第17話 不思議な道具屋さん

 

 

「ふむふむ『フロイライン魔法具店』…ね」

 

 小路を進み、辿りついたのは不思議なお店でした。

 看板にもあるし魔法具、つまり魔法の道具を扱う店らしいけれど……

 このお店が本当にそうなのかは入ってみるまでわからない。

 だから入ってみる事にするのは当然の流れ。

 

 コンコンと木製の扉を二度叩いて、金属のドアノブを回し引くと店内へ。

 故郷の道具屋を思わせる素朴な内装、なんだか懐かしい気分になってくる。

 でも、店員さんはどこだろう?

「あの…こんばんわ、あ?この香り……」

 店員さんを捜し店内を見渡す私を不思議な香りが出迎えてくれた。

 多分ハーブの香り、それも一つの香りでは無く複数混じった複雑な香り。

 複雑な香りだけど嫌な香りではない、むしろ心地良くて気分が穏やかになる。

 側の商品棚を見れば乾燥させたハーブが並んでいる、それに眼鏡窓の側にもいくつかの苗が並んでいる。

 

 ハーブは生活の中で使う事も多いけれど、魔法を専門に扱う者にとっては魔法薬の材料や魔法の触媒としても必要になる大事な素材。

 魔法道具を扱う店だけあって、ここではそう言う素材類も多数扱っているみたい。

 

「香り袋もあるんだ、後で買おうかな?」

「ふぁぁ…またお客さん?」

 香りに包まれながら商品棚を眺めていると声がした、欠伸混じりの若い女性の声。

 声の主は?居た!扉からまっすぐ進んで奥にもぞもぞと動く姿を見つけた。

 

「えっと、こんばんわ?」

 側まで行って挨拶をしてみるが、なんだか眠そうな目をしている。

「はいはい、魔法に使う道具ならなんでもあるよ、ふぁぁぁ」

 店員らしき女性はもう一度欠伸をすると、肩と首をコキコキと鳴らした。

 

 青味がかった長い髪を頭の両側で細いツインテールに纏めた女性。

 年齢的には私に近い様にも見えるけど、どうなんだろう?

 私を見る瞳は紅い。お姉さまと似た色で綺麗だけど、眠そうなのが勿体ない。

 特徴的なのは纏った衣装。多分革製だけど黒一色で光沢のある材質はこの街ではあまり見かけない。

 

「ん、どしたの?」

「いえ、なんでもありません」

「そう?ま、いっか。店長もそのうち顔を出すと思うけど、何かあればとりあえず私を呼んで」

 つい見惚れてしまったけれど、あまり気にしていない様で良かった。

 でも本当に不思議な人だ、それに纏う雰囲気もこの街の人とは少し違う気がする。

 外見の印象のせいか、魔法道具を扱う店の店員っぽくは見えない。

 けど、それが不思議な印象を強くしているのかも?

 

「はい!えっと……」

「クロノさんだよ」

 黒い外套を纏ったクロノさん、覚えやすい。

 それに親しみやすい人みたいだし、ゆっくり買い物を楽しむ事が出来そう。

 まずは儀式用の装束を捜さないとだよね。

 場所を聞き売り場の方を向いた瞬間、聞き覚えてのある声が突撃してきた。

 

「シルファぁぁ!!」

「ひゃあ!?」

 そのまま抱き付かれて頭しか見えない状態だけど、この髪色は見覚えがある。

 むしろ知っている。

「コ、コロネ?」

 森妖精の少女にしてクラスメイトのコロネだ。でも、彼女は私とは反対方向に向かったはず?

「うん、私だよ♪再会出来て嬉しいよぉ!」

「はいはい、もう大げさなんだから……」

 コロネは私の胸元に抱きついたまま子犬の様に顔を擦りつけている。

 感激されて嬉しくもあるが、クロノさんからの視線が恥ずかしい。

 

「彼女さん?店内ではほどほどにしてね?」

 え、いきなりそう言う感想ですか?もしかしてクロノさんって変わった人?

 ああ、コロネはニヤニヤしない。

 とりあえず胸元からコロネを引き剥がすと、先程から気になっている疑問について聞いてみた。

 

「うん、あの後シルファにふられて傷心の私は一人街へ……」

 また誤解されそうな事を言うし、もしかして私で遊んでる?

 はぁ、少し疲れてきましたよ、買い物に戻ろうかな。

「待って待って!ちゃんと話すから聞いてよー」

 また縋りつく様な目をするし、はいはいちゃんと聞きますよ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「そっかシルファもなんだ、不思議な事もあるものだね」

 コロネの話を最後まで聞いてわかったけど、彼女もまた私と似た様な不思議体験をしたらしい。

 なんでも、壁に手を付いたら壁が消え街の裏へと入り込んでしまったとか。

 これが足に任せると言う事なんだ!と、コロネはそのまま街の裏を歩く事。それから後の流れは私と同じ。

 

 出だしこそお笑い劇の様な絵面が思い浮かんでしまったけれど。私がこの店を見つけた経緯と、コロネの不思議体験で重なる部分が多い。

 ここは魔法学園の街だし、不思議な出来事が多いのかもしれない。でも、何か見落としている様な気がする。

 なんだろう?そう思ってその答えはすぐに出た、来たと言う方がいいかな?

 

「このルミナスは平面的に見えて立体的だからね」

「「え?」」

 コロネと声が重なり、さらに間の抜けた音まで重なってしまった。でも仕方ない。いきなり答えの持ち主を見つけてしまったのだから。

 その答えを告げたのはクロノさん、どうやら私達の話を聞きながらいつ聞かれるかと待っていたらしい。

 確かにそうだ、この店の話ならば店の人に聞けばいいんだよね。

 なので、クロノさんに改めて問い尋ねてみよう。

 

「だからさ、言葉のままの通りだよ?ルミナスは平面に見えるけど、街のあちらこちらが魔法的に繋がりあっているの」

 クロノさんは古びた地図を取り出すと机に大きく広げた。私もコロネも良く知る学園都市ルミナスの地図だ。

 

「見ててね?階層化レイヤーライズっと」

「浮き上がった…?」

 クロノさんが唱えながら紙面を撫でると、地図が立体的に浮かび上がった。

 まず地上の建物と道を示す地図が浮かび上がり、そこへ地下水路の流れを示す図が形成された。

 凄い!細かい形までわかる!まるで小人の街を眺めているみたいだ。

 

「凄いでしょ?これ百年位前に作られた地図、この街でももう十枚残って無いんじゃないかな」

 腕組みをしながら頷くクロノさん。少々自慢げな顔をしているけれど、実際この地図が価値ある物なのは私にも分かる。

 コロネなんか物欲しそうな目をしながら机にへばり付いている。森妖精は好奇心が強いと聞いてはいたけれど本当みたい、葦の耳も上下に揺れて楽しそう。

 あ?立ち上がった。目がキラキラしてるし何をするんだろう?

 

「ねえねえ、これ頂戴?」

 いきなり何を言い出すの?売ってならともかく頂戴は無理だと思う。

 仮に買うにしても、学生の私達が買える様な値段ではないはず。

 で、クロノさんの答えはと言うと。

 

「ダーメ」

 即答でした。そう答えるよね、この地図は貴重品だし。

 でも。コロネ的にはかなり本気だったみたい、葦の耳が今度はたるんっと垂れていてるし。こうしている可愛いなぁ。

 

「話の続きに戻るけどこの蛍の色みたいに光っているのが魔法の通路」

 街に重なる様に淡く輝く道が見える。でも、その道は建物に沿わず、時に建物を貫き時に飛び越え時に地下へと潜っている。

 複雑に街に絡む魔法の通路は、絡まった網の目に様にさえ見える。

 

「はぁ…この街ってこんなに複雑だったんだ……」

 その一つを私とコロネは見つけてしまったと考えると、ワクワクとしてくる。

 全部の道を探検してみたいな。でも、この地図が無いと無理だろうな。

 ここでまた一つの疑問が。なんで隠し通路を抜けない行けない様な場所に店が。

 せっかくだしクロノさんに聞いてみようかな?

 

「シルファ!シルファ!そろそろ買い物しないと門限に……」

「あ!」

 ぼんやりする私にコロネの声が飛んで来た。もう復活してる?そうじゃなくて!

 慌てて懐中時計を取り出し見れば、学園を出てからかなりの時間が経っている。帰るのにかかる時間を考えても門限ギリギリになってしまう。

 クロノさんに地図のお礼を告げると、私とコロネは急ぎ売り場へと向かった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「色々あるね」

「…うん、色々ある」

 目的とする売り場に着いた私達は唖然としていた。

 渓谷の様に並んだ棚の列、そこに収まってる全てが儀式用の装束らしい。

 街中にある大きめの服屋の棚よりも長く高い気が。

 この中から選ぶ訳だけど、なんだか圧倒されてしまう。

 だからとぼんやりしていても仕方無い。時間も無いしね。

 

「まずはこの辺りから…かな?」

 棚に書いてあるサイズを目安に何着かの装束を手に取ってみる。

 この時、色や可愛さは考えない!合わなかった時に悲しくなるから。

 そう、私の服選びには重視しなくてはいけない事がある

 それはこの豊かすぎる胸に合うかどうか。

 身長の近いコロネに合う服が私に合うとは限らない。

 だから、棚に多数の装束があったとし私に合う物がどれだけあるか……

 装束を手にしたまま溜息する私の肩にコロネの顎が乗っかった。

 

「悩むより試着してみたら?シルファが着た所を見たい!」

 ごもっともなアドバイスだけど

 コロネさんどこを見ているんですか?髪まで弄り始めたし。

「シルファの肩って私的に絶景スポットかもしれ…痛ッ!」

 コロネの言葉が終わるよりも先に私の拳が飛んだ。一言多いです。

 でも彼女のアドバイスは聞く事にしようかな?実際に着てみないとわからないし。

 ひとまず彼女を顎から降ろすと私は試着室へ向かう。

 

「私はあっち見て来るから着替えたら呼んでね?」

 はいはいとコロネに手を振ると私は試着室へ入りカーテンを締める。

 全身を映せる姿見のある広めの試着室内。

 姿見に映るのは私の姿だけ。

「……ふっ」

 なんとなく白銀の髪を手で払いポーズを決めてみたり。

「……着替えよう」

 はい、恥ずかしくなりました、はぁ。

 遊んでる時間も無いし溜息を払うと、制服を上着から順に脱いで備え付けのハンガーに掛けていく。

 そして最後に白いシャツを脱ぎ終えれば、姿見には下着姿の私が映っていた。

 

 今度は畳んであった装束を手にとり広げてみる。

 色は紫に近い青。胸元から足元をまでを覆い包むタイプの装束だ。

 銀糸で三日月と星の刺繍が入っていて、なんとなくだけど夜会服に似ている。着た事はないけれど。

 胸に当て姿見に映してみると普段と違う私が映っている、このまま本当に夜の宴会うたげかいにでも参加出来そう。

 うきうきとしてしまう私だけど、胸に当てた装束を見るうち気付いてしまった。

 

「あ、あれ?もしかして、これってブラも取らないといけない?」

 よくよく見れば肩だけでは無く、背中も大きく開いている。つまりはブラの紐が表に出てしまうと言う事。

 このサイズに成長してからブラ無しで着る衣装は初めてで、不安になってきた。

 でも、外さないとだよね?

 仕方が無いとブラを外すため、装束を壁に掛けようとした時

 それは起きた。

 

 コツン、コンコン……

 硬く弾む音ともに、カーテンの向こうへ何かが転がって行った。

 

「え?何か外れちゃった!?」

 装束から何かが外れ落ちてしまった。

 ボタンか飾りなのかはわからないけれど、拾わないと!


 人ってさ、慌てると自分の状態を忘れるよね。

 だから、私が慌ててカーテンを開けてしまったのも仕方の無い事。

 


「あら?これ貴女のかし…あ?」

「え、あ?」

 カーテンを開けた瞬間、その向こうに居た少女と目が合ってしまった。

 私が良く知る少女だけどコロネではない。

 金色の髪を縦ロールにした少女。

 

 そう、お嬢様ことライラと目が合ってしまった。

 

 

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