異世界酒場ギルガメッシュの物語

楠木 斉雄

第1話 異世界転移の顛末

島田貴史は途方に暮れていた。人は正真正銘の理解できない状況に置かれると思考が停止する。彼は今まさにその状態だった



その日の朝はいつもと何も変わりはなかった。朝食のトーストをかじっている貴史に母親は昼食代を渡し、彼はそれを財布に入れて高校に出かけるというおきまりの日課どおりだった。ちなみに昼食代は五百円だ。



マンションの共用の通路を通ってエレベーターに乗るところもいつもどおりだ。問題はその後だ、突然の振動と共に彼はエレベーターの天井に張り付けられていた。



「エレベーターの故障か!?。」



最後に記憶しているのはエレベーターの床のが目の前に迫ってくる映像とそれに続く衝撃。




気がつくと貴史は見たこともない石造りの建物とも洞窟ともつかない空間の中に中にたたずんでいた。




洞窟と言っても洞穴のような狭いものではない。そこは天井や壁がよく見えないほど壮大なスケールの大広間のど真ん中だった。




そして自分の目の前には誰かが倒れている。よく見るとその人は死んでいるようだ。




その時点で貴史の思考は停止したのだ。




呆然と立ちつくして周囲を見回すと、周囲には他にも何体か死体が転がっている。



「ここは一体どこなんだ。」



貴史は我に返ってつぶやいた。誰かに答えを求めたわけではない。声にださないと自分の存在にすら自信が持てなかったからだ。



貴史は思った。おれはエレベーターの事故で死んだのだろうか。



記憶を総合するとどうもそうとしか思えない。しかし、それではこの場所をどう説明するのだ。死んだら賽の河原で石を積まされて、積み上がった頃に鬼が壊しに来ると聞いたことがある。




いやそれは子供の頃おばあちゃんに聞かされた話だ。




友達がよく話していたのは不慮の事故で死んで剣と魔法が支配する異世界に転生する話だった。




そう言えばこの空間は、何となく魔族のラスボスが潜むダンジョンのような雰囲気だ。





貴史は、自分の前の死体に目を移した。性別は男性、身長は百七十センチメートル程度。年齢は自分と同じくらいに見える。



彼の体の背中側は焼けこげていた。そして、左肩から右脇腹にかけての背中に一直線に深く大きな傷がある。



島田は勇気を奮って死体を仰向けにしてみた。



服装は僧侶系に見える。冒険者のパーティーのヒーラーといったところか。




その横に横たわっている死体は全身が無残に焼け焦げていた。両手には篭手が焼け残っていて、体の前面には胸当てがあった。膝の辺りにも防具が付いている。その辺の地面に転がっている兜や盾、そして大きな剣を見ると、彼は戦士系と思える。



その近くのもう一体の死体は女性だった。身長は百六十五センチメートル前後。肩まである黒髪、そして顔立ちは美形だ。




焼け焦げている戦士と同じタイプの防具を付けている。痛々しいことに何かの牙が腹部から背中まで貫通していた。牙は途中で折れて刺さったままだ。



貴史が状況から推理した結果は、彼らパーティーを組んで冒険していて、このダンジョンでボスキャラに戦いを挑み、健闘むなしく全滅したというものだった。




最初は気がつかなかったが、近くには小山のような黒こげの固まりが二つあった。それはどうやら戦いで倒した敵の魔物のようだ。



男女の戦士が前面で戦い、ボスキャラに倒される。



ヒーラーの少年が戦士を復活させようとしていて、火炎攻撃にさらされ、剣でとどめを刺されたのではないか。



だが、剣と魔法の世界ならば、攻撃魔法を司る魔導師もいるはずだ、貴史は3人の他にもパーティーのメンバーの死体が周囲にあるのではないかと探してみたが、魔導士の死体は見当たらない。



もしかしたら、神が不慮の事故で死んだ貴史をを哀れんで、チートな能力を授けてこの世界に転移させたのではないだろうか。




あまつさえ、全滅寸前だったこのパーティーの前に貴史が出現して、強大な敵を一気にやっつけたら仲間もできて、

ここから冒険の旅が始まりそうな筋書きだ。



しかし、目の前にはあえなく全滅したパーティーが無残な姿で横たわっているばかりだ。




「転生したもののどうすればいいのだろう。」




貴史はぼやいた。



ちょっとした手違いで俺が出現するのが遅かったのだろうか、いやそもそも自分にはこの世界で無双できるような能力があるのだろうか。




貴史は自問しながら周囲を見回した。




広間の中程から向こうには、大きな石柱が林立している。




貴史の目には、何かがヒュッと石柱の後に隠れたのが映った。




貴史は黒こげの死体の近くに転がっている剣を拾って、何者かが隠れた石柱の方に向かってみた。




石柱を回り込んでみるとそこには、魔導師風の黒地に赤糸で刺繍を施したローブを着た女の子が立っていた。身長は160センチメートルぐらい、ちょっと癖のある茶色の髪をセミロングにまとめている。




その子は、怯えたような顔で貴史を見つめてると、目に涙を浮かべたた。




「あなたは、私の命を奪いに来たエレファントキングの配下ですか。」




なんじゃそりゃと貴史隆は思い、即座に否定した。




「俺はその何とかキングというやつの手下ではない。こことは別の世界から召喚されてきたみたいだけど、よく状況がわからないんだ。」




貴史は自分の服装を見下ろした。何の変哲もない学生服だが中世風の世界の住民には魔族の配下のように見えたのだろうか。それ以上に言葉が通じるのは便利だけどなんでだろうと様々な思考が貴史の頭をよぎる。




「私は仲間とこのダンジョンのボスを倒そうと闘っていたのです。でも、戦いのさなかに、私が急に魔法を使うことができなくなりました。普段の連携が取れないせいで仲間たちはあっという間にやられて、私だけが逃げてきたのです。」




言い終わると彼女は泣き出した。ぽろぽろと涙を流しながら声をあげて泣いている。




どうやら先程の壊滅したパーティーの生き残りらしい。




貴史は困った。普段から女の子とあまり口をきいたことがないので、どう対応していいのかわからないのだ。



 

「死んでしまった人たちは仕方がないと思って、ここから脱出する方法を考えたほうがいいんじゃないかな。」




貴史の言葉に女の子は涙を拭きながら顔を上げた。




「あなたはこの世界に召喚されてきたと言いましたね。何かの使命をお持ちの方なら、私がダンジョンの外まで案内します。私の名前はヤースミーン。」




ヤースミーンは責任感が強いタイプらしく、貴史を助けることを目的に、気分を立て直したようだ。




「俺は島田貴史。まだ、何がなんだかわからないんだ取り合えず一緒に外に出よう。」




貴史は自分が持っている西洋風の剣を見ながら言う。小学生のころ剣道を習っていたが、人を黒焦げにできるような魔物を相手に戦えるかは未知数だ。




何かチートな能力を持っていたら、それって自覚があるものだろうか。




貴史は考えるが、見当がつかない。




ヤースミーンは気を取り直したようで貴史に向かって言った。



「あなたの言う通りねシマダタカシ。二人いればなんとかなると思う。ここから脱出しましょう。」




貴史にとって異世界で最初のパートナーが見つかったようだ。まずはこの場所から逃げだそう。



「なあ、ヤースミーン。このダンジョン出口はどっちかわかるか。」



貴史の問いにヤースミーンは先ほどの死体や黒こげの魔物が転がっていたのとは反対の方向を指さした。遠くに見える壁の下の方に小さな入り口が見える。



貴史は思った。ヤースミーンがいなかったらいきなりこのダンジョンの中で迷子になるところだ。とりあえず彼女を水先案内人にして生き延びなければ。



貴史がヤースミーンの先に立って歩き始めた時だった。何かが二人の目の前に飛び出してきた。



早速、魔物が現れたようだ。

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