第5.7話 ジュニアハイ

 えらいところを目撃してしまった。


 凪月は、自販機の陰に身を隠して、女子トイレの入り口の前に立つ女子達の様子を窺った。

 もちろん女子トイレを見張っていたわけではない。

 小町や華から凄まじいヘイトを受けた凪月は、いたたまれず、ついに逃亡を図った。その先が、この自販機であった。

 どう謝ったものかとコーラを飲みながら考えていたところ、女子トイレの方から聞こえてくる進々の声に気づいた。


 何だ?


 はじめは中学時代の友達かと思った。

 友達がいたのか、と凪月は失礼ながらも驚いたわけだが、進々の表情を見るかぎり、そういう間柄でもないらしい。

 進々の前に立っているのは、女子三人。

 その内の二人が、進々と顔見知りのようだった。


「久しぶり、元気してた?」

「え、あ、うん」

「本当だ、トマルじゃん」


 かるい挨拶であるのに、進々は身体を小さくして、決して目を合わせようとしなかった。


辛坊しんぼう、知り合い?」

「うん、中学のときの。だから千夏ちなつも」


 1人だけ知り合いではないキャップを被った女子が、おそらく進々と同中の女子、辛坊に尋ねた。


「こいつもバスケ部だったの。そんで知り合い」

「ふーん。じゃ、葉桜学園はざくらなんだ」

「中等部は、ね。あれ? たしか、トマルも脱獄したんじゃなかったっけ?」

「うん」


 脱獄、というのは、葉桜学園の高等部に進まずに、他の高校を受験するということだろうか。


「最初はこいつも白藤受けるって言っての。けど、急にやめちゃって。でも、脱獄はしたんだ。そりゃそうだよね。で、結局、どこ行ったの?」

「えっと、羊雲学園ひつじぐも、だけど」

「え? 羊雲なの?」

「うん」


 辛坊は、千夏と顔を見合わせて、かなり驚いているようだった。

 その辛坊に、キャップ女子が尋ねる。


「ねぇ、羊雲って、来月の頭に試合するんじゃなかったっけ?」

「そ、そうね」


 それから、スポーツ店に進々がいることを鑑みて、辛坊は気づいたようである。


「ねぇ、トマル。今度、白藤と羊雲で練習試合するんだけど、知っている?」

「うん」

「てことは、もしかして、トマル、まだバスケやっているの?」


 その問の意味が、凪月にはわからなかった。

 だが、当事者である進々には、正確に伝わったようで、ごくりと唾を呑み、それからできるだけ身体を小さくして、小さく頷いた。



「へぇ、やっているんだ、バスケ」



 その声には、存分に嘲りが含まれていたけれども、進々はおとなしく、


「うん」


 と応えた。


「まぁ、いいんじゃないの。羊雲なら。なんか、部員も少なくって廃部しそうなくらいなんでしょ」


 いや、実際、廃部したんだけど。


「うん、私いれて、5人だから」

「え!? 少な! じゃ、トマル、スタメンじゃん!」

「う、うん」

「ははは、よかったじゃん。やめなくてよかったね、バスケ」

「そ、そう、だね」


 えへへ、と進々は力なく笑った。

 それを見て、辛坊と千夏は二人して笑っていた。


「トマルがスタメンか。あははは、すごいね」

「練習になるかな?」

「おい、辛坊、青山あおやま(千夏)。その辺にしなよ」


 キャップ女子に言われて、二人は、ごめんごめんと笑うのをやめた。


「じゃ、トマル、試合楽しみにしているよ」

「バイバーイ」


 二人が歩いて行った後、遅れてキャップ女子が進々の肩を叩いて、横を通り過ぎた。


「じゃね。トマル。いい試合をしよう」

 

 進々は、何も応えず、ただ直立不動で立っていた。


 

 ただ、立っていた。

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