第5話 家事妖精

 

 

「お屋敷みたい……」

 

『それ』を見上げ私ぼんやりと呟いた。

 輝く白亜に包まれた建物、振り返ればピンクや白や黄の春の花々咲く庭園。花と花の間には蝶が舞う。

 庭園の中央には門から玄関までを繋ぐ白い道が走り、庭園を二つに分けている。

 分けられた庭園のそれぞれには丸い屋根の東屋。

 私から見て左手の方はやや大きめの、きっと皆でお茶を楽しむための場所だ。椅子も複数見えるし?

 そしてもう一方の、小さめの方は静かに読書を楽しむ場所かもしれない。でも実は密会をする場所だったり?だって、意味ありげに背の高い花が周囲を囲んでいるし。

 いずれにしても、ゆったりとした時間を楽しめそうだ。

 

 見渡せば見渡すほど、『それ』は幼い日に絵本で読んだお屋敷のイメージその物に見えてくる。道中見かけた街の建物も素晴らしかったけど、これはまた別格。

 学園の校舎が威風堂々かまえる城とするならば、可憐でたおやかな『それ』はやはりお屋敷と表現するしか無い。

 

 私が見上げている『それ』とは学園の女子寮、これから私が暮らす事になる場所。

 

「素敵でしょう…?、中はもっと素敵なの」

「は、はい!素敵です!」

 女子寮に見惚れる私の耳にお姉さまの声が響いた。いつもより弾んで聞こえる声にこの寮を好きと言う事が一耳でわかる。

 そう、ここはお姉さまが一年暮らした場所。きっと楽しくも素敵な時間を過ごしたのだろう。

 私の知らぬ時間がここにある。そんな事を思うと少しだけこの建物に嫉妬心を感じてしまう。

 …ああもう!建物に嫉妬してどうするの私!

 

「どうしたの?さ、行きましょう。ぼんやりしていては時間が勿体ないわ」

「あ…えっと、シルファは大丈夫です」

 今日の私は変な子と思われそうだけど仕方ない、だって愛しいお姉さまとの再会。この日この時のために一年も我慢したのだ、誰だっておかしくなる。

 でも、ぼんやりしている時間が勿体ないのも事実。お姉さまの言葉に頷くとその笑みを追う様に寮の玄関へと向かう。

 

 寮の玄関は両開きの木製の扉。細かな草の紋様と精霊が彫刻された扉には艶が浮かび年期と歴史を感じさせる。

 きっとこの扉を何百何千、いや何万?想像も出来ない数の生徒達がくぐり抜けて行ったのだろう。そして今日、私も潜り抜ける生徒の一人となるんだ。

 そんな事に想い馳せながら、お姉さまが引き開いた扉を抜け寮の中へ。

 

「「おかえりなさいませお嬢様」」

「「はじめまして新しいお嬢様」」

 

 迎えてくれたのは二人の少女、そして左右の耳に響く声。

 二人共同じ姿勢に同じ衣装。スカートの両端を摘まむ深い礼の姿勢、纏うのは白を基調としたエプロンドレス。

 ふわふわとしたパフスリーブの肩。何重にも重なるフリルのスカートはゆれる度にサラサラと絹の音がする。

 そして髪を飾るのは細やかなレースのカチューシャ。

 初めて実物を見る私でもわかる、これは所謂メイドさんだ。うん、間違いない。

 

 でも少し不思議な雰囲気、特に目を惹くのはその髪の色。

 来る時に見かけた森妖精の子の髪色に似ているが、この子達の髪には蒼が混ざっています。

 

「ただいま。アイン、バウ」

「あ…双子?」

 合わせ鏡。

 お姉さまの声を合図に顔を上げた二人の少女は、写し合わせた様にそっくりな双子

 私とお姉さまを見つめる瞳は蒼と緑のオッドアイ。それが二組。

 その特徴的な髪色と、葦の葉の様な細長い耳は妖精族である事を告げている。

 でも、彼女達のそれは私の知る妖精族とは少し違う気もする。ここに来る前に見かけた森妖精の子とも何か違う。

 

「はい、私達は双子の姉妹なのです、新しいお嬢様」

「私はバウ」

「私はアイン」

 思わず呟いてしまったが、二人は私の不躾な発言にも気を害する事なく素直に答えてくれる。

 なんていい子達なんだろう。このやりとりだけで二人が良い子なんだと良く分かる

 でも、あまり表情に変化が無いので人形の様にも見えてしまう。

 良い子と年上目線で言ってしまったが、もしかして私よりも年上だったり?

 もし妖精族であるなら、私よりも遥かに年を重ねている可能性は大いにあります。

 私がそんな事を考えるうち姉妹はさらに言葉を続ける。

 

「この寮にご滞在の間、私達姉妹が真心を込めてお世話させていただきます、新しいお嬢様」

「バウ、いつまでもその呼び方では失礼だわ?」

「そうですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?新しいお嬢様」

「はぁ……」

 双子の一方、多分アインの方が額に指を当て溜息をした。容姿は同じでも個性はそれぞれの様だ。

 とは言え、しばらくの間はそれぞれの名前を間違える予感がしないでもない。

 そして、名乗られ名を聞かれたのならば答えるのが礼儀。

 

「私はシルファ。これからよろしくね、アインさんバウさん」

 姉妹が先程したのと同じ様にスカートの裾を摘まむとぺこりと頭を下げてみたり。

「シルファ様ですね?そして私の事はバウで良いのです」

「シルファ様のお名前記憶しました。同じくアインとお呼びください」

 そう告げて二人はまたスカートの裾をついっと摘まみ一礼した。やはり二人の仕草の方が堂に入っている。これが本物のメイドの力。

 

「シルファそろそろ部屋に行きましょう」

「は、はい、お姉さま…でも……」

 お姉さまの部屋に行く事は嬉しいけど、私がこれから先に使う部屋も気になる。なにより入寮手続き等もまだだ。

 この学園の生徒になったとはいえ、やはりまだまだするべき事が沢山ある。

 

「シルファ様はセレーネ様とご一緒の部屋になります」

「ではお先に荷物を運びます」

「それってどう言う…ふあ?き、消えた!?」

 消えた。私の目の前で消しゴムで消す様に姉妹の姿が消えた、しかも私の鞄と一緒に。

 空間移動の魔法でも使ったのだろうか?もしそうならば姉妹はかなり高位の魔法の使い手。

 それとお姉さまと一緒の部屋と言うのも気になる。むしろ私内優先順位的にはこちらの方が重要。

 

「二人は家事妖精よ。だから二人はこの寮内を自由に移動出来るの」

「家事妖精?」

 初めて聞く言葉。森妖精を森で暮らす妖精達の総称とするなら、家事妖精は家事をする妖精達の事なのだろう。でも家事をする妖精って?

「古い屋敷に憑く妖精ね。ある意味…本来の意味での妖精かもしれないわね……」

 そう語りながらお姉さまが手招きをした、続きは歩きながらと言う事らしい。

 

 

 お姉さまの説明によると、妖精と一言で言ってもその種類や成り立ちは多くあり。

 森妖精は『原初の人』が森の『魔雫マナ』の影響で変化した者達で、人間族や獣人族、この世界の多くを占める『人』の一つ。ちなみに『人』と『人間族』は言葉としては似ているが意味が大きく異なるので今後も要注意!

 対して家事妖精は建物に蓄積した『魔雫マナ』その物を根源とする存在で、『人』とはその根源と成り立ちが大きく異なる。

 アインとバウもこの寮に長い時間をかけて蓄積した『魔雫マナ』から生まれた存在らしい。

 本来の意味での妖精とはつまりそう言う事なのだろう。純粋な『魔雫マナ』を根源とする者達。

 ちなみに『魔雫マナ』とは魔法の素。そこから誕生した者達は生まれつき魔法に似た独自の能力を発揮できる事が多いらしいです。

 

 

「…ん、ひとまずここまで、もっと詳しい事は授業でやるはずよ」

「はーい」

 説明が一区切りするとお姉さまは扉の前で足を止めた。

 ここは寮の三階。この扉へと至るまでに二つの階段を上がり、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩きいくつかの扉の前を通り過ぎた。

 通りすぎた扉にはいずれも部屋番号、そして二つの名前の刻まれたプレートが張り付いていた。

 

 しかし、目の前の扉は木製の部屋番号があるのは他と同じだが、プレートにはお姉さまの名前一つしか刻まれていない。

 これの意味する所は本来二人で使う部屋をお姉さま一人で使っていると言う事。でも、やはり気になる。だから私は即座にその質問を口にしてみた。

 

「お姉さまは一人部屋なのですか?」

「ええ、私の隣で眠るのは貴女だけだから……」

 即答、即座に真っ赤になる私の顔。ああ、お姉さまはどこまで私を悶えさせれば気が済むのでしょうか。

 このまま本当に床で悶え転がってしまいそう。でも、僅かに残った理性がそれを押しとどめる。私の理性がんばった。

 そんな私に微笑みかけながらお姉さまは右手で扉のノブを回した。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る