。



三つ目の象単独なら組織された部隊は十分対処できる。しかし、レッドドラゴンやエレファントキングの脅威に浮き足だった兵士達は突進する象の魔物に蹂躙されていく。



潮が引くように後退していく兵士達に取り残されそうになったゲルハルト王子はにわかに敗北の2文字を意識した。そしてそれは彼自身の死も意味していた。ゲルハルト王子は親衛隊の魔導師に言った。



「私があの魔物と対決する。その間、火炎から防御してくれ。」



魔導師が答えようとしたとき、シュナイダーはゲルハルト王子のみぞおちに拳をたたき込んでいた。



シュナイダーは意識を失って倒れようとする王子を肩に担いだ。小太りの王子は結構な重さだ。



シュナイダーは、親衛隊の隊長に告げた。



「ゲルハルト王子が後退する。退却路を死守しろ。」



親衛隊の精鋭達は、右往左往する兵士達を蹴散らすようにして後退路を確保し始めた。

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