第4.7話 タイムアウト

「できるんだったら、最初からやってください」

「ごめん、ごめん」


 小野が呆れたように言うと、進々はごまかすように笑みを見せた。


「私、実は緊張しがちなんだよね」

「そんなふうには見えませんけどね」


 小野は、辛辣に応える。

 ただ、できるんだったら、と言ったことから、根本的に進々のドライブを認めていることに、小野は気づいているだろうか。


「Wonderful! すすむん!」

「イエーイ! かとちゃん!」


 どうやらカトリーナと進々は波長が合うようである。

 まぁ、どっちも電波みたいなもんだからな。


「あと5分だ。ここからが勝負だぞ」


 座り込む女子勢に対して、凪月はボトルを渡した。

 ちょうど5分で、凪月はタイムアウトをとった。

 10分と設定したが、小学生にはいささか長すぎた。たかし達、小学生チームには、明らかに疲れが見え、このままプレイするのは、よくないと判断し、長めのタイムアウトを用意したのだった。

 しかも疲れているのは、小学生チームだけではない。


「な、な、ナツ……、み、み、水」

「はいはい」


 流々香は、地面にのめり込みそうな姿勢で伏していた。


「も、も、もう、だめ。し、し、しぬ」

「そのくらいじゃ死なないよ」


 だが、確かに今にも崩れ落ちそうな格好をしている。

 バスケの試合は、凄まじく体力を必要とする。まず試合時間を10分としたとき、単純に長距離走に換算すれば、5km近く走ることになる。しかも、バスケは長距離走ではなく、短距離走の繰り返しだ。20mのシャトルランを10分間行うと考えれば、その過酷さが理解できるだろう。

 もしも日頃運動していない者が、真剣にバスケの試合に参加したとすれば、どうなるか。

 その答えが目の前に倒れている。


「あ、あ、足、も、もげ、もげる」

「もげた奴見たことないから安心しろって」


 運動していない奴が真剣にバスケをすると、足がもげるらしい。

 新発見だ。


「水卜は、大丈夫そうだな」

「え? あ、はい。私、何もしてませんから」


 いや、Cセンターとしての役割を与えた水卜は、実はいちばん走る距離が長い。息をきらしているものの、まだしっかりと立っている水卜は大したものだ。

 それに何もしていないといったら、流々香も同じだし。


「ルル姉、あと5分だからがんばれよ」

「む、む、むり」

「いや、むりって」


 凪月は呆れたように腰に手を当てる。


「三週間後には、これを4Qクォーターやるんだぞ。1Q終わる前に音を上げてどうするんだよ」

「よ、よ、 4回も!?」


 流々香は、怯えた顔をして、首を横に振った。


「きょ、今日は、もう、むり」

「むりって、どうすんだよ、残りの時間は? 言っとくけど、サッカーじゃないんだら一人欠けとかないんだぞ」

「ナツ、あと、お願い」

「はぁ?」


 流々香の提案に、凪月は頭をかく。

 凪月がプレイするのでは意味がない。あくまで、来るべき試合のための練習なのだから。

 体力的な問題が出てきたのは、一つの成果といえるが。


「お、お願い。今回だけ」

「しょうがない。明日から、基礎トレみっちりするからな」


 そのまま倒れ込む流々香を見届けてから、凪月は、バッシュの紐をぐいと締め直した。


「え? ナツ、ちゃんが出るの?」


 進々が不安そうな目をこちらに向けた。


「大丈夫だ。相手は小学生で、おまえらじゃない。接触することはないだろ」


 凪月が、進々の耳元で小声で述べたところ、進々はさっと身を引いた。


「ちょっと、私の耳に何するつもり?」

「おまえは、俺を何だと思っているんだ?」


 進々とは、一度ちゃんと話す必要がある。


「審判は引き続きあたしがやるよ」

「そんなことできるの?」

「このくらいのローペースゲームなら問題ない。それよりも問題はスコアだな」



 羊雲チーム 6 vs 16 小学生チーム

       残り5分



 試合時間が半分過ぎて、点差は振り出しに戻っていた。


「5分で10点差。1分で1本返していく算段か」

「ここからは攻めますよ」


 小野が気合を入れてから、試合は再開された。

 試合は、小学生チームのオフェンスから始まる。

 凪月のは貴にマッチアップする。そもそも一番のスコアラーである貴に、チーム内最低守備力の進々をマッチアップさせていたことが間違い。チーム内で誰がリーダーシップをとるのかと見ていたが、結局、誰も指摘しないままだった。

 意外だったのは流々香が指摘しなかったことだ。さすがに緊張していたのだろうか。


 まぁ、反省会での話だな。

 コート外から見るとなかなか様になったボールハンドリングであったが、正面から見ると、たどたどしいものだ。


 まず、


「ボールを前に出し過ぎだ」

「は?」


 貴が怪訝そうな顔をするので、凪月は続けた。


「ボールは胸元、もっと引け。それじゃ、取ってくれと言っているようなもんだぞ」


 次に、


「もっと身体を起こせ。そんな前傾姿勢じゃ、ドライブするとディフェンスにバレバレだ。シュート、パス、ドライブ、どの可能性も消すな」

「う、うるせぇ!」


 そして、


「ディフェンスの真ん前でスウィングするな」


 言うと同時に、貴の手元からボールは弾かれた。


「取られるぞ」


 そのまま、凪月はボールを手にして、


「小野!」


 既に駆けだしている小野に向けて、フロントコートへとボールを投げた。

 5分で10点差。

 通常の試合だと、土壇場といえるこの状況。

 だが、凪月は点差に関してはさほど問題視していなかった。このメンツであれば、小学生相手から、点を取ることなど容易い。

 むしろ、問題は、相手が小学生だということだ。

 ここから逆転するとなると、いささか大人げないワンサイドゲームになってしまう。


 ちょっと、かわいそうだな。

 凪月は、しばらく悩んだが、


「ま、いっか」


 ネットをボールが揺らすのを見て、考えるのをやめた。



 羊雲チーム 8 vs 16 小学生チーム

       残り5分

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る