第7話 レイナ姫が戦う理由
「もしかしてレイナ姫様ではありませんか。」
ヤースミーンがうわずった声で叫んだ。
「そうですが、なにか。」
レイナ姫はそっけなく答えた。お付きの老人が慌てたように付け足した。
「姫様はよんどころない理由で、お忍びで旅をしているのです。今夜はトリプルベリーの町に泊まる予定でしたが、道に迷ってしまいました。日も暮れて野宿するしかないかと思っていた時にこの宿の灯りを見つけたという次第です。」
タリーは立ちあがると2人を招き入れる仕草をしながら言った。
「それは難儀をされましたね。すぐに食事の支度をしますからどうぞこちらにおかけ下さい。もちろんお泊まりいただけたら光栄の至りです。」
大人というのは、その場に応じたうまい口上が出来るものだと貴史は感心する。
ヤースミーンはレイナ姫を見ながら感動した面持ちで立ち尽くしていた。
「あなた達も食事中だったのでしょう。私たちも一緒に食べさせてもらえたらそれでいいですよ。ミッターマイヤーそれでいいな。」
レイナ姫が言った。
ミッターマイヤーはうなずくが、ヤースミーンが大きな声で言った。
「そんな、畏れ多くて一緒に食べることなんてできません。」
ヤースミーンはレイナ姫に思い入れがあるようで目をウルウルさせている。
ミッターマイヤーと呼ばれた老従者はヤースミーンの様子を見て顔をほころばせながら言った。
「姫様は配下の騎馬軍団と野営されることもあるので、そう気を使われなくてもいいのですよ。何か食べものがあれば十分です。」
結局、レイナ姫とミッターマイヤーにテーブルに座ってもらい、タリーと貴史は食事を準備するために厨房に入った。
武器や荷物を降ろして一息ついているレイナ姫にヤースミーンが話しかけた。
「私は王族なのに兵に混じって魔族と戦うレイナ姫様を尊敬しています。今日はどうして護衛の兵も連れずにこんな辺境においでなのですか。」
「それはね。」
レイナ姫が返事をしかけた時、貴史とタリーが料理を運んできた。クロゲウシドリの料理二品とバゲットだ。
「ヤースミーン。葡萄酒を用意したからお持ちしてくれ。」
「はい。」
ヤースミーンは姫に会釈してから慌ててカウンターから葡萄酒を運んだ。
タリーは樽からデキャンターに移した葡萄酒とグラスを五個用意していた。ヤースミーンがレイナ姫に葡萄酒を注ごうとすると、ミッターマイヤーが口を開いた。
「まず、私がお毒味します。」
ヤースミーンがミッターマイヤーのグラスに少し注ぐと彼は口に含んで味見をしてうなずいた。
ヤースミーンは改めてレイナ姫に葡萄酒を注ぐ。
次にミッターマイヤーに注ごうとしたとき、ヤースミーンはおしりのあたりに妙な感触を感じた。
「きゃあ。このおじいさんが私のおしりを。」
ヤースミーンが悲鳴を上げると同時に、テーブルの下からゴスッと鈍い音が響いた。
「このじじい。また悪い癖が出たな。」
レイナ姫がミッターマイヤーをしかりつけた。どうやら、レイナ姫がテーブルの下で彼の向こうずねを蹴ったらしく、ミッターマイヤーは足を押さえてうずくまった。
「すいません。スカートのフリルがかわいかったのでつい手が。」
ミッターマイヤーは意味不明な言い訳をする。
貴史は臆面もなくそんなことができるじいさんがなんだか羨ましいような気もする。
「まあまあ、そう目くじらを立てなくてもいいですよ。これはセントヘレナ産の葡萄酒です。姫の旅の安全を祈って乾杯させてください。」
タリーが取りなして一同は乾杯をした。レイナ姫とミッターマイヤーは空腹だったらしく勢いよく食べ始めた。
「これは何の肉ですか。都で飼っている黒毛牛とは違うようだが。」
レイナ姫の質問にタリーはさらっと答えた。
「近くの森で捕まえたクロゲウシドリの肉です。」
それを聞いたミッターマイヤーはゴフッとむせた。
「姫様に魔物の肉を食わせたというのか。」
目をむくミッターマイヤーをレイナ姫がなだめた。
「よいではないか。魔族との戦いで食糧が尽きたときはヒトカゲの幼生を串刺しにして焚き火で炙ってかじったこともある。この料理は三つ星に値する味で私は大好きだ。」
「ありがとうございます。」
タリーはかしこまってお礼を言う。
「そうだ、さっき聞かれた件ですが、我が父ハインリッヒ王が魔族の支配者エレファントキングを倒した勇者には豪華景品として私を妻にめとらせるとおふれを出したのは聞いているであろう。」
ヤースミーンはうなずいた。貴史は自分で豪華って形容するなよと突っ込みたかったが、さすがに口には出さない。
「私としてはいい迷惑だ。私には既に心に決めた人がいると王に告げても、それならばその者がエレファントキングを倒せばいいと言い出す始末なのです。」
「ひどいですね。どうしてそんなことをいい出したのですか。」
ヤースミーンは少なからず憤慨した様子で言った。
「全ては私の兄の嫌がらせです。彼は兵たちに信頼されている私を煙たがっています。それで、父に耳打ちして私の恋人を窮地に陥れようとしているのです。」
「ラインハルト様は軍の主計官をされていて賢いお方ですが武道はいまいちですからな。」
ミッターマイヤーが骨付きの肉をかじりながら言うと、レイナ姫はキッと彼を睨んだ。ミッターマイヤーは気にする風もなく食べ続けている。
「それなら何故姫君がお忍びで出てこられるのですか。」
タリーがミッターマイヤーに葡萄酒を注ぎながら言った。
「簡単な理由です。私がラインハルトより先回りしてエレファントキングを倒し、彼の手柄にしてやろうと思ったのです。」
すごい自信だと貴史は思った。
ブレイズやアリサの最後の姿を思い出すと、簡単に倒せるような相手ではなさそうだったからだ。
「私の魔法が使えたらお手伝いが出来るのに。」
ヤースミーンは口惜しそうにつぶやくと唇をかんだ。
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