第16話 エルフの移住者

夕方になり、ディナータイムが始まる前のギルガメッシュは忙しかった。



貴史はタリーがオーブンで焼いたドラゴンのもも肉の塊を切り分けるのに忙しい。


ピンク色に火が通った柔らかい赤身肉とマスタードソース、そして近くの小川で取ってきたクレソンを添える。それとマッシュポテトのセットが本日のメインだ。



「しまった、途中で穴が空いちゃったよ。」



貴史はカットを失敗したローストドラゴンの切れ端を一口味見して残りを足元にいたスラチンに投げてやった。



スライムのスラチンは器用に空中で受け止め、一口で食べると舌なめずりした。ドラゴンと戦った日に回復魔法を使いすぎて平べったくなっていたスラチンも、もとの形状に戻っていた。



「ヤースミーンには給仕用の新しい衣装をオーダーしたからそれに着替えてくれないか。」



タリーの言葉に、バゲットを切っていたヤースミーンは驚いて手を止めた。



「私のためにわざわざオーダーしてくれたのですか。」



「そうだよ。トリプルベリーの街の仕立店に頼んだんだ。そこの箱に入っているよ。」



ヤースミーンは自分のためにオーダーしたというのが嬉しかったようで箱を抱えるといそいそと自分の部屋に登っていった。



数分後、ヤースミーンがキッチンに降りてきたのを見て貴史は息をのんだ。その衣装はバニーガールのスタイルだったのだ。ヤースミーンのちょっと大きめの胸元が強調されていて貴史はドキドキした。



「この衣装、フォーマルにしては露出が多すぎませんか。足なんか殆ど見えちゃっているし。」



ヤースミーンの意見はもっともなものだったが、タリーはしらっとした顔で答えた。



「その衣装は私の世界では賓客をもてなすときのフォーマルなスタイルだったのだ。私のおもてなしの気持ちを表すためにも是非、着て欲しい。」



ヤースミーンは助けを求めるように、貴史の方を見た。



貴史は、ヤースミーンのためにタリーに反対意見を言おうかと思ったが、ヤースミーンの衣装のしっぽが着いている辺りを見ているうちに気が変わった。



「僕の世界でもフォーマルな場面で使われていましたよ。ちゃんとカラーが着いているから解りますよね。」



ヤースミーンはタリーと貴史を交互に見ていたが、ため息をつくと言った。



「そうですか、これがフォーマルウエアなら仕方がありませんね。」



意外とあっさりと納得したヤースミーンは、タリーが準備したスープから食堂に運び始めた。今日は宿泊客の飲食がメインになりそうだ。



宿泊する騎士達とミッターマイヤーが食事を終えると、客足が途切れた。


ギルガメッシュは町はずれにあるので、街の砦に勤める兵士以外は夜に出かけてくるのは二の足を踏むようだ。街の近くでも魔物は出没するのだ。



「シマダタカシの獲物の試食をしてみよう。今日はゼリー寄せとナゲットを作ってみた。ナゲットはあえて粗挽きにして肉の食感を残してみたよ。」



タリーが作ったゼリー寄せは野菜と煮込んだパープルラビットの肉をゼリーで固めたものだ。肉と野菜のうまみが凝縮された上品な味を楽しみながらも、貴史は自分に挑んできたパープルラビットの姿を思い出した。



「ナゲットの方もお肉のうまみが生かされていておいしいですね。粒マスタードのソースがよく合いますよ。」



ヤースミーンの感想にタリーはどや顔でうなずいた。



「沢山捕まえてうちの名物料理にしよう。パープルラビットならば捕まえるのも簡単なはずだ。」



そう簡単でもなかったのだがと貴史は思ったが口には出さなかった。きっとタリーは何か策を考えているのだろう。



タリーがパープルラビットの魔法対策を持っているか確かめる前に、貴史はナゲットの皿を手にとって食べているヤースミーンの網タイツの足に気を取られ、そのまま忘れてしまった。



その時、ギルガメッシュの酒場の入り口が開き、取り付けられているベルが鳴った。入ってきたのは小さな人影だった。



「今日は店じまいしたのかね?。」



それはエルフだった。オラフと同じ種族の男性だがもっと年を取っているように見える。



「いえいえ、営業していますよ。こちらにどうぞ。」



タリーは、エルフを空いている席に案内した。



「オラフさんの同族がいたんですね。」



「そうだな。教えてあげたら喜ぶかもしれない。」



ヤースミーンと貴史がひそひそと囁いている間に席に着いたエルフは。タリーにオーダーした。



「この店はエールは扱っているのかな。」



「もちろん扱っていますよ。ジョッキ一杯が五百クマですが。」



エルフがうなずくのを見て、タリーは貴史達に告げた。



「ビールをジョッキでお持ちしてくれ。」



エルフも「とりあえずビール」派が多いらしい。


貴史がビールの樽から陶器のジョッキに注いで持って行くとエルフは、一気に飲み干した。一息ついたエルフはタリーに向かって尋ねた。



「時にあなた方はハインリッヒ王派かね。それともレイナ姫派なのかな。」



「派閥に属しているわけではありませんが、レイナ姫様と親しいですね。家臣の方も今夜泊まっていますし。」



タリーは無難に答えた。エルフは心なしか表情を緩めた



「そうか、それなら安心だ。この宿は私らの種族も泊めてくれるかね。」



「もちろんお泊めしますよ。」



タリーの言葉を聞いたエルフは鋭く口笛を吹いた。しばらくすると、二体の女性のエルフが入り口に現れた。男性のエルフの妻子のようだ。どうやら今まで様子をうかがっていたらしい。



「わしはボーノと言う名じゃ。ハインリッヒ王は西の森を焼き尽くした上にわし達を迫害してきたのはご存じだろう。先だってレイナ姫様が王に反旗を翻して新国家を作るという噂を聞きましてな。レイナ姫様の作る国の近くに移住しようと出立してきたましたのじゃ。」



レイナ姫の噂はどんどん尾ひれが付いて広まっているようだった。



貴史はエルフのボーノの妻子をテーブルに案内した。



「ありがとうございます。この辺りから魔物が出ると聞いていたので、野宿することになったらどうしようかと思っていたのです。」



ボーノの奥さんが貴史に礼を言った。彼女も娘も整った顔立ちでキツネのような耳がある。

一見してオラフの同族と解る風貌だ。



「この先の森に、オラフさんというエルフが住んでいますがご存じないですか。」



「オラフさんですか。以前近所に住んでいたケナフさんの息子かも知れませんね。私達も近くに住み着きたいものです。」



貴史は少し考えてから尋ねた。



「あなた方一家はパープルラビットが使う眠りの魔法に耐性がありますか。」



ボーノは首を振った。



「いいや。すぐに眠ってしまうな。今は春に播くための種小麦を運んでいるから、奴らに囲まれたらあっという間に眠らされて荷物を取られてしまうはずじゃ。」



貴史は無言でタリーの方を見た。タリーは貴史にうなずいてみせた。



「ちょうどいい。今夜、森に出かけて紫色のうさちゃんを一網打尽にしてやろうぜ。」




自信たっぷりのタリーの言葉にを聞いて、貴史もいつしかパープルラビットの脅威を気にしなくなりつつあった。

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