第2.7話 マネー
まず、凪月は尋ねる。
「とりあえず、いくらでやってくれる?」
すると、流々香は、うーんと顎に指を当てた。
「次の生徒会役員会の議題にあげるとして、資料作りに1万でしょ、生徒会長と会計を説得するのに2万、生徒会顧問の承認を得るのに3万、月末の学園議会の議題にあげるのに1万、その他、諸々手続きに1万と私への手数料に5万で、計13万かな」
「じ、じゅ、13万!?」
進々が驚きの声をあげる。
「あ、でも、ナツくんは弟割引きがあるからね」
「そ、そうですよね。さすがに知り合いから、そんな大金とりませんよね」
ホッと進々が胸を撫で下ろす。
「12万8千円ね」
「弟割引2千円!? 安っ! 弟割引安っ!」
進々が何を期待していたのかわからないけれど、流々香の性格を考えれば、割り引かれた方である。
そもそも弟じゃねぇし。
凪月は、ふむと顎に手を当てる。
「高い。3千円でいいだろ」
凪月の申し出に対して、唖然とした表情を浮かべる進々と裏腹に、流々香はため息をつく。
「はぁ、残念だな。ナツはルル姉のこと3千円くらいの価値しかないと思っているんだ」
「そもそもふっかけ過ぎなんだよ。どこの誰が、高校生に13万も請求するんだ」
「だからまけてあげたじゃない」
「2千円で誇ってんじゃねぇよ!」
「えー、2千円もだよ? 私、すっごい太っ腹だと思ったのに」
「あぁ、太っ腹だよ! 元が13万じゃなかったらな!」
おっと、いけない、いけない。
流々香のペースに嵌っては、話し合いにならない。
「別にルル姉を侮っているわけじゃない。ただ、俺とこいつを見ろよ。そんな大金もっているように思うか?」
流々香は、凪月と進々を交互に見てから、
「ぜんぜん」
と首を振った。
「だろ? 俺達はそんな大金見たこともない貧乏人。そんな俺達から金をとろうとしたって、時間の無駄だ」
隣で進々が少し項垂れる。
「わかっているわよ。だから、暗にやりたくないって言っているんだけど?」
「だから3千円でやってくれって言っているんだ」
「嫌だ。割に合わない」
「そうはいうけど、さっきの内訳おかしくないか?」
凪月は思い出しながら、口に出す。
「資料作りに1万て何だよ。ちょっと文字打つだけだろ」
「うわっ、わかってないわぁ。世の社会人の仕事の9割は資料作りよ。いかにいい資料作れるかに価値を見出してるの。それを文字打つだけなんて」
「わかった。じゃ、資料は置いておくとして、生徒会長と会計の説得に2万? ふざけてんのか?」
「ふざけてないわよ。これは私にしかできないから、この値段なの。いい? 生徒会長や会計とまともに議論することができるのは、立場が対等な私だけなのよ。他の生徒には、話すことはできても議論することはできない。副会長という希少性についた値段といっていいわ」
「じゃ、顧問の説得が3万は何だよ。生徒会長と会計が合わせて2万なら、せめて1万だろ」
「そこが最大の難関だからよ。いくら生徒会といってもたかが生徒。お金を右から左に動かすことはできないわ。それができるのは、生徒会顧問の篠原先生を通してだけ。彼女を説得できなければ、どう足掻いても無理。学園議会にあげることもできないわ」
そんなシステムなのか、と凪月は思わずなるほどと頷きかけた。
「逆に言えば、生徒会顧問さえ説得できれば、学園議会は出来レースみたいなもの。顧問が根回ししてくれるからね」
「ん? 待てよ。だとしたら、学園議会に議題提出に1万は何だよ」
「ちっ、バレたか」
「こんのやろー!」
バレなきゃ請求していたのか。まったくせこい女だ。
「それから諸々の手続きって、部活の申請とかだろ。そういうのは、俺達がやるから無しな」
「えー、面倒だよ。絶対途中で嫌になるよ。あー、ルル姉に頼んどけばよかったなーってなるよー」
「うっせ。こんなん出してもジュース代くらいだ」
そして、と凪月は続けた。
「最後の手数料5万て何だよ。既にさんざんぼったくっておいて、さらに手数料まで取ろうなんてがめつ過ぎるだろ。これも無しな」
「いやいやいや、そこは譲れないんだけど。他のは、仕事に対する対価で、最後のは私ががんばったことへのご褒美だから」
「よし、無しな」
「おい」
「今んとこ、いくらだ? 進々」
突然呼びかけられて、外村進々は慌ててスマホを取り出し計算した。
「えっと、8万8千円だよ」
「高ぇーな。やっぱ3千円でなんとかならない?」
「「ここまでのやりとりは!?」」
進々と流々香が声をハモらせる中、凪月は少し考え込む。
「金以外で、対価になるものを提供できれば、どうだ?」
「お金以外?」
流々香は首を傾げ、そして呟いた。
「愛とか?」
「「……」」
「……何よ」
流々香の天然応答に、進々と凪月が言葉をつまらせていると、発言者の流々香はポッと頬を赤らめた。
「いや、違うから。こう、その変な意味でなく、弟としての純粋な姉愛を示せってことで、別にすっごいうれしいわけでもないんだけど、まぁ、もらってわるくないものだから、対価にしてあげてもいいかなぁって思っただけで」
わたわたと手を振る流々香を見て、進々はハッと目を見開く。
「え? ねぇ、えっと、凪月くん。これ、もしかしてちょろいんじゃない?」
ハテナを浮かべる凪月に、進々は続ける。
「凪月くんが、流々香さんに好き好きアピールすれば、落ちるよ。この人、あれだよ、相当なブラコンってやつだよ!」
「だ、だだだ、誰がブラコンよ!」
慌てて否定する流々香であったが、一方で凪月は考え込んだ。
そもそも、進々の推論は間違っており、この女は、凪月の姉ではない。姉でない上に、彼女はきっと凪月のことを子分くらいにしか思っていないだろう。
さらにいえば、と凪月は口にする。
「姉愛なんて、ないし」
「……びた一文まけない。もう、絶対まけてあげない!」
「凪月くんの阿呆!」
えー、俺がわるいのー。
別にないわけでもないけれど、そんな恥ずいこと、進々がいる前で言えるわけがないし、仮に二人きりでも言葉に出して告げることなどない。
むしろ、流々香が自爆して、そこにつけこもうとした進々にこそ、問題があったと思うのだけれども。
だいたい、金ではない対価として凪月が考えていたのは、そんなわけのわからないものではない。
「バスケ部の功績が対価にならないかと言っているんだ」
「ならない」
「ルル姉が設立に関わったバスケ部が、功績をあげれば、そのままルル姉の功績になるだろ。即金よりも、大きな利益なると思えるけれど」
「思えない」
「いや、ちゃんと聞けよ、ルル姉」
「聞かない」
なぜか、流々香はふてくされてしまっており、後ろを向いて顔をソファに埋めるような姿勢になっていた。
「もうナツなんて知らない。ばーか、ばーか」
「いやいや、俺じゃなくてこっちの進々が」
「ふん、愛零の私じゃなくて、進々ちゃんといちゃいちゃしてればいいじゃん」
「そうじゃなくて、バスケ部をだな」
「ルル姉は閉店しました。がらがらがらー」
完全に電源がオフ状態になってしまった流々香に対して、凪月は頭をかいた。
「何だよ。意味わかんねぇ」
すると横で進々が顔を覆った。
「……絶対、凪月くんがわるい」
わからん。
だが、これだけはわかる。
「説得は失敗だ」
「凪月くん!?」
進々は、凪月の胸ぐらをつかんで、ぐいぐいと揺すってきた。
「どうするのよ! 話が違うじゃない! 凪月くんに頼めばなんとかなるってあんな自信満々に言っていたのに!」
「まぁ、努力はしたんだけどな」
「見てたよ! 失敗するところまで全部見ていたよ!」
「何がわるかったんだか」
「凪月くんの頭じゃないかな!」
失敬な。
「まぁ、落ち着け、進々。まだ手がないわけじゃない」
凪月が宥めると、進々は手を止めた。
「そ、そうなの?」
「あぁ、これはあんまり好きなやり方じゃないんだけどな」
そう言って、凪月は苦笑した。
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