11-3 わかっているが――

 朱里が持つ拳銃の銃口は、彼の胸に定められている。

 闇の中にはっきりと浮かぶ上がる色彩と輪郭。大倉だけが闇の色に染まっていなかった。まるで、スポットライトにでも当てられているように、着ているスーツの色彩や顔がはっきりと捉えられた。


「それを渡してくれないかな? 頼むから……私は私でやりたいことがあるだけなんだ」


 朱里に手を差し伸べる大倉。このしわだらけの掌に、拳銃を置けということなのだろう。

 しかし、朱里は銃口を大倉に向けたまま。


「や、やりたいことって何?」


 上ずった声で朱里は質問した。

 大倉は口角を上げ、笑顔を作る。だが、目の色は妻を生き返らせる狂妄に染まったまま。このにじり寄ってくる男から、朱里は一歩後ろに距離をとる。


「なみえの体から、こなみという悪魔を追い出すんだ。妻は死んではいない。こなみの体を借りて、私の元へ再び帰っただけなのだよ。そうなんだ。だからこそ、私はなみえの体からこなみを追い出さなければならない」


 さぁ、寄こせとむき出しの狂気をあらわにする大倉。

 朱里が持っている銃は自分にとって、とても危険だったから。


「なみえの体って……何を言っているの?」

「私が思っていることを君に告げただけだ。私の幸せのためのそれを貸してくれ。でないと君は……手遅れになってしまう。早くしてくれ。でないと君は永遠にこの暗黒の中から出られなくなってしまう」


 脅しているのだと、朱里は思った。


「私を脅しているの?」

「あぁ、脅している。私をその銃で撃ったら君は――こなみの思惑通りだ。アドミニストレータを得てわかった。こなみは君の体を狙っている。親友の当て馬にしたという、君の罪悪感を利用してね」


 大倉の言うことは、にわかに信じがたい。自分に忠告をしているのはわかっているが、それが本心なのかは定かでない。

 朱里の猜疑心は晴れなかった。ましてや自分の娘を使って、最愛の女性を生き返らそうとしている男だ。自分の願望を叶えるために忠実なはずだと、そう朱里は思っている。この銃を渡してしまったら、殺される……。そう思っているからこそ、渡すわけにはなかった。


「だったら……あんた、自分の娘を……」


 言葉がうまくまとまらない。目の前にいる男に言いたいことが山ほどあって。

 朱里はかぶりを振った。


「何もかも、あんたのせいだ……あんたが、こなみとちゃんと向き合わなかった。ちゃんと育てなかったから。こんなことにはならなかった」

「君も同じことが言えるだろう? 君がこなみを当て馬にしなければここにはいない。君だって私以上に罪深い。そのはずだろう」


 確かに、大倉の言うとおりだ。ぐうの音も出ない。

 大倉はさらに続ける。


「確かに私が一番悪い。悪いと思っているからこそ、私は――君を現実に帰したいと思っている。君を殺そうとしたことはあった。あったけれども、私はあの時の自分とは違う。今は違うんだ」

「それもそうだよね。だって、あんた――自分の娘を取り込んだもの。取り込んで、その存在を消そうとしている。あんた本当に親なの?」

「本当はあいつの親になんかなりたくはなかった。反対していたんだ。でも、なみえが……そのせいでなみえは死んでしまった。あの子に命を奪われたんだ」


 妻を娘に奪われたその苦痛、目の前にいる小娘にはわかるまい。

 大倉は鼻を鳴らした。


「……先ほどからいけしゃあしゃあと、君に私の何が分かるというんだ」


 闇の中にはっきり浮かんでいる大倉。一定のリズムを刻む足元に、そのいら立ちがよく表れている。

 妻を生き返らせるために狂っている男の瞳の奥はよどんでおり、見つめられていると気が狂いそうだった。ぎしぎしと歯が軋む音が朱里の耳にまとわりつく、この音から朱里は離れたくて我慢ならなかった。

 引き金を引けば、いいのだが――今はまだ、その勇気が持てなかった。

 引き金にかけている朱里の指は震えている。


「わからないよ……わからないけど、奥さんが命を懸けて……命を失ってまでも産んだ子を……」

「人を全力で愛したことがない君にわかる訳がないさ。さぁ、それを――」


 さらに手を差し伸べる大倉。

 その目は血走っている。これが最終通告のようだ。


「じゃあ、どうして……」


 朱里は質問をする。

 この質問が最後だ。最後だからこそ、慎重に尋ねなければならなかった。


「死んだ人は生き返らない。もう二度と帰ってこないのに……なのにあなたは――あんたはどうして生き返らせようとしたの?」


 大倉は大きく息を吸い、そっとはいた後――その質問に答える。


「わかっている。自己満足だというのはわかっている。死人はかえってこない。わかっていたのだけれども、彼女がいない世界であと何十年も生きていかなければいけない。その事実に直面したんだ。……どうも私はそれに耐えられない。耐えがたい苦痛だ。慰めにしかならないことはわかっている。けれども、そうしなければ……耐えられない。そして、何より――許せないのだよ。自分の――彼女から、彼女の命を奪って出てきた悪魔が……」


 だから私はエクソシストになろうと思ったのだ。

 ヨハン・ファウストだと思っていたら、実はデミアン・カラスだった。しかし、どうあがいても今の大倉は神父には見えない。

 なにせ、今は――3メートルの大男に変貌を遂げてしまったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます