第5.5話 バッシュ
「やっぱり女装してくればよかったかなぁ」
「え? 何? 目覚めたの?」
凪月の呟きに、展示用バッシュを手にしていた進々は冷ややかな視線を向けた。
「違う」
凪月は端的に応じた。
「レディースのフロアにいることがこんなに苦痛だとは思わなかったんだ」
凪月には姉の遥がいる。
遥と買い物に来た時、レディースフロアに入ったこともある。そのときは、姉のあっけらかんとした性格のおかげか、さほど恥ずかしくもなかった。
けれども、同級生の女子三人と買い物に来て、レディースフロアに一人放置されている現状では、気まずさを感じずにいられない。
「正直、もう帰りたいんだが」
「えー、いいじゃん。いなよ」
進々は、無責任なことを言う。
というか、こいつ、だんだん馴れ馴れしくなってきたな。
「とはいってもな」
今回の目的はバッシュ選び。
華のバッシュ選びに何か助言できればいい、と思ったが、その役は、今、小町が担っている。
「ちょっと緩い方がいいって聞いたんだけど」
「だめです。それは成長期の子の話です。あなた、まだ大きくなるつもりですか? ぴったりでいいんですよ。ぴったりで」
「そうなんですか。あ、こっちのかわいい」
「見た目は後です。まずは機能性。特にあなたのポジションはCなんですから、足首までしっかり覆うようなハイカットタイプを選ぶべきです」
小町は、熱心に華のバッシュ選びに協力している。
今更、意外とも思わないが、小町は口こそわるいが、面倒見がいい。というより、律儀だ。頼まれると断れない。そんな性格といったところか。
華の不安をよそに、小町とはうまくやれそうで、それは、つまり、凪月の不要性を示していた。
「私達を守るんでしょ。ヤンキーとか、痴漢とかから」
「ヤンキーって、何世紀の話をしているんだよ」
「痴漢からは守ってほしいけど、むしろ、危険なような……」
「もう、そのネタはやめろ」
進々が、ふふ、と笑って、バッシュをこちらに見せてきた。
「ねぇ、このピンクのかわいくない?」
「だめだな。クッションが薄い。その割に、反らない。こんなの使ってたらすぐ怪我するぞ」
「うわっ、マジレスしてきたし」
「せっかく答えてやったのに、何だ、その反応は」
「せっかく、って、そういうところが、モテない理由なんじゃないの?」
「ぼっちに言われても」
「ぼっちじゃないし!」
進々は、バッと小町達の方に腕を伸ばした。
「見て! 今、私、友達とショッピング中なの! 全然ぼっちじゃないでしょ!」
「あぁ、まぁ、そうかもな」
あいつらが、おまえを友達と思っているかは微妙なところだけど。
と言いかけたが、凪月は呑み込んだ。
さすがに、デリカシーという言葉を最近覚えた。
それ以上に、進々があまりにも楽しそうだったので、水を差すのもわるいかと思ったのだ。
こういうのもバスケの楽しみ、といえば楽しみなのかもしれいない。
勝てないバスケ部を創ることに意味はない、と凪月は今でも思う。ただ、進々がほしかったものは、バスケ部であって、バスケでの勝利ではなかったのではないかと思われる。
彼女は、ただ、こうやってバスケ部での活動をしたかっただけなんじゃないだろうか。
そう思わずにはいられないくらい、進々は、とても楽しそうだった。
バッシュの試着をしている華のもとに向かう進々の背中を見て、凪月はふと、そんなことを思うのだった。
「おい、ただ履くだけじゃなくて、跳んだり、走ったりしてみろよ」
「わかっていますよ! 横から口を出さないでください!」
小町が、猫のように威嚇をしてきた。
「あ、これ、かるーい。私も買い替えようかな」
「進々は勝手にしてください」
「冷たい!」
進々と小町のやりとりを見て、華がおかしそうに笑った。
それから、進々の真似をして華が跳びはねていたのだが、それを見て、凪月はあることに気づいた。
「華は、スポブラも買った方がいいんじゃないのか?」
「「「……は?」」」
女子勢から、ものすごい目で見られた。
なんか、こう、逆立ちした金色のツチノコをみつけたみたいな。
「え? いや、いるだろ、スポブラ、スポーツブラジャー。ワイヤーの入ってない柔らかいやつ。ワイヤーが入っていると痛いらしいぞ。それに、ブラなしってわけにもいかないだろ。ハル姉のサイズでもしているんだから、華は絶対いるだろ」
何も間違ったことは言っていないはずなのに、額から流れる汗はなんだろう。
あと、進々の呆れきったような視線と、小町の蔑みきった視線は?
それから、どうして華は、顔を真っ赤にして、ちょっと泣きそうなんだ?
「凪月くん。ちょっと」
進々が集合をかけた。
「何だよ」
「今のはない」
「は? 何でだよ」
「私達、女の子。あなた、男の子。おわかり?」
「あぁ、わかっているよ。あ、もしかして、おまえ、まだブラしてないのか?」
「チェスト!」
ぶん殴られた。
「くそ、胸だけにか」
「そんなうまいこと言ったわけじゃないけど! ていうか、それもセクハラだからね!」
え? セクハラ?
「あー、そういうこと?」
「そういうことだよ」
「ハル姉と話しているときは、いつもこんなかんじなんだけど」
「それは姉でしょ?」
「そうだ。まったく、その通りだ。でも、悪気があったわけではなくて」
「でも、じゃなくて」
「いや、本当にうっかりとだな」
「いや、じゃなくて」
「本当にごめんなさい」
凪月は誠心誠意頭を下げた。
しかし、そんな凪月の誠意は伝わることなく、女子勢はぎろりと怒りの視線を向けてきた。
「「「サイテー!」」」
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