第26話 ヒマリア軍の戦い
古い城の地下室には湿った空気がたちこめていた。ヒマリア軍の百人隊長を務めるクリストはむっつりと口を閉じて指揮官用の携帯椅子に腰を下ろしていた。
周囲では部下達が思い思いに休憩している。ここはエレファントキングの城のダンジョンの地下二階だ。ゲルハルト王子が率いるエレファントキング討伐部隊の主力はすでにダンジョンの下層に侵攻している。
ダンジョンの入り口を警備するよう命じられたクリストは貧乏くじを引かされたと感じていた。
警備と言っても、もはや魔物も姿を現さないダンジョンで部下達と共にゲルハルト王子が率いる本体の帰りをじっと待っているだけなのだ。
先頭を切って攻め込んだ部隊は次々に魔物を倒した上にあちこちで財宝を見つけたと聞いている。ゲルハルト王子もその話を聞いて自らダンジョンに飛び込んでいた。
その時、下の階から賑やかな話し声と共に何人かの人影が登ってきた。ヒマリア軍が侵攻する前からダンジョンに入り込んでいた冒険者のようだ。
「おまえ達、どこから来た。」
副官のべーオウルフが問いただすと、リーダーらしい戦士が答える。
「俺たちは、ダンジョンの地下七階下層で下の階層への出入り口を探していたんだ。隠し通路の鍵を開けたところで、ゲルハルト王子様の部隊が追いついてきたので道を譲って差し上げたのだ。ゲルハルト王子はたっぷりと報償金を下さったよ」
戦士は金貨が入っているらしい袋をかざして見せた。
「そうかご苦労だったな。行っていいぞ。」
クリストが告げると冒険者のパーティーは再びがやがやとしゃべりながら地下一階への階段を上っていった。冒険者の目的はボスの打倒だけではない。彼らにしてみれば、ゲルハルト王子の部隊に下層への出入り口を教えたことで名を揚げた上に、報奨金まで貰ったから今回の冒険は十分な成果を得たと判断したのだろう。
メンバーを失うこともなく、お金を手にした彼らの表情は明るかった。
話を聞いていた部下の何人かは腰を上げるとその辺の壁を叩いたり、廊下の行き止まりの部分に足を踏み入れたりし始めた。
「むやみに歩き回るな。まだ生きている罠が残っているかも知れない。」
べーオウルフにしかられた兵士達は渋々戻ってきた。彼らも先に入った部隊のように宝を手に入れたいのだ。
「そろそろ食事にしよう。上の階から夕食用の食料を持ってきてくれ。」
クリストが命令すると当番の兵士達が上の階に向かった。
今回のヒマリア軍の遠征部隊は千名を超えていた。数日間ダンジョンに潜るための食料だけでも相当な量だ。
城の外の平原に騎兵達の馬や入り口の見張りに数十名を残して、大半の兵士はダンジョンに入っていた。そして食料は地下一階に築かれたベースキャンプにデポされていた。地下深くに降りていった主力部隊は各自が一日分の食糧を携行したのみだ。
一昼夜に相当する時間が経過したら、一度主力部隊もベースキャンプまで戻ってくる予定だった。その上でキャンプ2やキャンプ3の前進基地を作りながら、ボスの待つ最深部に迫る予定だ。
主力部隊が地下七階よりも深い階層まで降りているとしたら。侵攻しすぎていると言わざるを得なかった。
口に出すわけにはいかないが少し軽率な性格のゲルハルト王子が調子に乗って進みすぎているようだ。
「王子の悪い癖が出たようですな」
クリストと同じ事を考えていたらしいべーオウルフがつぶやいた。
「それを言っては駄目だよべーオウルフ。我々は王立防衛軍の雇われ兵だからな。」
自嘲気味に言うクリストにべーオウルフは肩をすくめて見せた。その時、周囲を揺るがす地響きと共にダンジョンの床に振動が伝わってきた。
「何が起きたか確認しろ。上下の階に斥候を出せ。」
クリストの指示で何名かの兵士が駈けだしていったが、上の階に行った兵士は程なく戻ってきた。
「大変です。地下一階の天井が崩落しています。」
斥候に出た兵士達が告げた。彼らの後から食料を取りに行った当番兵の生き残りがよろよろと続いた。何名かは犠牲になったようだ。
「閉じこめられたというのか。」
クリストは崩落が収まったのを確認してから出口を探さなければと考えていたが、自分たちが待機していた広間の床のあちこちで石畳の石が消失して漆黒の穴が空いている事に気がついた。
この階にも崩落が及んでいるのかとクリストが訝んでいると、その穴から小振りな人影がワラワラと出て来始めた。
「アンデッドコボルドだ。みんな気をつけろ。」
兵士達が剣を抜く音に混じって、剣同士を打ち合わせる鋭い金属音が響き始めた。
「全員戦闘態勢だ。防御円陣を組んで敵襲に備えろ。」
クリストは叫びながら自分も剣を抜き、周囲の兵士と円陣を組んだ。
このダンジョンそのものが罠だったのか。クリストは取り返しが付かない失態に気づいて唇をかんだ。
地下二階の広間のあちこちで兵士の悲鳴やうめき声が響いた。クリストは目の前に迫ってきたアンデッドコボルドを自分の剣で鋭く薙ぎ払った。
アンデッドコボルドの首が飛び地面に落ちる。一瞬気を抜いたクリストの懐に首のないアンデッドコボルドが飛び込んでいた。
間合いを取ろうとしたクリストは、自分の足をアンデッドコボルトが踏みつけていることに気付いて愕然とした。足を踏まれているために動けない。
間近の敵に剣を構え直そうとした時には、アンデッドコボルドの剣は鎧の脇からクリストの胸を差し貫いていた。
「このまま全滅するのか?。」
クリストは立っていられなくて膝をついた。
傷口を押えた手にはベッタリと血が付着している。
次第に視界が暗くなってくるのを感じながらクリストは奇襲攻撃を受けて劣勢を余儀なくされた部下達をなすすべもなく眺めていた。
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