4. Know then thyself

第4.1話 試練


――Alexander Pope, "Know Then Thyself" より




「マジでむかつくわ」


 珍しく、いや、凪月なつきにしてみれば、さして別に珍しいことではないのだが、流々香るるかは腹を立てていた。


「どうしたんだよ」


 急に呼び出された凪月と進々すすむは、流々香の前のソファに座ってオレンジジュースを飲んでいた。


「バスケ部への予算割譲が却下されたのよ」

「「え?」」


 凪月と進々は、同時に首を傾げた。


「それって、どういうことなんですか?」

「つまり、バスケ部を創れないってこと」

「えぇ!?」


 進々は、大げさに驚いて、ひっくり返りそうな勢いだった。


「ど、どうしてですか! 任せておけば大丈夫って言っていたのに!」

「耳が痛いわね」


 流々香は、自嘲の笑みを浮かべていた。


「まぁ、落ち着けよ、進々。そもそもが無理なお願いをしていたんだ。そんなに、とんとん拍子にことが運ぶわけがないだろ」

「でも」

「だから、落ち着けって。ルル姉が、はい、そうですか、なんて引き下がるわけがねぇんだから」


 凪月が前振りを済ませると、流々香は、その言葉を待っていたかのように、ふん、と鼻を鳴らした。


「当然よ。私に逆らった奴は磔の刑なんだから」


 びくっと進々が震えていた。


「……してませんよね?」

「したかったけどね」


 流々香が言うと、背筋が凍る発言だな。


「昨日、篠原しのはら先生に話を通したのよ。生徒会顧問のね。ちょっと渋られたけれども、一応、承認を得たわ」

「え? もう?」


 たしか、篠原先生に話を通すのは最終ステップのはず。彼女の首が縦に振られれば、学園会議でバスケ部の創部は確実に通るとのことだったが。


「別に早くもないわよ。月末の学園会議で議題に挙げてもらうためには、このタイミングで篠原先生に話をしておかないと間に合わないの。ダメだった場合の再交渉とか、資料の訂正とかね」


 そういうものなのか。


「じゃ、創部できるんじゃねぇの?」


 というか、学園会議はまだ先のはずだが、なぜこの段階で否決されているのだろうか。


「教頭が否決したのよ」


 流々香が話を継いだ。


「篠原先生は根回しのために教頭に話をもっていったの。それで、私と会長と篠原先生と鳥越とりごえ教頭の4人でのローカルな会議を開いてもらったのね。そしたら、あの禿げ、先例がないとか言い出しやがって」


 流々香は相当ご立腹である。


「お役所かよ!」

「似たようなもんなんじゃねぇの?」


 よく知らんけど。


「この学園のパンフ読んだことある? 生徒の自主性を尊重する、だって。どの口が言うのよ! って思わず叫びそうになったわ。もしも来年も書いていたら、抗議してやるわ!」


 学園を潰しかねない勢いの口調に、凪月はいささか不安になった。


「篠原先生も会長も積極的に肯定しているわけではなかったから、あんまり助けてくれなかったし。もう最悪。多めに積んでる学園祭の予算を割譲するだけだから簡単だと思って、油断してた私もわるいけど、一応オッケー出したんだから、篠原先生も少しくらい助けてくれてもいいのに!」


 その辺の大人よりも大人びている流々香であり、教師のことをいささか見下しているところがあるのだが、その中で、篠原先生だけは信頼しているようだった。その篠原先生が味方についてくれなかったことが余計に腹立たしいのであろう。


「で、どうしたんだよ」

「交渉したの」


 凪月が尋ねると、流々香は、むふっと胸を張った。


「鳥越教頭の主張はこう。予算編成後に創部をした先例がない。それを無視するだけのメリットがない。だから、私は、その説の通りに逆に言ってやったの。無視するだけのメリットがあればいいんですねって」

「メリット、ねぇ」


 にやっと流々香が笑ったので、なんとなく凪月は嫌な予感がした。


「そう。要するにバスケ部が結果を出せることを示せればいいというわけ」

「まだ創ってもいないのに、結果を出せることを示せと言われても」

「ふふん、ぬかりないわ。私を誰だと思っているの?」

 世界一性格のわるい負けず嫌いだろ。

「世界一頼りになるお姉ちゃんよ!」

「わかったから。どうすんの?」


 ふふ、と笑ってから、


「試合よ」


 得意げに流々香は告げた。


「試合?」

「そう、練習試合をして勝つの。それもそこそこ強いチームにね。そうすれば、バスケ部が成果をあげる可能性を示せるってわけ。ちなみに、この条件で教頭には話を通してあるから」


 どやっ、と流々香は胸を張り、進々は現状を把握できておらず首を傾げ、凪月はというと、頭を抱えざるをえなかった。


「試合って、そんな簡単に……」

「あれ? ねぇ、ナツ。ルル姉、褒められ待ちしてるんだけど?」


 それは難しいなぁ。

 とりあえず、凪月は疑問を解消することにした。


「そこそこ強いチームって、どことするつもりなんだよ。そんな急には試合を受けてくれないと思うけど」

白藤しらふじ高校よ。もう顧問とも話をつけてあるから」

「「白藤!?」」


 その名を聞いて、進々はやっとこさ事態を理解したようだ。


「ど、どうしたのよ?」


 困惑する流々香に対して、進々が説明をはかる。


「白藤高校って言ったら、昨年の県ベスト4じゃないですか!」

「そうよ。だから選んだんじゃない。4番なんだから、そこそこ強いでしょ」

「激強ですよ!」


 その通り、激強だ。

 白藤高校は、昨年こそベスト4であるが、優勝経験も多数あり、凪月の知るかぎり、一度もベスト4から落ちたことのない名門である。最近でこそ、聖女や葉桜に押されているが、決して即席チームで勝てるチームではない。


「勝負にならない。というか、試合にならない。むしろ、どうやって試合にこぎつけたのかが不思議だ」

「そこは、ほら、私、凄腕だから」


 無駄な交渉力を発揮したわけか。

 できることなら、その能力をバスケ部の創立のための交渉に使ってくれれば、もっと話は早かったと思うんだけれども。


「儚い夢だった……」

「そうだな……」


 進々と凪月が項垂れていると、流々香が不満そうに声をあげた。


「もう! 何をやる前から諦めているのよ! やってみなくちゃわからないでしょ!」

「「そんなこと言われても」」

「というか、やってもらわないと困るのよ。私の経歴に汚点をつけるわけにはいかないんだから」


 まぁ、流々香の言いそうなことだが。


「そうは言うけどさ。問題が山積み過ぎて途方もないんだけど」

「はい、ナツ、ダウト。問題が山積みって、あんたは言うけど、問題の把握なんてできてないでしょ」

「まぁ、そうだけど」

「まだ見ぬ山は大きいものよ。まずは現状の確認。次に課題の抽出。あとは各個撃破でチェックメイト」


 バン! と流々香は、指銃ゆびじゅうでこちらを撃った。


「またそれか」

「いいのよ。八割の問題はこれで解決できるんだから」


 それは流々香の持論であるが、このメゾッドで、彼女はこれまでの人生を順風満帆に生きてきたことを考えると間違ってはいないのだろう。


「じゃ、いくわよ。現状は?」

「ルル姉が、白藤高校に勝てとか、あほみたいなこと言い出した」

「あほじゃない。マイナス10点」

「え? 減点方式なの?」

「うっさい。で、課題は?」

「白藤が強すぎる、まだ部員が5人に達してない、白藤が強すぎる、一人素人がいる、白藤が強すぎる、一人ディフェンスが腐っている、白藤が強すぎる、一人まだ入部保留中、白藤が強すぎる、一人言葉が通じない、白藤が強すぎる」

「白藤が強すぎるって6回も言った。はい、5級に降格ね」

「え? 階級制だったの?」

「次に口答えしたらバンダム級に落とすわよ」

「それはダイエットしただけだよ」

「はい、だめぇ。ルーキーリーグからやり直しね」


 ……せめて競技を統一してくれ。


「それで、ナツの話をまとめると、白藤との力量差と、部員数の問題ね」

「は? 話聞いてたのか?」

「聞いていたわよ。あとのは、ほとんど愚痴でしょ?」


 いや、普通に問題だと思うんだけど。


「まず、部員数だけど、たしか、今4人だったわよね?」

「いや、だから一人は保留中で、一人は通学距離が遠すぎてだな」

「通学距離の件は、早急に対処するわ。もう一人は、ナツがなんとかしなさい」

「なんだよ。昨日、水卜みうらの件はだめだって言っていたじゃんかよ」

「だめとは言ってないわよ。すぐにはできないって言ったの。だって、考えてみなさいよ。私は、ただでさえバスケ部の創部っていう無理なお願いをしているのに、そこに遠い住所の生徒の宿泊場所を用意してくださいなんて言えないじゃないの」

「じゃ、何で今日はいいんだよ」

「事情が変わったから。その子、バスケは素人だけど背が高くて有能なんでしょ? だったら、勝率をあげるために、何としてでも確保したいじゃないの」

「そうだけど」

「うちにはそもそも県外や海外の生徒用の寮があるし、通学時間だけで考えれば、彼女が寮に入るのは妥当なのよ。けれど、学校側が県内だからダメって杓子定規で決めちゃったみたい。そういうのを正すのは、私達の仕事だから」


 珍しく流々香はまともなことを言っているが、私利私欲だと彼女の目が言っている。


「まぁ、 何でもいいや。これで一人確保。あと、小野おのを説得すれば4人で、残り1人か」

「じゃ、私をいれて5人。これで条件達成ね」

「ん?」


 凪月は、苦笑いを浮かべた。

 今、恐ろしいことを聞いた気がしたのだが。


「誰が、どうするって?」

「私が、バスケ部に入るのよ。おわかり?」


 にこりと笑ってみせる流々香に対して、凪月は大きなため息をついた。


「いや、ルル姉――」

「え? 流々香さんが入ってくれるの? ってことは、5人そろった? やった!」


 遅れて事態を把握した進々が、両手をあげて喜んでいた。


「うふふ、一緒にがんばりましょ、進々ちゃん」

「はい! 流々香先輩!」


 進々と流々香は、嬉しそうにハイタッチを交わした。

 一人、凪月は項垂れる。流々香が参加するということは、失敗は許されない。凪月の発揮できる最大のパフォーマンスを提供する必要があるだろう。最もたちが悪いのは、流々香が、凪月以上に、凪月の能力を知っていることだ。手を抜くことなどできないと考えた方がいい。


「さっそく練習しないと!」

「お、わかっているね、進々ちゃん」

「あ、でも、体育館て使えるんですか?」

「ふふ、ぬかりないわ。既に練習場所も用意してあるのよ」

「さすがです! 流々香先輩!」

「ははは、もっとほめそやすがよい」


 進々と流々香が能天気に笑っている後ろで、はぁ、と凪月は、再度、大きなため息をつく。

 まぁ、進々はうれしいだろう。 


 何はともあれ、羊雲学園女子バスケ部(仮)が誕生したのだから。


 

 でもなぁ。

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